《傭兵と壊れた世界》第三十八話:亡霊対狼
ナターシャは正直なところ、自分の援護がなくともイヴァンたちだけで勝てるのではないかと思った。彼らの化けじみた戦いぶりを前にすると、そんな無責任な考えが浮かんでしまう。特にソロモンが圧倒的だった。彼は、傭兵という枠を越えている。
「私はあぶれた兵士を撃ち抜くだけか」
ナターシャの照準が最前線で暴れまわるミシャをとらえた。もちろん撃たない。すぐに照準をずらしてローレンシア兵を探す。
「……誰がひよっこよ」
瓦礫の裏にひそむ敵兵の姿が照準に映った。ミシャから隠れているつもりなのだろうが、ナターシャからは丸見えだ。結晶銃がうねりを上げ、放たれた弾丸が敵兵の頭を撃ち抜いた。絶命してなお、兵士の頭に結晶の花が咲く。近くのローレンシア兵が驚いたような顔をし、警戒するよう仲間にんだ。
狙撃だと理解したのは流石だが、よそ見をした時點で愚策だ。ナターシャの狙撃を聞き、敵兵の場所を把握したミシャが、空中を軽やかに舞いながらローレンシア兵の頭上を取る。続いて銃聲が響き、無數のが地面に飛び散った。
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(うまく導して囲まれないようにしているのね)
ミシャは一見すると好き勝手にいていると思われるが、遠くから観察すると明確な考えが見えた。敵部隊に潛り込んで撹しつつ、囲まれていないか常に警戒し、隙をついて出する。
なるほど、これが戦いを幾度も経験した者のきか。ナターシャは心しながら引き金を絞った。
前に出ればミシャに躙され、隠れればナターシャに撃ち抜かれる。皮にも二人の相は綺麗に噛み合い、ローレンシア兵はしずつ、自分たちが不利な狀況に立たされているのだと気付いた。
「敵は一人だぞ! 落ち著いて囲むんだ!」
「一人!? 馬鹿を言うなっ、狙撃されている! 包囲はむりだ!」
「一旦退け! ミシャを相手に俺たちだけでは勝てない! ここままだと全滅だ!」
「いいや、耐えるんだ! もうすぐ隊長たちが到著する!」
ローレンシア兵は混した。ナターシャが撃ったのは隊長だったらしく、指揮を失った彼らは戦場の真ん中で取りす。
ミシャが舞った。ナターシャが撃ち抜いた。宗教國家の前衛都市に數多のが流れた。ローレンシア兵はあわれな子羊のごとく、二人の悪魔に躙される。
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「――ミシャ! 前に出すぎ!」
「――そんなことはない。臆病なナターシャにはそう見えるだけ」
「――背中を撃ち抜くわよ」
リリィが待つ古城まであとし。
○
都市の外壁上に研究者ベルノアの姿がある。
「よっこいせっ……と」
備え付けられた砲臺のひとつをぐるりと回すと、砲の角度を調整した。砲臺は老朽化が進んでおり、しかすだけでも非常に力が必要だ。ギィギィと嫌な音が響き、ベルノアは顔をしかめた。
「っし、こんなもんか。こんなことなら船で乗り込んだ方が楽だったぜ」
彼はゴーグルのようなを目にかけた。目標地點との距離を計算し、目盛りを見ながら砲臺の角度を微調整する。
城壁の上には砲臺がずらりと並んでいた。その全てが戦場に向けられている。いつでも放てるように準備が完了しており、あとは敵が來るのを待つだけである。
「先行部隊は……あそこか。予想よりも遅いな。狼部隊にしては練度が低い。まさか新造部隊か? まっ、どうでもいいか」
ベルノアは待った。辛抱強く我慢し、敵のきを正確に予想する。まだ早い。まだ、まだ、もうし、あとちょっと。敵にとって最も効果的であろう瞬間を見極める。
