《傭兵と壊れた世界》第三十四話:晝下がりの兇報
世の中はクソッタレだ。
それは、なにげない日常の小さなつまずきで、ふと気付かされる。他人と比べて自分が冷たい人間だと痛した時だったり。後悔が積もって眠れぬ夜を過ごした時だったり。まるで別人のように変わってしまった友人との再會や、他人の醜い言い爭いを一歩下がって眺めている瞬間だったり。
もしくは、たくさん練習した銃の腕前が、ある日突然ゼロに戻ってしまった時、人はささやかな絶を心のなかに押しとどめる。
「今日は調子が悪いわ」
ナターシャはをとがらせた。リンベルの家に転がっているガラクタの中から、必要なさそうなを並べて撃つ練習だ。普段なら外すはずのない弾が、今日はまったく當たらなかった。
たまにこんな日があるのだ。何をしても上手くいかず、気分転換をしようとしても失敗する。おそらく、気にも留めないような小さいズレが起きているのだ。無意識のうちにずれて、外れて、段々と「いつも通り」から遠ざかって、そして何も上手くいかなくなる。
調子の悪い原因は何だろうか。ナターシャの日常が大きく変わったからかもしれない。おかしな同期に囲まれて、騒がしくも楽しい毎日が続く反面、新兵の薄給では明日の生活すら不安になる。限られた食糧。無に等しい貯蓄。後ろ向きな考えをしていると頭がぼんやりする。
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ふとナターシャは気付いた。弾を外す原因は寢不足ではないか。更に言えばリンベルのせいではないか。ガラクタの重みで夜の眠りが淺く、もっと寢ていたいのに無理やり起こされる日々。調子が落ちてもおかしくない。
「そうよ、きっとこれは寢不足のせいだわ。悪いのはぜーんぶリンベルなんだ」
ナターシャは結論を出した。そう考えると気持ちも楽になる。一晩ゆっくり寢て、気持ちの良い朝を迎えれば調子が戻るはずだ。
ナターシャは練習をやめて、食事の準備を始めた。同居人のリンベルは報収集に出かけており、きっと腹をすかせて帰ってくるに違いない。し多めに作るのが良いだろう。ナナトの紹介で、鷲飼いの狩人から質の良い鶏を手にれることができた。だから今日は鶏と茸がたっぷりのスープである。
渓谷で取れた茸に、ツバメのモモを量加えてひと煮立ち。食べやすいようにパンを切って皿に盛る。コーヒー豆が安い悪品なのを除けば豪華な食事だ。任務に出発したリリィにもぜひ食べさせてあげたい。
特に変わりない日常だった。友人の報収集を待ちながらの晝下がり。世界は緩やかに回っている。
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店の外から慌てるような足音が聞こえた。それが言い知れぬ不安をナターシャにじさせ、彼のが早鐘を打つように高鳴った。続けて、勢いよく扉が開かれる。鍋にれ殘した茸が地面に転がった。
「ナターシャっ、大変だ……!」
何が悪かったのだろうか。何を、間違えたのだろうか。珍しく息を切らしながら駆け込むリンベル。彼の顔は焦りに歪んでいた。嫌な予がする。日常を壊すように、ドン、ドン、と心臓がはずむ。
「リリィの船が襲われている……!」
何も間違っていない。ただ、唐突に友人の命が狙われる理不盡さを覚悟していないだけだった。
○
第一九〇小隊襲撃の報がシザーランドに屆けられた。輸送中の小隊がローレンシア軍の機船に襲われる。幸いなことに、第一九〇小隊は後退しながらも西の古城を確保し、籠城戦を展開して時間を稼いでいた。彼らが占領した古城は「朽ちた聖城」と呼ばれ、かの百年戦爭でも最後まで陥落しなかったと云われる強固な城だ。たとえローレンシア軍でも簡単には崩せない。
伝令をけた傭兵団はすぐに救援部隊を編した。だが、ローレンシア軍を相手にできる小隊は限られており、その中で手の空いてる部隊は二つだけだった。
