《傭兵と壊れた世界》第三十七話:一変する空気
籠城戦が始まってから、ホルクス軍団長はずっと笑っていた。ナニカを待つようにずっと。きたる宿敵に心を踴らせながら。彼はこの戦いで一度も前線に立っていない。指示もすべて部下に任せている。全ては力を蓄えるため。
巨(・)大(・)な(・)結(・)晶(・)の(・)柱(・)か(・)ら(・)イサーク隊員がすべり下りた。肩に狙撃銃を攜え、神経質そうな顔をしゆがめている。
「ホルクス隊長、奴らが現れました。方角は東南。數は二隻、うち片方が黒銀。確実に“ルーロの亡霊”です」
「ようやく本命がおでましか。部隊を呼び戻して配置につけ。これから本當の戦いが始まるぞ」
ローレンシアの軍部では、イヴァンたち第二〇小隊を“ルーロの亡霊”と呼んでいる。ルーロ戦爭終結以降も、まるで亡霊の如く何度も襲撃してきたからだ。ローレンシアが傭兵を襲うとき、必ずといっていいほど増援部隊で彼らが現れる。まるで戦爭に取り憑かれたかのように。
「高臺の敵を二人逃しましたが、どうしますか?」
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「敵の頭は潰したんだろ?」
「もちろんです」
「それなら放っておけ。兵を分散できるほど甘い相手じゃない」
ホルクスの雰囲気が変わる。人間から狼へ。神経を研ぎ澄ませ、鋭い牙をのぞかせる。彼の心臓が目を覚ましたかのように脈打ち始めた。心が舞い上がっているのだ。上の雰囲気にのまれ、隣に立つイサークもい立った。
今日はいい日だ。新たなる出會いの予がする。
「気張れよイサーク。出し惜しみなく全力でぶつかれ。じゃないと一瞬で食われるぜ」
ホルクスはいつも挑戦者だった。嬉々として壁にぶつかる変わり者。弱者を食い散らかし、強者に噛みつこうとする狼だ。故に、彼は傭兵を襲い、裏にいる第二〇(にーまる)小隊を引きずり出そうとする。
戦場が切り替わった。末端の兵士ですら理解した。ゆるい前哨戦はこれにておわり。冷たい張が城下町を支配する。
○
始めに狙われたのは南方に展開していた兵士だ。
「……?」
足音が聞こえた。まるで子供のように軽やかだ。兵士は音が鳴るほうへ銃口を向けた。
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「んん? どこだ?」
右から鳴ったかと思えば左から鳴り、路地裏を走ったかと思えば頭上の廃墟から聞こえてくる。足音の主はひとつ。聞こえてくる場所は複數。
兵士の視界に、赤い何かが駆け抜ける姿が映った。振り向いた時には路地裏に隠れている。
「ま、まさか……!?」
兵士は心當たりがあった。戦場で赤い子どもを見つけたらすぐに逃げろ、というのはローレンシアの有名な逸話だ。敵も味方も含め、ルーロ戦爭で多くの犠牲を出した。
「うっ、うぉォォオ……!!」
する男。銃口を向けた先に人影はなし。
彼はあまりにも速いのだ。小柄なとしなやかなバネが人間離れした能力を生む。速さに関してのみ著目すれば、ナターシャはおろか、イヴァン隊長すらも凌駕するだろう。
四方八方から足音がする。赤い影が視界を遮る。男は平靜を保っていられなくなった。一刻も早く仲間と合流したい。
そうだ、ホルクス隊長に報告するのだ。狼がいる限り自分たちは負けない。そう考えた兵士は本部に戻ろうと足を踏み出した。
「どこを見ているの」
男の後頭部に銃口がそえられた。瞬間。兵士の額が弾け飛ぶ。
「……ふん」
返りで汚れるのを嫌ったミシャは兵士の背中を蹴った。そこに敬意や慈はない。路地裏に殘響する乾いた銃聲。勇敢なローレンシア兵は哀れな死となって倒れた。
こと市街地において、ミシャは無類の強さを発揮する。障害が多いほど、もしくは地形が複雑であるほど、ミシャは縦橫無盡に駆け回る。
「おいっ、銃聲がしたぞ! こっちだ!」
他の敵兵に気づかれたようだ。向かってくる気配は想定よりも多い。小隊が二つ、といったところか。ミシャは廃墟にを隠した。様子を見つつ、隙を探して奇襲するつもりだ。
やがて、ローレンシア兵が現れた。彼らはハンドサインで合図を送りながら慎重に進む。見える範囲では一個小隊ほどの規模である。殘りの兵はおそらく潛伏させているのだろう。
よく訓練された兵士だ。すぐに彼らが一般兵でないことを察した。能の高い防護服は、部隊長クラスの直屬部隊にしか配備されない。
(軍団長がいてもおかしくない……)
