《傭兵と壊れた世界》第四話:衝撃と停電

「ジ……ジジー……これで放送を終わります」

不気味な言葉を殘して終わった放送。「嵐がくるぞ」という風様の聲が頭の中で反芻(はんすう)し、ナターシャは眉をひそめた。後味の悪い艦放送だ。役目を終えた拡聲は再び沈黙し、パイプから落ちる水滴の音がやけに大きく聞こえた。迷い込んだ羽蟲がパタパタと拡聲の間を飛び回る。

「食事時なのだから、もっと気のきいた言葉がしかったわ」

「そうだねぇ。嵐がくる、なんてさ。私たちにはどうにも出來ないじゃん」

「でも、ちょっとわくわくしない?」

「……言っておくけど外出止だからね」

「釘を刺さなくたって分かっているわ。ねー、シェルタ」

「うん! 後で探検ごっこだね!」

「任せなさい!」

「ナターシャ……!」

「でも、アリアお姉ちゃん。他のみんなは遊びに行っちゃったよ?」

「え? いつ?」

「お姉ちゃんたちがお料理をしてる間!」

アリアが頭を抱えた。そういえば、走り回っていた子供たちがいつの間にか居なくなっている。呑気に放送を聞いている場合ではなかったのだ。

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「本當にあの子たちは……まぁ、すぐに嵐が來るわけじゃないし後でナターシャと探しにいこっか」

子供たちの様子が気になりつつも、二人は料理を再開した。

街の頭上をドームがゆっくりと閉じていく。月明かりの森を迂回しようとしていたヌークポウだが、日沒とともに近くの窪地で活を停止した。窪地といっても、ヌークポウがあまりにも巨大すぎるため半分も隠れていない。申し訳程度の避難場所だ。

「私もさっさと帰らねーとな」

商業區を小走りに抜けるジャンク屋のリンベル。彼は背中に大量のを背負っており、りきらないがリュックの口元から飛び出ていた。

「おーい、リンベルじゃねーか! 久しぶりだな! 買っていかねーか!?」

「偽屋(フェルミ)か、あんたもしぶといな。とっくに潰れたと思っていたぜ」

「相変わらず失禮なやつだなぁ。うちはヌークポウに生まれてからずっと続けてきた店なんだ。そう簡単には潰れねーよ」

聲をかけてきたのは以前にナターシャを呼び止めた屋の店主だ。名はフェルミ。大パイプの下、商業區の隅っこで様々なを売っている。本人曰(いわ)く、安心と信頼がモットーだとか。見るからに胡散臭い男だが実は商売歴が長い。

「おい、それ何のだ?」

「ローレンシア産の牛だぜ。こんな上は滅多にらねーよ。どうだ? 買わねーか?」

「ハッ、本當かよ。牛にしては隨分とがきたねーな」

「それ以上は黙りなリンベル。うちのにケチつけようってか? 商売人は信用が命! 俺は一つも噓をついていないぜ!」

リンベルは胡な目を店主に向ける。確かに噓は言っていないだろう。問題は、このあせたが牛以外に何を混ぜているかだ。

(牛は二割……いや、一割ってとこか。殘りは蛇か?)

何にせよ、買うという選択肢はありえない。リンベルは手をひらひらと揺らした。

「どう言われても買わねーよ」

「つれねーなぁ。この前もナターシャのやつに冷たくされてよぉ、俺は悲しいぜ。最近付き合い悪いぞってリンベルからも言ってくれよ」

「あいつがお前の店で買わないのは昔からだ。諦めて真面目に商売することだな」

「あぁ? 俺は昔から真面目だぜ?」

よく言うぜ、とがため息をこぼす。

「そっちは最近どうなんだ? ジャンク屋は繁盛しているのか?」

「全然ダメだ。やっぱり月明かりの森に近付くと稼ぎが悪くなるな」

「むしろだらけで稼ぎ放題じゃねーの?」

「確かにガラクタはどこに行っても転がっているが、同じぐらい結晶の數も多いんだ。命がいくつあっても足りねーよ。ほら、あそこのが見えるか?」

リンベルは南西の空を見上げた。閉じかけたドームの向こうに、夜空を七に染めるが見える。あれは月明かりの森から発せられるだ。

「月が森の結晶に反しているんだ。空を染めるほどの結晶だぜ?」

「ほぇー、綺麗だな」

「あほぬかせ。あれだけの結晶が集まっているんだ。いくら私でも手を出せねーよ」

話は終わり。達者でな、と手を振って店を出た。

し歩いてから振り返れば、偽屋は違う客に対して聲をかけている。あれが彼なりの生き方なのだろう。他人を騙すような商売はとても譽められたことではないが、あの男もまた壊れた世界を生きるのに必死なのだ。

