《傭兵と壊れた世界》第二十九話:天巫の祈り
足地と呼ばれる訶不思議な場所があるように、世界には人の常識を超えたナニカが存在する。夜風が結晶を運ぶように。もしくは、森の川が下から上へ逆流するように。それは百年戦爭よりもずっと昔に存在した神であり、今は失われた太古の力である。
獨自の軍事技によって、數多の國を破った大國ローレンシア。かの國を支えているのは天巫(あまみこ)と呼ばれる一人のだ。彼もまた、神と呼ぶべき特別な力をめていた。
そもそも、ローレンシアは元老院と軍部によって形される二権分立の國だ。元老院は星天教を司り、その象徴たる天巫の力は元老院が保有する。対して、元老院の対極に位置するのが軍部だ。アーノルフ元帥や三人の軍団長を筆頭にして構されている。
天巫とはつまり、対立する軍部と元老院の中間で支える柱のような存在だった。
彼は今日も、塔の最上階で祈りを捧げている。天巫のために作られた祭壇は『最も天に近い場所』として一部の人間以外は立ちりがじられており、お付きの者ですら部屋にることは許されない。
そんな祭壇を、アーノルフ元帥は我が顔で歩いた。當然ながら、たとえ元帥であっても祭壇への立ちりには特別な許可が必要なのだが、彼は自らの権力を使って無理やり踏みっているのだ。
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「勝手にったら、また怒られるよ。侍長の小言はもらいたくないでしょ?」
「許される程度の結果は出していますからこ安心を。侍長には甘い菓子を贈っておきましょう」
「悪い大人だ」
「賢い大人です」
天巫が振り返った。絹のような銀髪がふわりと浮き上がり、の繊細さを引き立てる。顔にかけられた薄いベールのせいで表が隠されているが、呆れたような目をしているだろうとアーノルフは予想した。彼の橫暴は今に始まったことではない。いつもあの手この手で天巫に逢おうとする軍人、それが若き元帥・アーノルフ。
「今日の祈りは終わりましたか?」
「いいえ、まだだよ。これから國の未來と安寧をお願いするの。小さき我々をどうか見守ってくださいってね」
「朝からずっと祭壇に?」
「今日は街に顔を出す予定がなかったから」
「働きすぎではないですか。巫の仕事も大切ですが、あなたのも労ってあげてください」
「仕事?」
こてん、とは首を傾げた。
「いいえ、これは務めだよ。天巫である私だけの使命なの。文明なき時代に、人を救うのは祈りなのさ」
「神はいませんよ」
「星天教の元帥ともあろうお方が何てことを言うの。侍長が聞いたら卒倒するだろうね」
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「私はあくまでも軍人ですから」
「なんで軍人が祭壇にいるのかな」
「そんな日もありますよ」
大國ローレンシアは星天教を國教とする宗教國家の一つだ。しかし、アーノルフに信仰心はない。皆無といっていいほど信じていない。そんな男が軍の頂點に立っているのだから可笑しな世の中だ。
(神に救いを求めるよりも、自分の手で変えた方が早いのだから、信仰なんて無意味だ)
アーノルフは心で毒を吐いた。彼に信仰心がないのは天巫も知っており、だからといって、無理に教えを説こうというつもりもない。天巫が信仰を捨てるはずがなく、アーノルフが信徒になることもあり得ない。互いにどうしようもなく頑固なのだ。
天巫は空を見上げた。細く息を吸い、両手を重ねて、円形の天窓から見える星々へ、曇りなき祈りを捧げる。き通る銀髪は巫の証だ。小さながの周りを包んだ。
祭壇の周囲には半明の奇妙な花が植えられており、彼の祈りにあわせて蕾(つぼみ)が開いた。この花にも昔は名前があったらしいが、結晶とともに失われてしまったらしい。名もなき花がアーノルフの前で咲きほこった。
