《傭兵と壊れた世界》第三十三話:狼の襲撃
「ふんふーん――」
鼻歌まじりに船を歩いていたリリィは、突如として大きな衝撃に襲われた。
「キャァっ!! なに!?」
それは商業國の國境を越えてすぐのことだった。結晶塊にぶつかったのか。それとも窪みに足を取られたか。否、蔵を跳ね上げられるような衝撃をリリィは知らない。船の拡聲から隊長の焦る聲が聞こえ、直後に近くで発した破片が頬をかすめた瞬間、リリィは冷や水を浴びせられたように固まった。
「――敵襲――敵襲だ! ――ローレンシア軍に囲まれている! ――全員、持ち場につけ――!」
戦闘は突如始まった。
(ローレンシア軍……!? しかも待ち伏せ!? 冗談じゃないっ、私たちはただの輸送船だよ!?)
戦いの覚悟はあった。しかし、頭のどこかで戦闘は起きないだろうと決めつけていた。期待は外れて、はめでたく戦場へ放り込まれたのだ。本能的な恐怖、早鐘を打つような焦燥に襲われる。甲高い音を鳴らしながら水道管が振し、リリィの心を余計に焦らせた。自分たちを殺そうとする、砲弾の衝撃だ。
「ま、まずは合流……!」
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リリィは隊長がいる船首を目指した。走るという行為だけでも息が上がった。
直後、再び轟音が響き、続く衝撃によって船の壁に叩きつけられた。
「痛ッ……!」
幸い怪我はしておらず、急いで立ち上がる。
「自分は落ち著いていられる」と心のどこかで思っていた。戦場を知らぬの勘違いだ。戦うという選択肢はの頭から消えており、どうすれば助かるか、どうすれば生き延びられるかと逃げ道ばかりを探した。リリィは初めて気付く。思っていた以上に自分は家族と會いたかったのだ。
右へ。左へ。幾度も揺れがを襲う。外れた鉄パイプが恐ろしい勢いでリリィの前を飛び、船の壁に突き刺さる。まるで逃げ場はないと嘲笑うように。の震えが恐怖によるものか、それとも船の揺れによるものか、もはや分からなくなっている。
ようやく船首に到著したリリィは怒聲をあげる隊長を見た。
「まっすぐ走るな、結晶を盾にしろ! 南の退路は斷たれた! 南西を目指せ!!」
焦りながらも必死に指示を出す隊長や、リリィよりもよっぽど狼狽えるイグニチャフの姿を見て、リリィはしだけ落ち著きを取り戻した。
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「すみません、遅れました!」
「無事でなにより! リリィは本部に救難を送れ! イグニチャフは速砲で迎撃だ! 近寄らせるな!」
「了解しました!」
他の先輩隊員は既に迎撃に向かった。一人は船主、殘り二人は砲手として、しでも時間を稼ぐために必死の抵抗をみせた。
結晶の影に隠れながら、機船は國境を目指して走る。
小隊長の機転がなければ、最初の攻撃でだらけになっていただろう。リリィたちの船は一隻。対して、ローレンシア軍の船は四隻だ。とても敵う戦力ではない。
イグニチャフは命令のままに速砲を握った。その重みは命の重み。砲をかすだけなのに、まるで鉛の塊を持ち上げるが如く重い。
「くっそ……! こんなの制できるかよ……! 速砲ってのはもっと扱いやすいもんじゃねーのか!?」
「腕じゃなくて全で支えろ! 気合いだよ気合い!」
「ぐっ……當たりません!」
「當てなくていいから撃ちまくれ!」
