《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第29話「幕間:帝國領での出來事(3)」

──ライゼンガが辺境伯を追い返したあと、帝國では──

「魔王領との渉に失敗しただと!?」

ここは、帝都にある公爵家(こうしゃくけ)の屋敷。

その執務室で、バルガ・リーガス公爵がんでいた。

テーブルを挾んだ向かい側にいるのは、辺境伯(へんきょうはく)のガルアだ。

彼はうつむき、肩をめて、リーガス公爵の怒りにおびえている。

「どういうことだ!? なにが起こったか説明しろ。ガルア伯爵!!」

「ま、誠に申し訳ございません。わたくしめも、まったく予想外のことが起こりまして」

「言い訳はいい! 本當に渉は失敗したのか? もう駄目なのか……?」

公爵の剣幕に、ガルア辺境伯は無言でうなずいた。

「もう、どうにもなりません。魔王領の將軍は、もう、私とは渉しないと……」

「そんな……軍務大臣(ぐんむだいじん)から依頼された計畫が……」

リーガス公爵は頭を抱えて、椅子に座り込んだ。

今回の計畫は、帝國の高に任されたものだ。

実行部隊はガルア辺境伯で、リーガス公爵はそのサポートをしていた。

事のはじまりは、魔王領で鉱山の開発が始まるという報を得たことだった。

魔王領南部の山岳地帯を治めるライゼンガ將軍が、辺境伯に『鉱山の開発のため、魔獣討伐(まじゅうとうばつ)を行う。帝國への侵攻の意志はないのでご安心を』との書狀を送ってきたのだ。

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ガルア辺境伯はその手紙を、親しいリーガス公爵へと持ち込んだ。

さらにリーガス公爵が「これは使える」と考えて、帝國の高に話を持ちかけたのだ。

そうして高が中心となり、魔王領を利用する計畫を立てた。

の計畫はこうだった。

ライゼンガ將軍に対して、魔獣討伐への協力を持ちかける。

鉱山が開発されたあとは、採掘された銀の一部を分けてもらう。

その後、ライゼンガ將軍に、契約期間を延ばす代わりにワイロを渡す計畫を提案する。

ライゼンガ將軍に銀を渡せば、それを資金に、彼が魔王に反を起こすかもしれない。

逆に魔王に対して『ライゼンガが帝國からワイロをけ取っている』と告げて、魔王領をかき回してもいい。

それが軍務大臣の計畫だった。

辺境伯と公爵は、進んで実行役を引きけた。

さらにリーガス公爵は、ガルア辺境伯に追加の指示を出しておいた。

「公爵家が魔王領に送り込んだ不肖(ふしょう)の子トールを、渉に利用するがいい」──と。

魔王領側の渉相手は、火炎將軍のライゼンガだ。

『將軍』と名乗っているからのは、武人なのだろう。

ならば戦う力を持たぬ者は嫌いなはず。自分たちと近い価値観を持っているはずだ。

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トール・リーガスを利用するという計畫に、よろこんで協力するだろう。