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一つは訓練時にナターシャたちの教を勤めたヘラ隊長の部隊。そして、もう一つの小隊こそ、ナターシャが隊したいと唯一考える第二〇(にーまる)小隊である。
それらの報をリンベルからけ取ったあと、ナターシャは教ヘラの元へ急いだ。彼が本作戦の臨時的な司令に任命されたからだ。つまり、彼の一存で救援部隊の編すらも変えられる。リリィを助けたいという気持ち。もしくは、第二〇小隊に接できるかもという期待や打算。様々ながのに渦巻く。
そうして現在、ナターシャはヘラ隊長の前で敬禮をしていた。久しぶりの教は相変わらず難しそうな顔をしている。
「それでお前は、同期が危機に瀕しているから救援任務に參加したい、というのか」
「私は役に立ちます」
ヘラは両腕を組み、困ったように息を吐いた。ただでさえ急を要する任務だ。一分一秒の遅れが仲間の生死を分かつ。しかも敵は狼大隊と呼ばれるホルクス軍団長であり、第二〇小隊とぶつかれば激しい戦闘になると予想されるというのに、新たな問題事が転がり込んできた。
(……同期か)
ナターシャの提案は、平常時であれば悪くなかった。初任務でローレンシア軍の小隊を壊滅させた腕前は本であり、不足しがちな狙撃兵というのも大きな利點だ。
しかし、問題はいくつかある。まずは彼が救援部隊に志願した理由だ。
同期を助けるために戦場へ向かうというのは素晴らしいことだ。あぁ、どこぞの戦いを知らぬ平和主義者に聞かせてやれば、涙を流してたたえるだろう。だがここはシザーランドであり、涙を流せば幸せな結末(ハッピーエンド)になるとは限らない。
つまるところ、同期を助けるためというのは、傭兵としてあまりにも非合理的な考えなのだ。端的にいえば甘い。傭兵は自分と依頼主のためだけに戦うべきであり、他人のために死地へ向かうのは馬鹿なのだ。今は構わないが、その考えはいつかの自分を殺すだろう。
次に、第二〇小隊に付いていけるのか。
彼らは紛うことなき英雄だ。否、正確にいうならば、英雄の道をあえて歩まぬ者たちだ。そこに初任務を終えたばかりの新人が加わるのは酷であろう。
(だが、狙撃兵ならば第二〇小隊とも連攜が取れるかもしれない。同期を助ける、というのも、まぁ個人の考えによるか。殘る問題は……)
ヘラは考した。その間、ナターシャは微だにせず。
(いや、ここで彼の力量を見定めておくべきか。最(・)悪(・)の(・)場(・)合(・)は(・)第(・)一(・)九(・)〇(・)小(・)隊(・)を(・)囮(・)に(・)し(・)て(・)で(・)も(・)ローレンシア軍を潰したい。その時はナターシャの力も必要になる可能が……)
「あぁ、そういうことですか」
はぽつりと言葉をこぼす。
「正直なところ、なぜヘラ隊長が悩まれているのか不思議でしたが、納得がいきました」
「無謀な新兵の対処法を考えているのだ。それとも、経験の淺い新兵をいきなり戦場に送るほど、私は無能で冷酷な傭兵に見えるのか? 我々は仲間を大切にする。ここは軍ではなくて傭兵団だからな」
「そうです、ここは軍ではない。傭兵は自由意思を尊重する。あえて戦場に向かう者を止めるのは野暮でしょう。それは誇りのために戦う我々の信條を無下にする行為です。誇りを失った屑は人ですらない、とおっしゃったのはヘラ隊長ですよ」
ナターシャは脳裏に初任務の景を思い浮かべながら続けた。
「疑っているのではないですか? 私がローレンシアの通者ではないか、と」
それはヘラにとって図星だった。ナターシャは初任務で輝かしい功績を殘したからこそ、出來すぎた果を疑われている。第三三小隊の待ち伏せはナターシャが仕組んだのではないだろうか。
ナターシャは腹立たしかった。第三三小隊を救った自分が、他ならぬローレンシア軍の仲間だと思われるのは心外だった。奴らは殘忍だ。廃墟に住むを襲おうとする野蠻人だ。通者を送ってシザーランドを部から破壊しようとする卑怯者と、自分が同列に見られるなんて、たまったものじゃない。
