《傭兵と壊れた世界》第四十五話:霜降る旅路
ナターシャたちが進むにつれて、緑かだった平原は荒れ果てた大地に変わり、うっすらと白い霧が立ち込めるようになった。空気も心なしか冷たい気がする。聖都へ向かっているはずなのに寂しい旅路だ。機船よりも大きな結晶がそこかしこに立し、底の見えない亀裂が地面に走る。
「この辺りは結晶が多いわね」
「進めば進むほど増えている。やはり足地には結晶が集まるのかもしれん」
「この調子で増えると、ラフランに著いた頃には結晶まみれになっちゃうわ。月明かりの森に負けないぐらいのね」
ナターシャとイヴァンが船首に並ぶ。冷気を帯びた霧がナターシャの前髪を濡らした。対結晶用の隊服を著ているにも関わらず、立っているだけで風邪を引いてしまいそうだ。空気中の結晶屑が薄いのはせめてもの救いだろう。イヴァンは手すりに背中を預けながら煙草に火をつけた。
「月明かりの森か……行ったことはないが、あの森には地下世界があるらしいな」
「地下世界?」
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「本當の足地は月明かりの森ではなく、その地下に広がる舊市街だと云われている。誰も見たことがないのに昔から言い伝えられている噂だ。俺たちも半信半疑だがな」
「地下世界、ねぇ。なくとも私たちの目的とは合わなそうね。星空を見るために地下へ行く必要は無いわ」
ナターシャは月明かりの森で見た黒い井戸水を思い出した。異様に重い水は地下世界から汲み上げた水だったのだろうか。夜になると教會のガラス越しに正不明の人影が見えたが、あれらは舊市街から現れた住人だったのかもしれない。そう考えると地下世界の噂もあながち間違いではないように思える。
「あら……」
荒野を結晶憑(つ)きが歩いている。それも見覚えのある服裝だ。布を何枚も重ねたような格好をしており、一般的な結晶憑きとは違って足取りに迷いがない。ナターシャが故郷の船から落とされた時、目覚めると近くで立っていた結晶憑きに似ている。
「あれはラフランの巡禮者だ」
「以前に忘れ名荒野で見たことがあるわ。なぜか襲ってこなかったけれど」
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「彼らは結晶憑きでありながらも人を襲わない。元はラフランに住んでいた信徒で、足地を巡禮するために世界中を歩いているそうだ」
「それじゃあ彼らも里帰りをしているのかしら」
「そんなところだ。彼らに付いていけばラフランに辿り著ける」
ラフランの巡禮者は次第に數を増していき、いつの間にか船の周囲は巡禮者に囲まれた。彼らは一度も敵意を向けることなく、むしろ客人を案するような雰囲気さえじられる。數は三十以上いるだろう。ナターシャは船首から彼らの後ろ姿を眺めた。
(服はぼろぼろだし、目も見えていないだろうに。何を彼らは目指しているのかしら)
延々と歩き続けたせいで巡禮者の足は傷だらけだ。がむき出しになり、傷口からり込んだ結晶屑がを侵食する。痛くないのだろうか。彼らに思考する力は殘っていないのか。巡禮者は白濁した瞳をすべき聖都に向け、一心に足をかした。
それからナターシャ達は何日、何週間と移し続けた。結晶まみれの荒野は方向覚を狂わせ、薄く張った霧が時の流れを忘れさせる。朽ちた聖城を出発してどれほど進んだのか、もはや第二〇小隊で把握している者はいない。
夜が明けるたびに巡禮者の數は増えていき、百を越えたあたりでナターシャは數えるのをやめた。巡禮者が増えるということは足地に近付いてる証拠である。結晶によって地形がデタラメになった時代、地図よりも巡禮者の方が信頼できる。
「ラフランはまだ著かないの?」
「……まだ。ナターシャはせっかち」
「うるさいちんちくりん」
はるか遠くで鐘の音が聞こえた。ナターシャは直的にその音がラフランから鳴っているのだとわかった。ゴーン、と心臓が揺れるような音が鳴るたびに、ナターシャは銃に手をばしかけた。
まだ遠い。濃霧に遮られて街の影すら見えていない。だが、まるで目の前にラフランの巨像が蠢いているような圧迫に迫られる。錯覚だ。吹雪に蠢くのはただの結晶だ。されどナターシャの心は休まらない。
巡禮者は數を増すばかりであり、その中にはに生えた結晶の重みで潰された者、他の巡禮者に支えられながら歩く者、もしくは足が挫け、爪がはげてもなお、地を這って進もうとする者がいる。
「しけた顔をしてんなぁナターシャ。足地に向かうってんだから楽しそうな顔をしようぜ」
「ベルノアは足地が楽しみなの?」
「俺はの研究者だぜ。ラフランに行くんだから興するのは當たり前だろ。あそこには誰も手をつけたことのないが転がっているんだぞ?」
