《傭兵と壊れた世界》第十六話:戦いの終わりと大國の男
二人の銃撃戦は塔の部へ移行した。銃口からが放たれるたびに書庫の貴重な古文書がだらけになった。床から生えた結晶や橫倒しの本棚を盾にしながらナターシャは上階に逃げた。
(このようながいるとは……)
ロダンは何度そう思ったか。彼は戦うの最中でのきを観察した。恐らくあののこなしは天のものだろう。生まれた環境も影響しているだろうが、バネのようにしなやかなはんで手にるものではない。
逆に、銃の腕は後天的なもの。努力によって得た力だ。事実、純粋な撃ち合いや戦場の勘といった部分はロダンの方が上である。それが余計に恐ろしい。若きがこれほどの腕前になるには相応の苦労が伴うはずだ。同年代の子どもが遊んでいる中で、このは一人、牙を磨いていたのだろう。
全くどうしてこのようなが生まれたのか。
「ままならんな……貴様がローレンシアに生まれていたらどれほど良かったか……!」
ロダンの猛襲、は床の鉄くずを蹴り上げて防いだ。リロードの隙をついて、が天井に生える結晶の本を撃ち抜く。崩れゆく結晶塊。落ちる先はロダンの真上。彼は驚異的な早さで弾を詰め替えると瞬時に頭上の結晶を砕いた。
結晶の欠片が書庫に舞い、二人の視線が無數に反する。の怒り。軍人の誇り。生きたいという生存本能。もしくはへ送る賛辭。互いのが結晶に映る。それらが地面に落ちたとき、両者は再び銃を握った。
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撃って、隠れて、相手の裏を読み合い、探り合いながら、二人は結晶の塔を登る。ロダンは上から聞いた任務の容を思い出した。曰(いわ)く月明かりの森には結晶化した塔があり、その最上階に古き時代のが眠っている。
(まさか……こいつの狙いは塔のか!?)
ロダンは確信を抱いた。普通に考えれば塔に逃げるような真似はしない。登れば登るほど袋小路となるからだ。しかし、あえては塔を選んだ。錯した可能は考えにくい。
狙いはだ。恐らく彼はの存在を知っており、それを使って自分を殺すつもりだ。そうと分かれば正面から撃ち合うのは愚策である。
「させんぞ!!」
ロダンは足に力を込めた。更に速く。を追い抜くほどに速く。相手よりも先にを手にれるべく、ロダンは塔を駆け登る。とは使いにならないものがほとんどだ。しかし、ごく稀に絶的な狀況すらも覆すほどの力をめたが存在する。
失われた人類の英知。先に辿り著くのはか軍人か。
塔は円形の部屋がいくつも重なるように形され、各階を二つの螺旋階段が繋いでいる。片方をロダンが、もう片方をナターシャが駆け上った。
書庫を越え、研究者の居住スペースを抜けて、二人は古代設備の海を渡る。ロダンはの場所を確認した。大丈夫だ、まだ自分が先んじている。鍛え抜かれたローレンシア兵のが年端の行かないに負けるはずがない。
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(……ぬ?)
一瞬、通り過ぎる設備の間から、何かを企むような笑みを浮かべるの姿が見えた。気のせいかもしれない。だが、仲間の凄慘な死に様を思い出したロダンは得の知れない恐怖に襲われる。
何か見落としているのではないか?
