《傭兵と壊れた世界》第四十七話:粛清

巨人の咆哮。足地がき始めた。

咆哮が止むや否や、イヴァンは命令をぶ。

「船に戻るぞ、先頭は俺とミシャ、瓦礫に気をつけろ!」

全速転。第二〇小隊はラフランの街道を走った。

何かが起きた。巨人によって街の雰囲気が一変した。何を間違えた? 怒りの矛先は誰に向いた?

分からない。傭兵達は理解不能な現象の中心で、本能のままに巨人から距離をとる。

ナターシャはこの覚を知っている。月明かりの森の夕暮れどき、廃墟が目を覚まし始めたのと同じ雰囲気だ。あの時も街全が突然騒がしくなり、まるで眠っていた巨獣が目を覚ましたように、もしくは、まばたきをした瞬間に別世界へ飛ばされたように、人と思えぬ姿の化けが街を闊歩し、月と見紛うの玉が森の空に浮かんだ。

事態はいつだって唐突にくのだ。構える余裕すら與えられないまま、足地の荒波に放り込まれるのだ。

「あの巨人、當たり前のように反撃したわね。頭を撃たれたのだから倒れなさいよ」

「説明がつかないものは基本的に神だ。是非ともを採取して帰りたいぜ。なぁナターシャ、ちょいと挨拶に行かないか?」

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「ベルノア一人で行きなさい」

の影から大型の巡禮者が現れた。肩に子供を乗せた「子守りの巡禮者」だ。街を歩いた際にすれ違った個であり、母親のように和やかな表を浮かべていた。

なのに目の前の巡禮者は顔を大きく歪ませている。あの表は同胞を傷付けた怒りか、それとも子を泣かした悲しみか。子供を守るように片腕を回し、肩を前にして第二〇小隊へ突撃する。

「……!」

狙われたのはミシャだ。彼は迫りくる拳を跳躍してかわすと、お返しとばかりに巡禮者の足へ小銃を放った。右足を蜂の巣にされた巡禮者は勢を崩す。

れ替わるようにイヴァンが巡禮者の眉間を撃ち抜いた。巡禮者とは結晶憑きの亜種であり、脳を破壊すれば活は停止する。

「ァ――ァア――」

はずであった。

子守りの巡禮者は倒れない。巨人が頭部を撃ち抜かれても平気であったように、彼もまた不死のごとき生命力を有していた。流れるのは濁った。筋が隆起し、両目からあふれだした結晶が敵意をむきだしにする。

が一回り大きくなったような威圧だ。巡禮者は大化した両腕でイヴァンに毆りかかった。

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「後退だ、退(ひ)け、走れ!」

イヴァンが逃げるのを察知したのだろう。肩に乗った子供の巡禮者がに手をれ、槍のように長い結晶塊を吐き出した。小さなのどこにっていたのだろうか。槍をけ取った母親は標的をイヴァンに定める。

「ベルノア!」

「任せろ!」

ベルノアが腰にさしていた筒の一つを巡禮者に向かって投げた。試験管のような細長いガラス瓶だ。筒は放線を描きながらちょうど中間辺りに落下し、カチリという音と共に大きな晶壁を形する。ベルノアの研究果の一つである、人為的に引き起こされた結晶化現象(エトーシス)だ。

晶壁が生まれるのとほぼ同時。空気を切り裂く音がする。巡禮者から放たれた槍、その最高速は常人の目では追えないほどの速さに達する。

結晶の槍と結晶の壁、がぶつかり合う甲高い音、槍はきりもみ回転をしながら晶壁をえぐり、そうして深くまで突き刺さって止まった。

「今のうちだぜ!」

小隊はすぐさま走る。今の銃聲で他の巡禮者がよって來る可能があるからだ。背後から「アァ――ァアァ――」と子供の聲が聞こえた。

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「なるほど、あれはきっと泣いているのよ。ほら、巨人も頭を撃たれた時に同じような聲をあげたでしょ?」

