《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第13話「魔王ルキエと宰相ケルヴ、錬金師トールのことで悩む」
──その夜、魔王城の玉座の間では──
「トールどのが『収納(しゅうのう)ボックス』を作ったですと────っ!?」
玉座の間に、宰相ケルヴのび聲が響いた。
仮面の魔王ルキエは、彼をたしなめるように、
「いきなり大聲を出すな、ケルヴよ。びっくりするではないか」
「びっくりしたのはこちらです! 魔王陛下も、勇者が使っていた『収納ボックス』についてはご存じでしょう!?」
「存じておる。アイテムを大量に収納するスキルのことじゃ。『収納ボックス』『アイテムボックス』『収納空間』など、様々な名前で呼ばれておったそうじゃが」
「はい。あれこそが、異世界勇者が強い理由のひとつでした」
ケルヴは、代々の宰相(さいしょう)が語り継いできた口伝を思い出していた。
その中には當然、勇者の『収納ボックス』についての報もあった。
異世界から召喚された勇者は、空中や、小さなカバンから大量のアイテムを取り出すことができたのだ。
彼らと戦っていた魔族にとって、それはおそるべき脅威(きょうい)だった。
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素手だと思ったら、いきなり大剣が出てきたり、傷を負わせたと思ったら小さなバッグの中から大量のポーションを取りだしたりと、手に負えなかった。
『勇者を見たら、アイテムが100個は出てくると思え』
これは今でも、魔王領に伝わることわざだ。
「そもそも『収納ボックス』とは、勇者でも所持していない者がいるほど、貴重な能力でした」
「知っておる。勇者全員があれを所持していたら、魔族は滅ぼされていたかもしれぬ……と、父上も申しておった」
「その恐るべき『収納ボックス』を……トールどのが作り出したとは……」
宰相(さいしょう)ケルヴは、顔からの気が引くのをじた。
「これはゆゆしきことですぞ、陛下! トールどのが『収納ボックス』を獨占するという事態は、なんとしても防がねばなりません!!」
「それは大丈夫だと思うぞ。ケルヴ」
「どうしてですか!?」
「余(よ)とメイベルの分も作ってくれると言っておったから」
ごすっ。
宰相ケルヴは、思わず柱に額を打ち付けていた。
「ど、どうしたのじゃ! ケルヴ!」
「……作る。魔王陛下と、メイベルの分の……勇者の『収納ボックス』を。この世のレアアイテムの概念がこわれる……これから魔王領はどうなっていくのでしょう」
「まぁ落ち著け、ケルヴよ」
「すいません、取りしてしまいました」
「いや、こちらこそおどろかせてすまぬ。トールから、ケルヴにも話を通しておくように頼まれておったものでな」
「私に?」
「トールは『魔王お抱えの錬金師として、筋は通したいのです』と言っておった」
魔王ルキエは、晴れ晴れとした表で告げた。
「そして、トールは我ら魔王領の味方になると約束してくれた。それはとても重みのある言葉じゃったのだ。だから余は、彼を信じてみようと思う」
「はい。自分も、トールどのは信頼に値する方だと思っております」
気を取り直すように頭(かぶり)を振って、宰相ケルヴはうなずいた。
「あの方はご自分が作った『フットバス』を、素直に提出してくださいましたから」
「そうじゃな。あやつは……そういう奴なのじゃ」
玉座でぱたぱたと両腳を揺らす魔王ルキエ。
「困ったものじゃよなぁ。あんな人間は見たことがないぞ。まったく、目が離せぬ。本當にあいつは困ったやつじゃな! うむ!」
「魔王陛下」
「なんじゃ、ケルヴよ」
「トールどのと、なにかあったのですか?」
「……なにもないぞ?」
「いえ、不思議なくらい、陛下のご機嫌がよろしいように思えましたので」
「ただ、トールとは當たり前の話をしただけじゃ」
「當たり前のお話、ですか」
「そうじゃな。おたがいの立場を超えて、わかりあうように話をした。それで、余はトールを信じることにした。それだけじゃ」
「わかりました」
宰相ケルヴは姿勢を正し、魔王ルキエに一禮した。
「私は魔王ルキエ・エヴァーガルドさまに忠誠を誓っております。陛下がトールどのを信じると決められたのであれば、なにも申しません。私も、陛下を信じておりますので」
「うむ。ケルヴには、余も常に助けられておるよ」
「そう言っていただいてうれしいです。ところで、陛下」
「なんじゃ?」
「トールどのとメイベルを結婚させる話ですが」
「──な!?」
