《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第30話「魔王ルキエから話を聞く」
──魔王ルキエ視點 ──
ライゼンガ將軍が辺境伯ガルアを追い返した數日後。
魔王ルキエは、玉座の間で、宰相ケルヴと話をしていた。
玉座の間には機が置かれ、その上には、二通の書狀がある。
一通は、ライゼンガ將軍が送ってきた、今回の渉についての報告書。
もう一通は、ドルガリア帝國皇帝の名で送られてきた書狀だった。
「『──ゆえに、ドルガリア帝國は魔王領と共同で、「魔獣ガルガロッサ」の討伐を行うことを願う』──か」
魔王ルキエは、書狀を機の上に戻した。
「これが、帝國から來た書狀の中か」
「はい。ライゼンガ將軍の報告書がこちらに著いた數日後に、魔王領へと屆いております」
「対応が早すぎるのが気になるな」
「おそらく、ガルア辺境伯(へんきょうはく)一行の中に、帝國高の部下がまぎれこんでいたのでしょう。その者が早馬を走らせたのだと思われます」
「書狀には『あの提案は、辺境伯とその仲間が暴走したもので、帝國の総意ではない』とあるな……」
「トール・リーガスどのの件ですね」
「……ああ。そう、じゃな」
魔王ルキエは、靜かにうなずいた。
それから彼は、ライゼンガからの報告書に視線を移す。
こちらには、ガルア辺境伯の言について、事細かに記してあった。
(『帝國に銀を送る期間を延ばす代わりに、このライゼンガに賄賂(わいろ)を送るとの提案がありました』──か)
読むのは5回目くらいだ。容はほぼ、覚えている。
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辺境伯ガルアが、ルキエの友人になにをしようとしたのかも、すべて。
(『辺境伯めは、そのころが明るみに出たときには、責任をすべてトール・リーガスどのに押しつけるようにと。トール・リーガスどのが帝國に戻るための裏工作をしていたことにして──あのお方を……闇に葬(ほうむ)れと!!』──)
報告書に書かれたライゼンガの文字がゆがんでいる。
おそらく、必死に怒りを抑えながら書いたのだろう。
魔王ルキエの手も震えていた。
中でも怒りを覚えるのは、帝國からの書簡に書かれた一文だ。
『この件は辺境伯ガルアと、リーガス公爵(こうしゃく)の獨斷(どくだん)につき──』
(リーガス公爵──トールの父親が自分の息子を、利用して、闇に葬(ほうむ)れと言っただと!? 父親が息子を!? トールは一……帝國でどのように扱われていたというのじゃ……)
これが帝國の総意(そうい)でなくてよかったと思う。
そうでなかったら魔王ルキエは、トール以外の人間すべてを嫌いになっていたかもしれない。
彼も、帝國がトールを捨てたことは知っていた。
トールは使者ではなく、人質──いけにえとして魔王領に送り込まれたのだと、彼自が話してくれた。
ルキエはトールを信じている。だから、その通りなのだろうとは思っていた。
だが彼が、これほどまでにひどいあつかいをけているとは思っていなかったのだ。
「……これが……こんなことが……公爵とやらは自分の子を……トールを!!」
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「陛下……」
宰相ケルヴが心配そうにつぶやく。
それを聞いた魔王ルキエは、を押さえて深呼吸する。
『認識阻害(にんしきそがい)』の仮面にれて、自分が魔王であることを再確認する。
(……余(よ)、ルキエ・エヴァーガルドは魔王じゃ)
(この仮面をつけている間は、魔王らしく振る舞わなくてはならぬ……)
部屋には宰相(さいしょう)ケルヴしかいない。