「のんきに考察してねぇで巡禮者の一でも撃ち殺しやがれ」

「銃が効かないのだから逃げるのが最善でしょ。撃つだけ無駄よ」

「これが合理。イヴァンの口癖でしょ」とナターシャは人差し指を立てた。ベルノアが「その指をへし折ってやろうか」と拳を振るう。

大型の巡禮者は続々と現れた。家屋の上から見下ろす者。壁を貫いて突進する者。死角からびる腕、腕、腕。

「……イヴァン! 右から三!」

ミシャは報を伝えながらした。先を爭うように三の巡禮者が迫っている。どれもが大型であり、狹い路地をの壁が襲ってくる景は恐怖に値する。

「左からも二來ているぜ!」

「さっきの子連れも仲間をつれて追いかけて來ているわ!」

巡禮者の足踏みによって結晶屑が宙を舞い、ゴーグルが意味をさないほど視界が悪い。視認できるのは近くの味方まで。ナターシャは結晶銃を覗き込む。

(見えないけれど……ここでしょ!)

放たれた弾丸はちょうど他の個を押し退けて迫ろうとする一に命中し、巡禮者の歩みをしだけ遅くした。

されど時間の問題だ。弾が盡きるか、もしくは抵抗虛しく結晶憑きに潰されるか。ナターシャは顔を上げた。結晶屑の塵が視界を覆い、その中に無數の赤い瞳が浮かんでいるのを見た。純粋な殺意だ。彼らは言葉の通じぬ獣へとり果てたのだ。

「イヴァン! 止まったらダメよ、囲まれるわ!」

「分かっている! ミシャ、左の路地だ! 大通りは埋まっている!」

「……了解!」

ミシャが路地を先行した。待っていましたと二の結晶憑きが道を塞ぐ。ミシャの小銃が結晶憑きの足を一瞬にしてだらけにし、その隙に奴の懐へ潛り込んだ。小柄なから生まれるしなやかな力。勢いのままに繰り出された蹴りが結晶憑きの腹を捉え、道を開けるように背後の壁へ激突させた。

殘った一もいつの間にかイヴァンによって倒されており、戦場を共に駆け抜けただけあって流石の連攜力だ。

「ァァア――アァ――」

後方から凄まじい圧をじた。思わず振り返ると、子守りの巡禮者を先頭にして無數の信徒が路地にろうとしていた。他の巡禮者を押し退けて群がろうとする巡禮者達は、我先に人間を殺そうと前へ進み、他者を押し退け、つまずいた巡禮者を踏み臺にする。その景に知なんて、まるで無い。これでは結晶憑きと同じではないか。

「振り返るな、走れ……!」

イヴァンの號令。駆け出すナターシャ。路地の白壁がぜて巡禮者の腕がびた。摑まれないようにをよじり、結晶屑まみれの地面を転がった。

暴走したのが大型の巡禮者だったのは幸運だ。狹い路地をあえて進むことで勝手に自滅してくれる。巨大な図を無理にねじ込んだせいで新たなの壁が生まれ、聖都の路地裏をより複雑な構造に変えていく。

「ベルノアの晶壁で後ろを塞げないの!?」

「全部使い切った!」

「もっと持ってきなさいよ! 使えない研究道じゃなくてさ!」

「やかましい! お前こそ無駄にでかい長で奴らを吹き飛ばしたらどうだ!?」

「頭を撃たれても死なない化けにどうしたらいいのよ!」

「そんなもん気合いでどうにかするのが傭兵だ!」

研究者が気合いを語るとは、これいかに。騒がしい後ろ組とは対照的に、イヴァンとミシャは無言で仕事をこなしている。

「もうしだぞ……!」

この路地を抜けた先が船を停めてある大広場だ。前へ、ひたすらに、前へ。くそったれな足地から逃げるための船を目指して。

四人は大広場に躍り出た。そうしてミシャが小さく呟く。

「……噓」

ソロモンが待っているはずの機船は跡形もなく消えていた。

忽然と消えた第二〇小隊の船。イヴァンは思考を巡らせる。

(まさかソロモンが先に出した……? いや、彼が巡禮者に囲まれた程度で逃げ出すなんてあり得ない。予想外の、もしくは常識外れなナニカが起きなければ……そうだ、彼はまだ街のどこかにいる)

