《傭兵と壊れた世界》第五十二話:苦悶の裏聖堂

客人用の一室に集まった第二〇小隊の面々。誰もが険しい表で顔を突き合わせる。口火を切ったのはソロモンだ。

「さて、どうしましょうか?」

「……出するべき。聖は危険」

「私もミシャに賛ね。こちらで対処できない力を持っている以上、鐘樓に長居するのは避けたいわ」

「ベルノアはいかがです?」

「俺は吹雪が止むまで殘った方が良いと思う」

「あなたもさっさと街を出ようって言わなかったかしら?」

「船を確認した時に狀態を軽く見たんだが、予想以上に損耗が激しいんだ。ラフランにるときに無茶をし過ぎたせいだな。今の狀態で晶雪(あきゆき)の吹雪を突っ切るのはおそらく裝甲がもたねぇ」

無茶をしたつもりはなかったんだが、とベルノアは首を傾げた。結晶屑の吹雪はもちろんだが、最速で朽ちた聖城に向かった影響もある。船での戦闘が起きなかったのは幸いであろう。ローレンシア軍から砲弾の一つでも食らっていればラフランに辿り著くことすら葉わなかった。

「俺も街にもうし殘りたいと考えている」

イヴァン隊長も滯在派だった。

「パラマは巡禮者を使って各地の報を集めているようだ。彼なら結晶が吹かない場所を知っているかもしれない。せめて手がかりだけでも手できれば、次に目指す場所を絞ることができる。足地の位置。結晶化現象(エトーシス)について。街を出るにしても報を集めてからだ」

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「パラマがなぜ友好的なのかも不明だし、數日で吹雪が止むって言葉も信用できないでしょ。せめて、いつでも出できるように準備をするべきだわ」

「街を出るには南側の橋を渡る必要があるが、鐘樓とほぼ真反対だ。パラマの目を盜んで出するのは不可能。不興を買えば戦闘になるぞ」

「街を出ようしたぐらいで不興を買うなら今ごろ殺されているわ」

ナターシャは堅実な考え方が染みついていた。それはヌークポウで培われたものであり、月明かりの森を生き抜くために必要だったものだ。命あっての傭兵稼業。の回りの危険は最優先で排除すべし。排除できないならば逃げるべし。

対するイヴァンは足地の報がどれほど大切かを理解していた。第二〇小隊として幾つもの足地を訪れた彼にとって、數多の報を有するであろうパラマは貴重だ。無茶をしてでも報を得たいのが本音である。

二人の言い合いを、他の三人は珍しそうに眺めた。彼らはイヴァンの意志を尊重する。そうして生き殘ってきたのだから隊長の信頼は厚い。もちろん意見がぶつかる時もあるが、イヴァンが最終決定を下す。故に、真っ向から対立するナターシャの姿は新鮮なのだ。

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間を取り持つようにソロモンが提案する。

「それならこうしませんか。船が壊れたことをパラマに伝えて、私とベルノアが修理をしつつ、他の三人で報を集める。船を直す程度なら許してくれるでしょうし、誰かが船の近くにいれば、いざという時に発進できます」

イヴァンとナターシャが目を合わせ、「問題ない」と頷いた。ナターシャとしては吹雪を突っ切る方が生存確率が高そうな気がしたが、あくまでも彼の直に過ぎない。説得できるほどの材料がない以上、ソロモンの案が妥當だろう。

「決まりだな! それじゃあ俺は鐘樓を探索して來るか」

「勝手な行は……まぁいいか。ソロモンはとりあえず焼夷砲を回収してくれ。単獨はまずいからミシャと俺がソロモンに同行する。ナターシャはベルノアの手綱を握ってくれ」

「俺を何だと思っているんだ?」

「激務ね」

「やかましいわ」

第二〇小隊は散開した。しでも生存確率を上げるために各々が行する。

ベルノアとナターシャは鐘樓の部を散策した。ラフランに來てから、この組み合わせが増えた気がする。廊下の壁や天井は蕓に疎いナターシャでも見事なものだと分かるほどしい裝飾が施されていた。なにせここは聖様が住まう場所。街の偉い人たちも力をれたのだろう。

