前回までのあらすじ

おまぁら何しちょるん？　いっぱい出ちょるのぉ。

……いいから早く助けろ。

「なぁ、おまぁら何しちょるん？　もしかして、死にそうなんか？　(ちぃ)いっぱい出ちょるのぉ。なぁ、痛いんか？　なぁ」

突然に呼び聲にパウラが振り向くと、そこには凡(およ)そ場違いなが佇んでいた。

年の頃は四歳ほどに見えるが、それにしては舌の悪い舌足らずな喋り方と小柄な格を見る限り、やはり三歳かもしれない。

もっとも三歳と四歳の違いなど、いまこの場において大した問題ではないのだが。

突如現れたそのは、輝くような金の髪にき通る灰の瞳が目立つなかなかに可らしいの子で、その整った目鼻立ちを見ていると數年後のの片鱗が垣間見えた。

そして日に焼けて真っ黒くなってはいるが、洋服の袖から見える地のを見る限り、本來は白であることがわかる。

しかし著ている服は古くてり切れているし、髪にも枯葉や土が絡み付いている。

そしてなにより、全的に薄汚れていた。

そんなが背後に白馬を従わせて佇んでいるのだ。

それは言うまでもなく「卵強奪作戦」遂行中のリタだった。

彼はユニコーンの「ユニ夫」の背中にって、逃げるオウルベアを追いかけてきたのだ。

そして目標(ターゲット)であるオウルベアに追い付いたと思ったら、そこで死にかけの一人と一匹を見つけたというわけだ。

その姿は余りにも場違いで、パウラは一瞬森の妖でも見ているのかと思うほどだった。

しかし目の前で事切れそうになっている相棒の男と、奧の茂みから聞こえてくる苦しそうな獣の唸り聲を聞くと、ハッと現実に引き戻される。

「あぁ、クルス、しっかり……」

「おぉ……俺はもう死んだのか……？　目の前に天使が見える……それにしては隨分と小汚い天使だな……」

出多量で朦朧とした意識のままクルスが呟くと、その言葉を目敏く聞きつけたリタが小さな可らしいを尖らせた。

「……おまぁ、ほんま失禮なやつじゃのぉ。せっかくたしゅけてやろう思とんのに……　このまま死にさらすか、あ゛？」

「助ける……　えぇ！！　助けられるの！？　どうやって！？」

今さらどうにもならないと諦めていたクルスに対して、事も無げに「助ける」などと言葉をらす。

その姿にパウラは目を釘付けにした。

応急処置程度しか醫療の心得のないパウラにしても、目の前のクルスの狀況がすでに手遅れなのは火を見るよりも明らかだ。

鋭い爪によって斬り付けられた傷からは絶えずが流れているし、皮の側の組織が見えるほどに傷も深い。

何よりあり得ない方向に曲がったを見る限り、彼の背骨が折れているのは間違いないのだ。

そしてその狀況で生き永らえた事例を彼は知らなかった。

だからクルスはあと數分で死んでしまうと思っていたし、クルス自も薄れゆく意識の中で半ば諦めていた。

しかしこのは助けられると言う。

確かにこの狀況では彼は天使か妖にみえる。

しかしそれにしては薄汚れているその姿は、果たして信用していいものかと迷ってしまうほどだ。

だが、これ以上悪くなりようのないこの最悪の狀況のなかで、このを信じてみても損はないだろうと思った。

「ねぇ、彼を助けられるの？　本當に？」

「うむ、たやすい。ちちんぷいぷいじゃ」

「ちんちんぷいぷい？」

「……ちがうわ！！　まぁ、見てさらせ」

リタは茂みの中で唸り続けるオウルベアに一瞥を送ると、徐(おもむろ)に両手を空に掲げて踴り始める。

その姿は児のお遊戯そのもので、見ている者の頬が思わず緩むほど可らしいきだった。

しかし、もとよりリタはヒーリングの魔法を行使するのにも無詠唱で行えるのに、何故こんな回りくどいことをするのだろうか。

それは両親から無詠唱で魔法を行使する姿を人に見せてはいけないと、しつこいくらいに言われていたからだ。

數千人に一人の割合で「魔力持ち」が生まれるのは広く世間に知られている。

確かにそれは珍しいと言えば珍しいのだが、「魔力持ち」自は首都の研究機関に行けば幾らでも見られることから、実際に言うほどのものではない。

しかしその中でも無詠唱で魔法を行使できる者がいるかと言えば、他國も含めてそれこそ數えるほどしかいないのだ。

それも長期間の修行の末に苦労してやっとに著けるほどのものなので、「無詠唱魔法使い」の希はドラゴンのそれに匹敵するほどだ。

もちろん生前のアニエスがそれをに著けたのも厳しい修行の末であったし、彼自も世界に數人しかいない「無詠唱魔法使い」の一人だった。

そんなわけでリタは、どうしても魔法を使わなければならない時でも、何か呪文を唱える真似事をするように心がけていたのだ。

「ぬぅーん、ぬぅーん、だばだばだ――でゅびでゅば――」

確かに両親には呪文を唱えているふりをしろと言われてはいるが、それがなぜそんな奇妙な踴りなのかはリタ本人でなければわからない。

それでも彼はとても楽しそうに踴っているので、それはそれでいいのだ。

そして山の林道に、大量出と背骨の骨折で死にかけている男と、「だばだば、でゅびでゅば」言いながらクネクネと腰を振って踴りまわるという、なんともシュールな景が繰り広げられたのだった。

