《【書籍化】馴染彼のモラハラがひどいんで絶縁宣言してやった》林間學校~花火、最後の悪あがき~③

夕食の片づけがすべて終わると、生徒會メンバー以外の一般生徒は一旦宿舎に戻らされた。この間に浴を済ませる流れになっているのだ。

大浴場へ向かうため著替えを取りに部屋へ戻ると、鞄の下に見慣れないメモが挾まれていた。

「あれ? いつの間に……?」

なんだろうと思いつつメモを広げると、雪代さんからのメッセージだった。

『一ノ瀬くんへ

キャンプファイヤーがはじまる前に、二人だけで話したいことがあります。

宿舎の裏で待っているので來てもらえますか?

雪代 史』

不在にしている間に訪ねてきた雪代さんが置いて行ったのだろうか。

隣の席だということもあり、雪代さんの筆跡はわかる。雪代さんは今時珍しくものすごく達筆なので、一目見たら忘れようがなかった。手紙は雪代さんのもので間違いなさそうだ。

このあとすぐまた會えるのに、いったいなんの用だろう?

二人だけと書いてあるから、深刻な用事なのかもしれない。

雪代さんをこれ以上待たせたくはないという一心で、深くは考えず急いで宿舎の裏に向かう。

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今思えば、それがよくなかった。

「隨分と待たせてくれたじゃないか、一ノ瀬」

息を切らして宿舎の裏に辿り著くと、そこには雪代さんではなく、桐ケ谷たちの姿があった。

「こんな原始的な方法に引っかかってくれるとはな! よし、縛れ!」

「は……?」

縛れって……。

桐ケ谷の発した意味のわからない命令を発する。奴の仲間たちは心得たとばかりにサッと俺を取り囲んだ。呆気に取られている間に、俺はロープで縛りあげられてしまった。

おいおい、何考えているんだこいつら。ありえないだろう……。

「なんのつもりでこんな暴挙に出たんだ。勝手に他學年の學校行事についてきたりして、學校側にこれがバレたら停學処分ぐらいけるぞ」

「うるさい! 姫の気持ちを取り戻すためには、このぐらいのことをする必要があったんだよ!」

「姫? ……まさか、花火のことを姫って呼んでるのか……?」

正気を疑いながら尋ねたら、桐ケ谷は真っ赤な顔で俺を睨みつけてきた。

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「おい! 腕だけじゃなく口も縛れ!」

後ろ手に縛られている俺はろくに抵抗することもできないまま、口に猿轡をかまされた。

ずいぶんと準備がいい。

どうせ今暴れてみたところで、多勢に無勢、無駄に疲れるだけだから、大人しく様子を見ることにした。

俺のジャージのポケットには、夕食作りの時に使ったサバイバルナイフがっている。

に移す機會さえ誤らなければ、そのふたつを使って逃げ出すことは可能だ。

呼び出されたのが風呂にった後だったら、ナイフを持っていなかっただろうから、桐ケ谷たちの判斷ミスのおかげで助かったようなものである。

「あとは指示された場所に連れていくだけだな。來い」

暴に背中を押され、宿舎の裏手に広がる林の中へ連れて行かれる。

林の中は急な坂になっていた。縛られた狀態で、月明りだけを頼りに下っていくのはかなり大変だ。桐ケ谷たちなどは懐中電燈を持っているのに、何度も躓いている。

「はぁ……はぁ……。ここまでくればび聲をあげても誰にも聞こえないだろう。よし、こいつを木に括りつけるぞ」

息切れをしている桐ケ谷たちが、俺のを木に縛りつける。

「これでおまえはもうキャンプファイヤーに參加できない。殘念だったな!」

桐ケ谷たちはせせら笑いながら、暴に猿轡を解いた。

この場所でいくらんでも、宿泊施設までは屆かないとわかってのことだろう。

「――キャンプファイヤーに參加させない、それが目的か?」

「そのとおりですよ」

俺の問いかけに答えたのは桐ケ谷ではない。

その聲を聞き、うんざりするより先に驚いた。

「まんまと捕まってくれて、ありがとうございますセンパイ」

「花火……」

懐中電燈を手に、おぼつかない足取りで崖を降りてきた花火のことを、桐ケ谷が慌てて助けにいく。花火はそんな桐ケ谷を煩わしげに払いのけてから、得意げな顔でふんぞり返ってみせた。