「そうだと言ったらどうする、小娘? 私とて第三三小隊隊長のパトソンとは長い付き合いだったのだ。通者の疑いがある者を安易に隊へ招くことはできん」
「疑い、ですか。私も僭越ながら良い耳を持っているのです。例えば第三三小隊が初任務で襲撃されて以降、いくつかの小隊が私の周辺を嗅ぎ回っているとか。ヘラ隊長はたくさんの鼠を飼っておられるようですね」
ヘラは眉をひそめ、脳裏に教え子の一人である元狩人のを思い浮かべた。
「ちっ、羽無しの小娘か。笑えない冗談だな」
「私を調べて収穫はありましたか?」
「ふん、脅すには材料が弱いぞ」
「勘違いしないでいただきたいのですが、私はヘラ隊長と仲良くしたいと思っております」
「自分の立場を考えてから言うことだな。第三三小隊の襲撃はお前の自作自演かもしれんのだぞ。今回の襲撃もお前なら任務の容を聞いていたはずだ」
「だからこそ、この作戦で潔白を証明しようというのです」
「お前が裏切る可能はどうした?」
「小娘が一人裏切った程度、第二〇小隊がいれば問題ないでしょう」
ナターシャは背筋をばした。を張るべき時だ。一瞬でもヘラから目を離さないように、強く見據えながら、ナターシャは宣言した。
「私にお任せください。腹を空かせた東の犬どもに鉛弾をぶちこんでやりましょう」
新しい風が吹く。信じてもよいと思わせる力強い熱風だ。白金のが巻き起こした風は、まるで追い風のようにの背中を後押しした。
その姿、ヘラからすれば若くて青い。だが、賭けてみたくなる魅力があった。
(危うい、が、しかし……)
二人の視線が差する。
この瞳だ。澄んだ水晶のような瞳がヘラを揺らすのだ。訓練時、ヘラは新兵たちの中に異様なを宿す瞳をみた。明らかに新兵とはおもえぬ佇まい。教という役職をしていると、まれに一線を超えた者と出會うことがある。このはそういった例外と呼ばれる者たちと同じ目をしていた。
訓練からおよそ二ヶ月ほど。しだけ懐かしい思い出だった。
「分かった。ただし、條件がある」
ヘラはの提案をけれた。代わりに條件を提示する。
「此度(こたび)の作戦は第二〇小隊が前線に立ち、私の部隊が後方から支援する。これはイヴァン隊長からの要求だ。故にお前は私の部隊に付くべきなのだが、既に狙撃兵は足りている。つまり、お前の面倒を見てやることは出來ない」
「では私は第二〇小隊ですか?」
「そうだな。彼らはワケあって狙撃兵がいないから編としては丁度良い。お前は彼らの仮補佐として第二〇小隊に付いてもらう。不満か?」
「まさか。むしろ願ったり葉ったりです」
「それは良かった」
ヘラはから強い意志をじた。大抵の者は第二〇小隊と関わるのを避けるというのに、ナターシャは迷わずけれた。やはり頭のおかしなである。
本當にこれで良かったのかはヘラにも分からない。だが、ナターシャという人材を遊ばせておくのは惜しかった。ヘラが自分の目での力量をたしかめたい、というのもある。
使えるものは何でも使う。戦士の意志を尊重すべし。ここは規律の厳しい軍ではなく、誇りのために戦う傭兵の國なのだ。
何にせよナターシャは救援部隊に參加した。白金のが三度(みたび)、ローレンシアに銃口を向ける。
「早速、第二〇小隊と顔合わせをしておこう。彼らと話したことはあるか?」
「ありますよ。もはや戦友のようなものです」
「戦友? まぁいい、それなら知っていると思うが、彼らはクセの強い者ばかりだから注意しろ。なにせルーロ戦爭で暴れまくった英雄様だからな。優秀な隊員ばかりだが、全員がどこかずれている。取って食われぬよう上手く立ち回れ」
「ご忠告ありがとうございます」
ヘラは第二〇小隊とナターシャが月明かりの森で出會っていることを知らない。ましてや、互いに銃を向けたとはつゆとも思わないだろう。ナターシャはに渦巻くを表に出さないよう気を引き締めて、第二〇小隊が待つ作戦室に向かった。
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