それがリーガス公爵と、ガルア辺境伯の予想だったのだが──

「『トール・リーガスどのは、我が娘の婿(むこ)にと定めたお方』──だと!?」

ライゼンガ將軍の回答は、予想外すぎた。

公爵は魔王領のことなどわからない。

それでも、息子のトールを將軍の娘婿にするなどというのは、ありえない話だったのだ。

「トールめは魔王領へ送り込んだ生(い)け贄(にえ)だぞ!? ライゼンガ將軍とやらが武人ならば、あやつなど剣の練習臺にするのが関の山だろうに……なぜだ!?」

「わ、わかりません。魔王領で一、なにが起こっているのか……」

「あやつめ、なりふり構わず亜人どもに取りったに違いない。帝國の報を流したか、あるいは、泣きついて慈悲(じひ)を求めたか……そうに決まっておる!」

「そ、そうでしょうか。魔王領にもなにか考えがあるのでは……」

「魔族や亜人どもの考えなど知るものか!!」

公爵はテーブルに拳を叩き付けた。

「トールめ! 帝國貴族の恥知らずが。公爵家の子が亜人の婿(むこ)になるなどという話が広まったら、わしは二度と社界に出られなくなるではないか……」

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リーガス公爵は頭を抱えた。

リアナのパーティを追い出されて以降、公爵は社界に顔を出していない。

屋敷を訪ねてくる貴族もなくなった。

の魔法剣の修理に失敗したのは、それほど大きな失態(しったい)だったのだ。

だから公爵は、今回の計畫にかけていた。

魔王領の連中をあやつることができれば、帝國に大きなメリットがある。

公爵と辺境伯の評判も上がるだろう。

公爵が息子のトールを使うことにしたのは、さらに名聲を上げるためだ。

『帝國のために、自らの子どもを犠牲にした公爵バルガ・リーガス』──その評価は皇帝や皇子・皇の中でも高まるはずだ。

リアナ殿下も、公爵を見直すに違いない。

「……それが……どうしてこんなことに……」

「いかがいたしましょう。公爵さま」

「どうしようもないだろう!?」

「──ひっ!?」

「すでに皇帝陛下には報告してあるのだ! 『渉は間違いなく功させます。帝國は今後4年間、魔王領から良質な銀を手にれることができるでしょう』とな!」

「そ、そんな!?」

「陛下はすぐに高を集めて、わしを讃(たた)えてくださった。だが……」

それを今さら取り消すことなどできない。

時間を稼(かせ)いで、その間に解決策を探すしかない。

(わしみずからが魔王領に行き、ライゼンガ將軍とやらと渉するか……?)

考えて、公爵はすぐに首を橫に振る。

不可能だ。

ライゼンガ將軍とやらはトールを娘婿(むすめむこ)にしたがっている。公爵はそのトールを『役立たず』『恥さらし』とののしり、毆ったあとで魔王領に追放しているのだ。

將軍もその話を聞いているだろう。公爵にいいを持つはずがない。

(ならばトールに頭を下げるか……?)

それこそありえない話だ。

ガルア辺境伯は『事が見した場合はトール・リーガスのせいにする』という提案を、すでに將軍に伝えている。そこにのこのこ顔を出せば、公爵の命はないかもしれない。

「公爵さま!」

「うるさい。これからどうするか考えているのだ。黙っていろ!」

「い、いえ……そうではなくて」

「黙れと言っているだろう!?」

「軍務大臣がいらっしゃったのです!」

言われて顔を上げる。

執務室のドアが開いていた。

廊下に、老齢の男と、數人の兵士が立っていた。

「軍務大臣ザグランさま。ど、どうしてここに……」

「計畫が失敗したと辺境伯(へんきょうはく)からご報告いただいたので、確認に來たのですよ」

「は、ははっ」

リーガス公爵は床に頭をこすりつけた。

隣でガルア辺境伯も同じようにしている。

「おふたりとも、お顔を上げてください。私は確認にきただけです。辺境伯からの報告が不完全だったものでね。直接、話をうかがいに來たのですよ」

白髪に片眼鏡をつけた老齢の男は、ゆっくりと部屋にってくる。

は軍務大臣ザグラン。ドルガリア帝國3大高の一人だ。

皇帝からの信頼も厚く、第3皇リアナの教育係も兼ねている。

公爵よりはるかに高い地位にある高だった。

「お、恐れながら、計畫はまだ途中でございます」

だから、公爵は平伏(へいふく)して、聲をあげた。

「多の計算違いはありましたが、問題ありません。すぐに挽回(ばんかい)を……」

「不要です」

「──え?」

「あなたのやり方は雑すぎる。まさか、魔王領の將軍の怒りを買うような手段を選ぶとは思わなかった。よって、魔王領から銀をもらう計畫は中止となりました」

白髪の軍務大臣は言った。

「魔王領の火炎將軍を怒らせるとはね。それも、あなたの息子を犠牲にしようとしたせいで。いや、まったく。予想外でしたよ」

「……ど、どうしてそれを」

「辺境伯の一行に、私の手の者をまぎれこませておりました。その者からの報告です」

軍務大臣の言葉に、リーガス公爵の顔が真っ青になった。

もう、言い訳も、ごまかしも効かない。

相手が自の部下から、正確な報告をけているとわかったからだ。

「そもそも今回の計畫は、魔王領が帝國に手出しできないようにするためのもの。ご子息を人質として送り出したのも、向こうを油斷させるためです。なのに、先方の將軍を怒らせてどうするのですか。まったく」