「やはり、お気は進みませんか。ですが、トールどのをこの魔王領に縛り付けておくには、政略結婚が一番だと思います。あれほどの人材を手放すのは危険すぎます。メイベルでも誰でもよろしいですが、婚姻(こんいん)を結ばせるべきかと」
「────」
「その後、生まれた子を母親の元にとどめておけば、トールどのに対する格好の人質となりましょう。あの方を疑いたくはありませんが、保険は必要だと考えます」
「人質……か」
「気が進まないのはわかります」
「ああ。気は進まぬ。というよりも、それはやってはならぬことじゃと思っておる」
魔王ルキエは首を橫に振った。
彼は、トールが使者ではなく、魔王領に人質──生(い)け贄(にえ)として送り込まれたことを知っている。
その彼を政略結婚させて人質を取るなど、できるわけがない。
それはトールの主君として、お互いのを知る友として、絶対にやってはいけないことだ。
「トールの意志を無視しての政略結婚など、許すわけにはいかぬ。本人が魔王領の誰かと結婚したいと言い出したなら……それは別の話じゃが、それでも人質を取るなどというやり方は絶対に許さぬ!!」
「ご気分を害されたのであればおわびいたします。陛下」
宰相ケルヴは素直に引き下がる。
「ですが、これは陛下と魔王領のためを思ってのこと。それだけは、ご理解ください」
「わかっておるよ。ケルヴ」
「ありがとうございます」
宰相ケルヴはまた、魔王ルキエに一禮した。
「トールどのの錬金の技があまりにすごくて……私も、冷靜さを失っていたようです。以後、気をつけます。もうしわけございませんでした。魔王陛下」
「う、うむ。冷靜さを失ってはいかぬぞ。ケルヴよ。いきなりトールを結婚させるなど……まったく」
「ところで魔王陛下」
「今度はなんじゃ!?」
「どうして、真橫を向かれているのですか?」
「……外の景が気になっただけじゃ」
「こちらを向いて話していただけますか。できれば『認識阻害(にんしきそがい)』の仮面を外していただけると──」
「ええい! 乙の心へと、踏み込もうとするでない!」
思わず、魔王ルキエは聲をあげていた。
不思議だった。
『認識阻害』の仮面の下で、頬(ほお)が熱くなっていた。
それは宰相ケルヴの『トールとメイベルを政略結婚させる』という言葉を聞いてからだ。
思わず、ふたりがそうなったあとの(・・・・・・・・)ことを想像してしまったのだ。
夫婦となったトールとメイベルが仲良くお茶を飲んでいるところで、隣にひとりで座っている自分。3人そろってのお茶會のはずなのに、それはとてもさみしい景だった。
どうしてそう思うのかは……よくわからないのだけど。
「──すまぬ。余の方が冷靜さを失ってしまったようじゃ」
「いいえ。私こそ、失禮なことを申し上げてしまいました」
「ケルヴが國のことを思ってくれているのはわかる。トールについては、余も気をつけておく。あやつが魔王領の利益を損(そこ)なうことがあれば、すぐに知らせよう」
「ありがとうございます」
「ところでケルヴよ」
「はい。魔王陛下」
「トールが魔王領の利益を損なうようなことをすると思うか」
「しないでしょうね」
「じゃよなぁ」
それは意見が一致しているらしい。
(だってあやつ、マジックアイテムを作ることしか考えてないもの)
本當に、こまった奴だと思う。
だからこそ、側で見ていたい。
それは──魔王ではなく、魔族のルキエとしての想いだった。
「もう夜も更けてきた。そろそろ余は休むことにする」
「お疲れさまでした。陛下」
「ケルヴこそ疲れたじゃろう。今日は、々あったからの」
「々ありましたからねぇ」
再びうなずきあう、魔王ルキエと宰相ケルヴ。
ふたりが思い浮かべたのは『々あった』の原因──トールのこと。
宰相ケルヴは「とんでもない人を帝國から迎えてしまった」と思いながら。
魔王ルキエは「目を離せない人と出會ってしまった」と思いながら。
ふたりは玉座の間を出て行き、自室に戻ったあと──
「そういえば、メイベルはトールのことをどう思っているのじゃろう」
「政略結婚はともかく、メイベルの意思は確認しておく必要がありますね」
ふと、同じことをつぶやいた。
もう夜は更けている。メイベルは城の使用人室で休んでいるはずだ。
話を聞くのは明日以降だろう。
そんなことを、魔王ルキエは乙な理由で、宰相(さいしょう)ケルヴは実務家の事で考えて──
そうして、魔王城の夜は過ぎていったのだった。
第14話は、明日の午後6時ごろに更新する予定です。
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