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「最上階の近くに変わった扉があったの気付いた?」

「あぁ、近寄りがたい雰囲気のやつな。もしかしたら聖の部屋かもしれないぜ」

「でも鍵がかかっていたわ。自室に鍵なんてかけるかしら」

「探求者のを溜め込んでいるとか?」

「寶の山ね」

代行のあり。

語の定番なら、あの部屋に聖の弱點が隠されていて、俺たちはどうにかして弱點を壊せないか探すんだ」

「それってパラマと敵対するのが確定していないかしら」

「今も似たようなものだろ」

「それはそうかも」

研究者ベルノアも創作を読むようだ。ナターシャは逆に本を読む機會がほとんどなかったため、しだけ意外である。彼の雰囲気が伝わったのだろう。ベルノアは照れ隠しの言い訳をするように口を開いた。

「……俺の母親が好きだったんだよ。本は貴重だってのに気付いたら買っていてな、々な本が家にあった。商業國のクソどもがいたせいで外を出歩けなかったから、自然と俺も本を読むようになった。言っとくけど俺は暇潰しだからな?」

「照れなくてもいいじゃん」

ベルノアは亡國(ルートヴィア)の出だと言っていた。彼も過酷な環境で育ったはずだ。しかし、思い出を語る彼の表には悲壯な雰囲気がじられない。

「研究者になりたくて故郷を出て、金がないから傭兵になって、それでイヴァンと出會った。そしたら故郷が戦爭になって逆戻りだ」

「その頃からみんな一緒だったんだね」

「ミシャは別だが……まぁ、そうだな。それぞれ事が偶然噛み合った小隊だ。今でも生き殘っているのが不思議なくらいだぜ」

「ふーん……いいなぁ」

「いいか?」

「いいじゃん。私だけ仲間はずれだよ」

「そりゃお前は新人だからな。新人らしく先輩に頭を下げとけばいいんだよ」

ベルノアは鼻で笑った。傭兵が仲間意識を持つなんて馬鹿らしい話だ。

鐘樓を順番に見てまわるが、「例の部屋」以外に気になる場所はない。冷たい床と豪華な裝飾が続くのみ。二人は三階の食堂まで到著すると、建の反対側へ向かった。回廊を抜けて、見晴らし臺を通り過ぎる。船に行きたそうなベルノアの首っこを摑み、ナターシャは鐘樓の奧へ進んだ。

看守と鉢合わせした時はどうなるかと思ったが、彼らは祈るように右手を掲げるだけだった。パラマから襲わないように命令されているのかもしれない。

回廊の奧は見晴らし臺を軸にした合わせ鏡のようになっており、誰かが生活していたような客間や食堂、そして一階には聖堂があった。り口の聖堂を表とするならば、ここは裏聖堂だ。構造は表と同じだが、祭壇や神像の彫刻が異なっており、どちらかというと裏の方が厳(おごそ)かである。

「表聖堂は街の人向けで、裏聖堂は鐘樓の関係者向けだったとかかな」

「あり得る話だぜ。意味のない區分けにこだわる大人ってのは多いからな」

「シザーランドで傭兵と狩人の住む場所が違うみたいな?」

「そうそう、それも無意味な區分けの一つな」

表聖堂と異なるのは彫刻だけではない。聖堂の至るところに奇妙な結晶があった。

「あれ、珍しいね。結晶化したままの人がいる」

「祭司か……間抜けな顔をしてんなぁ」

「罰當たりだからやめなさいってば」

巡禮者と似たような格好の人間が結晶憑きにならずに固まっている。正気を失ったような目、苦しそうな表、彼らは一様に頭を抱えている。ベルノアは眉間にしわを寄せながら結晶を覗き込み、彼らの額を人差し指でぐりぐりと押した。

「よほど怖い目にあったみたいだな」

「私もちょうど今、倫理観が怖いほど欠如した人間を目(ま)の當たりにしているわ」

「倫理観を語るにはお前はちょいと子供だろ」

「死人をもてあそぶ大人にはりたくないわね」

裏聖堂に目ぼしいはない。疲れたナターシャは聖堂の柱にもたれかかった。本當は座りたいが、木製の長椅子は全て腐っている。

――ゴーン……。

鐘の音だ。巨人が鳴らしているのだろう。聖堂で聞く鐘の音は不思議と神聖なものにじられる。神を祀(まつ)る場所が持つ獨特な雰囲気がそうじさせるのだ。鐘の音が全ての雑音をかっさらい、二人の會話が止まった。