他人の生き方を馬鹿にしてはいけない。というよりも、大抵の人間は他人を馬鹿にできるほど立派に生きていない。自分だって灰かぶりのジャンク屋だ。街のルールを破って外に出ているのだから人のことは言えないだろう。

明かりが燈るパイプ道。路地を外れれば深い闇が口を開く。リンベルは軽い足取りで闇に消えた。

大鍋のふたを開けると、白い湯気が視界いっぱいに広がった。軽くすくって味見をしてみると、今までで一番上手くできたのではと思うぐらい味しい。これは店に出せるのではないか。いや、出すべきだ。

「みんなはまだ帰ってこないのかしら。もうカレーができちゃったわ」

「遅いねぇ。どこまで遊びに行ったんだろう……あれ? シェルタは?」

ハッ、とアリアは息をのんだ。まさか料理に夢中になっている間に他の子供たちを探しに行ったのではないか。

「どっ、どうしようナターシャ。シェルタが居なくなっちゃった……」

「うーん……大丈夫じゃない? あの子なら複雑な船でも迷わないだろうし、お腹が空いたら他のみんなも帰ってくると思うよ」

「……本當かな?」

「心配しないで。遅かったら私が迎えに行くから。さぁ、待っていても冷めちゃうから先に食べちゃおうよ」

「そう……うん、そうね。よし、切り替えよ! 私も食べる!」

きっと遊ぶのに夢中になっているのだ。疲れたらそのうち帰ってくるだろう。綺麗に磨いたお皿を用意し、ご飯をなめに盛り付ける。この割合が大事なのだ。子供たちのために甘口で作ったから卵は必要ないだろう。

大好きな食材をたくさんれたのだからきっと味しいに決まっている。自分の分をついでから離れると、待ってましたと言わんばかりにアリアが飛びついた。えへえへ、と頬を緩ませながらお皿に盛っている。彼は決まって大盛りだ。

(……うん?)

ふと、どこか遠くから、鉄を引っ掻いたような甲高い音が聞こえた。気のせいだろうか。いもの同士がぶつかったような、もしくはうめき聲が風にのったような。嵐の夜だから気にするだけ無駄かもしれない。

ナターシャはそう思って意識を切り替えた。

――ドガンッ!!

「きゃっ!? なに!?」

突如、衝撃。つづけて轟音。

が浮かぶほどの揺れだった。ナターシャは並外れたバランス覚で両手に持っていたお皿を落とさずに支える。しかし、そんな蕓當ができるのは彼だけだ。

アリアは綺麗に盛り付けたお皿を手放してしまった。あっ、と言葉にならない聲がもれる。放線を描きながら飛んでいくカレーがひどくゆっくりに見えた。

ガシャン、と床に落ちるカレー。友人が作ってくれた大切なカレー。

「あぅ……」

がくりと肩を落とすアリア。楽しみにしていたのだ。久しぶりにナターシャの料理が食べられる。それだけでアリアは駆け足で船を走り回りたくなるほどワクワクしていた。

「落ち込まないでアリア。カレーはまだまだあるんだから」

「でも……」

――ブーッ、ブブー……。

アリアの言葉を遮るように、今度は明かりが消えた。アリアが怯えたように肩を震わせる。月明かりが差さないヌークポウにとっては室の明かりが唯一の源だ。それを失った食堂は深海のように暗い。

「さっきの揺れで電源が落ちたのかな。ここで待ってて。私がちょっと見てくるよ」

「一人で大丈夫?」

「問題ないわ。ここから管理室までは近いからね」

やがて非常用の照明に切り替わり、食堂が薄暗い雰囲気に包まれた。遠くから誰かの悲鳴が聞こえる。子供たちは怪我をしていないだろうか。もしくは暗闇で迷子になったりしないだろうか。

「お皿の破片が転がっているから明かりがつくまでじっとしていてね。すぐに戻るわ」

「気をつけてねナターシャ……」

不安げな友人に笑顔を返したあと、ナターシャは食堂を出た。

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