だが、ドアの外には警備のミノタウロスがいる。廊下にはメイドたちもいる。
彼らを不安にさせるわけにはいかない。
仮面を著けている間は、できるだけ落ち著き、威厳(いげん)を保(たも)たなければいけないのだ。
「……すまぬな、ケルヴよ。もう落ち著いた」
「いえ、お気持ちはお察しいたします。私も、この件については予想外でしたので」
「……じゃろうな」
「それで、トールどのの今後についてですが──」
「なにも変わらぬ!」
魔王ルキエは宣言した。
「帝國貴族のしたことなどで、トールの扱いが変わってたまるか。あの者は帝國からの使者で、魔王領の賓客(ひんきゃく)であり、余の直屬の錬金師じゃ。なにも変わらぬ!」
「私も、異存はございません。トールどのは、すでに魔王領の重要人ですからね」
宰相ケルヴは一禮し、それから、目を伏せて、
「ですが今回の件について、他の者にはどこまで伝えますか?」
「渉の結果については伝えてもよい。じゃが、トールの件については、できれば余と汝(なんじ)だけのとしたい」
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トールは魔王領の賓客だ。それは変わらない。
だが、彼が実の父に利用されようとしていた事実は──あまりにもつらすぎる。
魔王領の皆に、知られたくはない。
皆が気を遣うことで、トールが引け目をじるかもしれないからだ。
(トールには、のびのびと研究をしてしいのじゃから)
そう考えて、魔王ルキエはうなずいた。
「ライゼンガも、この件は極(ごくひ)にしたいと書いてある。余も賛じゃよ」
「トールどのご本人には、どうされますか?」
「……それは」
「將軍はトールどのには、辺境伯が言ったことについて伝えるべきではないと書かれております。ですが、私はそうは思いません。今後、帝國からトールどのに手紙が來ることもありましょう。その際、今回の件を知っているかどうかで対応が変わります。報がなければ、間違った対応をしてしまうかもしれません」
宰相ケルヴはうつむいたまま、そう言った。
「ですから、私はありのままを、トールどのに伝えるべきだと思います」
「……そうじゃな」
「城でこの件を知るのは陛下と、このケルヴとのみ。ならば、私がトールどのに──」
「トールは余の錬金師(れんきんじゅつし)じゃ」
魔王ルキエは、ゆっくりと首を橫に振った。
「今回のことは、余からトールに伝える」
「よろしいのですか、陛下」
「これは余の責任じゃ。鉱山の開発に許可を出したのも余であり、帝國との渉を許したのも余じゃ。ならば、その結果についても……余が責任を取らなければなるまい」
「……陛下」
「ちょうどトールの部屋を訪ねようと思っておったところじゃ。その席で伝えよう」
魔王ルキエは、玉座から立ち上がった。
顔半分を覆う仮面の下、口元だけで笑ってみせる。
「なぁに……余は、魔王じゃぞ。これくらいのこと、普通に、なんでもないことにように、トールに伝えてみせるのじゃ」
「……承知いたしました。お願いいたします。陛下」
「うむ。任せておけ」
うなずいて魔王ルキエは歩き出す。
膝をついたままの宰相ケルヴの橫を通り過ぎる。
「──私は、トールどのに謝しているのです」
ふと、宰相ケルヴがつぶやいた。
「ライゼンガ將軍の『原初の炎』の誓いがあったからこそ、私は將軍の報告がすべて事実だと信じることができました。將軍はなにも隠さず、ありのままを伝えてくれたのだと、心から信じることができたのです」
宰相ケルヴは正面を見據えたまま、告げる。
「帝國貴族の謀(いんぼう)は巧妙(こうみょう)でした。もしも、私たちが將軍を完全に信じることができなければ……將軍がしでも事実を隠していたら……私たちと將軍の間には、埋められないができていたかもしれません」