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「……ここだ!」
音とともに無數の砲弾が発された。
標的はミシャたちを狙おうとする援軍だ。東側から回り込むローレンシア兵を無數の撃が襲った。もろくなった廃墟はいとも簡単に崩れ落ち、瓦礫の山となってローレンシア兵に迫る。
「なっ!? くそっ、進路が塞がれた! 左側から迂回する――」
敵兵の命令を遮るように撃が続く。連続して放たれた砲弾は援軍部隊を囲むように発した。右、左、と大地が揺れ、風とともに大量の瓦礫が散らばった。
「伏せろ――このままでは――」
撃が止み、一瞬だけ靜寂に包まれる。直後。逃げ場を失った彼らをひときわ大きな砲弾が襲った。瓦礫に囲まれた彼らは避難することも許されず。勇敢な兵士たちは空へ打ち上げられた。壊滅とまではいかないが、大きな痛手を負っただろう。これでミシャたちの負擔も減ったはずだ。
「地形の把握が甘いぜローレンシア。回り込むってのは孤立するってことだ。退路の確保ぐらいしとけっての」
研究者が外壁上で笑った。彼からすれば狙った場所に砲弾を落とすなど造作でない。せめて結晶に隠れながら移すればベルノアの計算も狂ったかもしれないのに、彼らは見通しのよい路地を走っていた。狙ってくださいと言っているようなものだ。
「んー、やっぱり覇気がないな。本當にホルクスの野郎がいるのか?」
狼の戦い方はもっと苛烈だったはずだ。第二〇小隊と正面からやりあえる數ない敵の一人がホルクスであった。因縁が深い相手であるが、同時に奴の実力も知っている。
ベルノアは首を傾げた。狂犬に首がつけられたか。
「報がないから何もわからないし、とりあえずヘラに連絡しておくか」
今回の目的は二つ。第一九〇小隊の救出と、彼らが商業國へ運ぶはずだった積荷の回収だ。傭兵にとって任務の達が最重要であり、商業國からの輸送任務が未達である以上、リリィの救援よりも積荷の回収が優先だった。故に、別働隊のヘラは第一九〇小隊の船を探している。
ベルノアが通信機に指をあてた。
「――ヘラ中隊長。そっちはどうだ?」
「――第一九〇小隊の船を確保した。今は積荷の搬送をしている。もうし時間をかせいでくれ」
「――了解、イヴァンに伝えておく。そっちに敵は向かっていないか?」
「――特に異常ないが、どうした?」
「――いや、問題ないなら構わないが、どうにも敵の様子が妙なんだ。ホルクスが率いているにしてはきが甘い」
「――ふむ……こちらも警戒しておこう。報謝する」
通信を切ったベルノアはもう一度、戦場を見渡した。南側から中央へ進むミシャとナターシャ。彼たちに向かう援軍は先ほど潰したため問題ない。東側はソロモンの炎が燃え上がっており、おそらく戦闘中だ。
「――イヴァン、聞こえているか。積荷の回収はまだ完了していない。時間がかかるってよ」
「――了解。俺はこのまま敵の注意を引きつける。ミシャとナターシャは上手くやっているか?」
「――問題なし。あの小娘、なかなか使えるぜ」
「――それなら良い。支援ご苦労だ」
「――ああ……」
容易いことだ。
そう、ベルノアは言おうとした。しかし、北から猛烈な勢いで進む部隊を見つけた瞬間、彼は言葉を失った。あの速さで進む部隊は一つしかない。何度も戦場でぶつかり、そのたびにを流し合った鋭部隊。戦いを求めて走り回る狼の集団。
「――イヴァン! きたぞっ、ホルクスだ!」
ローレンシア軍の第三軍、軍団長のホルクスが戦場に現れた。
○
ホルクスは一直線にイヴァンの元へ向かった。まるで敵の居場所を知っているかのように迷いがない。廃墟を踏み越え、結晶を足場にし、鼻をくすぐるの匂いに笑みを浮かべながら、ホルクスは東の戦場に躍り出た。
