《傭兵と壊れた世界》第五十話:鐘樓で暮らす聖代行
聖堂を抜けて階段を登り、看守がいないか慎重に周囲を警戒しながら、三階の中央付近までナターシャたちは進んだ。正面からは聖堂と鐘樓しか確認できなかったが、部にることで改めて建の広さを実する。二階には書庫や応接間、食堂といった様々な施設があり、三階にも似たような部屋が綺麗なままで殘っている。四階から上は鐘樓へ繋がる塔だ。上だけではなく、奧にも建は続いており、更にバッカスの言葉が正しいならば地下も存在する。
「聖が住んでいただけあって豪華な建だわ。街に出なくても生活出來たんじゃないかしら」
「むしろ大事な聖を街に出さないためかもしれないぜ。いつの世も、優秀な者や力のある人間は他人から忌避されるものだ」
「聖を隔離するための場所ってわけね。そうだ、ベルノアも隔離しましょう」
「は?」
ガラス越しにラフランの街並みが広がった。結晶に飲まれゆく街に小さな雪が降っている。聖が見た景を、今自分たちも見ているのだ。籠の鳥だった聖。最も不自由な人間が、最も見晴らしの良い場所にいたというのも皮な話。
バッカスは未だに怯えており、音が一つ鳴るたびに肩を大きく震わせた。歯を強く食いしばり、ギュッと拳を握りしめている。この調子では船を見つける前に倒れてしまいそうだ。
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「お、俺の仲間は、十人以上いた……」
おもむろにバッカスは語り始めた。口をかさねば、バッカスはおかしくなってしまいそうだった。
「ラフランの鐘樓には、先に足を踏みれた探求者たちのが眠っていると聞いて、俺たちは躍起になった……だってそうだろ? 足地だっていうから高い金を払って裝備を整えたのに、街の住民は誰も襲ってこないんだ。手ぶらで帰れば破産する未來しか殘ってねぇ」
機船が運ばれたという見晴らし臺は三階の奧にあるらしい。回廊には看守が巡回しており、足音がするたびに全員が息を殺した。
「看守に見つかって、仲間が撃っちまった。大型と違って、普通の巡禮者は頭を撃てば死ぬんだよ。拍子抜けた俺たちは次々に巡禮者を撃った。でも、あれは間違いだったんだ。消音で銃聲を鳴らさなかったのに、いつの間にかあのお方様が立っていた」
「聲が大きいわバッカス」
「しかった。あぁ、本當に綺麗だった。俺はなぁ、ラフランに來た目的も忘れて魅っちまった」
ナターシャは見た。淡々と思い出を語るバッカスの虛ろな瞳を。たった一人で薄暗い半地下に隠れ続けた結果、彼の心は既に壊れかけていた。ゴーン、ゴーンと何度も鐘の音が鳴る。真上から聞こえる鐘の音は馬鹿みたいに大きい。
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「ここが見晴らし臺か」
「おお! あれは俺のしい機船!」
見晴らし臺に到著した。左手に鐘樓、右手に中庭が見える。一階の聖堂よりもはるかに広く、両側が回廊につながっている。街を見下ろすというよりも、街の外を眺めるためのような場所だ。
その中央に黒銀の機船が鎮座していた。側面に大量のらしき兵が裝備され、錆一つない八本足が綺麗に折り畳まれている。
「壊れてなさそうかしら?」
「俺様の船に傷ひとつあれば街ごと吹き飛ばしてやるぜ」
「傷は戦士の証だ。くなら構わないだろ」
「違うんだよイヴァン。自分にとって大切なものが他人に傷つけられたってのが問題なの。わかる? 結果じゃなくて過程なんだよ。わからない?」
「お前が腹立たしい格なのは十分にわかった」
船が見つかって嬉しいのだろう。ベルノアの舌がいつも以上に回っていた。ミシャも心なしか表が明るい。
「……この船は思い出。なくなったら悲しい」
「俺たちの帰る場所だからな……とりあえず作を確認するぞ。ベルノアは起するか試してくれ。かすと見つかるかもしれないから靜かにな」
「了解だぜ」
帰る場所。ナターシャは首を傾げた。自分の帰る場所はどこだろうか。移都市は追い出された。月明かりの森は嫌な思い出しかない。シザーランドは帰る場所と呼べるほど時間を過ごしておらず、第二〇小隊には仮配屬の。
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「帰る場所」