「……そうじゃな」
「將軍の『原初の炎』の誓いのきっかけになったのは、トール・リーガスどのです」
玉座の間に、宰相ケルヴの聲が響いていた。
「私は宰相(さいしょう)として、トールどのに恩義(おんぎ)がございます。もしもトールどのがむことがあるならば、私はできる限りのことをするつもりです」
「そんなことを言って……トールが山のようにマジックアイテムを持ってきたらどうするのじゃ」
「そ、それは……」
「……お主の気持ちは伝えておくよ。ありがとう、ケルヴ」
そう言って、魔王ルキエは玉座の間を出ていったのだった。
十數分後。
魔王ルキエはトールの部屋の『簡易倉庫』の中にいた。
今日はお茶會の日だ。
目の前には、メイベルが淹れてくれたお茶と、熱々の焼き菓子がある。
トールとメイベルは新作アイテム『レーザーポインター』の話題で盛り上がっている。
ルキエも話は聞いている。
魔獣討伐の前に、一緒にあのアイテムの実験をすると約束していたのだ。
「ルキエさまも、あの『レーザーポインター』は気にってくれると思います」
「私の魔の飛距離がすごくびたんですよ。自分でも信じられないくらいです」
トールとメイベルは焼き菓子をつまみながら、笑っている。
つられてルキエも笑顔になるが──それが微妙に、ひきつってしまう。
(──帝國との渉の中で起きたことを……トールに伝えなければ)
そう思いながら、魔王ルキエは焼き菓子をかじる。
この焼き菓子を飲み込んだら──このお茶を飲み込んだら──
トールとメイベルは笑っている。邪魔したくない。話をするのは、話題が途切れてから──
せめてあと3分──1分。
そんなことを繰り返しているうちに、ルキエは自分の失敗に気づいた。
帝國のことを伝えるなら、玉座の間でするべきだったのだ。
ルキエの手は無意識に、『認識阻害(にんしきそがい)の仮面』を探していた。
あの仮面があれば、ルキエは魔王として話をすることができるからだ。
仮面の魔王としてなら、部下に話をするのも、罰を與えるのも難しくはない。
でも、ここは友人同士のお茶會の席だ。
ルキエも仮面を外して、ひとりの──トールの友人としてここにいる。
その席で、彼の父親がしたことについて話すのは、つらすぎた。
そんな當たり前のことを、今になって気づいてしまったのだ。
(でも……言わなければならぬ。余の役目なのじゃ)
(トールは以前、『自分は帝國から送り込まれた人質で生(い)け贄(にえ)』だと、なんでもないことのように話してくれた)
(同じようにすれば大丈夫じゃ……きっと大丈夫。トールは、わかってくれる)
魔王ルキエは、ゆっくりと深呼吸。
トールとメイベルが話を止めたタイミングで、口を開く。
「あ、あのな。トール。ライゼンガのところで行われていた、帝國との渉についてなのじゃが」
「はい。ルキエさま」
トールがお茶のカップを置いて、ルキエの方を見た。
「そ、その渉で、ちょっとしたトラブルがあったのじゃ……ちょっとした、ことがな」
自分の聲が、震えているのがわかった。
それでも必死に、ルキエは説明を続ける。
「こ、困ったものじゃよなぁ……その席で、帝國の辺境伯とやらが……とんでもないことを言い出してなぁ……」
「はい」
「まったく、ろくでもない貴族……が、いたものじゃ……こともあろうに…………ラ、ライゼンガを利用して…………奴に銀の橫流しを……させてな……一部を賄賂(わいろ)として……ライゼンガに戻して…………り、りえきを……得て、な……それを……それを」
「ルキエさま!? どうしたんですか!?」
「陛下! 魔王さま!?」
(あれ?)
