《傭兵と壊れた世界》第二十三話:を寄せ合うアカホコリ

翌朝、第三三小隊はシザーランドの渓谷を東に下った。土地の質上、下へ降りるほど太が屆かないため封晶ランプが多くなる。暖に照らされた都市を歩くナターシャたち。渓谷に沿うような街を進み、橫からシザーランドの部へった。

崖の側には窟があり、住民の食生活の一部を支えている。富なミネラルを含んだ土壌にはとりどりの茸が自生し、それらの茸を狙って生きが住み著き、暗い窟に獨自の生態系が生まれた。結晶によって地上を追われたツバメや油鷲。もしくは人に害なす毒蟲の巣窟。人とが共存する世界だ。

(人の手がっているのね。思っていたよりも整備されているわ)

パトソン隊長に先導されながら窟を進む一行。古びた電線がを往復している。天井にぶら下がっている煤(すす)けたランプは、封晶ランプが開発されるよりも前のものだろう。の一歩手前のような前時代の産がそこかしこに転がっていた。

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ナターシャはこのような古文化街が好きだ。ヌークポウで暮らしていた頃は街の隅々まで走り回った。ジャンク屋のリンベルともその過程で知り合ったのだ。染み付いた好奇心はナターシャの心をうずかせる。任務中でなければ心行くまで散策しただろう。

「見てよダン。可らしい花が咲いているわ」

「落蛍(おちぼたる)だな。地面に落ちた蛍みたいだからそう呼ばれている。窟のわずかなを蓄えて発する花だ」

「へぇー、綺麗だね。まるで星みたい」

「俺にとっての星はアンナだよ」

「きゃっ、ダンってば……!」

聞いているだけで頭を掻きむしりたくなるような會話をしているのは、先輩隊員のダンとアンナだ。最後尾を歩く二人はなんとも幸せそうな様子。本來の目的を忘れていないだろうか。

「……花が咲いてるのはあんたらの頭でしょ」

隣でドットルの吹き出す聲が聞こえた。心の中で呟いたつもりだったが、聲に出ていたようだ。先頭を歩いていたパトソン隊長が何事かと振り返り、察したように笑った。「いつものことだ」と瞳が語っている。

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「ナターシャ、出はどこだい?」

「移都市ヌークポウです」

「あの有名な?」

「はい、あのおんぼろの」

おんぼろ、とパトソンは繰り返した。

「パトソン隊長はご存知なのですね」

「傭兵は仕事柄、各地へ足を運ぶから自然と知りになるのさ。それにヌークポウは有名だからね。シエスタも知っているだろう?」

隊長は隣の隊員に聲をかけた。先輩のシエスタだ。長い銀髪が緩やかなカーブを描き、面倒見の良さそうな垂れ目が印象的なである。

「もちろんですよ。街から街へ、國から國へ渡る移都市。文明が衰退した今では渡航すらままなりませんから、私のような一般人からは憧れの存在です」

「それほど良い場所ではないですよ。鼠に服をかじられるし、食べだってカチカチのパンか固形食ばかり。ヌークポウの人間は早死にだ、なんていわれるほどです」

「ここだって鼠は出るし、食中毒と隣り合わせの日々ですよ。早死には、まぁこんな仕事ですから多いですね。気も高くて嫌になります」

「どっちが不幸かを言い合うのは不だぜ、シエスタ。どんな人間も多かれなかれ苦労している」

「……むかつくから今日の晩飯は隊長だけ抜きです」

パトソンが絶したように目を見開いた。

この會話は平行線を辿るだろう。隣の芝生はいつだって青いのだ。シザーランドの住民を見れば苦労していることは理解できる。結晶風を防ぐために渓谷へ逃げ込んだ彼らは、一日の大半を谷か窟で暮らすのだから、その苦労はナターシャに計り知れない。

その後も軽口を言い合うパトソン隊長とシエスタ。後ろにナターシャとドットルが続き、お花畑な二人組が最後尾だ。釣り場として整備された地底湖にはの白い魚が泳いでいた。落蛍がの行く先を照らす。遠くから聞こえる鳴き聲はツバメだろうか。たまに人間のうめき聲が混じっているのは気のせいかもしれない。

「よしっ、この先が報告にあったルートのり口だ」

パトソンが封晶ランプを掲げた。垂れ下がった苔に隠れるようにして、一本の道が現れる。「いつの間に作られたんだ」とパトソンが難しい顔をした。彼らはこの橫を知らないようだ。

地図なき道を小隊は進む。橫は人の手で作られたというよりも、むしろ何百年も昔から存在していたような雰囲気がじられた。なくともローレンシアが輸ルートのために開拓したとは思えない。

