過酷な訓練も一ヶ月が過ぎれば馴染み始め、訓練兵たちの顔つきもしずつ変化が見られ始めた。訓練容も練度に合わせて調整され、直立や匍匐(ほふく)、高所といった様々な條件下での撃訓練が主になった。訓練ごとに教が績をつけて評価をし、全て完了した際に発表される。高績を修めた者は配屬時に優遇されるため皆が必死になった。

本格的な訓練はそれから更に二ヶ月間行われた。この二ヶ月間は新兵にとって最も過酷な時間となる。傭兵法を學び、模擬訓練を経験し、過な日程の中に銃磨きや訓練も組み込まれ、ないに等しい休息を(きょうじゅ)する。そのため日が落ちる頃には新兵のほとんどは地面に突っ伏していた。立っている者はナターシャのような外部での実踐経験を持つ者だけであった。

そうして二ヶ月後、新兵訓練を終えた傭兵見習いは各小隊に仮配屬された。あくまでも仮だ。配屬先で先輩隊員たちと任務をけ、実踐経験を通じて新人の潛在能力を見極めるのだ。初任務の果によって彼らの正式な配屬先が決定される。もっとも、上からの命令が全てではなく、希する小隊に自ら志願する者や、仲間を集めて新たな小隊を結する者もいる。傭兵は軍ではないため本人の意志が最優先された。

「失禮いたします。本日から仮配屬されたナターシャと申します」

ナターシャは第三三小隊に配屬された。小隊室では和な笑顔を浮かべた男が歓迎してくれた。第三三小隊といえば傭兵団の中でも歴史があり、幾度となく隊員をれ替えながらも引き継がれてきた小隊だ。

「君のことは聞いているよ、ナターシャ。私は第三三小隊隊長のパトソンだ。よろしくね」

「よろしくお願いします、パトソン隊長」

「君は同期の中でも優秀だそうだ。ヘラ中隊長……君たちの教から聞いたけど、えらく気にられたみたいだね。その力をぜひ僕たちに貸してくれることを期待するよ」

「はっ、ありがとうございます」

パトソンと名乗った青年は緩い巻を後ろに流した男だ。金茶の髪は彼の誠実さを表すかのように煌びやかである。部屋の中にはパトソン以外に男が二人とが二人。その中に見覚えのある小太りが立っており、目が合ったナターシャは骨に嫌な顔をした。

「あぁ、彼も君と同じ傭兵見習いだ。名をドットルという」

「……存じております」

「おお、そうだったのか。なら紹介は不要だね。同期同士、仲良くやってくれ」

ちらりとドットルに目を向けると、小太りの変態は片目を閉じて挨拶を返した。ナターシャは配屬先の変更を大真面目に検討する。今から申請すれば他の小隊に移してもらえるだろうか。否、そんなことをすればナターシャの評価が下がってしまう。ドットルを追い出した方が賢明だ。

「いきなりだが初任務の容を伝えよう。地図を出してくれ」

中央の會議機に集まると、部下の一人が大陸地図を広げた。結晶によって刻一刻と地形が変化するため、大陸地図といっても大まかな報しか記されていない。どこに國があったとか、どこまでが國境だとか。

「大國の花(イースト・ロス)の新たな売ルートが見つかった。大國(ローレンシア)の南部から忘れ名荒野を通り、シザーランドに通じる道だ。あくまでも報がっただけであり、真偽は定かでない」

パトソンの指が地図の上をなぞる。

「我々の目的は売ルートの確認と破壊だ。シザーランド側と忘れ名荒野側の出口へ向かい、報の正確を判斷する。可能な限り隠に行するが、もしも売者と鉢合わせになれば戦闘になるだろう。各員注意してくれ」

ドットルがおずおずと手を挙げた。

「あの……大國の花(イースト・ロス)とは何ですか？」

「ローレンシア発祥の麻薬だよ。安価で悪だが強い中毒と副作用があり、シザーランドでは全面的に止している。大國の東で採れる花を原料にしていること、そして、服用した者は中の管が浮き上がるという特徴があり、その管が花のっこに見えるから大國の花(イースト・ロス)と呼ばれているのだ」

「な、なるほど……しかし、売ルートが見つかるなんて驚きです。そのような報は一どこから手にるのでしょうか？」

「傭兵は鼻がいいのさ。見習いの君たちは気にしなくていいよ」

ドットルが難しい顔で頷いた。

輸ルートの確認と破壊。初任務にしては重いようにじられるが、傭兵見習いのナターシャに拒否権はない。むしろこの任務で大きな果をあげれば、イヴァンたちが所屬する第二〇小隊へ配屬される足掛かりになる。「これはチャンスだぞ」とナターシャは起した。

第三三小隊はパトソン隊長を含めて男二人ずつの四人小隊だ。そこにナターシャとドットルがって六人。傭兵見習いが二人いることを考慮しても、戦力としては十分であろう。ドットルは軍務経験があり、ナターシャも月明かりの森で経験を積んでいる。

（売ルートを潰す程度なら問題ないかしら……）

なんとなく不安な気分になるのは大國(ローレンシア)の名を聞いたからだろうか。ドットルもいつになく真剣な表だ。先輩隊員たちは各々の準備に取り掛かり、パトソン隊長はのんびりと笑みを浮かべている。

