《傭兵と壊れた世界》第四十二話:夕日を背負った
ローレンシアの機船が整然とならぶ。その數は十を越えており、中央にはひときわ大きな船が歩いていた。ローレンシア軍の頂點、アーノルフ閣下の船だ。
ベルノアはあの船を幾度となく見た。ルーロの戦場には常にアーノルフの影があった。第二〇小隊がどれほど闘しようとも攻めきれなかった相手、それがアーノルフ元帥という男。
「――聞こえるかイヴァン!」
「――あぁ、聞こえている。だが手を離せない狀況だ。手短にな」
「――ローレンシアの援軍だ。旗は白鷹。アーノルフが來てやがる」
通信機から押し黙るような聲が聞こえる。イヴァンもあの男には思うところがあるのだろう。
「――積み荷の回収は済んでいるか?」
「――完了したってヘラから報告をけた。今は救援対象の保護に向かっているそうだ」
「――それなら先に撤退するよう伝えてくれ。大回りをして中立國にるといい。奴らもそこまでは追わないだろう」
「――了解。俺たちの船も発進準備をしておく」
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通信を切ると同時にイヴァンは大きく橫へ飛んだ。彼がいた場所を無數の弾丸がつらぬく。老朽化した廃墟はもろく、今の衝撃で床が抜け落ちてしまった。
「戦いながらおしゃべりたぁ隨分と余裕だなぁイヴァン!」
「山犬の遊び相手は退屈でな」
「言うじゃねーか!」
イヴァンはあえて正面から戦おうとせずに、瓦礫を利用しながら敵兵を一人ずつ狙った。一度でも捕まれば蜂の巣にされる狀況下だがイヴァンのきに焦りは見られない。迅速に。合理的に。ここで落ちるようであれば亡霊とは呼ばれない。
ホルクスもまた普通という枠組みから逸した存在だ。イヴァンのように計算してくのではなく、第六による獣のようなき。先天的な才能を持ちながらも努力を惜しまなかった男を、人々は狼と呼んで恐れる。敵が瓦礫に隠れるならば、その全てを踏み越えてみせよう。
「山犬から逃げるてめぇは犬以下かァ!?」
ホルクスは跳んだ。壁から壁へと獣のようにかけ登り、瞬く間にイヴァンの上をとった。続けて発砲、散弾銃がイヴァンを襲う。
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「人は頭を使って狩りをする。獣にはできない蕓當だ」
上を取られた時點でき出しており、瞬時にを隠すと、敵兵から奪った突撃銃をホルクスの頭上に放った。狙いは大化した結晶の柱だ。本に衝撃を與えられた結晶はたやすく崩壊し、巨大な塊となってホルクスに落下する。
「しゃらくせぇ!」
ホルクスの獰猛な笑み。
彼の拳が結晶を砕いた。耳が痛くなるような轟音。ホルクスの周囲に風が巻き起こる。手甲をしているといえども素手で結晶を割る人間がどれほどいるだろうか。砕けた衝撃で結晶屑がちらばり、戦場に結晶屑の雨が降った。
その隙にイヴァンが懐へ潛り込む。散弾銃が撃てないほどの至近距離だ。
「今度は弾戦か、いいぜ!」
ホルクスはとっさに散弾銃を手放すと、左手でナイフをけ流した。
純粋な能力で比較すればホルクスに分がある。しかし、懐に潛り込んだことによって周囲のローレンシア兵は手を出すことができなくなった。ホルクスが距離をとれば解決するのだが、それをしないのがホルクスであり、させないのがイヴァンである。
返す刃とぶつかる拳。指先一つで命が失われる時代だというのに、戦場の真ん中で時代遅れな一騎討ちが繰り広げられた。
「お前の格闘は見慣れているんだよ!」
ホルクスの強烈な蹴りがイヴァンをとらえた。なんとか防ぐもイヴァンの腕には鈍い痺れが殘る。
その隙にホルクスは“もうひとつの銃”を取り出した。彼が用する小型の散弾銃だ。普段は改造された大型の散弾銃を使い、いざというときには取り回しの良い小型の散弾銃を使うのがホルクスの戦い方である。
照準の中央にイヴァンのをとらえた。
必中と思われた距離。その弾丸は――。
「不敬ですよ山犬」
鋼鉄の塊に弾かれた。ソロモンが二人の間に割り込んだのだ。
至近距離で當たった散弾をものともせず、手に握られた焼夷砲でホルクスを吹き飛ばす。鋼鉄の乙・ソロモン。第二〇小隊の最大火力が現れた。
吹き飛ばされたホルクスは猛烈な勢いで廃墟に突っ込んだ。瓦礫と土煙に包まれながら狼は不愉快そうに顔を歪める。頑丈な彼は骨一つ折れなかったが、見た目以上の傷を負っているようだ。
