前回までのあらすじ

やべぇよ、婆ちゃん。大丈夫か？

「リタ！！　リタ！！　お願いだから目を覚まして、お願いよぉ……　うあぁぁぁ――」

「リタ……リタ……あぁぁぁ――」

耳元で大きな聲が聞こえる。

それも男との二人のようだ。

を揺すられるこの覚……彼らはどうやら自分の肩を摑んで揺すっているらしい。

おかしい……ついさっきまで、自分は全に大やけどを負って倒れていたのだ。

こんな男に揺さぶられながら泣かれている狀況ではなかったはずだ。

それに――リタ？　リタって誰だ？

「この子はまだ三歳になったばかりだというのに、こんなことって……　神様、あまりと言えばあまりの仕打ちです……」

「リタ、リタ――あぁ、まるで眠っているだけにしか見えない。こんなにも可らしい顔をして……まるで今にも目を開けそうだ……」

「どうして……どうしてなの？　この子はなにも悪いことはしていないのに、どうして……」

「この子は生まれつきが弱かったからな……生まれてからもほとんど家から出た事もなかったし……　それにしても、あまりに不憫だ」

どうやら自分は「リタ」らしい。

――というか、どうして自分はリタなのか。

――もしかして本當に転生の魔法が功したのだろうか？　そんな馬鹿な。

あれは究極の魔法なのだ。

だからその存在は確認されていても、今まで誰一人として功した者はいなかった。

それがどうして――

「なぁ、エメ。この子はここまでの運命だったんだよ。とても可哀想だが、安らかに眠らせてあげないか？」

「ううぅぅぅ……　そうね、そうよね、あなた。――ごめんね、リタ。あなたには何もしてあげられなかった。味しいも満足に食べさせてあげられなかったし、綺麗なお洋服も著せてあげられなかった……　ごめんね……ごめんね」

「私たちの娘として生まれてきてくれてありがとう。お前は本當に天使のようだった。お前以上に可いらしい子供は見たことがなかったよ。それが……それが……たった三年で……」

