《12ハロンの閑話道【書籍化】》サタンマルッコの優雅な休日

■AM03:00

――おはようございます。

「おお、おはようございます。今日は一日よろしくお願いしますわ」

我々取材班は牧場側のご好意により凱旋門賞馬サタンマルッコ號の著取材に同馬の生まれ故郷、中川牧場にお邪魔させていただいていた。冬の冷たい空気の中、まだ深夜と呼べるような時間にオーナー兼牧場長の中川サダハル氏と挨拶をわす。

――はい。よろしくお願いします。お邪魔にならないよう気をつけます。

「はっはっは、そんなに気にすることないですよ。うちはマルッコ一頭だけですしね。そんなにやることも無いんですよ」

そう言って飼葉束を餌箱にれると、奧からサタンマルッコ號が顔を出した。カメラを構える我々の姿を見て首を傾げるも、気にしないことにしたのか飼葉に顔を突っ込んで食み始めた。

こう言っては何だが、普通だ。

「そりゃあ怪獣みたいな馬も居ますけどね。飯の時だけは靜かなモンですよ。まあコイツはそういう面では大人しい方だと思いますよ」

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やがて食事が終わると中川氏はおもむろに閂を外した。當然のようにサタンマルッコ號は馬房を抜け出し、のしのしと外へ向かって歩き出した。

――勝手に出て行ってしまいましたが、いいんですか?

「ん? ああ、普通はダメですよ。マルッコは頭いいんで好きにさせてますが。まあ羽賀全で放し飼いにされてるような奴なんでね。役所もに対応してくれてね、今じゃ向こうが気を使ってくるくらいですよ。じゃあ私は馬房の掃除して寢直しますので」

なんとも生活のある言葉を殘して中川氏はサタンマルッコ號の馬房の掃除を始めた。我々は困しつつもサタンマルッコ號が消えた屋外へと向かった。

「ヒィィーン」

すると屋外から嘶き聲。

「ああはいはい。悪い悪い。忘れてたわ」

馬房から出てきた中川氏が早足で我々の前を通り過ぎ屋外へと向かった。點々と設置されている照明を頼りに後を追うと、中川氏の背に追いついた。

――何をしていたんですか?

「放牧地のり口を開けてたんですよ。いつもは開けてから行くんですがね、忘れていました。マルッコが教えてくれたんですよ」

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――そんなことをサタンマルッコ號が?

「ええ。前まではこんな事しないで飛び越えていたんですがね。さすがにもうそんな事出來る立場じゃないだろってことで止めさせましたよ」

馬とはそれほど知能の高い生きだっただろうか。何か我々と中川氏の間で致命的な齟齬があるようにじられて仕方が無い。會話する我々の前をサタンマルッコ號は悠然と橫切り駆け出した。我々の困などお構い無しに普段通りに振舞っているのだろう。

「さて、じゃあ私は掃除に戻りますよ。戻ってきた時に片付いてないと怒るんですわ、あいつ。たぶん(サタンマルッコ號は)勝手に外に行くと思いますが、止めなくて大丈夫ですよ」

■AM07:30

ようやく太が顔をのぞかせ始める時間。

サタンマルッコ號はこれまでの時間、柵に囲われた放牧地で生草を食んでいた。馬の食事は長いと聞いていたが、ここまでゆったりと時間が流れるとは我々取材班は思っていなかった。

ここでついにサタンマルッコ號にきがあった。おもむろに顔を上げたかと思うと、我々取材班が陣取る出り口に近づいてきたのだ。

改めて間近でじるサラブレッドの格は、大きい。同馬の持つ戦績が偉大なものであるからか、覇気の様なものまでじざるを得ない。

「ひん」

我々の顔を見て軽くを鳴らしたかと思えば、サタンマルッコ號はスタスタと柵外に出て、牧場の敷地外を目指しているようだった。我々も後に続く。サラブレッドの歩行に合わせるとなるとかなり早足で続くことになるのだなと學びを得た。

