《【書籍化】馴染彼のモラハラがひどいんで絶縁宣言してやった》林間學校~花火、最後の悪あがき~⑤

「……っ」

花火自も自分の涙に驚いたらしく慌てて頬を拭うが、一度溢れ出した涙は花火の意思に反して止まってはくれなかった。

「私だって本當は……ひっく……センパイが私を好きじゃなかったって……わかっていました……うっ……」

は……? 何言ってるんだこいつ……。

ていうか、なんだこの狀況……。

たしかに飴と鞭を切り替えて、憎まれながら絶縁するのではなく、お互いわだかまりのない狀況にして関係を斷ち切ろうとは思った。

でも、こんな意味の分からない展開になるとは微塵も予想していなかったから、心かなり衝撃をけている。

「でも、そんなの認めないって……思って……。だって、センパイは一生ずっと私だけのセンパイのはずだったのに……」

「……」

「こんなこと言うつもりもなかったし……センパイが私を好きじゃないって事実と向き合う気も……なかったのに……ううっ……。……私を見捨ててから冷たくなってしまったセンパイが……こんな辛いときにだけ……優しくしてくれたから……虛勢を張っていられなくなっちゃいました……えっぐ……ひっく……」

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俺はぽかんと口を開けたまま、花火を見返した。

數分前に、『何があっても花火は、意図的に弱味を曬すことはない』と思ったばかりだが、前言を撤回する。

この涙や発言を、そのまま信じる気には到底なれない。

もちろん、相手が花火でなければこんなふうに疑ったりはしなかった。

けれど、花火の人間がありえないレベルでクズだということを俺は嫌というほど知っているのだから。

今の狀況を真にけたりしたら、俺に學習能力がなさすぎるという話になってしまう。

「おまえ、何の意図があってそこまでを張った噓をつくんだ?」

花火はまた涙を溢れさせながら、短く息を吸った。

泣きすぎて呼吸がれ、肩が小刻みに揺れている。

優かと思うレベルの演技力である。

「……噓なんかじゃないです……」

「無理がある」

「……信じてもらえないのは仕方ないですね……。今までずっとへそ曲がりな態度を取ってきたせいだってわかってますし……」

「……」

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「……センパイ。ひとつだけ聞いてもいいですか……」

「何」

「……どうして私と縁を切るって言ったんですか……」

俺は思わず笑ってしまった。

どうして、だって?

「そんなこと俺の口からわざわざ説明をするまでもないことだろ」

「……説明してくれないとわからないです。……だから納得できなくて、何度もセンパイに尋ねようとしましたし……。突然突き放されたことに腹が立って、やり返したいって気持ちを抑えられなくなっちゃったんです」

かつての花火に対する怒りが沸々と湧き上がってくる。

俺をあれだけ苦しめておいて、當の本人はその事実に無自覚だったということが許せなかった。

「わからないんだったら教えてやる。花火、おまえは初めて會った稚園の頃から、俺が縁を切ると宣言するまで十年以上、俺にモラハラをし続けてきたよな」

「え……」

「白々しくとぼけるのはやめろ。口を開けば愚図だのゴミだの役立たずだの。そういう言葉や態度で俺をコンプレックス塗れの人間にして、自分にとって都合のいいようにり続けただろ」