ナターシャは純粋に羨ましかった。船を見つけた瞬間に全員が嬉しそうな聲を上げたこと。更にいえば、嬉しさを皆が共有していること。思えばずっと獨りで生きてきた。もちろん寄宿舎の子供たちは仲良くしてくれたが、心のどこかで疎外のようなものがあった。
くず鉄の塔に引きこもって銃を撃つような子供は普通でないだろう。馴染のアリアはナターシャをけれてくれても理解――同じを共有していたかと問われれば否だ。アリアの生活は寄宿舎が中心であり、ナターシャの中心からずれている。
「そっか……案外、リンベルと私は似ているのかも」
一番納得のいく答えがナターシャのにおりた。夜な夜な街の外に出ていたリンベルと、町外れの塔に引きこもっていた自分は、思っていた以上に近い景を眺めていたのだ。
「何か言ったか?」
「ううん、何でもないわ。ただの獨り言よ」
イヴァンは不思議そうな顔をしつつも追求しなかった。ナターシャとしては追求してくれても良いのだが、心は伝わらない。
やがて船の前頭部にある封晶ランプにが燈った。力が生きている証拠だ。先頭から防護マスクを被ったベルノアの嬉しそうな聲が聞こえてきた。
「問題ないぜイヴァン!」
「……船の中も荒らされていない」
続けて部を調べていたミシャが降りる。
「よし。ご苦労だミシャ。ベルノアも戻っていいぞ」
「……無事でよかった」
「あぁ、よかった。本當にな」
これで一番の問題は解決だ。防護マスクでお互いの表は見えないものの、機船が確保できたことでイヴァンたちの表は明るくなった。ナターシャも雰囲気につられて明るい聲を出す。
「あとはソロモンを救出して街を出るだけね、イヴァン」
「問題は外の吹雪だな。できれば止んでから出発したいが」
「そんな悠長なこと言ってる余裕があるのかー? 結晶風が吹かない場所を探すっつう本來の目的も関係なさそうだし、街に殘るよりは吹雪を突っ切る方がマシだと思うぜ?」
「……それで船が止まったらおしまい」
雪が降っている。結晶の混じったくて冷たい雪がラフランに降り積もる。
「っ、冷えてきたわ」
ナターシャは安心したことで急に寒さをじた。否、ずっと前から寒かったのだ。鐘樓へ近づくたびに気溫が下がった。それは足地特有の冷たい風。人の世から隔絶され、溫もりを失った大地に吹く、生としての絶的な零度。
「鐘樓はなぁ……」
虛ろなバッカスが聲をらす。ナターシャたちが出てきた回廊のり口から冷たい空気が吹き抜けた。同時に鳴り響く鐘の音。大鐘樓の頂上で、巨人が鳴らす鐘の音。ナターシャの心臓が急激に鼓を早くする。
何かが來るぞ。ここは世の理(ことわり)から外れた足地だ。現れる者もまた理外の理。背筋を突き抜けるような悪寒がナターシャたちを襲った。
「――許可なく立ちってはいけないのですよ」
のような聲がした。はじかれたように第二〇小隊の面々が振り返る。
「不屆き者がまた釣れましたね。ここは神聖なる我らが聖地ですよ。まったく、不敬極まりない。悔い改めなさいな、略奪者達」
回廊のり口に立っていたのは聖だ。一目でそう判斷できるほど清廉とした空気を纏っている。雪に溶ける真っ白な裝に金の刺繍が施され、緩く被ったフードから細い金髪がこぼれている。聖は左手を元にあて、右手には鈴のような聖を握りしめた。
「くな。何者だ?」
「いていけないのは、あなた方です」
聖鈴(せいりん)を一振り。波紋のように広がる甲高い音。
「……!?」
その音を聞いた瞬間、イヴァンたちのが氷のように固まった。自らの意思でかすことができないのだ。困する第二〇小隊。聖は優しげな表を浮かべて歩み寄る。ただひとり、バッカスだけは絶したような表を浮かべた。
「聖都ラフランの規則はただ一つ。許可なく鐘樓にらないこと。かつては誰もが知る常識だったのですが、最近は調べもせずに土足で踏みる方々が多くて困ります」
本當に困ったような聲音で話す聖。長いまつに雪が乗った。白磁の世界に現れた、一點の異質な存在。
「その格好はシザーランドの傭兵でしょうか。ということは、先ほど捕えたはあなた方の仲間だったのですか。傭兵……うーん、ローレンシア軍なら迷わずに処刑なのですが、シザーランドから來る人は珍しいので困りました」
まずい。非常に危険だ。聖の機嫌ひとつで自分たちの生死が握られている狀況は間違いなく最悪だ。ナターシャは必死に銃を向けようとするも、脳以外が切り離されたかのように指一つかせない。
(なぜ……これが足地の力……?)
