《傭兵と壊れた世界》第五十一話:不條理な兄弟

第二〇小隊は鐘樓の中へ招かれた。聖堂の四階より上、聖が住むと云われる大鐘樓だ。姿勢を正して歩くパラマ。その足音は無に等しく、視界に収めなければ、知覚できないほどの薄い存在

(ちょっとイヴァン、どうするつもり?)

(主導権を握られているのだから、今は従うしかない)

(だからって敵の城にるのはまずいでしょ。反を買えばバッカスみたいに一(ひと)突きよ)

「そんなことしませんよ」

「……!」

パラマは地獄耳なり。

イヴァンも無策で従っているわけではない。常にパラマの隙をうかがっている。しかし聖鈴の力は絶大だ。ラフランが積み上げた、長い歴史と信仰が生んだ聖なのだ。故に彼はけない。パラマの機嫌一つで隊が全滅するのだから。

「あんた、パラマと言ったか。なぜ俺たちを知っている?」

「巡禮者が各地を訪れ、土産話を持って帰ってくれるのです。第二〇小隊の名前は何度も耳にしました」

「巡禮者と話した記憶は無いんだがな」

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「話さずとも分かりますよ。足地に現れる傭兵部隊は一つしかない。巡禮者は謝していました。第二〇小隊が通ったあとは足地を楽にまわることができると」

敵意はじられない。すぐに命を奪うような真似はされないだろう。だが足地において信じられるものは何一つなく、パラマの友好的な態度が余計に恐ろしい。

鐘樓は階層ごとに部屋が用意されており、聖やお付きの侍が住んでいたと思われる家が殘されている。剝き出しになった石壁は無機質な印象だ。結晶化現象(エトーシス)は進んでいない。これも加護のおかげだろう。

「やけに天井が高いわね」

「そうでしょう。ここは私とギガンが暮らしていますからね」

ギガンというのはバッカスの言葉にもあった、あの顔に布を巻いた巨人のことだ。彼の咆哮で粛清と呼ばれる大騒が始まった。つまり、額を撃ち抜かれても死なない化けがここに住んでいるのだ。

(嫌な雰囲気だわ。一刻も早くソロモンを連れて逃げないと……)

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月明かりの塔にのぼった時のような潛在的恐怖に襲われる。足地の空気に飲まれるな。自分達はまさに今、失われた神れているのだから。

途中、廊下の奧に豪華な扉の部屋があった。その一角だけが綺麗に磨かれており、厳重に鍵がかけられている。ナターシャは「あの扉を開けてみたい」という好奇心の悪魔に後髪を引かれつつも、パラマが黙々と上階に進むため諦めた。

やがて、ナターシャたちは最上階に到著した。ここがラフランの最高峰。周囲は柱が立つのみで一切の壁がなく、容赦ない強風がを襲う。屋は大きく楕円を描くような半球をしており、見上げると巨大な鐘が吊されていた。

大鐘からぶら下がる太い紐。それを握る巨人・ギガン。

彼は緩慢な作でナターシャを見下ろす。

「お疲れ様ですギガン。お客様ですよ」

「……ァア」

本當に巨大な図だ。背の高いイヴァンですら巨人の膝にも屆かない。瞳を布で覆ったのは視力を失ったからか。それとも醜い世界に絶して自らの瞳を潰したか。結晶化したに、ギガンの意志は殘っているのか。

「……ォ、ェエ……ギィ、ガァ……」

聲を発するだけで空気が揺れた。挙の一つが風を生む。片膝をついた拍子に地面が揺れ、風圧がナターシャの前髪をかき上げた。隆起した筋に巖のような足。生としての格が一段階も、二段階も違う。

「シザーランド傭兵団、第二〇小隊隊長のイヴァンだ」

ナターシャはようやく、ギガンが発したのが名前だったのだと気付いた。巨人はゆっくりと頷いて立ち上がる。それだけで彼の下顎しか見えなくなる。

「ギガン、彼を連れてきてくれますか?」

「ァ……ォォ?」

「この前捕えたですよ。ほら、ギガンみたいなをしている」

そんなことはないでしょ、という言葉をナターシャは飲み込む。

「……ァァ」

ギガンは理解したように紐を引いた。返事代わりに鳴る鐘の音。巨人は地響きを上げながら端に向かい、鐘樓の外壁を伝いながら消えていった。

ソロモンを連れてくる間に聖は様々な質問を投げかけた。口調こそ丁寧であるがほとんど尋問のようなものだ。

「ギガンが撃たれる場面に偶然立ち會い、粛清に巻き込まれてしまった……ソロモンはあなた方の船を守っていたところを巡禮者に襲われた、ということですか」

「ソロモンのくだりは俺たちの想像だ。帰ったときには消えていたからな」

「なるほど、巡禮者が張りきってしまったのでしょう。悪いことをしました」

パラマが頭を下げると同時に、突風が最上階を橫切った。ギガンが帰ってくるまで鐘樓の中で待っていたいが、パラマがかないためナターシャは言い出せない。

(寒すぎる……)