しかし正直な事を言うと、リタがクネクネと踴り続ける間もクルスは失いそうになる意識を必死に繋ぎ留めていた。

もしもこのまま意識を失ってしまえば、もう二度と目が覚めないような気がしたからだ。

そしてそんな自の必死な苦労をあざ笑うかのような奇妙なの踴りに、クルスは何気にイラっとしていた。

「やるならさっさとやりやがれ！！」

決して口には出さなかったが、クルスはかに心の中でそうんでいた。

「ぬおぉー、ひーりーんぐ！！」

一頻り踴り続けた後に、リタはんだ。

そしてその紅葉(もみじ)のような可らしい両手を広げると、地面に倒れるクルスの背中にそっと當てる。

その瞬間、クルスのの中に溫かな波のようなものが流れ込み、気付けば背中と脇腹の切創は跡形もなく消え、折れた背骨も真っすぐになっていたのだった。

「ありがとう！！　ありがとう！！　本當にありがとう！！」

「す、すまねぇ……　ほんとに助かったよ。お前さんは命の恩人だな」

まるで奇跡のような景が広がったあと、そこにはまるで何事も無かったかのようにを起こしたクルスと、目を見開いて驚くパウラの姿があった。

彼らは一様にリタに対する畏怖の念をその顔に浮かべて、口々に謝の言葉を口にする。

そして初めて目にした奇跡のような治癒魔法の力に、二人とも驚きの表を隠せずにいた。

その証拠に彼らは、すっかり傷の消えたクルスのの彼方此方(あちこち)を覗き込んだ指で突いたりしている。

しかし當のリタはそんな事には一向に構うことなく、草むらで唸り続けるオウルベアのオスに近づくと、クルスと同じようにその傷にヒーリングを唱えたのだった。

「あっ、おまえ、やめろ！！」

「な、なにしてるの！？　そんなことしたら――」

その様子に驚いたクルスとパウラが慌てて止めにったが、時すでに遅く、すっかり怪我と力を回復させたオウルベアが、再びその巨を起き上がらせたあとだった。

「グオオォォ！！」

しかし彼はそのを起こしても再び襲いかかって來ることはなかった。

彼は怯え続けるメスと我が子である卵を抱えたまま、靜かにこの場を後にしたのだ。

そして去り行くオウルベアの家族の後姿を見送りながら、リタはその顔に複雑な表を浮かべていたのだった。

結局リタの「卵強奪作戦」は途中で中止を余儀なくされた。

それは瀕死の重傷を負いながらも必死につがいのメスと卵を守ろうとするオスのオウルベアの姿に、リタが自の父親の姿を重ねたからだ。

そして己が必死に食べようとしていた大きな卵が、オウルベアにとっては大切な我が子であることに今更ながら気付いたのだった。

確かにいちいちそんな傷を持ち込んでいれば、今後もを狩って食べることなどできなくなるだろうが、今のこの狀況においてオウルベアの卵を強奪するのは余りにも躊躇われた。

これではまるで自分が若い夫婦から子供を取り上げようとする悪人のようではないか。

しかもそれを食べるなど、こんな悪魔のような所業はないだろう。

などと、過去に一度はそれをやってのけて「味しい」を連呼していたことなどすっかり忘れて、些か反省する四歳児だった。

すごすごと山の中に消えていくオウルベアの家族を見送ると、再び二人の冒険者がリタに近づいて來る。

そして遠慮がちに聲をかけた。

「いいのか？　あの魔獣を逃がせば、また別の人間が襲われるかもしれないぞ」

「そうよ。このまま逃がすだなんて……」

「いいのじゃ。あやつらは家族じゃからな……　こどもには親がひつようじゃろぅ」

彼らの言葉を聞きながら、去り行く魔獣から視線を外さずにリタは口を開く。

その口調には何処か哀愁のようなものが滲んでいた。

「そうか。――とは言え、お前さんが救った命だ。今はお前さんのしたいようにしてくれ」

「……そうね。あなたは私たちの命の恩人なんだもの……文句は言えないわ」

立ち竦むリタに並んだクルスとパウラも、同じように魔獣の背中を見送っていた。

魔獣の家族が山の中に消えて行くと、くるりとリタが振り向いた。

その目は訝し気にじっと二人を見つめている。

「うむ。ところで、おまぁら、ここでなにしとん？　この先はオルカホ村しかないろ」

そんなの胡げな視線を敢えて無視して、クルスは答える。

「あぁ、すまん、まだ自己紹介もまだだったな。俺はクルス。冒険者ギルドの組合員だ」

「あたしはパウラ。この人と同じギルドの組合員よ。ギルドの依頼でこの先のオルカホ村に人を探しに來たの。もしかしてお嬢ちゃんは村の子？」

「人探し」という言葉に、リタの眉がピクリと上がる。

さすがはスカウトのスキル持ちと言うべきか、微妙なリタの反応をパウラは敏に捉えてると、さらに注意深く目の前の児を観察し始める。

「……そうじゃ、わちはリタじゃ。村の子供じゃ……しょれで、人探しとは、なんぞ？」

「ありがとう、リタちゃん。エステパで噂を聞いたんだけど、オルカホ村で『魔力持ち』のの子が見つかったって。あたしたちはその子に會いに來たのよ」

「ふぅーん、しょうか……　しょれで、しょの子に會ってどないするん？」

そこで、パウラの瞳がキラリとる。

何でもないふりをしながら、しかしリタの一挙手一投足に全神経を集中してしの反応もらさないように目を凝らす。

そして、決定的な一言を投げてみた。

「えぇ。魔アニエスの居場所を尋ねようと思ってね。彼なら知っているって聞いたから」