(くそっ、どうなってやがる……ソロモンはイサークが抑えていたはずだが)
どさりと近くで音がした。ホルクスの隣に満創痍といった様子のイサークが降りてくる。分厚い刃の特注ナイフは元から折れ、長年使ってきた狙撃銃も無慘に壊れていた。
「すみません、してやられました」
「イサークがここにいるってことは……ちっ、そういうことか」
戦場には三人の傭兵の姿があった。
堂々と仁王立ちになるイヴァン。周囲の敵兵を一掃し、そのに炎を宿すソロモン。
そして屋の上から底知れぬ殺気を振り撒く小柄な傭兵。
「あいつが狙撃手だな。全く、昔の第二〇小隊を見ているみたいだぜ」
白金のが夕日を背負って見下ろした。フードのせいで顔が見えない。しかし、その奧に潛む青い瞳を見た瞬間、ホルクスは言い知れぬ昂(たかぶ)りを覚えた。深くて重い水晶の瞳。抜くような冷たい。それはホルクスが久方ぶりにじた、本能からの警告だった。
(……第二〇小隊(ルーロの亡霊)が息を吹き返しやがった)
の姿は死んだはずの五人目と重なる。戦いたいとホルクスがんで止まなかった全盛期の第二〇小隊だ。
「イヴァン……てめぇ、面白いもんを隠してるじゃねーか」
「これは俺も誤算だ」
「よく言うぜ」
ナターシャとソロモンがとどめを刺そうと前に出た。かたやフード、かたや仮面のせいで表が見えないが、恐らく同じような顔をしているだろう。そんな彼たちをイヴァンが制止する。
「二人とも待て。俺たちは撤退だ」
「この狀況で見逃すの?」
「敵の援軍が來ているんだ。ここで時間を浪費すれば逆に包囲されるぞ」
「その前にあいつを殺して逃げればいいじゃない」
「簡単に詰めきれる相手ではない。奴はしぶといからな。抵抗される間に逃げ場を失う可能が高い」
「そう……ソロモンは、いいの?」
「……、……隊長の判斷に従います」
二人の鬼が武をおろした。固いと音をたてながら鋼鉄の乙は焼夷砲を下ろし、白金のも構えていた結晶銃を背中に擔ぐ。
戦いは終わりだ。決著はお預けとなってしまったが仕方がない。命あっての傭兵稼業。長かった籠城戦もこれにて終幕――。
「ッ!!」
には、ならない。
ナターシャは瞬時に白拳銃を引き抜き、ホルクスへ発砲した。何度も繰り返してに染み込ませたき。その速さはイヴァンですらも目を丸くした。使いなれた銃は寸分狂わずにホルクスの頭へ弾丸を飛ばす。
「ヘッ……別れの挨拶にしちゃぁ、過激だな」
弾は當たらなかった。否、顔を傾けることでナターシャの弾丸を避けていた。この男もまた、埒外の反応速度。
「……ふん」
ナターシャは不満そうな表を浮かべた。「ローレンシア軍は弾を見てから避けるのかしら」と文句を呟きながら今度こそ銃を収める。白金の髪は炎に照らされてわずかに朱を帯びていた。沈みゆく太はさよならの証。人の活時間は終わりを迎え、夜風の吹く神の時間が訪れる。
帰らねば。傭兵も、ローレンシア軍も、夜は等しく恐ろしい。ナターシャたちは戦場を後にした。退卻すると決めたなら迅速にくべく、外に停めている機船を目指した。
いつの間にかナターシャの隣にはミシャが合流していた。イグニチャフの姿は見當たらない。彼曰(いわ)く先にヘラの船へ送り屆けたそうだ。先の戦いでミシャがいなかったのは、イグニチャフを守ってくれていたからである。
イグニチャフだけでも助かったと聞いたナターシャは安心した。彼まで失ったら何のための戦いか分からなくなってしまう。
「……ナターシャ、どうしてフードを押さえているの?」
「風で飛びそうだからよ」
「……もう外しても問題ない」
「このままでいいの」
ナターシャの聲が震えていることに気付くと、ミシャはそれ以上何も言わなかった。ナターシャの獨斷専行を叱ってやろうと思っていたが、それもまた今度にしよう。救援が間に合ったのは一人だけだ。ナターシャは友人たちを助けたいと言っていた。それが何を意味しているか、察するのは難(かた)くない。
夕日が反したのは結晶か。それとも、誰かのこぼした涙か。地平線から結晶風が飛んでくる。戦いで流されたは夜の間に結晶となって大地に還るだろう。道なかばで倒れた傭兵も、巻き込まれたローレンシア兵も、皆平等に。
誰もいなくなった教會にを求めたが眠る。古き神像に見守られながら、彼もまた結晶へ変わるだろう。リリィの手には首飾りが握られていた。彼の魂が迷わないように、イグニチャフが殘したものだ。
- 連載中78 章
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