「……こんなところで何してるんだ?」

俺の回りで起こる煩わしい事態は、いつだって花火絡みだったけれど、さすがに今回は予想外だ。

だって、まさか林間學校でやってきた人里離れた山の中に、他學年の花火が姿を見せるとは思わないだろう。

「はい、ご苦労様です。でも、もう十分なんで戻っていいですよ」

まるで蟲を追い払うように、しっしと手を払う花火。普通なら怒りそうなものなのに、一度花火にこっぴどく振られている桐ケ谷は、花火の機嫌を損ねるのを恐れるように、仲間を連れて慌てて去っていった。

「さあ、センパイ。邪魔者はいなくなりました。私とふたりきり、ゆーっくりおしゃべりしましょうねえ?」

月明りを背にした花火が、にいっと笑う。

花火がしでかしてきたことの中で、一番呆れさせられた。

他學年の學校行事に紛れ込み、問題ごとを起こすなんて正気の沙汰じゃない。

「桐ケ谷たちにも言ったけど、學校側に知れたら停學は免れないぞ」

「あはっ。停學なんてそんなもの」

花火はそう言うと、肩を竦めてみせた。

「この學校に伝わるジンクスのことは私だってちゃんと知っていますよ。だから絶対にセンパイをキャンプファイヤーには參加させてあげません」

「は?」

「はぐらかそうとしたって無駄ですよ。雪代史にわれたんでしょう? キャンプファイヤーのとき一緒に過ごそうって」

頭が痛くなってきた。

「まさか、俺の邪魔をするためだけに、わざわざ林間學校に紛れ込んだのか?」

「もちろんです」

「ありえないだろ。そんなことのために……」

「えー。そんなことなんて言っちゃいます? 私にとっては大事なのに、ほんとにひどいセンパイですねえ」

なんで俺の私生活が花火にとって大事なのか、まったく理解できない。理解したいとも思わないが。

手首を縛られ、木に括りつけられている俺と自由な花火。

自分のほうが圧倒的優位にあると思ったらしい花火は、得意げな態度でいつものモラハラ発言を繰り出してきた。

「こんなことになったのも、もとはと言えばすべてセンパイのせいなんですよ? センパイが學校中に広まっている噂をちゃんと気にして林間學校を休んでいれば、私だってここまでしなくて済んだんですから」

「……」

「ちゃんと反省してくださいね、センパイ? センパイがどれだけ罪作りな存在なのか、思い出してもらわないと」

俺が言い返さないのをいいことに、花火の勝手な発言は加速していく。

それがこちらの思通りの展開であるとも知らずに。

俺は、俺を言葉責めするのに夢中になっている花火の隙をついて、手首を縛っているロープをしずつ緩めていった。

「今のセンパイは學校中の嫌われ者です。昔と同じ、センパイには私しかいないんだって思い知りましたよね? うふふふふ! いい気味!」

花火が高笑いするのと同時に、手首を締め付けていた縄がするりと解けた。

ここまでいけば、あとは容易い。

俺はジャージのポケットの中からサバイバルナイフを取り出し、木にを縛りつけているほうのロープを切斷した。

よし、これで完全に自由だ。

手を払いながら立ち上がると、余裕の態度で笑っていた花火の表が凍り付いた。

「は? ……え? は!? な、なんで!? センパイ、どうして自由にいてるんですか!?」

「桐ケ谷たちに猿轡なんて用意させる暇があったら、簡単には解けないロープの縛り方を調べさせるべきだったな」

解いたロープと切斷したロープを花火に向かって掲げてみせると、花火の口元がひくっと引き攣った。

これ以上、こんなところにいる必要はないし、キャンプファイヤーを一緒に見ようと約束した雪代さんを待たせてしまっている。

この場を去ろうとして花火に背を向けたところで、後ろから慌てたような聲が聞こえてきた。

「ま、待ってくださいっ!! だ、だめ……!! センパイをあの人のところへは行かせませんっ!!」

花火の勝手な訴えを無視して足をかす。

「だめですってば……!! センパイ!! いかないで――きゃっ!?」

切羽詰まったび聲が上がる。

その直後、ズザザザザザッという不穏な音が響いた。

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