《12ハロンの閑話道【書籍化】》終わらない夢(8)

コーインヤノゴトシ。

冬に日本を訪れた時、ヨコタさんが教えてくれた日本の言葉だ。

意味は時が経つのははやいものだ、だとか。

パリ大賞典を勝利し、熱発で思うようにいかなかった秋競馬が終わってから一年が経った。

今年のセルゲイさんの気合のれようは凄いものが有る。昨年の凱旋門賞は怪我ならまだしもチャンピオンシップ後、熱発をおこし回避。管理制次第では避けられた運命であり、その事を悔やんでも悔やみきれなかったのだ。

そのため馬房は毎日殺菌消毒。寢藁やチップも毎日換と大種牡馬もかくやという待遇に、セルクルも若干辟易とした様子……いや、寢藁が毎日新しいものになって喜んでいたか。疲れた顔をしていたのはスタッフのほうだった。

その甲斐あって今年は順調。

次走のキングジョージへ向けてセルクルも気合十分といった様子だ。

今年こそはそこから凱旋門賞へ出走し、制覇したいものだ。

「よしよしセルクル。りんご食べな」

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「ふっひ~~~~ん」

デレデレ。

まさにそんな様子でセルクルがをくねらせながら牧場の娘、ミーシャから大好であるりんごをけ取っている。

セルクルはが相手だからと態度を変える馬ではないが(そういう馬は実際いる)牧場にいたころ世話していたのがこのミーシャだ。馴致やらなにやらもミーシャがやったからなのか、セルクルはミーシャに対してだけは妙に態度が甘い。

甘いというならセルゲイさんの態度も甘い。本來部外者の立ちりは止なのだが(特に昨年病気から熱発を起こしているのもある。というかそのための消毒だったと思うのだが。いやおかしいこれではまるで俺が嫉妬しているようだ)特別の計らいをけているようだ。

「セルクル~今度のレースも一番になるんだぞ~?」

「ひ~ん」

「私もアスコットまで見に行くからね、またゴール板前で待ってるよ?」

「!!!!!! ひーん!」

ああ興して前肢で跳ねている。そ、そんなに嬉しいのか。

牧場主のケリィさんが來た時は白けた顔をしていた癖に……。

「ミーシャ。學校はいいのか?」

「うん。先生に訊いたら一日くらい別に休んでも構わないだろうって」

「教育者としてそれはどうなんだ……」

日曜のレース後に日帰りで帰國は酷だから分からないでもない。

まあそれよりも、肝心のレースだ。今回"も"あの馬……ムーランホークが出走してくる。王道路線をとればぶつかり合うのは必至だが、こうも何度も顔を合わせるとなるといい加減気も滅ってくる。相手の実力が高いため、毎度死力を盡くした戦いになるのだ。まだ負けたことは無いが、次のレースもそうだとは限らない。いつぞやのような油斷はもうしない。

「クリストフさんも、本番セルクルのこと、よろしくね!」

「ああ。勿論だとも」

「うん。じゃあ私帰るね」

「送っていくかい?」

「ううん、お父さんが迎えに來てくれるから平気」

「わかった。それじゃあ次は現地で」

「うん! 頑張ってね!」

ミーシャはセルクルの首を一ですると跳ねるように走り去った。牧場の娘さんだが、最近こっちに顔を出すようになってからは気まで馬に似てきた気がする。

「だってさセルクル。負けられないな?」

「ぶるる」

當たり前だぜ、とでも言うかのように鼻が鳴らされる。

最近、思い描く夢の形がある。

それは大レースの悉くを俺とセルクルが制覇する夢だ。初めてセルクルにった瞬間から思い描いた夢ではある。最近ではそれがと現実の重みを伴ってじられる、そんなになりつつあった。

チャンピオンシップ、ドバイ、これらは既に勝った。殘すは凱旋門、BCターフ、ジャパンカップ、これらは今年で全て勝ち取る予定だ。なあに多厳しい行程となるかもしれないが、それでセルクルの競走生活も終わりだ。実力に不足は無い。そして輸送を苦にしないこの馬のこと、間違いなくこなしてくれるだろう。

凡百の競走馬とは違うのだ。

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キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス。國際G1にレーティングされた英國最大級の高額賞金レース。通稱キングジョージ。

世代戦のダービーを除けば歐州クラシックディスタンスにおいて凱旋門賞と並ぶ最高峰のレースだ。世界制覇を語る上で欠かすことの出來ない存在といえよう。

ローテーションの関係で昨年は出走できなかったが、去年出ても恐らく勝てただろうと思っている。さて、では今年はと言うと……

パドックの先を行く、かの馬を見やる。

ムーランホーク。セルゲイさん曰くいけ好かないドバイの金満の馬。ざっと見た所では調は悪く無さそうだ。

「嫌なじだな」

側でセルゲイさんが呟いた。ムーランホークの馬を見ての発言だろう。

確かに、妙な靜けさというか凄みのようなものをじる。これまで何度もセルクルに退けられている。今度こそはと向こうの陣営としても必死なのは分かる。

が、それで意志を汲んで負けてやるほどこちらは甘くも優しくもない。こっちだって大にここへ挑んでいる。勝ちたい気持ちは誰よりも強い。

ただ、セルゲイさんの言うことも分かる。

何か、嫌なじがする。こう、歯車が妙に噛み合っているというか、違和がなさすぎて違和があるというか。

「どうなんだいセルクル」

「?」

首筋を叩いてやるとセルクルは首を捻って答えた。

セルクルの気配は普通だ。シャンティイの馬場に出るときと同じように自然。余計な力がっていない分良い狀態ではあるが、もうし気合を見せてしいとも思ってしまう。いや、お前がこの中で誰よりも勝ちたいと思って居ることは俺がよく知っているんだけど。

「ひんっ」

任せておけよ。そんな聲だった。

みじかめ

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