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一連の景を、アーノルフは一歩下がって眺めていた。何度見ても理解の及ばぬ現象だ。いくら神がいないと否定しようとも、この景は否定できないだろう。人の常識を超えた神は星天教と共に引き継がれ、今もなお存在していた。
「祈りは大切だよ。星々が見守ってくれる限り、ローレンシアが滅ぶことはない。結晶風も防いでくれるし、疫病だって跳ね返してくれる」
「それは、対結晶技によるもの、つまり人の叡智によるものです」
「街を壁で覆ったって結晶風を防ぐには限界があるよ。私たちが結晶に埋もれなくて済んでいるのは祈りのおかげ。人の叡智では説明できないことだってあるんだ」
の言葉には不思議と説得力があった。天巫という人の格。代々け継がれた長い歴史が、アーノルフに否定の言葉を許さない。
天巫が祈りを終えると、天窓からきらきらと輝く小さな粒が舞い降りた。まるで人の手が屆く場所に星々が降りてきたようだ。天巫の周囲で輝く粒が、「星天教の神を認めなさい」とアーノルフに訴えているみたいである。
もちろん錯覚だ。あの半明な花が出す花が輝いているに過ぎない。アーノルフは自らにそう言い聞かせた。
「……そろそろ仕事に戻ります。天巫様もほどほどに」
「あなただって働きすぎじゃない?」
「私は軍をまとめるですので。特に最近は周辺諸國のきが活発です。ローレンシアを狙うのは傭兵だけではなく、今にも食らいつこうとする輩が溢れています。気を抜くわけにはいきません」
天巫はし考えるような素振りを見せた。口にするか迷うように、細い指先をもじもじと差させる。
「私、こう見えて耳が早いの。民の不安、國の勢。自國が一枚巖でないことも、あなたが焦るように戦いを繰り返していることも。あなたが々な顔を持っていることだって、知っているんだよ」
「それも天巫の力でしょうか、恐れりました。しかし、私は元帥です。國を守るためならば、多の無茶は承知もしますよ」
「本當に國のため?」
ベールの向こうで天巫が問うた。鈴の音のような聲だ。風は吹いていないのに、二人を囲む半明な花びらがゆらゆらと揺れた。覇気とも呼ぶべき輝きが、のから発せられる。
恐ろしい、とアーノルフは思った。同時に、しいとも思った。天巫のは折れそうなほど華奢で儚く、されどアーノルフの言葉では決して折れぬ覇気がじられる。世界は神に満ちているのだ。アーノルフにとっては忌々しくてたまらない神が、彼の心を焦がすのだ。
アーノルフは片膝をつき、右腕を元にあてた。古き騎士のような忠誠を示す姿勢である。噓は許されず。されど真意は語らない。アーノルフ元帥は本心からこう答えた。
「もちろんです」
星降る祭壇の中央で、「本當かなぁ」とし不満げな顔をした後に、大國のはらかな笑みを浮かべた。
○
ローレンシア軍の參謀本部に三人の軍団長が顔を合わせていた。に星天教のシンボルである二重のを下げており、彼らがアーノルフに次ぐ地位であることは誰もが知っている。一人はシモン軍団長だ。アーノルフの忠臣として數々の戦場を経験した猛將である。
「アーノルフ閣下から新たな指令をいただいた。容は説明した通り、商業國パルグリムの潛調査だ。私はまずカップルフルトへ向かってを調べたいのだが、どうにも手が足りなくての。お主らのどちらか、手が空いておらんか?」
シモンの問いに、同じく軍団長であるアメリアが答えた。
「私は天巫様の護衛任務があるから無理です。街の視察をされるので、何日も國を離れるわけにはいかない」
「ぬ? 我らが首都・ラスクは強固な都市だぞ。部下に任せては駄目なのか?」
「天巫様が街に向かわれるという一大行事なのに、軍団長の私がいなくては示しがつかないでしょう」
アメリアはさも當然だという顔をした。彼は軍人にしては珍しい將だ。髪を一括りにまとめて軍帽をかぶり、し長めの前髪から鋭い眼がこぼれている。すらりとした立ち姿は一部の兵士から人気だ。
「部下に任せれば良いと思うが……お主が天巫様のそばを離れたくないから、というのが本心ではないか?」