(どうしてトールとメイベルは、びっくりしているのじゃろう)
「……へんきょうはくは……いったのじゃ……鉱山から出る銀を……橫流し、して……ライゼンガに……ライゼンガにな……わいろを…………おくってな。それが……魔王領にばれたときには…………」
ぽた。
ぽたり。
目が熱いと思った。
テーブルの上に、水滴(すいてき)が落ちた。
「…………こ、こともあろうに、トール……お主に罪を……なすりつけて……けして…………ひっく……けして……つまりは……ころ……して……それをしたのは……へんきょう、はくと……おぬしの…………おぬしの!」
「ルキエさま! 落ち著いてください……」
「陛下……どうして……」
トールとメイベルの聲が、そろった。
「「……どうして、泣いているのですか……」」
「……あ」
言われて初めて、ルキエは自分が泣きじゃくっていることに気づいた。
聲も震えている。顔を手でぬぐうと、涙でぐしゃぐしゃだ。
魔王なのにけない──そう考えて、ここがトールの作った『簡易倉庫』だということを思い出す。
ここは素顔になって、一人のの子になっていい場所。
だったらいいか、と思って、ルキエは涙を止めるのをあきらめた。
「…………じゃ、じゃからな。ていこくの……ものが……トールを……トールを……」
もう、無理だった。
「…………ひっく。うくっ。あのな。トール……お主はなにもわるくない……わるくないのに……ひどいことを言ったやつが……!! 余(よ)のだいじなトールに……あんなひどい、こと……を……うぅ」
「お、落ち著いてください、ルキエさま!」
「話はゆっくりうかがいますから。ね」
優しい目で自分を見つめるトールとメイベル。
それを見ても、ルキエの涙は止まらず。
結局、涙聲のまま、彼は帝國とトールの父について、すべてを話し終えたのだった。
──トール視點──
「そんなことがあったんですか……」
ルキエの話を聞き終えた俺は、ため息をついた。
「わかります。うちの父親のやりそうなことですから……」
「…………うぅ。ぐすっ」
「泣かないでください。お茶でも飲んで落ち著いて……って、冷めちゃってますね」
「すぐに淹(い)れ直しますね。々お待ち下さい。陛下」
メイベルが急いでヤカンを火にかける。
やがてお湯が沸いて、3人分のお茶がテーブルに並ぶ。
それに口をつけて……ため息をついて、
「……取りして、すまなかった」
ルキエはやっと、落ち著いたみたいだった。
いつもの黒いワンピースのを押さえて、ルキエは、ほぅ、とため息をついて、
「……冷靜に伝えるつもりじゃったのに……逆に……お主たちを困らせてしまった……」
「大丈夫です。ルキエさまのおっしゃりたいことは、ちゃんと伝わりましたから」
いきなり泣き出してしまったのは、びっくりしたけど。
ルキエの話の容は、ちゃんと伝わってる。
ライゼンガ將軍は予定通り、帝國のガルア辺境伯と會談をしたそうだ。
その席でガルア辺境伯は、將軍に魔王ルキエをだまして、帝國に銀を橫流しするように頼んだ。
そして、それがルキエにばれたときには、俺に罪をなすりつけるようにと言ったらしい。
『トール・リーガスが帝國に戻る裏工作のために、將軍をだまして、銀を使っていたことにしましょう』とか。
どう考えても通る理屈じゃないんだけど。
そもそも俺は、帝國に戻る気はないし。ルキエもそれは知ってるし。
ライゼンガ將軍がそんな話に乗るわけがないし。
その辺境伯って、魔王領の人たちに興味がないんだな。
しでも將軍のことを知ってれば、そんな話が通じないってのはわかったはずなのに。
で、その話を聞いたライゼンガ將軍は激怒(げきど)した。
辺境伯を追い出して、あらいざらい手紙に書いて、ルキエに伝えた。
帝國も辺境伯のミスに気づいて、謝罪(しゃざい)の手紙を送ってきた。
その書簡に書いてあったそうだ。
俺に罪をなすりつけようとしたのは帝國の総意ではなく、一部の貴族の暴走だと。
その貴族とは、ガルア辺境伯とリーガス公爵──つまり、俺の父親だと。
ルキエは、それを俺に伝えようとしてくれたんだ。
「……余は、信じられないのじゃ。どうしてこんなにひどいことができるのか」