先輩の聲を聞きながら発砲するイグニチャフ。まさに。デタラメな照準が明後日の方角へ銃弾を放つ。彼の視界には縦橫無盡にれ替わりながら迫るローレンシアの姿が見えた。
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跳ねる機船。ローレンシア軍の砲臺がイグニチャフを狙った。
「うわぁあ……!」
イグニチャフは混に陥りながらも、必死に照準を合わせた。暴れ馬のごとき速砲だが、放たれた弾丸は鉄を貫く。がむしゃらにした銃弾はたまたま敵の砲臺に著弾し、大破とはいかずも小さな発を起こした。
「やるじゃないか、その調子で他のも頼むぜ!」
「今のはまぐれっすよ! 殘りは先輩に任せました!」
「任されたと言いたいが流石に無理だな! ワハハ!」
なぜこの男は笑っているのか。口答えをする余裕はない。
「やっ、やばいっ、右來ます……!」
「俺の砲臺じゃ屆かない! お前がどうにかしろ!」
「どうにかしろって、どう……!?」
船がひときわ大きく揺れた。著弾點は近い。むしろ、真後ろだ。
イグニチャフは恐る恐る振り返った。彼とは甲板を挾んで反対側、バッサという名のもう一人の先輩が乗っていた速砲が々に砕けている。黒い煙と鉄の殘骸、やらやらが飛び散り、その発をけたであろう男は両足を失っていた。
「バッサ……! てめぇ、なに下手こいてんだ!」
「俺が手當てを……!」
「馬鹿! 前をむけ!」
敵の一隻がイグニチャフを捉えた。戦いの剎那、イグニチャフはゆっくりと進む時間の中で、敵の砲手と目が合ったような気がした。あれは獣だ。狼の瞳だ。純粋な殺意が戦場を超えてイグニチャフを襲う。
直後、敵船の砲臺が発した。隣の先輩隊員が撃ち抜いたのだ。
「た、助かりました……!」
「いいから撃て!」
先輩もまた必死である。仲間をたった今失ったばかりだというのに、彼は速砲の縦桿を握り続けた。
ローレンシアの攻撃は苛烈だ。數による有利だけではない。練されたきがしずつ、イグニチャフたちを追い詰めていく。國境は既に越えていた。されど追撃は止まらず。
二人の傭兵が速砲による迎撃をしている間、船首の縦室では別の戦いが繰り広げられていた。
「隊長、本部に救難を送りました!」
「よし、リリィは本部と連絡を取りつつ縦の補助をしろ! 狀況を伝えるだけで良い!」
「了解しました!」
「隊長っ、奴ら足が速すぎる! このままじゃ囲まれるぞ!」
「とにかく走り続けろ! こうも結晶塊が多ければ、奴らも連攜を取りづらいはずだ! 相手の土俵に立たせるな!」
「だが時間の問題だ……!」
ジリ貧なのは百も承知。隊長は地図を睨んだ。今走っているのはフィヨド臺地と呼ばれ、隆起した巖石が結晶化し、まるで地面から生えた柱が無數に立したような場所だ。見通しの悪さを利用して何とか逃げ延びている狀況。いつまで耐えられるかは分からない。
隊長の男は一つの決斷をした。
「進路を西南西に変更! 傭兵の意地を見せてやるぞ!」
シザーランドから大きく外れる進路だ。その判斷が吉と出るか、兇と出るか。傭兵の船が結晶の大地を駆け抜ける。
○
ホルクス軍団長は怪訝な顔をした。
(進路が変わった……?)
明らかに劣勢な傭兵が進路を変えた。このまま故郷のシザーランドまで逃げるのかと思っていたが、どうやら相手にも考えがあるらしい。「それならそれで都合がいい」とホルクスは笑った。彼は狩猟ではなく戦いをしたいのだ。
(何を考えているのか知らないが、楽しませてくれよ……!)