「君たち傭兵見習いは我々の補佐が主(おも)だから難しく考えなくていいよ。任務は明日の早朝、夜風が止み次第始める。それまでゆっくり休んでおくように」

パトソン隊長は安心させるようにらかい聲音で言い、「ここは共用キッチンも併設されているから自由に使って良いよー」と間延びした言葉を殘して去っていった。先輩隊員もそれぞれ準備があるのだろう。一人、また一人と小隊室から抜けていく。

○

先輩たちがいなくなった小隊室で、ナターシャとドットルは向かい合うようにソファーに座った。

「それで、なぜあなたと私が同じ隊なの？」

「僕の優秀さが教にも伝わったみたいだね」

「蹴られるだけで褒められるなら、世の中みんな一等賞よ。まさか問題児と一緒だなんて……」

「えへへ、ひどいなぁ。共に酒を飲んだ仲じゃないか」

ドットルはそう言いつつも、なじられて嬉しそうな表を浮かべている。救いようがない変態を前にしてナターシャは頭を抱えた。

「他のみんなはどうなったの？」

「無事に配屬されたみたいだよ。リリィは第一九〇(ひときゅうまる)小隊っていう、比較的新しい小隊に仮配屬されたね。イグニチャフは例の大男と同じ小隊だったかな」

「大男……あぁ、細の男と組んでいた訓練兵ね。名前は確かウォーレンだったかしら？」

「そそ、首席の彼。ウォーレンは特に優秀だったから、イグニチャフのお守(も)りを任されたんじゃないかなー。仮配屬はあくまでも能力を見極めるものだから、敢えてイグニチャフと組ませることで連攜力を試す、とかさ」

「私以外にも被害者がいた」

「僕たちを災害みたいに言わないでくれる？」

「同じようなものでしょ」

大男に哀れみを送るナターシャ。願わくばこの変態も引きけてほしいものだ。

小隊室は自由な模様替えが許されており、小隊ごとの特が出る。第三三小隊は比較的がなくてこじんまりとしているが、センスの良い調度品が並べられていた。隊員が二人いるからかもしれない。

「それよりも準備をしておこう。夜のシザーランドは歩きたくないからさ」

「私の場合はコレを使うから準備しなくても大丈夫だけどね」

ナターシャは長銃の銃をトントン、と叩いた。

「訓練の時から気になっていたけど、えらく立派な狙撃銃だよね。もしかして？」

「うん、多分ね。最初はただの長銃だと思っていたんだけど、どうやら銃弾じゃなくて結晶を撃ち出すみたいなの」

「結晶を撃つ？」

「そう、銃弾みたいにドガーンって」

「噓だぁ。それなら弾はどうするのさ」

「勝手に生まれるわ」

「……噓だぁ」

「試してみる？」

ドットルは両手を上げて首を振った。「殘念ね」とナターシャは銃を下ろす。いかに変態といえども銃で撃たれるのは嫌らしい。

「そんな凄いをどこで手にれたんだい？」

「んー、緒」

「じゃあ君はどうやってシザーランドに來たんだい？　ヌークポウの巡回航路はシザーランドから遠く離れていたと思うけれど……」

「あら、そんなもの熱があれば一飛びよ。もしくは気合いね。傭兵になりたいっていう強い気持ちがあれば、どんな障害も乗り越えられるの。傭兵に対するみたいなものよ」

「そいつは便利な言葉だ」

「ドットルはする人とかいないの？」

小太りは曖昧な表で笑った。おや、これは地雷である。敢えて踏み込むほど興味を持っていないナターシャは追求をしなかった。他人の事に首を突っ込むのは覚悟が必要だ。親のない興味は、好奇心を満たすための自己満足でしかない。

本當に優しい人間は、ここでドットルのために何か言葉を探すのだろう。もしくは、何も言わずとも彼のことを想って話してくれるまで待つかもしれない。ナターシャの沈黙はただの無関心。ナターシャは心の中で「やはり自分は冷たいな」と自嘲した。

「ナターシャは凄いねぇ。傭兵になるために遠く離れたシザーランドまで來てさ。教から一目おかれているし、銃の扱いだって上手だ。才能がない僕とは大違いだよ」

「才能、ね」

ナターシャは常々、心の底から本気で疑問に思うことがある。どうして人は考えることを放棄するのだろうか。自分に足りないものは何かを考えて行すれば“ある程度”にはなれる。目指す場所が頂點でなければ、才能の壁なんて些細な障害だ。

（才能と片付けられる相手の気持ちをしでも考えたら、もうしまともな言葉が出るでしょ）

だから考えろ。考える癖をにつけろ。思考とは天才になれなかった者に殘された、泥くさい武である。

「そいつは便利な言葉だわ」

別に小太りがどう思おうと構わないのだ。第二〇小隊にれればそれで良い。

何になりたいか。何を、したいか。目指す場所は。將來の姿は。これは理想と現実のすり合わせ。もしくは合理的な取捨選択。人生とは無數の可能を切り捨てることに違いない。ナターシャはの銃を指でなぞった。たとえどれほど壁が高くても、こので撃ち砕いてやろう。