パトソンは周囲を警戒しながらナターシャに話しかけた。

「百年戦爭を知っているかい?」

「名だたる大國を巻き込んだ人類最大の戦爭ですね」

「その通り。大國ローレンシアや亡國ルートヴィアを初めとして多くの國が參加した大戦だ。戦爭期間は百年ともそれ以上とも言われている」

「しかし、突如発生した結晶によって戦爭は中斷された」

「皮なことに、結晶が人類の平和を守ったわけだ。もしも結晶化現象(エトーシス)によって中斷されなければ更に激化していただろうね。その結果として人の文明は滅びたが」

「たとえ結晶化現象(エトーシス)か起きなくても、それだけ戦爭をすればどのみち滅びますよ」

「駄目ですよ、ナターシャさん。隊長は放っておくといつまでも喋りますから、適當に相槌をうつ程度でいいのです」

見かねたシエスタが會話を遮った。

「ひどいな、シエスタは私の話をそう聞いていたのかい?」

「私相手なら構いませんよ。後輩を困らせるのは見逃せません」

「……? ナターシャは困っていたのか?」

「困っていましたよ。ねぇ、ナターシャさん」

板挾みとはかくも苦しきかな。その質問自がナターシャを困らせるのだが、シエスタはニコニコと笑うのだ。

「困っていたなんてとんでもないです。パトソン隊長の説明は明瞭で興味深いですよ」

「ほらみろシエスタ。ナターシャもこう言っている」

「隊長は世辭というものを學んでください」

どちらの肩を持っても角が立つならば、階級の高い隊長を選ぶのが吉。パトソンは曖昧に笑って話を続けた。

「話が逸れたけれど、百年戦爭で最も激しい戦闘が起きた場所の一つが忘れ名荒野だ。そして、この橫は忘れ名荒野に通じていると報告をけている」

「……戦爭で使われた隠し通路、ですか」

「察しが良いね。私はこの橫が、自然にできた窟を人の手で開拓し、百年戦爭で使用されたのだと予想するよ。戦爭が終わったことで橫の存在も忘れられたのだろう」

戦線を離するための出路。もしくは、負傷兵を癒やすための救護場所。どれにしろ、今は麻薬の輸ルートに変わりない。

「ここは最後に塞ぐとして、先に反対側のり口を確認しよう。忘れ名荒野までの長旅だからゆっくり行くよ」

先ほどまではシザーランドの一部として人の暮らしがじられたが、橫ってからはむき出しの自然が広がっている。ツバメや油鷲の縄張りから離れたことで、両生類や名も知れぬ小さな蟲の聲がそこかしこから聞こえた。水溜まりに咲く落蛍が青白いを発し、水面が揺らぐたびに窟の壁を彩った。

間延びする六つの影。原生生が彼たちを見守る。

「ぐぬっ!?」

突如、隣を歩いていたドットルが奇妙なうめき聲をあげた。見れば、ブヨブヨとした塊が彼の顔に張り付いている。ドットルは何が起きたのかも分からずに、救いを求めるような目を向けた。ナターシャは、ヌークポウの設備區で結晶憑きに襲われた男を思い出す。あの時もこんな風に助けを求められたのだ。

手を止めたのは一瞬。ナターシャは銃を引き抜いた。しかし、流石にドットルごと撃ち抜くわけにはいかない。ナイフで無理やり剝がすべきだろうか。見たことのない生の対処に迷うナターシャ。

いたのはパトソン隊長だ。彼は松脂(まつやに)が染み込んだ木の棒に火をつけると、ブヨブヨの周囲を炙るようにかざした。

「アカホコリ……粘菌(アメーバ)の仲間だよ。彼らは熱に集まる習がある。これほど大きな個は私も初めてだけどね。人間に害はないから安心していいよ」

アカホコリがベリベリとめくれ上がり、ドットルの顔から離れた。行き場を失ったアカホコリはパトソンの腕に絡みついた後、手のような腕をたいまつにばす。炎に反応したのだろう。天井からぼとぼとと無數のアカホコリが落下し、パトソンの周りに集まった。

「ここではよくある景だ。人の手が屆かなくなった窟にはアカホコリが多く生息している。死骸や糞を食べてくれる生きなのだが、たまにこのような事故が起きるんだ」

パトソンがたいまつを放り投げた。からんからん、と転がる炎と、それを追いかけるアカホコリの群れ。炎にはれられないというのに、熱を求めるアカホコリたち。彼らは炎の周りを囲むと、まるで暖を取るように小さくこまった。を寄せ合う姿は一種のらしさをじさせる。

アカホコリは熱を必要としないのに、熱を求める。それは長い時間を冷たい窟で過ごしたからだろうか。ぷるぷると震えるアカホコリを橫目に、ナターシャは変態小太りが無事かを確認した。

「……ぷっ」

「……なぜ笑うんだい?」

「いえ、あなたの顔が素敵になっていたから」

「それはどういう……」

ドットルは恐る恐る自分の顔をった。ぬるぬるとした粘で気持ち悪い。一は何を笑っているのだろうか。ドットルは一つ一つ順番に確かめていく。そして、とある部分にあるべきものが無いのだと気付いた彼は大聲を上げた。

「ない!? 僕の眉が、ない!!」

「あっはっはっ!!」

「まっ、まさかアカホコリに食べられた!?」

「ちょっ、笑わせないで……っ、結構似合っているわよ……っ」

「眉を食べられても僕は嬉しくないよ!!」

「あっはっは!!」

「……君たち、任務中だよ」

パトソンは困ったように頭をかきながらも、靜かに笑いをこらえていた。それに気付いたのはシエスタのみ。ちなみに、アンナとダンは同じくゲラゲラと笑っている。第三三小隊の気な聲が窟に響いた。

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