「私を優先するような人だと思われているなら心外ですね」
「そなたの任務が天巫様に関わるものばかりなのは知っておるぞ。まさか天巫様と街をまわりたいがために、閣下の指令を斷るのではないな?」
「まさか。そもそも指令をけたのはシモン殿であり、私は私の責務を果たすだけですよ」
そう言いつつ、普段よりも早口になっていることをシモンは見逃さない。
アメリアは優秀な軍人である反面、々殘念な一面がある。一度だけ天巫の素顔を見たことがあるらしく、それ以來ずっと天巫にご執心なのだ。口を開けば天巫様の素晴らしさを語るのだから重癥であり、彼の悪癖を知っているシモンは呆れたような顔をした。
「それなら俺が行ってやるぜ」
「……そうするしかないのう」
「不満そうだなじいさん」
「じゃかぁしいクソ鬼」
「早く話を進めてください。私は眠いのです。こんな夜更けに呼び出しておいて、ただ喧嘩するだけなら帰りますよ」
けらけらと笑うのはホルクス軍団長だ。雑な格だが腕は確かであり、貧民の出でありながら才能と努力で軍団長にまで昇りつめた男である。規律を重んじるシモンとはよく衝突することが多く、そのたびにアメリアが間に挾まれるのだ。彼の苦労は計り知れないだろう。
「アメリアが無理なんだから俺しかいねーだろ。丁度退屈していたんだ、ちょいと遊びに付き合ってやるぜ」
「閣下の指令を遊びだと!?」
「こんなもん遊びだろーが。火の行き先を調べたところでどうする気だ?」
「もちろんローレンシアに敵対するかを判斷し、もしも戦爭を起こすつもりならば我々も準備をするのだ」
「戦爭? あり得ねーよ。奴らは商の道を極めた化けどもだぞ。金のためなら人道を反復橫跳びするような連中だ。そんな奴らが俺(・)た(・)ち(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)金(・)に(・)な(・)る(・)存(・)在(・)と真っ向からやり合うはずがない」
アメリアが不快そうに眉をひそめた。
「戦爭経済ですか」
「そうだアメリア。ローレンシアが侵略を繰り返す限り、パルグリムは好きなだけ荒稼ぎできる。今回のように、火を集めて売り捌いたりな。だから商人どもが正面から喧嘩を売ってくることはない。しいて言うならローレンシアに恨みを持つ連中に武を斡旋する、とかだろうさ」
「それはそれで問題じゃろう。戦いの芽は摘んでおくべきだ」
「たとえ火の行き先を突き止めたところでパルグリムに非はない。奴らは客に商品を売っただけだ。俺たちは他國の貿易に口出すことができないから、目の前で敵國に火が渡されるのを眺めるのが今回の任務ってわけ。つまり――遠足だな」
ホルクスはを曲げて笑った。用な男だ。
「そうなると、貴様にとっては退屈な任務かもしれないのう」
「んっんー、そんなこともないぜ。そりゃぁ表立ってはけないけどよ……例えば輸送中の火がたまたま行方知れずになった、なんてことがあるかもしれないじゃん?」
「まさか……輸送する船を襲うつもりか? もしも我々の正が見つかったらどうするつもりだ?」
「流石に傭兵だけを狙うさ。もちろん、じいさんは潛任務でも何でも好きにやってくれ。俺は勝手にくからよ」
ホルクスが指示通りにかないのはシモンも予想していた。輸送経路で暴れてくれれば商業國の注意もホルクスに向くはずであり、そうなればシモンは潛しやすくなる。シモンが制できないことを除けば悪くない提案だった。本當はアメリアが理想なのだが、軍団長が三人とも國を離れるわけにはいかないだろう。
「遠足気分で足をすくわれないようにな」
「心配すんなよじいちゃん。なんならお土産を持って帰ってやろうか?」
「ふん、相変わらず口の回る男じゃ。しかも趣味が悪い」
話はおしまい。ホルクスは煙草の火を消して立ち上がった。飢えた狼のような瞳がシモンとアメリアを見下ろした。
「最高にイカした悪趣味だろ?」
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