ナターシャは月明かりの教會を思い出した。首無しの神像が祀られた、異様なほどに綺麗な教會だった。よくよく考えれば可笑しな話だ。荒廃した街に綺麗な教會が殘っているのだから。白シーツの參拝者像に囲まれて眠った日々が懐かしく思う。楡(にれ)の種で飢えを凌いだ記憶も、今にして思えばよく頑張ったと笑えるだろう。

環境が変化した。住む場所が変わった。周りの人間も、自らの肩書きも、あっという間に移り変わった。

「……悪かったな」

ベルノアがぽつりと謝罪をこぼした。考え事をしていたナターシャはとっさに反応ができず、ベルノアに聞き返す。

「……何が?」

「ほら……間に合わなかっただろ」

あぁ、とは納得する。彼が言っているのは救出任務のことだ。リリィを助けられなかったことを、ミシャか誰かに聞いたのだろう。あの時も、友人の手を握ったのは教會だった。

「船の縦をしていたのは俺だ。俺がもっと上手く縦すれば助けられた」

「……誰かの責任じゃないでしょ。悪いのはローレンシア兵だし、それを言うなら私が遅かったのが原因だわ」

「ガキが大人を庇うんじゃねぇ。敵は待ってくれないし、失態は失態だ。一秒でも早く到著すれば結果は変わっていて、それが出來たのは俺だった。なら、俺だろ」

ベルノアと目があった。初めて見る彼の真剣な表だ。倫理観はまるで無く、研究のためならば両手を上げて飛び込むような男だが、彼にも傭兵としての誇りがある。任務を全うする。最も単純で至難なこと。

「そう……」

リリィとの思い出は短いながらも濃だ。同期として共に訓練をけ、毎日のように酒場で騒いだ仲である。助けようと全力だった。誰も手を抜いていなかった。

「私はね……冷たい人間なの」

最適解の、その先が必要だった。希的観測を全て捨て、妥協なく考えを巡らし、あらゆる甘えを潰して違う可能を模索するべきだった。ナターシャが常々、自らに言い聞かせている「思考停止をしない」というのは、つまりそういうことだ。「こんなものだ」と決めつけず、現狀の考えが正しいかを疑い、常識を逆転させ、逆を逆を逆を逆を――。

「手が離れた瞬間は悲しかったのに、もう切り替えられている。涙(・)を(・)流(・)し(・)て(・)い(・)る(・)自(・)分(・)と(・)は(・)別(・)に(・)、(・)涙(・)を(・)流(・)せ(・)て(・)安(・)心(・)す(・)る(・)自(・)分(・)が(・)い(・)る(・)。合理と人間は真逆だわ」

ナターシャはぐるぐると考えていた。「どうすれば助けられた」と「なぜ助けられなかった」を往復して、目をつぶるたびに思考が頭を支配した。

「過ぎてから理解するの。もっとこうすれば良かった。なんで、こんな簡単なことに気が付かないのか。何度も、何度も繰り返すの。それで、いつの間にか、自分は悪くないと思い込むための答えを見つけて、やっぱり後悔するの」

ベルノアは祭司の頭を足蹴にした。

彼は遠い仲間を思い浮かべる。

「今は実が無いだけだ。そのうち分かる。戦場にいる間は忙しくて頭が回らないかもしれないが、國に帰って一息ついて、落ち著いてから街を歩いて、それで何でもない普通の路地で思い出す」

ナターシャへの言葉であり、自分への言葉。

「それで、初めてれる」

いつか、失ったものの大きさに気付く。

「お前が冷たい奴かどうかは知らないが、後悔は悪いもんじゃねぇ。記憶を忘れないために刻む必要作だ。だから安心して後悔しろよ」

「……められているみたいで不快だわ」

めているんだよヒヨッ子が」

鐘が鳴った。巨人が一日の終わりを告げている。

「……やだな、帰りましょう。みんなが待っている」

果たして本當に割り切れたのか、にも分からない。故に、考え続ける。考えることを放棄した瞬間に、きっと自分は腐ってしまうから。

世界はく。鐘は鳴る。ラフランに今日も雪が降る。

裏聖堂に神像が鎮座していた。神なき時代の偶像だ。苦悶の表を浮かべた祭司が、二人の後ろ姿を見送った。

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