「あなた、って。ほら、まだこんなに溫かい……まるで眠っているだけのようね……」

「そうだな。本當にそのとおりだ――」

狀況から察するに、どうやら自分は死んだらしい。

目を瞑っているのでわからないが、両親と思しき二人の男が自分の肩を抱いたまま悲しみに暮れている。

しかし目の前の人間が生きているのか、死んでいるのかくらいわかりそうなものだろうに。

もうし狀況を確認したいところだが、これ以上は我慢出來ない。

彼らには悪いが、さっさと起き上がってしまおう。

「あうあう……あぅぅ……　あう……」

それまでぐったりと力なく橫たわっていたリタ――魔アニエスがパチリと目を開けると、目の前に若い男の姿が見えた。

彼らは顔中を涙と鼻水だらけにしておいおいと泣いている。

そしてアニエスの一聲にハッと顔を上げたのだった。

「リ、リタ！？」

「リタ――い、生きていたのか！？」

死んでいると思っていた娘が、目を開けて自分たちを凝視している。

その姿に気付いた二人の男――恐らくリタの両親――は、まるで信じられないものを見るような顔で娘を見る。

そしてアニエスのに抱き付いた。

「リタ、リタ！！　あぁ、リタ！！　良かった、もう死んでしまったのかと…‥」

「リタ！！　私の可い娘……　あぁ、神様……　何とお禮を言えば……」

目の前の二人が泣きながら天を仰ぐ姿を見つめながら、アニエスは小さくため息を吐いた。

彼らは自分の事を完全に娘――リタだと思っているようだ。

その姿を見ているとなにやら可哀想に思えるのだが……

「あぁう……　うぅ……」

「あぁ、だめだリタ。聲を出してはいけない。今はとにかく橫になるんだ。力を使うからおしゃべりもなしだよ、いいね？」

「あなたはずっと何日も意識を失っていたのよ。とにかくお水を飲んで。さぁ、ゆっくりと……」

それから暫く両親は力なく橫たわるリタに絶えず話しかけながら、水を飲ませたり、背中をったりと必死に命を繋ごうとする。

そんなことを一時間も続けていただろうか。トントンと優しく背中を叩かれ続けたリタ――アニエスは、睡魔に襲われるとそのまま眠ってしまったのだった。

アニエスが再び目を覚ますと、し離れたところで両親は椅子に腰かけたままぐったりとしていた。

どうやら彼らは看病に疲れて眠ってしまったらしい。

そんな二人を眺めながら、アニエスは必死に頭を回転させる。

どうやら自分の転生魔法は功したようだ。

あんな二百年前に一度見ただけのうろ覚えの呪文が功するとは思わなかったが、ここにいるのは現実なのだからやはりそういうことなのだろう。

転生魔法は必ず功するとは限らない。

この魔法は、呪文が完すると同時にから意識を切り離すものだ。

そして同時刻に死んだ他の人間のに自分の意識を転移させる。

この広い世界では同時刻に死ぬ人間は多數いるのだろうが、そのタイミングは非常にシビアだと文獻には書かれていた。

失敗すれば自分の意識はそのまま霧散するだけだし、功しても何処の誰のにり込むのか全くわからない。

しかして、この魔法は功した。

どうせ死ぬだからとヤケっぱちになって唱えたが、驚いたことに功したようなのだ。

それはまさに奇跡だった。

そしていま自分はここにいる。

「リタ」と呼ばれる子供になって。

両親の會話を聞く限り、リタは三歳のの子のようだ。

生まれた時からが弱く、殆ど外出したことが無かったらしい。

そしてついさっき死んでしまったのだ。

い三歳のの子が死んでしまったのは確かに不憫だと思うが、そのおかげで自分の魔法が功したのだ。

それを思うとリタと呼ばれるにはむしろ謝すべきだろう。

――いや、ちょっと待て。

リタは病気で死んだと言っていたな。

……と言うことは、このは病気なのだろうか。

せっかく転生に功したのに、り込んだが病気で寢たきりなのではたまったものではない。

両親が居眠りしているのを確認すると、アニエスは自分の手を眺めてみる。

その手はガリガリに痩せ細り、筋張って、とても小さかった。

生まれてからずっと寢たきりだったせいか、のは真っ白だ。

リタの病気が何なのかは知らないが、あとで治療をするにしても今はとにかく力をつけなければいけない。

そうでなければ、このまままた死んでしまいそうだ。

そういえば、妙に腹が減った。

も乾いている。

それもかなり切実だ。まるで生命の危機を覚えるほどの飢だ。

マズい、これは非常にマズい。

せっかく新しいに転生したのに、このままでは飢えと渇きと病ですぐに死んでしまいそうだ。

今はとにかく、この狀況を何とかしなければ――

「あぁう、うぅーう、あぅ……」

アニエスは必至に聲をあげてんでみたが、看病疲れのせいなのか、ぐったりと機に突っ伏した両親は全く目を覚ます気配がない。

それよりも、自分がまともに聲を出すことが出來ないことが気になった。

「あぅあぅーうー……」

ダメだ、渇きと空腹のせいでまるで腹に力がらない。

そしてそれだけではないのだろうが、口もまともにかない。

しかも病のせいなのか、やたらと合が悪い。

頭も痛い。

このままでは本當に死んでしまいそうだ……

斯(か)くなる上は――

ズゴォン！！！

両親の足元でファイヤーボールが炸裂した。

それは満足に聲を出せないアニエスが渾の力を振り絞って放った魔法だった。

本來の彼の力から言えば信じられないほどに小さな火球でしかなかったが、飢えと渇きと病に苦しむ三歳児のではそれが一杯だったのだ。

しかしその目的は果たすことが出來た。

このでも従前どおりに魔法を発できることがわかった。

確かにこのいでは発する魔法の規模も威力も圧倒的に小さいが、とにかく今まで通り魔法は使えるのだ。

それがわかっただけでも大きな収穫だった。

突然響いた発音に驚いた両親が、ガバっと機から顔を上げる。

それから二人揃って辺りに目を走らせた。

「な、なんだ！？　なにが起こった！？」

「きゃー！！　なになに！？　なんなの？」

突然の轟音に驚いた彼らがキョロキョロと周りを見回していると、目を開けて何かを言いたそうにしているリタに気付く。

慌てて両親が寄って來ると、パクパクと口をかす娘の顔に耳を近づけた。

「ごめんよ、リタ。何か言いたいことがあるのかい？」

「ご、ごめんね、リタ。どうしたの？」

「あ……あうぅ……み、みじゅ……　お、おなか……」

舌が悪く舌足らずなアニエスの言葉は到底聞き取れたものではなかったが、不思議と彼らは理解した。

これがの繋がった親子のせる業なのだろうか。

「わ、わかったわ。いますぐご飯を用意するから、ちょっとだけ待ってね。まずはお水を飲ませてあげるから」

全く力のらないを抱き起されて、乾き切った口に水を流し込まれる。

恐らく一度沸かした湯冷ましなのだろう、それは妙に味気なく生溫かった。

母親が木の椀にった何かを持ってくると、ゆっくりと口にれてくれる。

それはパンを湯で溶かした粥のようなもので、それ自は全く味はしなかったが、弱り切った胃には丁度良かった。

空腹だけど全く食のないアニエスではあったが、弱り切ったこのを考えると、ここは無理にでも食べなければいけないだろう。

時々むせ返りながら、それでもゆっくりと粥を食べる娘の姿を見つめる両親の眼差し。

それは慈に満ちて溫かく、スプーンを差し出す母親の目からは涙が流れていた。

死の直前のリタは、食事もを通らなかったのだろう。

そんな娘が再び食事を始めたのが相當嬉しかったらしく、リタを見つめる両親からは、嬉しそうな笑顔がいつまでも絶えることはなかった。