泣きはらした目をこすりながら、ルキエは言った。
空いた手は、なぜか、ずっと俺の手を握ってる。
ルキエが泣いてるとき、うっかり俺が頭をなでちゃったときからだ。
それからルキエはずっと、俺の手を放さそうとしない。
「仮にも……リーガス公爵はトールの親じゃろう!? 人質……いけにえとして魔王領に追放しただけでなく、この期に及んでもお主を利用しようなどと……余には信じられぬのじゃ」
「……ルキエさま」
「こ、この話をしたあと……トールがどんなに悲しむか考えてしまったら……な、泣けてきてしまって……トールが、気の毒で……どうしようもなくなってしまったのじゃ……」
「ルキエさまは、いい人ですね」
俺は言った。
「こういったら失禮ですけど……ありがとうございます。俺のために、泣いてくれて」
「……う、うるさい。すごく恥ずかしかったのじゃぞ」
ルキエは赤い目を細めて、俺を見た。
それから、肩を落として、
「余(よ)は……魔王としては、まだまだじゃな。仮面を著けた狀態なら冷靜に……お主に事実のみを伝えることができたじゃろうに。仮面を外したとたん、泣き出すとはな……自分がけないのじゃ」
「ここはお茶會の席ですよ。ルキエさま」
俺は言った。
「『ここではルキエと呼べ』と言ったのはルキエさまじゃないですか。いいんですよ。ここはの場所なんですから。そういうことにしておきましょう」
「……う、うむ……そうじゃな」
ルキエはメイベルが差し出したハンカチで顔をぬぐい、うなずいた。
「トールは余の友じゃからな。友がひどい目にあったのに……泣けないようでは……それこそ恥ずかしいからな。トールが泣かない分、余が泣いた。それでいいのじゃ」
「俺としては、ルキエさまを泣かせた分、うちの親父をぶん毆りたいですけどね」
「そのためにお主を帝國に行かせる気はないぞ」
「わかってます。言ってみただけです」
「……じゃが、余はわからぬ。どうしてお主の父親は、ここまでするのじゃ? トールが邪魔だったのなら、魔王領に追放しただけで十分ではないか。どうして……罪をなすりつけて……利用して……」
「泣かないでください。ルキエさま」
「……泣いておらぬ」
代わりにルキエは手に、ぎゅっ、と力をこめた。
しばらくは俺の手を放す気はないみたいだ。
そこまで心配させちゃったのか……。
「俺は、どこにも行きませんから」
「……ん」
「それと、俺の父親がここまでする理由ですけど……たぶん、帝國の方針が原因のひとつだと思うんです」
「帝國の方針じゃと?」
「ドルガリア帝國が、強さを至上としている……強さ第一主義だというのは話しましたよね。そのせいで、俺が追放されることになったってことも」
「……うむ」
「そのために、トールさまはお父さまにうとまれたと聞いております……」
ルキエがうなずき、メイベルは心配そうに俺を見てる。
俺は続ける。
「當然、父──いや、リーガス公爵も強い戦士です。そして公爵の父親は『剣聖』と呼ばれる剣の達人でした。俺の祖父です。でも祖父は……齢(とし)を取ってからはお酒が大好きになって……酔ったところを盜賊に殺されちゃったんですよ」
「……え」
「……そうなのですか?」
「當時は俺も小さかったから、よく覚えてないんですけどね。ただ、子供心に思ったんです。いくら強くなったって、隙(すき)を突かれたら殺される。齢(とし)を取って弱くなることもある。なのに強くなればなるほど、自分を倒して名を上げようとする者にぶちあたるんですよね……」
祖父を殺した盜賊も、実は最強を目指していた戦士だったって話もある。
剣聖になるために、祖父もたくさんの相手と戦ってたらしいからね。あり得ない話じゃないんだ。
「だったら、最強を目指すのはあんまり意味ないんじゃないか。錬金スキルを活かして、頭脳労働をやった方がいいかなって、俺はそんなふうに思うようになったんです」
「トールらしい発想じゃな」
「目に見えるようです」
「だから、最初から俺は強者(きょうしゃ)を目指すのをあきらめてたんです」
でも、帝國の人々は、みんな強い者になろうとしてる。