ミシャはから様子をうかがう。流石に無策で挑むような真似はしない。もし囲まれても逃げ切る自信があるが、できれば無駄な労力はさけるべきだ。
そう、思っていたのはミシャだけであった。
先頭を歩くローレンシア兵が炎に包まれた。燃え広がる炎はそのまま三人の兵士を飲み込んだ。
「……あいつ、何やってるの」
炎の中からゆっくりと、ソロモンが歩み出る。焼夷砲を攜えて、敵地の中央を悠然と進む。ヘルメットのような仮面と全を覆う防護服。火のが仮面に反し、煌々(こうこう)と赤く染め上げる。
それは、絵になるような景であった。彼が一歩進むたびに、鋼鉄の塊が歩いているような重厚さがじられる。とある兵士が恐怖のあまり発砲した。ソロモンは鬱陶しそうに防護服で防ぎ、お返しに炎をお見舞いする。
呆れたミシャが廃墟の屋上から飛び降りた。
「……ちょっと暴」
「チマチマやっても埒が明きませんよ、ミシャ。やるなら派手に。そして迅速に。救援任務なのですから」
「……ソロモンと違って、私は撃たれたら痛いの」
「ミシャは撃たれても當たらないでしょう」
ソロモンが火を吹いた。それだけで、日の暮れかけた廃墟が真っ赤に燃える。炎に巻き込まれたローレンシア兵の、耳に殘る斷末魔。ソロモンは大きく息を吸う。
「ハッ……!」
鋼鉄が跳ねた。
ソロモンの防護服は自らの炎で焼かれないためのであり、力を込めることで驚異的な力を生む。代償としてに多大な負荷がかかるのだが、彼の場合は“特別な事”により問題なかった。銃弾を跳ね返すほどの頑丈さと、廃墟の壁を砕くほどの力。
ソロモンは焼夷砲を片手に暴れまわった。あっという間に戦場がかきされる。潛伏するローレンシア兵を文字通りあぶり出し、自分もろとも炎で焼き付くす景は、まさに鬼のようだ。
ソロモンが敵の注意を集めるほど、他の隊員が自由にけるようになる。第二〇小隊が城下町に散開した。
「奴を包囲しろ! 銃は使うな、手榴弾だ! から攻撃しろ!」
怒聲をあげるローレンシアの隊長。
「手が空いている者はいるか!? 至急、ホルクス軍団長に――」
彼の言葉は最後まで紡がれなかった。部下が訝しげに振り返る。彼の首もとに赤い線が走っていた。
「隊長? どうかしましたか――うおっ!?」
前屈みに倒れる隊長の影から、男が飛び出した。とっさに反応できなかった男は右腕を捕まれ、そのまま背後にまわり拘束される。背中に一発。兵士はき聲をあげた。
右手に拳銃、左手にナイフを構えた男、イヴァンは兵士を盾にしつつ、異変を聞いて駆けつけた敵兵に拳銃を向ける。
「なっ、貴様は――」
パン、パン、と乾いた銃聲が二発。頭とを撃ち抜かれた兵士は仰向けに倒れた。ミシャとは異なる速さ。いうなればイヴァンのきには隙がない。彼に決まった武はなく、時にはナイフ一本で戦場を駆けることもある。
(一個小隊はほぼ壊滅……だが、そろそろ奴らが來るか)
イヴァンは戦況の把握を怠らない。部下の命を預かる小隊長として、彼はどこまでも深く考えを巡らせる。
今のところは順調だ。しかし、これで自分たちの居場所が敵に知られたはずである。事実、イヴァンの並外れた嗅覚が“狼”の気配をじ取っていた。
彼は一度離し、に隠れて通信機に指を添えた。
「――ベルノア、敵の様子はどうだ?」
「――東に展開していた部隊が集まってきている。俺たちを中央の城に追いやり、そのまま退路を塞ごうって魂膽だと思うぜ」
「――狼(ホルクス)は?」
「――いるぜ。もちろん眼鏡野郎も一緒だ」
「――わかった。ベルノアは退路の確保をしてくれ――総員聞こえているな? ミシャはそのまま前進。城までの道を切り開け。俺とソロモンは東の部隊を相手にする。敵は狼(ホルクス)だ、深追いはするな」
各々が頷いた。ミシャは廃墟の屋上で。ソロモンは炎に包まれて。研究者ベルノアは街の外壁上から。
「――ナターシャ。お前は後方からの援護だ。俺たち全員のきを把握しろ。危険だと思えばすぐに連絡してくれ」
「――……あんなひよっこに私のきは追えない」
「――煽るのは帰ってからにしろ、ミシャ」
仲の良さげな會話だ。とても戦場とは思えない。ナターシャと彼らでは、きっと何もかもが違っている。溫度も、戦場に立つ理由も。
「――了解したわ」
ナターシャの頬を熱風がなでる。硝煙の匂いが鼻をつく。肩に擔いだ結晶銃がやけに重たい。がじたのは恐怖ではなく、焦りだ。地獄のような戦場に放り込まれた友人の安否が心配なのだ。
白金のは険しい目付きで中央の城を睨んだ。
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