《傭兵と壊れた世界》第四十三話:迂回路を探して
ホルクス軍団長は援軍に回収されて機船の一室に通された。彼の上・アーノルフ閣下の船だ。部屋には狼と元帥の二人だけ、部下は全員下げられている。
「第二〇小隊は西へ逃げたようだ。私も本気で取(・)り(・)に行ったのだが、相手の判斷が早かったらしい。シザーランドに帰るための南路は封じたのだが、流石に包囲する時間は無かったよ。今から追いかけるのは困難だろう」
「けっ、逃げ足だけは一丁前だぜ」
「そう言いつつ危なかったようだな。珍しく苦戦したじゃないか」
らかな金髪を後ろでまとめた丈夫は、クックッと面白そうに笑った。対してホルクスは不機嫌そうに眉をよせる。もっとも、彼が苛ついているのは他に理由がある。
「話が違うぜ閣下。俺が聞いたのは傭兵どもを潰せって命令だったはずだ。商業國に向かう輸送船を狙って雙方に痛手を與えろ、ってな」
「第二〇小隊が救援に現れるのは予想していただろう?」
「そりゃそうだが予想外が起きたんだよ。やつらに五人目が加わっていた。しかも狙撃手だ」
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五人目、という言葉にアーノルフは反応した。
「まさか、ジーナではないな?」
「奴はルーロ戦爭で死んでいる。だが、だった。フードで顔が見えなかったけどな」
「特徴はあるか?」
「白金の髪に小柄な。それから結晶を放つ狙撃銃を使っている。間違いなくだ。隨分多くの仲間を結晶漬けにしやがった」
結晶を放つ。アーノルフには心當たりがあった。一年以上前に行われたとある調査で、月明かりの森に向かった部隊が全滅したことがある。調査対象は森の跡に眠るの回収であり、失われた技を持つ狙撃銃だったはずだ。森の原生生に襲われたと思っていたが――。
「……そうか。シザーランドの手に渡っていたのか」
「どうする? 追うか?」
「いいや、ベルノアの船には追いつけんよ。君のが萬全だったら別だがな。亡霊をここで潰せなかったのは殘念だが、まぁ、焦る必要はない。第一目標は完了した」
多くのローレンシア兵が犠牲になったというのにアーノルフの顔は暗くない。むしろ、計畫通りに事が進んで満足そうである。ホルクスは面白くなさそうに目を細めた。
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「わからねぇな閣下。あんたが天巫を懇意にしているのは知っているし、傭兵國に駒を潛らせたのも元をたどれば天巫のお告げが起因だ。だが、元老院と敵対するのはどういう意図だ?」
元老院とは星天教の中樞機関であり、ローレンシアの二大権力のひとつだ。そもそもローレンシアは二権分立の國であり、天巫は國の象徴として國民からされている。それを神々の遣いとして獨占しているのが元老院だ。
「今回の任務で俺にあてられた部隊はほとんどが元老院側の人間だった。しかも、戦闘経験のない溫室育ちどもばかりだ」
「部隊の編は元老院側が言い出ししたことだ。私は関與しておらんよ」
「ほーん。元老院が言い出した、ね」
ホルクスは語気を強める。
「あんた、元老院に噓の報を流したんじゃないのか? 例えば、そうだな、傭兵が再び戦爭の準備をしているとかか? 餌に食いついた元老院が息のかかった兵を編に割り込み、傭兵を襲わせた。そして、第二〇小隊により壊滅しかけたところを、あんたが助けた」
「君は見かけによらず想像力がたくましいようだ。退役後は文豪の道をおすすめしよう」
「馬鹿を言うな。元老院の力を弱めて、軍部が上に立つつもりか?」
アーノルフは答えなかった。いかに勘が鋭いホルクスといえども、上が一人ののために軍をかしたとは思わないだろう。ましてや軍部の頂點に立つ男が、対立する元老院の力を削ぎつつ、彼らの象徴に手をばそうとしているとは想像できまい。
アーノルフの心には常に天巫の姿があった。若き頃から、そして今も変わらず、彼はたった一つのために修羅の道を往く。
「俺はあんたが何を考えていようが構わないがな。この戦いで死んだ奴らの中には俺の部下も混じっているんだ。もしもこの戦いの大義がただの野心だったなら、あいつらの死が報われねぇ」
「部下想いの良い軍団長じゃないか。君のような人材はローレンシアの大切な財産だな」
「話をそらすんじゃねーよ閣下。俺はあんたを信用しているんだ。頼むぜ」
ホルクスは念を押すように強く言い殘してから部屋を出た。アーノルフ相手にも怖じぬ態度は流石といえよう。まだ戦闘の傷が痛むだろうに、そのような素振りをまったく見せなかった。彼にも軍団長の意地があるのかもしれない。
部屋に殘ったアーノルフは獨り、椅子に深く座る。彼が思い浮かべるのは塔の最上階でたたずむの姿だ。
「野心か。元老院が國を守るためにいたのならば……いや、天巫様のためにいたのならば、私は手を出さなかったさ」
アーノルフは軍の頂點に立ちながら、なお高みを目指している。彼の目指すのは國の頂點。更にいえば、その先にある世界こそが彼の夢。誰にも語らない、アーノルフの悲願。
