《傭兵と壊れた世界》第四十六話:かつて聖都と呼ばれた街
(……寒い)
ナターシャの眼前に足地と化した聖都が広がった。街は深刻な結晶化現象(エトーシス)が進んでおり、結晶の波が建を飲み込もうとしていた。白いが雪のように降り積もり、巡禮者の足跡を點々と殘している。ここまで結晶化現象(エトーシス)が進んだ街は珍しいだろう。なくとも人の住める場所ではない。
機船は門を越えたあたりで停止した。ナターシャが地面に降り立つと、靴底から結晶屑のが伝わる。息を吸うたびに鼻が痛くなるほど空気が冷たい。
(月明かりの森の廃墟もそうだったけれど……足地は冷たい風が吹くものなのかしら)
傾いて停止した酒場の看板。地面にうずくまったまま結晶化した住民。葉をつけなくなった木々が街道に並び、いつの時代か分からない広告が結晶の中に埋まっている。ここは時が止まった世界だ。日はり、生きて大地に立つ者は無し。大気は汚染され、白化粧が街を染める。
「まさに絶景! 遠路はるばる來た甲斐があったなぁ!」
「……ベルノア喜び、庭駆け回る」
「ぶつぶつ言ってねーでミシャも來いよ!」
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雰囲気をぶち壊すのはいつもベルノアだ。聲の大きな研究者が嬉しそうに船を飛び降りた。白銀の世界に喜ぶ姿、まさに雪を見てはしゃぐ子供のようである。彼は地面に著くや否や結晶の採取を始めた。
続けて呆れた雰囲気のミシャ、焼夷砲を擔いだソロモンが現れ、最後に周りを警戒しながらイヴァンが降りた。
第二〇小隊がラフランに立つ。
街に到著した巡禮者は門を通る前に一禮をした後、半壊した噴水に腰かけたり、自らの家を食らう結晶を拝んだりしている。ベルノアが背後から巡禮者の結晶を採取しようとし、ミシャが無言で止めた。
「結晶が吹かない地を探す、という點では真逆の世界ね」
「期待はしていなかったからいいさ。シザーランドに帰還するついでに、何か手掛かりが拾えたらいいと思っていた」
「これからどうするの?」
「ベルノアが満足するまで街を調べつつ南を目指そう。急いだところで吹雪が止むまでは街から出られない。ソロモンは念のため船に殘っていてくれ」
「了解。気をつけてください」
ラフランの橋は南、北西、北東にびており、ナターシャたちは北東の橋を渡ってきた。傭兵國を目指すには南の橋を渡る必要があり、ちょうど街の中央を通って南下するのが最短経路だ。退路確保のため船にソロモンを殘し、第二〇小隊は街を歩いた。
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街の至る所には白十字の紋章が刻まれている。朽ちた聖城で見かけたものと同じであり、星天教とは異なる宗派である。ナターシャが月明かりの森で寢床にした教會にも白十字が掲げられていた。現代はローレンシア國の星天教を信仰する者が多いが、かつてはラフランの白十字が主流だったのかもしれない。
「襲われないとわかっていても、これだけの巡禮者に囲まれると落ち著かないわ――」
ナターシャの隣を大きな巡禮者が通り過ぎた。彼の肩には小柄な巡禮者が座っており、二人のは肩の部分で繋がっていた。子供のような巡禮者はナターシャをじっと見つめながら去っていく。
「決めつけは良くないぜ。人を襲わないってのは俺らが勝手に言っているだけだ。もしかしたら襲われた人間が全員死んじまっただけかもしれないし、影に隠れて人を食っていても驚かねぇ。なにせ脳みそまで結晶で詰まっているんだからな」
ベルノアが子供の巡禮者に手を振った。
「そもそも、巡禮者が襲わないってならラフランに訪れた者が一人ぐらい帰ってくるはずだろ。なぜ誰も帰ってこない?」
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「大吹雪を越えられる人は限られているし、あえて足地に行こうって人はないからね。住みやすくて居著いちゃったとか?」
「なくとも住みやすくはねーだろ」
「……ベルノアは住むべき」
「どういう意味だチビすけ」
奧に行くほど大きな巡禮者が目立つようになった。彼らは緩慢としたきで街を歩き、時折思い出したかのように空を見上げる。獨特な裝を著ていなければ結晶憑きと間違えて撃ってしまいそうだ。
街の中心部に差し掛かった頃、奇妙な塊を見つけた。大きな巡禮者が団子のようにかたまっているのだ。二倍以上の背丈がある巨人たちが重なりあう景は見るだけで圧倒させられた。
「何してんだこいつら」
「さぁ……無闇に刺激しない方が良さそうね」
「ナターシャ、ちょっと待ちな。団子の中をよく見てみろ」
腐敗臭のする団子に近づきたくないナターシャは遠巻きに目を凝らした。一見すれば巡禮者が折り重なっているだけに見える。しかし、その中に他の巡禮者とは異なる死があった。
「あの服裝はローレンシア軍……でも、どうして団子に埋まっているの?」
「さぁな。だが、ローレンシア軍がいるってことは、この街に大國のしがるが眠っているんじゃないか?」
「その可能はあるわね」
「そうだろ? 大國は何を手にれようとしたのか知りたくないか?」
「どうでもいいわ」
「知りたいだろ! 何のために足地へ來た!?」
「シザーランドに帰還するための寄り道でしょ」
ベルノアは隊長に助けを求めた。
「なぁイヴァン。お前なら俺の気持ちが分かるはずだ。足地に來たからには何か収穫がしいだろ?」