彼の船が大きく前に躍(おど)り出た。注意をひきつつ敵に圧をかけるためだ。當然ながら傭兵の速砲が迎撃をしてくる。それらの弾幕を巧みに避けながら、ホルクスはしずつ距離を詰めた。
ちなみに本來は部下の役目なのだが、「自分でかした方が手っ取り早いから」とホルクスが船を縦した。結果、ホルクスの指示はなくなる。しかし、狼の部下は指示がなくとも自分たちでく。自らの頭で考え、追隨し、長であるホルクスが前に出るだけで勝手に敵を殲滅する。それがホルクス率いる部隊の強みだ。
強みである、はずだった。
「ホルクスー! 俺はどうしたらいい!?」
「知るかディエゴ! 口を開く暇があるなら敵に鉛玉をぶち込んでやれ!」
「けど砲臺は他のやつが使っているぜ!?」
「それなら流行りの曲でも歌ってな!」
指示が無ければけぬ者が一人いた。隊の練度が高いからこそ、年ディエゴの非力さが目立った。
彼もローレンシアの訓練はけている。だが、あまりにも実戦の速度が早すぎるのだ。しかも本來は指示を出すはずの隊長が縦席に座っており、他の兵士は當然のようにそれをけれる。結果として新兵のディエゴは取り殘されてしまった。
せめて何か役に立とう、とディエゴは船を走り回る。上のイサークが目にった。
「イサーク上、何しているんすか?」
「他の隊と連絡を取り合っています。敵が奇妙な進路変更をしたから、近くに伏兵がいないか探っているのです」
「なるほど、流石っす!」
「……ディエゴは何をしているのですか?」
「俺っすか? ……なにも?」
イサークの額に青筋が浮かんだ。
「もう一度聞きますが、何をしているのですか?」
「えーっと、隊長から流行りの曲を歌っていろと言われたっす。イサーク中尉はどんなのが好きすか?」
「……私は靜かな曲が良い。うるさいのは嫌いです」
「あー、駄目っすねぇ。何も分かっていないっす」
ディエゴの顔面に蹴りが飛んだ。イサークいわく、長の低いディエゴは蹴りやすいらしい。
「ひどいぜ! 俺は――」
イサークが片手を上げた。他の機船から連絡がったのだ。どうやら近くに敵船の影はないようだ。進路を変えた標的は今も西南西を直進中。罠と呼ぶには々単純だった。
連絡をけたイサークは隊長に報告するか逡巡し、やめた。あの人が伏兵を警戒して進むはずがなく、ならば報告したところで意味はない。縦の邪魔になるだけである。第三軍に隊した時點で、自分たちは狼の手足としてくことが求められている。故に、今すべきことは無意味な報告ではなく、隊長がしでも目の前の敵に集中できるようにお膳立てをすることだ。
「んんっ、これを見なさいディエゴ」
咳払いを一つ。ディエゴに対して地図を広げた。
「我々が現在いるのはここ、商業國の國境を南西に越えた場所です。今までは東側に部隊を展開していましたが、なぜか分かりますか?」
「そっちの方が狙いやすかったから?」
「十點。答えは敵が南東のシザーランドを目指すと予想していたからです。だから回り込むように東に展開していた。しかし、ここにきて西側への方向転換」
「俺たちの作戦に気付いて逃げているんじゃねーの?」
「それだけなら良いですが、彼らが向かう先には、朽ちた聖城と呼ばれる古い城跡があります。ここは周りを高い城壁に囲まれているため包囲戦に強く、攻めるには部にり込むしかない。つまり機船のままでは侵は不可能です」
「えーっと、つまり地上戦を企んでいるってわけすか?」
「あくまでも予想ですよ。だからディエゴは今のうちに地上へ降りる準備をしていなさい。どうせ船で役に立つことはないです」
「了解っす!」
ディエゴは元気よく返事をしたあと、整備室へ走った。
なお、二人が話している間も戦闘は継続中のため、まるで天井と床がれ替わったかと錯覚するほど揺れが続いている。イサークはもちろん問題ないが、新兵のディエゴは本來、まともに歩けないはずだ。なのに、彼は不安定な様子もなく整備室へ向かった。
(言や頭の回転には々難ありだが、鍛えればもしかすると……)
ホルクスは彼の潛在的な能力を見越して隊に引きれたのだろうか。だとすれば今回の任務は良い経験になるはずだ。ルーロ戦爭終結以降、ローレンシアとシザーランドが正面からぶつかる機會は減った。特にディエゴのような若者は傭兵の恐ろしさを知らずに昇進することが多い。だからこそ、若いうちから戦場の空気にれられるのは幸運である。
そこまで考えてから、案外自分もあの年に期待しているのだと気付いた。
「……私は、私の仕事をするか」
イサークは眼鏡を押し上げた。そこに先ほどまで年に向けていた瞳はなく、軍人としての冷たいが宿るのみ。傭兵は殺す。それは、ローレンシア軍の総意である。
狼の猛攻は止まらない。
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