「ハッハァーッ!! 待っていたぜイヴァン……!」
イヴァンの姿を視認するや否や、彼は用している散弾銃を放った。驚異的な瞬発力。そして、それに反応し、を伏せたイヴァンもまた驚異的。
「俺はこの時を待っていたってな! ぁあ?」
「フン……!」
ホルクスの眼前に鉄の塊が迫った。ソロモンがごと突進したのだ。ホルクスは無理やりをひねりつつ、避けた拍子に散弾銃を放った。されど鋼鉄のは貫けない。鉄の乙と狼が戦場でにらみ合う。
「邪魔だぜソロモン。俺の目當てはイヴァンだ」
「口を塞ぎなさい犬っころ」
ソロモンは容赦なく焼夷砲を放った。燃え上がる炎は烈火の怒り。ホルクスは転がるように避けると、素早くハンドサインを仲間に送った。
ホルクスが連れてきた部隊も優秀だ。誰一人として炎に飲まれず、ホルクスの指示にしたがって、瓦礫の間を移しながらソロモンを狙う。生半可な銃ではソロモンの裝甲を貫けない以上、彼を拘束してイヴァンを狙うのだ。
「鬱陶しいですね……!」
ソロモンが円を描くように炎を放ち、その隙にホルクスの頭上にある廃墟へ跳んだ。だが、彼の左肩に衝撃が走る。
「……ッ!?」
狙撃されたのだ。鋼鉄の裝甲を貫けずとも、空中で撃たれたソロモンは勢を崩して廃墟に叩きつけられた。ソロモンが落ちる。すなわち、狼が彼を抜いてしまう。一瞬の隙であろうとも、ホルクスの腳力ならば間に合う。
「ちっ、この狙撃はイサークですか。厄介な……!」
戦場から離れた場所、高い結晶の柱にイサークの姿があった。彼もルーロ戦爭で活躍した生き殘りの一人だ。不安定な足場からのな狙撃。ソロモンは苛立たしげな聲をあげる。
「――すみませんイヴァン、抜かれました!」
イヴァンの判斷は早い。
二個小隊を相手にしながらホルクスのきを把握し、近くの敵兵をナイフで刺し殺し、奪った手榴弾をホルクスに投げてから、彼自は廃墟に隠れた。
(相変わらず無駄がねぇな!)
風と煙がホルクスを襲う。視界が晴れたとき、イヴァンはすでに廃墟の屋上から隣へ移っていた。
しかも、地面にはローレンシア兵の死が二つ転がっている。手榴弾で気を逸らした隙に撃ち抜いたのだろう。彼は屋上から部隊を牽制しつつ、ソロモンの援護をした。
ホルクスを殺すよりも先に、敵の部隊を削るつもりなのだ。故に、イヴァンは狼から一定の距離を保ちながら立ち回る。彼は戦場にあるものならば全て利用した。足元の瓦礫、崩れかけた廃墟。結晶の柱すらも砕いて目眩しにする。
「――イサーク、奴のきを止められるか?」
「――イヴァンの姿が見えません。明らかに私から狙えない位置でいています」
「――ならお前はそのままソロモンを抑えていろ。奴は俺が仕留める」
引き金一つで命が散る時代においても、たった一人で戦況を変えてしまうような英雄は存在する。
それがホルクスであり、狙撃手イサークや鋼鉄のソロモンであり、そしてイヴァン隊長である。平凡という枠組みを逸し、秀才や天才とよばれる枠組みをも越えんとする者たちだ。彼らは各々が捨てられない理由を持って戦場に立つ。戦いの才能に溺れたか。狼の生き様に憧れたか。復讐の炎にをこがすか。隊の誇りを貫くか。生死を分つのは一瞬だ。どれだけ崇高な理由をかかげても、戦場では意味がない。
地に膝をつく瞬間まで戦う戦士たち。激しい熱気が朽ちた聖城を覆った。
戦場が徐々に燃え上がる。ヘラ部隊は商業國の依頼を優先し、ローレンシア軍はホルクスに扇されて雄びをあげる。リリィとイグニチャフは救援を求めてき始め、そして、ナターシャは結晶銃を片手に友のもとへ向かう。
激戦はしずつ変化し始めていた。
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