「……」
まさか賛するつもりなのか。ナターシャは先頭を歩く隊長の顔をそっと覗いた。彼は悩ましげな顔をしていたが、ナターシャの視線に気がつくと咳払いで誤魔化した。
「合理的にいこう。危険は避けるべきだ」
「ちっ、強だぜ」
その後も、、。折り重なるような団子がたくさん見つかった。家よりも大きな塊がラフランの街並みを歪ませる。団子の中は巡禮者だけでなく、ローレンシア軍やパルグリムの商人、傭兵と思しき青年といった様々な人種が混じっていた。
「ラフランに訪れた者達の末路にしちゃあ笑えねぇな」
「……くしゅん」
相変わらず風が冷たい。街全が冬に包まれたように寒い。ラフランには人の命そのものを凍らせるような冷気が満ちている。
街の中心部を越えたあたりで異様な景が広がり、ナターシャは思わず息をもらした。
「わぁ……」
増えすぎた団子。ついに壁となって街を分斷する。ナターシャの眼前に広がったのは見上げるような巡禮者の壁だ。腐ったの匂いが防護マスクの中にまで屆き、第二〇小隊の面々は不快な表を浮かべた。
「酷い匂い……彼らはみんな死んでいるのかしら。聖都の中央に信徒の亡骸が積み重なるなんて、神様が見たらびっくりしちゃうわ」
「……気持ち悪い」
「総員周りに注意しておけ――待て」
イヴァンが耳をそばたてた。
「警戒しろ、何かが近づいてくる……巡禮者にしては重い足音だ」
四人は近くのに隠れた。続く地響き。芯に響く重低音。人の足音にしてはあまりにも大きな振が地面から伝わり、近付いてくるものが「理(ことわり)から外れた何か」であると察せられた。ナターシャは結晶の隙間からそっと顔を出す。
(大きい……)
現れたのは塔と見紛うような巨人だった。大型の巡禮者ですら巨人のにすら屆かないのだから、その大きさは破格だ。巨人は背負っていた巡禮者を団子へ放り投げた。骨が押しつぶされる嫌な音と共に、腐敗臭が衝撃に乗って周囲に広がった。
腐った巡禮者の匂いは防護マスクをしていても意味がない。ナターシャは込み上がる吐き気を我慢した。無理に堪えたせいでうっすらと涙が浮かぶ。他の面々が平気な顔をしているのは実戦経験の差であろう。
巨人は死の乗せられた荷臺を引いており、団子に向かって次々と死を放り投げた。その中には先ほど見かけたのと同じローレンシア軍の兵士も混じっている。見たところ腐敗があまり進んでおらず、比較的新しい死だった。
(あのローレンシア兵は巨人に殺されたようにしか見えないけれど……どうするのかしら)
ナターシャが銃を握ると、イヴァンがかないように後ろ手で合図をした。まだ様子を見るらしい。
隙間から巨人の姿を観察した。
上半がひどい結晶化現象(エトーシス)を起こしており、特に右腕のほとんどが結晶に覆われてしまっている。顔の周りには包帯のようなものが何重にも巻かれているため目元が見えない。
巡禮者は人を襲わない。だが、ローレンシア兵の死を山に投げ捨てるあの巨人は、果たして巡禮者と呼べるのだろうか。友好的にはとても見えず、姿をみせた瞬間に握りつぶされそうだ。事実、イヴァンが慎重に隠れているのも巨人が得の知れない存在だからである。
――パンッ!
直後、巨人の頭部を何者かの弾丸が貫いた。
ナターシャたちではない。音の方角は巨人が現れた方角だ。
「ハハッ……! ざまぁみやがれ化けが!」
ローレンシアの軍服をまとった男が雄びを上げていた。巨人が投げ捨てた兵士の仲間であろう。彼の片手には狙撃銃が握られており、硝煙の煙が銃口から昇っている。
頭を撃たれた巨人はフラフラとよろめいた。そのままゆっくりと右に倒れる。
「ァ?」
否、巨人は倒れない。
彼は大化した右腕で近くの結晶塊を引き抜いた。剛腕から生まれる膂力(りょりょく)。屈強な両足から伝わる発的な力。彼は引き抜いた結晶を即席の弾丸に変え、大きく振りかぶった。
「――ォォォオオオ」
間延びしたような咆哮を上げながら結晶塊が放たれた。ローレンシア兵は呆然と立っている。彼は猛烈な勢いで迫る弾丸を認知することも出來ず、次の瞬間には全を結晶に貫かれて絶命した。
ナターシャは息を殺した。彼だけではない。ミシャも、ベルノアも、イヴァンさえもが一切のきを止めた。靜寂の街に巨人の足音だけが聞こえる。
再び団子に捨てられる死。その中に混じった新鮮なローレンシア兵。腐敗したのは人か、常識か、それとも世の理が腐り落ちて狂ったか。兵士の白濁した瞳が結晶に反する。
「ォ――ォォ――ォッ――」
巨人は役目を終えたように斷続的な聲をんだ。埒外(らちがい)な聲量がナターシャの耳を馬鹿にする。大地の震撼。舞い上がる結晶屑。腐と結晶の中心で巨人は仁王立つ。
巨人の咆哮は眠れるラフランを目覚めさせた。街がにわかに息を吹き返し、各地から言葉にならないび聲が聞こえてくる。巨人の怒りに反応して巡禮者が咆哮を上げたのだ。やがて無害だったはずの巡禮者たちは目のを変え、手當たり次第に周囲の生きへ襲いかかった。窓が割れる音、壁が崩れる音、遠くで聞こえる銃聲はローレンシア兵の生き殘りか。
ここは足地だ。理屈で固めた俗世ではなく、かつて人類が求めた神が息づく世界だ。大鐘の音は旅人の心を安らげるだろう。ラフランの加護は狂える大吹雪から守ってくれる。真摯に祈りを重ねれば、いつか巨人にだってなれるかもしれない。
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