吹雪が吹くような場所だ。風が吹くたびにこまる。橫目でミシャに視線を向けると、彼もまた震えていた。ナターシャは靜かに隣まで移し、ミシャを包み込むように黒コートを羽織る。小柄なミシャはすっぽりと収まるのだ。ベルノアが羨ましそうな顔をしたが當然ながら無視である。

「ギガンの聲は街の端まで屆きますので、り口に停めていた船も巻き込まれたのですね」

「邪魔な場所に停めていた俺たちも悪い。無事に返してもらえるのだろうか?」

「もちろんです。ギガンに頼めば運んでくれるでしょう。弟はああ見えてとても優しいので、船を下ろすぐらいなら了承してくれますよ」

「なるほど……弟?」

「えぇ、弟です」

コートに丸まったミシャとナターシャが顔を合わせた。続けてパラマに目を向け、もう一度顔を合わせる。巨人が弟とは、これいかに。

(……ナターシャ、気付いている?)

(何が?)

(……あの人、多分男だよ)

(え? 誰が?)

(……聖代行)

ナターシャは三度(みたび)、パラマを見やる。やはりしい。世のの大半が羨むような貌だろう。

(噓だぁ)

(……確かめてみたら?)

(あなたは男ですかって聞くの? 馬鹿でしょ。気になるならミシャが聞きなさい)

(……こういうのは新人の役目)

(絶対にいやよ。というか無理よ。返事の代わりにナイフが飛んでくるわ。しかもきを止められてね)

「そんなことしませんよ」

「……!」

パラマは地獄耳なり。

ナターシャの會話が聞こえていたはずだが、パラマは何も答えなかった。何か事があるのか、それともミシャが適當なことを言っているだけか。「後者であれば頬をつねってやろう」とナターシャはかに決意する。

パラマは優しげな表を絶やさない。ここが聖都ラフランではなく、もっと普通の出會い方をしていたならば、ナターシャは聖代行の微笑みをれられただろう。しかし、眉一つかさずにバッカスを刺す姿を見た後では、ただただ不気味。

「……帰ってきたようですね」

パラマがそう呟いたあと、ずっと下の方から重い足音が聞こえた。やがて足音は壁をつかむような音に変わり、鐘樓にまで振が伝わり始める。

「……ォ、ァア……ェ……」

巨人がソロモンを擔いで現れた。機械のようなで全を覆った傭兵・ソロモン。見たところ怪我はなさそうだ。地面に降ろされた彼しだけふらついた。

「すみません隊長、手間をおかけしました」

「いいや、俺の判斷が間違っていただけだ」

ソロモンの聲には悔しさと疲労が滲んでいた。見知らぬ土地で巡禮者たちに捕えられたのだから仕方がない。焼夷砲は見當たらないため、パラマに回収されたと思われる。巨人は先ほどと同じように片膝をついて鎮座した。

「手荒な真似をしてしまったことをお詫びします。伝聞でしか把握していなかったので、あなたが第二〇小隊だと気が付きませんでした」

「こちらこそ抵抗の際に數名の巡禮者を焼いてしまいました」

「あぁ、お気になさらず。を焦がした程度で彼らは死にませんよ」

冗談ではなく本當に死なないのだ。焼夷砲で焼かれても、銃で頭を撃たれても、彼らは決して倒れない。聖の加護がある限り何度でも立ち上がる。

巡禮者の大群が攻め込んでくる景を想像し、ナターシャは嫌な汗を流した。數の暴力――否、祈りの暴力だ。どれだけ銃の腕を磨こうとも抗えない存在が目の前にある。

「吹雪が止むまで數日かかります。危険をおかしてまで無理に出発する必要もないでしょう。どうぞ、空が晴れるまでラフランの大鐘樓でくつろいで下さい」

再會を果たしたのも束の間、聖代行は立ち上がって鐘樓の中へるように促した。

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