一歩。二歩。聖の歩みは淀みない。
彼は一番近くにいるバッカスの顔を覗きこんだ。
「あなたは以前に一度會いましたね。覚えていますよ、また鐘樓を荒らしに來たのですか。まったく……懲りないですね」
まるで世間話をするかのように、彼は軽い調子で小剣を取り出した。そして、そのままきの取れないバッカスの右に、ゆっくりと突き刺す。
「……!!」
バッカスのが反的に跳ねる。続けて口元から溢れ出す鮮。見開かれた瞳には絶がくっきりと。聖は優しげな表を絶やすことなく、一歩引いてから小剣を引き抜いた。バッカスの右から溢れ出した鮮が見晴らし臺を赤く染める。雪が降り積もっているが故に、彼のは鮮烈なほど赤い。哀れな男は何度も痙攣を起こしながら仰向けに倒れた。
聖は小剣についたを軽く振って飛ばすと、何事もなかったかのようにイヴァンたちを見つめた。
「さて……あなた方は敵? それとも味方? まずは顔を見て話しましょうか」
固まったままのイヴァンは、すがままに防護マスクを外される。ナターシャは直的に殺されると思った。
(いてよ……!)
の願いは屆かない。金縛りとも呼ぶべき力が、一切のきを封じる。
「……?」
聖はイヴァンの顔をじっと見つめ、細い指先を顎にあてて思い出すように首を傾げた。何かが、聖を思い止まらせた。
「あぁ……思い出しました。あなた方はもしかして、第二〇小隊じゃないですか。たしか足地を巡る変わり者の傭兵部隊。そうですか、第二〇小隊が居るということは、ここも足地に指定されましたか」
聖はイヴァンに會えたことを嬉しそうに語ったあと、ラフランが足地であることを悲しそうに語った。困。ナターシャに限らず、第二〇小隊の全員が聖の行に戸いをみせる。
「一度會ってみたいと思っていたのですよ。まさか直接來てくださるなんて……あれ? ということは彼がソロモンだったのですか? 言ってくだされば丁重にもてなしたのに……」
聖が再び聖鈴を一振り。
「! 聲が……」
「意思疎通が取れないのは不便なので喋れるようにしました。謝してくださいね」
聖はそう言いつつ、第二〇小隊の防護マスクを順番に外した。素顔を見るたびに「あらあら」とか「まぁ」とか嬉しそうな聲を上げる。場を完全に支配しているが故に、聖の気な態度が余計に恐ろしい。
最後にナターシャの防護マスクに指をかけ、ゆっくりと外した。
「あなたは……知らない人です。第二〇小隊の五人目はジーナのはずですが……あぁ、彼は戦爭で亡くなりましたか。ではあなたが新しい隊員ということですね?」
「いや、私はまだ……」
「それに面白い香りがします。これは月明かりの森の……面白いですね。流石は第二〇小隊です」
ジーナ、という単語にイヴァンが反応する。彼が足地を巡る理由でもある、ルーロ戦爭で命を落とした隊員だ。
聖はナターシャの言葉を遮るように語りかけ、勝手に自己完結して満足げに頷いた。ナターシャはただただ困と警戒が膨らんでいく。
「なるほどなるほど。これは困りました。牢屋にれるのは失禮ですし、鐘樓にお招きするほうが……いえ、その前に自己紹介から始めましょうか」
聖は全員が見えるようにり口へ歩いて行き、くるりと回って第二〇小隊に頭を下げる。
「私は聖(・)(・)代(・)行(・)のパラマです。ラフランにようこそ、傭兵諸君」
聖は親しげに微笑むのだ。
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