花火は真っ赤になった目を見開いたまま、茫然としている。

「自分の奴隷扱いするために暴言を浴びせてきたよな? 忘れたとは言わせないから」

「ち、ちが……。違います……っ……」

勢いあまってかしたせいで右足が痛んだのか、花火は息を呑んで顔をしかめた。

俺は飴と鞭計畫のことも忘れて、そんな花火を冷ややかに見下ろした。

花火の呪縛から逃れられて以來、俺の人生は幸せなものになったけれど、かつての辛かった日々を思い出すと、やっぱりまだどうしても苛立ちを隠せない。

そもそもその怒りを消し去る必要もないと思えた。

モラハラやDVの被害者は、『自分にも悪いところがあった』と考えてしまうために泥沼にはまるのだと知ったから。

自分の人生を取り戻して以降の俺は、當時の自分のことを責めないよう努めるようにしていた。

花火は俺が怒りのこもった目で睨みつけると、ヒッと言ってを震わせた。

本気で怯えているのか、これも演技なのか判斷はできないがどっちでもいい。

「……私、センパイを奴隷だと思ったことなんてないです……。だってセンパイは私の彼氏だったじゃないですか……」

「だから、彼氏っていう名目の奴隷だろ? どういうつもりで俺を彼氏だと呼んでいたのか知らないけど、どうせ周囲に裁が悪いとかそんな理由だろうし」

「なんで……そんなこと……。……そんなの……! そんなのセンパイのことが好きだからに決まってるじゃないですか……っ」

「…………………………………………は?」

花火が泣き出したときも予想外の展開過ぎてかなり驚いたが、まさかそれ以上の衝撃を與えてくるとは。

今まで一度だって花火から好きなんて言われたことはない。

……だめだ。俺にはこのモラハラの思考をまったく理解できないや。

「単純に疑問なんだけど、泣いたり、好きだって言ったり、そういう噓をついてどんな得があるんだよ」

「だから噓じゃないんです……! 私は本當にセンパイが好きで――」

「ふざけた噓をつくなよ!」

「……っ」

いい加減、堪忍袋の緒が切れた。

「好きな相手を貶したりするわけがないだろ。好きな相手のことを馬鹿にする人間がどこにいる? 好きだったら傷つけるようなことを言ったりしないだろ」

「……」

「好きな相手ならその人の幸せを願うはずだ。でもお前が俺にくれたのは不幸と絶だけだよ」

「……………………」

「おまえと過ごした十年間、俺が幸せだった日は一日だってなかった」

また花火の両目から大粒の涙が溢れ出した。

馬鹿馬鹿しい。くだらない。

視界にれていたくなくて、俺は花火に背を向けた。

やはりもう一秒だって花火と一緒にいたくはない。

そう思って立ち上がろうとしたとき――。

「………………ごめんなさ……」

ほとんど聞き取れないような聲で花火が謝罪の言葉を口にした。

我が耳を疑いながら振り返る。

何度か考えたように、涙も好きだという言葉も、たとえ演技であったって花火が口にするとは思えなかったが、俺にたいする謝罪の言葉はレベルが違った。

俺に謝るぐらいなら、花火は死を選ぶようなやつなのだ。

冗談抜きで本気でそういう人間なのだ。

――だから、今の謝罪は偽りではない。

十年間花火にげられてきたからこそ、それがわかってしまった。

「ごめんなさい……ごめんなさい……。……センパイには私しかいないって思ってほしかったんです……。すごく好きだったから……っ。……ごめんなさい。……いつか誰かにとられちゃうのが怖くて……センパイの良さは私だけが知っていればいいから……って……。センパイをダメな人にして……誰からもされないようにしたかったんです……ごめんなさい……」

「……」

なんだよそれ……。

そんな勝手な気持ちを好意だなんて言ってしくない。

「花火は俺のことなんか好きじゃないだろ」

「そんなことない……センパイ大好きです……っ」

「違う。おまえは自分のことしか考えていないから。俺がどうなろうが、どう思うが気にしていないのに、どこが好きだよ」

「……そんな……だって……私にはセンパイしかないのに……。……私の想いは……センパイを不幸にするだけの間違った好きだったんだ……ううっ……うわああん……」

を丸めた花火が、児のような泣き聲をあげる。

俺は何を思えばいいのかわからないまま、複雑な気持ちで花火を見下ろした。

「――……い……どこだー……。……――おーい……一ノ瀬……!」

遠くのほうで誰かが俺の名前を呼んでいる。

その聲はしずつ大きくなっていく。

俺も崖の上に向かって、おーいと呼び返した。

花火は靜かな聲で泣き続けている。

どうやらこのまま見つけ出してもらえそうだ。

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