の狙いはに違いない。果たしてそれは本當か。仲間を全て殺された狀況に頭が麻痺し、真っ先に思いつく分かりやすい答えに飛びついているだけではないか。思考停止は罪だ。ナターシャが常々口にする。思考こそが人間の武なのだ。
頭に浮かんだ不安の答えを見つける前に、ロダンの前方に木製の扉が現れた。今までの扉とは異なり、丁寧な裝飾が施された造りだ。
「ここが最上階か!?」
ロダンは勢いのまま木製の扉を蹴破った。部屋はやはり円形で、両側に下階とつながる扉が備え付けられている。片方はロダンが蹴破った扉だ。もう片方はまだ開いていない。つまり、はまだ到著していないのだ。ロダンは安心したように息を吐いた。
「よし、奴よりも先にを手にれらるのは幸いだ。これで仲間の仇を――」
ロダンは最初にナターシャの姿を探した。一番警戒するべきなのがナターシャの待ち伏せであるからだ。故に、部屋の隅にうずくまる奇妙な影に気付くのが遅れてしまった。
部屋の中央に奇妙な人影があった。
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ロダンは最初にそれを見たとき、ただの結晶憑きが塔に迷い込んだのだと思い込んだ。しかし、奴が顔を上げた瞬間に凄まじい悪寒が走った。
ニタリ、と笑う腹の大きな結晶憑き。その虛ろな瞳がロダンを見ていた。新たなる犠牲者を歓迎するように、気持ち悪い笑顔を張りつかせている。森で見かける結晶憑きと比べて明らかに異形。そして何よりも、奴のまとう覇気が軍人たるロダンを恐怖させた。
結晶憑きのから黒いモヤが溢れ出す。ロダンはとっさに來た道を戻ろうとした。今ならばまだ間に合うと。しかし、階段へ向かおうとする彼の目の前に、コロコロと丸いが転がった。
「くそっ!!」
ナターシャの手榴弾だ。発によって崩れ落ちた瓦礫が唯一の逃げ道を塞いだ。ナターシャは先を越されたと見せかけて、ロダンの背後へ回り込んでいたのだ。
(まさか、これが狙いだったのか……!)
ロダンは風とともに部屋の奧へ吹き飛ばされる。致命傷は避けた。だが、起き上がった先には結晶憑きが待ち構える。
「や、やめろ……近付くな……!」
ロダンの周りを黒いモヤ――宿蟲(やどむし)が取り囲み、哀れな犠牲者を一斉に襲った。宿蟲は歓喜に羽を震わせる。新鮮なが現れたのだ。宿蟲はというからロダンのへ群がった。
「――ガッ――ヤッ――」
聲も出せぬまま蟲の群れに沈んでいく。宿蟲の毒はの自由を奪う神経毒だ。彼もすぐに正気を失って宿蟲の苗床となるだろう。その景をナターシャは遠くから見ていた。銃を握りしめ、肩で息をしながら、自らが死に追いやった男の最期を目に焼き付ける。彼が選択を誤れば結果は変わっていたかもしれない。宿蟲に食われるのは自分だった可能は十分にある。しかし、彼は生き殘った。若きがローレンシアの軍人に勝った。ナターシャはその事実を噛みしめる。
宿蟲がナターシャにも襲いかかろうとした。彼は瞬時に銃を引き抜き、ロダンの腰元へ照準を合わせる。
「やめなさい。私を襲えば、そこの男の手榴弾を撃ち抜くわ。一緒に死ぬのは嫌でしょ?」
宿蟲の群れが止まった。彼らは恨めしそうにナターシャの周りをぐるぐると飛び回る。はじない。ただ一點、ロダンの手榴弾にのみ視線を向ける。宿蟲はやがて諦めたように霧散した。新たな苗床を抱えたまま、黒いモヤが結晶の塔から離れていく。
宿蟲が完全に見えなくなってから、ナターシャは力を抜いた。張り詰めていた張の糸が切れ、ゆっくりと銃を下ろす。
「……はぁ」
終わったのだ。細く、長く息を吐く。淡水ミミズに襲われた時とは違う戦いだった。他人を撃った瞬間に何かが変わることはない。きっと、この違和はゆっくりとに馴染んでいき、いつか慣れとなって自らの思考を歪めるのだろう。は一歩進んだ。それが正しい道かはわからないが、確かに前へ踏み出した。今はそれだけで良いのだ。
「そうだ、がどうこう言っていたわね」
傾きつつある太に照らされながら、ナターシャはやり殘していたことを思い出した。部屋の中央、結晶憑きがうずくまっていた先に階段がある。塔の頂上へ続く最後の階段だ。以前に來た時は先ほどの結晶憑きが塞いでいたせいで進めなかったが、今は階段を守る者が消えたため道が開かれている。ナターシャは引き金に指をあてたまま階段をのぼった。
最上階は広間だった。取り囲むように幾つもの柱が円柱に並び、その中央で二つの骸(むくろ)が佇(たたず)んでいた。まるで時間が止まったかのようだ。近くで見ると服や骨が結晶化したことで原型を留めているのが分かる。