この間わずか數秒。されど大広場にはあっという間に大量の巡禮者が集結しつつあった。イヴァンは舌打ちをしながら周囲の狀況を確認する。噴水に腰掛けていた巡禮者はいつの間にかいなくなり、代わりに兇悪な表を浮かべる大型の巡禮者が今にも襲い掛かろうと構えている。

――ゴーン。

大きな鐘の音が響いた。ラフランの北にそびえる大鐘樓の鐘だ。あの音を聞くたびにイヴァンの心がざわついた。幾重にも連なる間びした音が彼の鼓を揺らし、込み上げるような吐き気と嫌悪に襲われた。

「……イヴァン、どうする?」

ミシャが不安そうに問う。ソロモンと合流できれば、何とでもなったのだ。彼がいるだけで隊の安定は遙かに向上する。ソロモンが不在なうえに、機船も失われたとなると非常にまずい。焦りを煽るように鐘の音が頭の中で反芻した。

「……イヴァン!」

背後を振り返った。先ほど駆け抜けた路地は大量の巡禮者で埋まっているため戻れない。かといって大広場で不死の化けを相手に戦うのも無謀な話だ。船がなければ弾の補充も葉わないうえに、囲まれて逃げ道を失うだけ。

「逃げるしかないか……巡禮者のない道は!?」

「北西が空いているわ! 他の道はだめ!」

ナターシャが街燈の上に登って周囲を見渡す。北西といえば大鐘樓へ繋がる道だ。イヴァンは鐘の音に近付くことに忌避じながらもナターシャの言葉を信じた。信じるしか、道が無かった。

「隊列を変えずに北西へ進む! 弾は溫存だ!」

路地は先ほどよりも狹くなり、所々に結晶が生えているせいで注意しなければ転びそうだ。太は既に傾き始め、路地に長い影がびる。

(夜までにを隠さなければ力がもたないな……)

道の両脇には普通の背丈の巡禮者がうずくまっており、嵐が去るのを祈るかのように両手を天に向けている。「こんなところにいると大型の巡禮者に踏み潰されるのではないか」と場違いな想像を浮かべるイヴァン。

「……」

彼がそのり口を見つけたのは偶然だった。正確には、家屋が並ぶ路地の足元に空いた、ゴミを捨てるための小さなだ。り口と言っても大人がかろうじてれる程度の大きさである。

だが、その小さなの中から、ナターシャ達を観察するように二つの目が浮かんでいた。明らかに人間の瞳だ。イヴァンと目が合ったと思いきや、瞬間、扉は勢いよく閉められる。

「待て! 止まれ……!」

イヴァンは扉を開けようとした。だが、奧で固定されているのか押しても開かない。切羽詰まったイヴァンが肘で思い切り叩くと、扉の奧からくぐもった聲が聞こえた。

「ゃ……ゃめろ! 巻き込むな!」

「いいから開けろ……くそっ! ベルノアァ!」

「おうよ!」

二人は一瞬だけ目を合わせる。それだけで意図は伝わった。全く同じきで構えたあと、二人は閉まった扉に向かって同時に蹴りを放つ。

「ぎゃぁ……!」

扉を抑えていた者が吹き飛んだのだろう。重い何かがぶつかる音、そしてくぐもった悲鳴が聞こえ、扉は勢いよく開かれた。

れ……!」

イヴァンの號令のもと、四人はり込むように小さなへ消えていく。

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