「何もないかもしれないじゃん」
「何かあるかもしれないだろ」
地面が揺れた。巡禮者の足踏みが機船に伝わった。彼らは言葉にならないうめき聲を上げながら船を案する。
○
ある日、朝になって甲板に出ると景が変わっていた。小さな白い粒が空を舞っている。
「……雪?」
ナターシャは手を広げた。手袋の上に落ちた白い粒は溶けずにナターシャの手を離れ、丸石のように甲板を転がった。空をふわふわと舞っていたわりには固いだ。どこまで行くのかと見守っていると、甲板に現れたイヴァンが粒を踏み砕いた。
「ただの雪じゃない。結晶屑と雪が混ざった晶雪(あきゆき)だ。危険だから防護マスクをしておけ」
「晶雪ってもっと大粒じゃなかった?」
「総稱ってやつだ」
「適當ね」
「そんなもんだ」
防護マスクを被ると視界に灰のフィルターがかかり、しかった世界が彩度を落としてしまった。ナターシャは口を曲げながらコートを羽織り直す。
晶雪は次第に激しくなり、視界を埋め盡くすほどの大吹雪となった。寒いなんて言っている場合ではない。叩きつけるような晶雪が船を大きく揺らし、砕けた結晶塊(けっしょうかい)の破片が甲板に突き刺さった。
これは非常事態だ。経験の淺いナターシャとて理解できる。拡聲からベルノアの焦る聲が聞こえた。
「――イヴァン……! これ以上は船が結晶化現象(エトーシス)に飲み込まれるぞ!」
「巡禮者の數はどれくらいだ!?」
「――千は超えている!」
「それならラフランも近いはずだ! 突き進め!」
船に避難したナターシャは窓から外の様子を眺めた。荒れ狂う吹雪のなかに巡禮者の影がぼんやりと浮かぶ。迫した船の空気とは対照的に、彼らは冷たい雪道を踏みしめるように進んでいた。
「飛ばされないように摑まっていろ。俺は縦席へ向かう」
「何か手伝うことはあるかしら?」
「ラフランまで船が耐えられるように祈ってくれ」
「了解。合理的なあなたも祈りを信じるのね」
イヴァンは曖昧な顔で縦席へ向かった。今頃はベルノアが罵聲を上げながら船をっているだろう。ナターシャは不思議と不安がなかった。ルーロ戦爭を生き延びた第二〇小隊が吹雪なんかに負けるはずがない。
警戒するべきはラフランに著いたとき。足地の理不盡に直面したときだ。ナターシャは靜かに心を落ち著かせる。
船は三日間走り続けた。ベルノアとソロモンが代で縦し、吹雪を追い越さんばかりに荒野を駆け抜けた。
やがて、吹雪の終著點にたどり著く。突如として深い谷が目の前に現れ、その向こう側に、晶雪のカーテンで覆われた足地・ラフランが現れる。谷はラフランの周囲を囲むように広がっており、巨大な三本の橋がかけられていた。
――ゴーン……。ゴーン……。
歓迎するように何度も鐘が鳴る。芯に響く荘厳な音がラフランを抜け、第二〇小隊の船をビリビリと震わせる。ナターシャは心臓が高鳴るのをじた。恐怖や期待によるものではなく、鐘の音に無理やり心臓を揺らされているような気持ちの悪い覚だ。
甲板に出ると吹雪が止んでいた。ラフランを覆うように明なが張られており、よりも側、つまり橋の向こう側は吹雪がり込まないようになっていた。周囲を警戒していたソロモンが甲板に戻り、二人並んでラフランを見上げる。
「まるで明な防壁ね。吹雪が街にらないのも足地の力かしら」
「足地というよりも、聖都ラフランに昔から伝わる特別な力のようですよ。伝承が殘っていました」
巡禮者に囲まれながら橋を渡る。底が見えない谷。ひび割れて年季がった石橋。風は乾き、冷たく、向かい風となって吹き荒れる。
「かつて聖都は神の力で守られ、戦の世も加護のおかげで攻め落とされなかったそうです。萬の矢をはじく難攻不落の城砦。その力は他の街にも伝播し、あの朽ちた聖城すら一國を相手に競り勝ったとか。半分おとぎ話のようなものですが」
「信徒じゃない私たちも吹雪から守ってくれるのね。寛大な神に謝しないといけないわ」
「そうですね……ん?」
近くで大きな足音が聞こえた。ナターシャが船からを乗り出して確認すると、人間の背丈の二倍以上はあろう巡禮者が船を追い越そうとしていた。
「あの大きい奴も巡禮者?」
「そうでしょうね。人であるかも怪しいです」
「神様にたくさん祈ったらが大きくなるのかしら」
巡禮者の中には機船の甲板に屆きそうな大きさの者もいる。皆一様に布を重ねたような裝をしており、から生えた結晶も相まって人間には見えなかった。神無き時代、化けだって祈るのだ。
やがて橋を渡り終えてラフランにった途端、明確に空気が変わるのをナターシャはじた。
- 連載中200 章
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