「し、しかし、わしは計畫の通りに──」

「ご子息に罪をなすりつけるように提案するのも計畫のうちか!? 私はそんなことまで頼んではいない!!」

「……ひっ!?」

「銀を余分に引き出す計畫を、ライゼンガ將軍が拒否した時點で引き下がるべきでしたね。そうであれば、話はそこで終わっていただろうに……」

長いため息が、公爵の執務室に響いた。

「とにかく、魔王領から銀を引き出す計畫は中止です。ですが、魔獣討伐(まじゅうとうばつ)は予定通り行うこととなりました。帝國と魔王領、共同でね」

軍務大臣は公爵を見下ろして、告げた。

「見返りはなくなったが。魔王領に、帝國の強さを思い知らせるにはいい機會でしょう。そうすれば魔族や亜人たちが、こちらに害をなすのを防げますのでね」

「は、はい。その際には、このバルガ・リーガスもお供いたします」

「いや、公爵には別の場所で活躍(かつやく)していただきたい」

沈黙が落ちた。

公爵の反応がないのを確認して、軍務大臣ザグランは、

「現在、帝國の南方で小國との小競り合いが起こっている。公爵にはそこで、兵士の一人(・・・・・)として戦っていただこう」

「……え」

「詳しくは、帝國の高會議の席にてお伝えします。すでに皆さまお集まりです。さぁ、こちらに」

「お、お待ちを! 弁明(べんめい)の機會を!!」

「それは會議で申し上げればよろしい。ああ、それから──」

公爵の言葉をさらりと流して、軍務大臣は続ける。

「ご子息の話は、なさらない方がいいだろう」

「──え」

「魔王領に送り込んだ者──トール・リーガスのことは、會議では句(きんく)です。その件を公爵家(こうしゃくけ)の功績として主張するのは無意味です。逆に、陛下の心証(しんしょう)を悪くすると考えられよ」

「ど、どうして……」

「ご子息が、規格外すぎるからですよ」

軍務大臣はため息をついた。

「魔王領に送り込まれて數日で、魔王領に武名をとどろかせる將軍に『娘婿(むすめむこ)』とまで呼ばれる者。しかも本人は、帝國が自分を生(い)け贄(にえ)として差し出されたことを知っている。當然、帝國やあなたへの悪もあるでしょう。そんな人間を、どう扱えばいいのですかな?」

「──あ、ああ」

公爵のが震え出す。

軍務大臣の指摘は、公爵の最後の切り札を封じてしまった。

『危険をかえりみず、我が子を魔王領へと送り込んだリーガス公爵』

その主張だけが、帝國最高位の高會議で公爵のを守ってくれるはずだった。

だが、それはもう、使えないのだ。

「まさか、今さらご子息を利用しようとは考えていないでしょうな?」

軍務大臣ザグランはため息をついた。

「斷っておくが、ご子息を利用できなくしたのは貴公だ。貴公は、ただ、ご子息を人質に出すこともできた。なだめすかして協力を求めることもできた。しかし、そうしなかったのでしょう? あなたの家に勤(つと)めていた者に聞いたのですが……あなたは彼をののしって、死んでこいといって送り出したとか」

「……ああ」

公爵は顔をおさえて、うめいた。

「……だ、だが、あやつは戦えない役立たず。無能な人間で──」

「無能な者ならそのように扱うのもいいだろう。だが、ご子息は本當に無能だったのですか? 彼はすでに、魔王領の將軍の信頼を得ているようだが?」

「だ、だとしても! 帝國のためにを捧げるのは、貴族として當然のこと──」

「ご立派な考えですね。では、あなたもそれを実行なさい」

「……え」

「現在、帝國は北の魔王領を大人しくさせる必要がある。そのため、あなたが帝國の上級貴族でいることは、帝國のためにはならない。ですからあなたも、帝國のために爵位(しゃくい)を捨てる覚悟をお持ちください」

冷え切った聲が、公爵の耳に屆いた。

「それとも……まさかご子息に要求したことを、自分ができないとはおっしゃらないでしょうね?」

「…………あ、あ、ああああああ!」

「個人的には、トール・リーガスが魔王領に行ってしまったことを殘念に思いますよ。あなたのご子息は、よい道となってくれるかもしれなかったのに」

「────」

「ああ、ガルア辺境伯は同行しませんよ。彼には別の席で話をうかがいます。彼はそれまで、自宅謹慎(じたくきんしん)です。では、ご同行ください。バルガ・リーガス公爵」

リーガス公爵は、もはや、言葉もなかった。

彼は馬車に乗せられ、宮廷での會議に出席することとなった。

その席で言い渡された罰(ばつ)は、次の通り。

・魔獣討伐(まじゅうとうばつ)の兵のための資金と兵糧(ひょうろう)の提供。

・魔王領から得られるはずだった4年間の銀に相當する資金の供出。

・爵位(しゃくい)を公爵(こうしゃく)から伯爵(はくしゃく)に降格。

・汚名返上(おめいへんじょう)をむのであれば、帝國南方での戦闘に參加すること。

・その後で帝國は、リーガス伯爵家(・・・)の扱いを決める。

會議の最中──

「せめて手柄を立てる機會を! 一兵卒(いっぺいそつ)ではなく、10人隊長に」

──と願ったリーガス伯爵(はくしゃく)の希により、彼は10人の兵を率いる隊長として、南へ向かう準備をはじめることとなった。

こうして、帝國隨一(ずいいち)の貴族、リーガス公爵家は、社界から完全に姿を消した。

そして、リーガス伯爵家(・・・)は、長い冬の時代を迎えることになったのだった。

第30話は、明日の午後6時ごろに更新する予定です。

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