彼が変えたいのは國の仕組みだ。そのためならば悪魔と呼ばれても構わない。數多なるの上にアーノルフは君臨し、今もなお罪無き者たちによって作られた道を歩いている。瞳を閉じれば思い浮かぶのは犠牲者たちの顔、もしくは怨嗟の聲。此度の戦闘により、アーノルフはまた一つ、罪を重ねる。
まぶたを下ろしたアーノルフは靜かに祈りを捧げた。
○
甲板に立ったナターシャは、遠ざかる古城をぼんやりと眺めた。來たときは焦る気持ちがいっぱいで、街の様子を眺める余裕なんてまったく無かったが、こうして見ると昔はさぞ発展していたことが想像できる。荘厳な城は歴史をじさせ、高い城壁が街の財力を示していた。
イグニチャフの救出は功したようだ。ヘラ中隊長の船で先に出したらしく、今頃は商業國に向かって船を走らせているはずだ。ヘラの役目は依頼主のパルグリムに積み荷を屆けることである。イグニチャフが國に帰るのはもうし後になりそうだ。
もっとも、ナターシャが甲板で黃昏(たそがれ)ているのは街を眺めたかったからではない。
ただただ、ぼんやりと。波に浮かぶように、現実逃避を重ねた。結晶の街に眠るリリィの姿を思い浮かべながら。
「急げば、間に合ったのかしら」
人が死ぬのを見るのは初めてではない。誰かの命を奪うのも、初めてではない。しかし、これほど沢山の人を撃ったのは初めてだ。救いたかった友人を目の前で失うのも、初めてだ。奪った命と救えなかった命。數は違えど重みは同じ。
「間に合った……えぇ、間に合ったはずだわ。もっと無駄を減らして……合理的にけば……」
ひどい無力に襲われる。一度考え始めると、どんどん深みにハマっていく。もっと早く助ける方法があったはずだ。ヘラ隊長の説得に時間をかけなければ。敵兵の排除に手間取らなければ。あとし。ほんのしでも早くけていれば、今、隣にはリリィの姿があったかもしれない。
ナターシャは最善を盡くしたつもりである。だが、最善が後悔の言い訳にはならない。ミシャのような軽さや、イヴァンのように全を俯瞰する目があれば結果を変えられたのか。間違いに気付くのはいつも終わってからである。
彼の思考は探しに夢中なまま、更に深く沈んでいく。こんな時に限って頭の回転が早くなるのだから、ままならないものだ。ベルノアの富な知識でも良い、ソロモンの頑強な力でも良い、何か一つ、突き抜けた力があれば。あぁ、力が足りない。経験も足りていない。
「ナターシャ」
彼を呼ぶ聲がした。振り返ると、イヴァンがいつも通りの無表な顔で立っている。
「話がある。いいか?」
ナターシャは頷いた。夕焼け空に見送られながら船に向かう。朽ちた聖城は既に遠く、歪な影が地平線に佇んでいた。
○
談話室に第二〇小隊の隊員が集合する。ベルノアは縦のため席を外しているが、拡聲を通じて聲は聞こえている。
「さて、集まってもらったのは、これから向かう行き先についてだ。シザーランドに直接帰る道は塞がれた。敵がアーノルフなら抜け道も無いだろう。だから、俺たちは西を迂回しようと思う」
「――あぁ? 西側は山脈が邪魔で通れないぞ。登山の用意はしてないからな」
拡聲からベルノアの聲が発せられた。
「山をずっと迂回するんだ。そうすればシザーランドに繋がる渓谷がある。そこまで行けば待ち伏せされる心配はないだろう」
「――渓谷ってお前……まさかアソコへ向かう気か?」
「丁度良いだろう?」
「俺は構わないというか、むしろ嬉しいが、他はどうなんだよ」
他、という言葉は主にナターシャを指している。イヴァンの考えを、ミシャとソロモンは否定しないからだ。
「詳しくは地図を見ながら説明しよう」
イヴァンは地図を示した。見るからに使い古されており、所々が破れている。第二〇小隊と共に歩んできた地図なのだろう。大量の書き込みがされた地図は余白というものがなく、これを書いた人間が幾帳面、ないしは合理的な格であるとうかがえた。
「アソコ、というのは何のことかしら?」
「俺たちがいるのはここ、朽ちた聖城だ。既にローレンシアの援軍が東から展開をしており、帰還するには南を突破するか西に逃げるかの二択だ」
「でも、南を突破するのは難しい。聖城の部隊と挾み討ちにされる」
「そうだ。しかも先の戦いで俺たちは消耗しているから非常に不利だな。だから、西から大きく遠回りしてシザーランドに帰る」
イヴァンが進行経路をぐるりとなぞった。朽ちた聖城の南西には山脈が広がり、それを迂回するような経路だ。だが、道の途中に奇妙な空白があった。地図に記されぬ、謎の土地。
「この場所は何?」
「ベルノアが警戒した場所だな。地図上に存在を許されず、その場所に何があるのかは一切不明。シザーランドからも近づくことを止されている未開の地……そんな場所を君も知っているだろう?」
ナターシャは続く言葉がなにか予想できた。この世界で地図に載せられない地はいくつか存在する。彼が結晶銃を手にれた森もその一つ。
「足地・ラフラン。またの名を聖都ラフラン、と呼ばれる場所だ。我々はこれより足地へ向かう」
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