それは帝國の礎(いしずえ)を作った勇者の強さが桁外(けたはず)れだったからだ。
この世界の人の強さを100としたら、勇者の強さは100000くらい。
隙を突かれても大丈夫だし、多おとろえても問題ない。
だから帝國の人たちは、勇者のような強さを目指してる。
安定した、最強の狀態でいるために。
「だから帝國の人たちは──うちの父も含めて──勇者のようになるために、権力や功績や……使えるものはなんでも道として使おうとしてるんじゃないかと」
「それが……公爵がお主を犠牲にしようとした理由か……?」
「たぶん、ですけどね」
「余にはまったく理解できぬぞ」
「安心してください。俺にもできません」
「……良かった」
「なにがですか?」
「トールと同じ考え方を持っていることが、うれしいのじゃよ」
「はい。私もトールさまと同じです。まったく理解できません」
「そっか」
俺とルキエとメイベルはうなずいて、また、お茶を飲んだ。
「ところで、ルキエさま」
「なんじゃ、トールよ」
「……そろそろ、手を放していただいた方が……」
「……う、うむ」
ルキエは、真っ赤な顔でうつむいて、
「すまぬ。余は、トールが父親にひどいあつかいをけたことを知って、すごくさみしくなったのじゃ。あんな父親のもとで暮らしていたことを考えてしまってな。そのとき、側にいられなかったことが、悔しくて、それでつい、手を握ってしまったのじゃ」
「そうだったんですか……」
「せめて今日はトールがさみしくないように……眠るまで手を繋いでいたいのじゃが……いや、さすがにそれはわがままじゃな」
「うれしいですけど。ちょっと難しいですね」
俺は、誰かと手を繋いで眠ったことはないから……魅力的な提案ではあるんだけど。
「陛下はの子なんですから。俺と一緒に眠るのは──」
「な、なにもせぬぞ! た、ただ、手を繋いで眠りたいだけじゃ」
「陛下。お気持ちはわかりますけれど……」
メイベルが困った顔になる。
「眠るまでというのは無理だと思います。陛下がトールさまのお部屋に泊まるわけには參りませんし、陛下の自室は男子制です。別室にはメイドたちも控えております。トールさまをお部屋にれるのは……無理だと思います」
「そうじゃな。わかっておるのじゃ」
殘念そうにつぶやくルキエ。
彼にも、無理なお願いだってわかってるんだろう。
でも、俺は魔王陛下の錬金師だ。
なにか方法を考えてみよう。
もちろん、難しいとは思う。
ルキエが俺の部屋に泊まることもなく、ルキエの自室に俺が泊まることもなく。
お互いが自室にいながら、手を繋いで眠る方法なんて──
「あった」
『通販カタログ』を開いてみたら、使えそうなものがあった。
すごいな、勇者の世界の本!
こんな事態にも対応できるようになってるのか……。
「あの、ルキエさま」
「うむ。トール」
「ルキエさまが『俺』の手を握って眠るか、俺が『ルキエさま』の手を握って眠ればいいんですね?」
「そうじゃな。それなら……おたがい、さみしくないからの」
「わかりました。では、これを作ってみます」
俺は『通販カタログ』のページを指し示した。
「ちょっと変わった素材が必要なんですけど、手伝ってもらえますか?」
「これでなんとかできるのか? いや、いくらトールでも無理では……」
「大丈夫ですよ、陛下。トールさまが作られるものですから」
笑みをうかべてうなずくルキエとメイベル。
俺は『通販カタログ』を確認する。
本當にこのアイテムなら、ルキエの願いを葉えることができるかもしれない。
リーガス公爵のことは、もう、どうでもいい。
でも、ルキエが喜ぶなら、マジックアイテムのひとつくらい作ってあげよう。
俺は彼直屬の錬金師だからね。
そんなわけで、俺は安眠用のマジックアイテムを作ることにしたのだった。
第31話は、明日の午後6時ごろに更新する予定です。
このお話を気にった方、「続きが読みたい」と思った方は、ブックマークや、広告の下にある評価をよろしくお願いします。更新のはげみになります!
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