そのまま道路に出るのかと思われたが、出り口付近で橫に逸れ、施設を覆うように存在する林の中に足を踏みれた。

下草を食べたり、花をつけた植を食べたり。

気ままだ。サタンマルッコ號はあまりにも気ままに過ごしている。

この頃になると我々は自らの狹い知見で考えるのをやめ、ありのままをレンズに収めようと考え始めていた。

■AM10:00

すっかり太も高くなった時間。

その間もサタンマルッコ號のフィールドワークは続いていた。気の向くまま林の中を歩き回りつつ食事もしつつ。たまに放牧地に戻ったかと思えば30分ほど橫になってうとうとしたり。そんな姿を観察しつつ我々も食事を取っていたりしたのだが、眠りから覚めるとサタンマルッコ號はいよいよ牧場の外へと進出を開始した。

心配する我々をよそにサタンマルッコ號の歩みに迷いは無い。

「おうマルッコ。今日も元気だな」

「ひーん」

「なんだあんたら。へー取材? 変わったことするんだねぇ」

お行儀良く歩道を歩く同馬を見かける地元の人々と挨拶をわしつつ道なりに進めば、目的地と思しき場所に到著した。

話には聞いたことがある。サタンマルッコ號がトレーニングに利用していたという檀柄海岸だ。小浜と呼ぶのが相応しいり江のような砂浜だが、端から端まで800メートル程あり、歩くとなるとそれなりの広さがある場所だ。

到著するとサタンマルッコ號は誰に言われるでもなく駆け出し、それはやがて全力走行へと代わって行った。現役の競走馬(それも極上の冠であるダービーや凱旋門賞を勝った馬)をこのように間近で撮影出來たのはかなり貴重な験であるように思う。

眉唾だと思っていた「勝手に走る」という話も、早朝からサタンマルッコ號の一連の行を目の當たりにしてきた我々は一週回って當然のようにけ止めていたが、実際に目の前で見せられるとそれなりに衝撃的ではあった。

同馬はその後走るのに満足して、暫く泳いだ後帰路についた。

■PM02:00

「どうでしたかうちのマルッコは」

牧場に戻った我々を出迎えた中川氏は、放牧地で巻藁を食むサタンマルッコを遠目に眺めながら訊ねてきた。

――変わった馬でした。

「はっはっは! そうでしょう。他にいませんよこんな馬」

――本當に海岸で勝手に走るんですね。あと泳ぎました。

「ええ。昔からそうでしたよ。馬もねぇ、泳ぎが得意とは聞きますけれども、マルッコぐらい泳ぎが達者な馬は珍しいですよ。世界水泳出られるんじゃないですかね」

などと冗談じりに會話していると、中川氏がおもむろに切り出した。

「乗ってみますか?」

――いいんですか?

「いいですよ。折角なのでカメラ持ったままやってみますか? 鞍もってくるんでちょっと待っててくださいね」

その提案に我々は一も無く二も無く頷いた。

一つ斷っておくと、片手の塞がった狀態で乗馬を試みるのは非常に危険である。中川氏の監修とサタンマルッコ號が非常に協力的であったからこそ実現した提案である。

やがて馬を手に戻ってきた中川氏は馴れた手つきで馬を裝著し訊ねた。

「それじゃあどっちが先に乗りますか?」

――それじゃあ私(筆者)から。

「はい。それじゃここに足をかけて……そうそう。私が押しますからね。1、2、3!」

私がるのに合わせてサタンマルッコ號はバランスを取ってくれたらしく、特に揺れることも無くその背に収まることが出來た。

視線が高い。今日一日サタンマルッコ號を追いかけて過ごした中川牧場が一できた。ましてや乗っているのは凱旋門賞馬。世界中のどんな高級車も目じゃないほどの価値を持つ存在にったことはこの日取材に赴いた私とカメラマンにとって一生の自慢となりそうだ。

続いてカメラがサタンマルッコ號の背にる。

「マルッコ。ちょっと屈んでくれ」

「ぶる」

中川氏がそう頼むと、サタンマルッコ號がを屈めた。(後で乗馬に詳しい人にこのことを訊ねたのだが、この出來事そのものも相當凄いことなのだそうだ)

こうして撮影されたのが皆様のお手元に屆いている映像である。

サタンマルッコ號への著取材はこうして幕を下ろした。

同馬の印象はより複雑になり分からなくなったが、一つだけ確かなことがあった。

この日、我々取材班はサタンマルッコ號のファンになったということだ。

本日12/25日に書籍発売となりました!

早いところだと週中くらいから店頭にならんでいましたが、是非お買い求めください!

誰か買うでしょの神で居ると絶対誰も買わないので皆さん買って僕に馬券代恵んで下さい^p^朝日杯とJFぼろぼろでした

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