「この服裝は街の領主かしら。それとも塔の持ち主かな。椅子にふんぞり返っているのが主人で、隣が従者ってじね」
片方は豪勢な服裝を著て椅子に座っており、もう片方は椅子の主人へ跪いている。ナターシャはその寂しげな雰囲気よりも、跪いた骸が抱いている長(・)銃(・)に目を奪われた。
それは一般的な長銃よりもさらに長い銃を持ち、洗練された外観が槍のような印象を抱かせる。バイポッドと呼ばれる二腳銃架は折りたたみ式だ。悠久の時間を経たにもかかわらず、長銃は錆一つなく優雅に輝いていた。まるで主人の帰りを待つかのようだ。
ナターシャがを持ち上げると、二の骸は々に崩れ落ちた。骸は靜かに役目を終える。長銃は見た目と裏腹に軽量であり、不思議とナターシャの手によく馴染んだ。のから黒い覇気が溢れる。のような覇気が長銃に染み込み、を新たなる主人とにて認めさせた。
「よろしくね、新しい相棒」
銃をでるナターシャ。夕日が長銃に反した。
○
大國ローレンシアの首都ラスク。塔の街という別名で呼ばれており、街というよりは巨大な城のような外景をしている。元々は西方の古都が発祥であり、星天教と呼ばれる宗教の信徒が作った小さな街だった。人が増えるにつれて城が巨大化し、今では塔のように上へ上へとびている。耐晶の特殊な金屬で城壁を覆い、外敵から守るための兵がところ狹しと並べられている。
そんなローレンシアの軍部室にて、険しい顔つきで地図を睨む男がいた。
「月明かりの森に向かった部隊が消息を絶ったのはいつ頃だ?」
「十日ほど前です。目的の廃墟群に到著した時點では報告が屆いており、それ以降は通信が途絶えました」
「結晶憑きに襲われたか、もしくは月明かりの森に飲み込まれたか」
「恐れりますが、部隊を率いていたのはあのロダン隊長です。數々の勲章をお持ちになるお方が結晶憑きに殺されるとは思えません」
「いいや、分からないさ。確信を得るには報が足りない。我々はこの世界に対してあまりにも無知だからな。足地に送り出した時點で奴も覚悟を決めている」
長い金髪を三つ編みにして後ろに束ねた男だ。歳は三十を越えたほどで、中世的な顔立ちに切長の瞳をしている。
「シザーランドのきはどうだ?」
「実は月明かりの森へ向かう船が確認されました」
「こちらの狙いがバレたか……全く忌々しい犬どもだな。私の計畫をいつも邪魔してくる」
「奴らよりも先にを回収いたしますか?」
「……いいや、止めておこう。これ以上は悪戯に部下を失うだけだ。ロダンも惜しい人材ではあるが、彼以上の人材を不確かな報で足地に送り出すわけにはいかない」
「承知いたしました。念のためシザーランドのきは追っておきましょうか?」
「よろしく頼む。苦労をかけるな」
「とんでもございません、アーノルフ閣下」
部下の男が敬禮をして部屋を去った。殘ったアーノルフは再び地図に目を落とす。月明かりの森。ここから南西方向へずっと向かった先にある、人智を越えた足地。アーノルフはため息を吐きながら地図にばつ印を加えた。なくない部下の命で調査を進めてきた場所だが、これ以上は危険すぎる。
目的のは失われた古代の技で作られた狙撃銃だ。結晶銃の異名を持ち、空気中の結晶屑を凝して弾丸に変えるという眉唾ものな逸話が殘っている。アーノルフはぜひとも手して自國で量産をしようと考えていた。手にれられなかったのは殘念だが、深りしすぎて自滅しては本末転倒だろう。
「傭兵がき始めたのは厄介だな。が奴らの手に渡らないことを祈るか」
アーノルフは疲れたようにソファへ腰かけ、用の葉巻に火をつけた。苦味の強い味が彼の思考を覚まさせる。彼の脳裏には傭兵との戦いが鮮明に思い出されていた。幾度もぶつかり合い、その度に命を削った相手だ。狡猾で獰猛。奴らは何度殺しても蟲のように湧いてくるのだ。
ローレンシアが戦うとき、戦場にはいつも傭兵の影があった。いつもいつもアーノルフの行く先々に現れては邪魔をされた。今回もだ。部隊の消失に直接関わっていなくとも、傭兵の名を聞くだけでアーノルフの腸(はらわた)が煮えくり返る。大國と傭兵は相容れない。それは絶対だ。
「忌々しいな……傭兵がいなければ私の願いも既に葉っていただろうに。せめて大衆の抱く悪意の矛先として利用させてもらおう」
自らへ言い聞かせるように力強く呟き、星の神々に誓いを捧げた。
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