《傭兵と壊れた世界》第五十三話:神嫌いの有神論者

鐘樓に招かれてから數日が経過し、パラマは不気味なほどナターシャたちを歓迎した。

「部屋をご用意しましょうか? 空き部屋がたくさんあるので遠慮せずに使ってくださいね。そうだ、街を案しましょうか。ラフランは端正な街並みとしい自然で有名なのですよ。ぜひ私のおすすめをご紹介しましょう。食べたいものはございますか? 好き嫌いは? 共に祈りを捧げますか?」

パラマは神出鬼沒である。鐘樓のあちこちを歩き回り、聖堂に降りたかと思えばいつの間にか背後に立っていたり。巨人と楽しそうに會話をしているかと思えば無表に街を見下ろしたり。

(真意が読めない相手ほど怖いものはないわ)

ナターシャは裏聖堂の神像に向かって膝を突き、信徒のように右手を元へ添えた。いつの間にか、聖堂を訪れたら祈ることが習慣になっていた。不思議な話だ。信仰心なんて微塵も無かったはずなのに。

(パラマの考えは分からない。吹雪は止むどころか勢いを増している。あぁ神よ、私たちは祖國に帰りたいだけなのです。は要りません。金銀財寶もしくありません。第二〇小隊の彼らと國へ帰らせてほしいのです)

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の真摯な祈り。されど願いは屆かず。ナターシャは「役に立たない神様ね」と愚癡をらす。

の罰當たりな発言が聞こえたのか、寂しげな聖堂に鐘が鳴ったと同時、ナターシャは頭痛に襲われた。ラフランに來てからどうにも調が優れないのだ。鐘樓にってからは特にひどい気がする。鐘だ。鐘の音を聞くと頭が痛いのだ。

頭痛が治まるように願っていると、回廊から何者かが近づく気配がした。現れたのは聖代行様だ。祈りを捧げるナターシャの姿を見るなり、パラマは嬉しそうな顔で駆け寄った。

「素晴らしいですねナターシャ! 傭兵でありながら謝を忘れないその姿、神もご覧になられているでしょう! どうですか? ぜひ我らがラフランの信徒になりませんか?」

「素敵な提案だけど遠慮するわ。今すぐ故郷まで送ってくれるなら別だけど。それか保存食以外の料理を食べたい」

「祈りに見返りを求めてはいけませんよ」

「信仰心で飯は食えないわ」

言い過ぎたかとパラマの顔をうかがうと、相変わらずニッコニコだ。眉一つかさないとは良くできた笑顔である。

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「鐘樓での生活は不満ですか?」

「夜風を防ぐ場所を提供してもらえて謝しているけど、延々と吹き続ける吹雪を見ると気分が滅るの。ラフランの雪はいつ止むのかしら?」

「神が微笑めば、としか言えません。かつて栄えたラフランは雪に閉ざされ、今や信徒も減る一方です。街を守る加護が殘っているのはせめてもの救いでしょう」

パラマは初対面で「聖代行」と名乗っていた。聖ではなく、あくまでも代理人。

「もしかして信徒になるのが不安ですか?」

「不安というか――」

「ご安心ください! 文明なき世界、結晶と共に歩めるのは我らのみ。夜風におびえる生活から卻しましょう。さぁさぁ、疑問があれば何でも聞いてくださいね」

胡散臭い笑顔だが、これはナターシャにとってチャンスだ。謎が多いラフランについて報を集められるかもしれない。パラマの気が変わる前に聞いておこう。

「なぜ巡禮者は結晶憑きになっても人を襲わないの?」

「それはもちろん信仰心ですよ!」

「ラフランを覆うみたいなのが吹雪を遮(さえぎ)っていたけど、どんな原理なの?」

「信仰心によるものですね!」

「食べがなくてもあなた達が飢えないのは?」

「信仰心!」

「……」

にこにこと笑うパラマ。まともに答える気はなさそうだ。ナターシャは趣向を変えた。

「聖(・)(・)は(・)ど(・)こ(・)に(・)い(・)る(・)の(・)?(・)」

すん、とパラマの空気が落ちた。あっという間に豹変。笑顔が奧に引っ込み、頬に手を當てて眉を下げる。バッカスを刺し殺した時と同じ、困ったような表だ。ぬるりと変わる。仮面が剝がれて、また仮面。

「ラフランの加護は聖にしか扱えないと聞いたわ。けれど加護は健在。そして、あなたは聖代行のパラマ。ならば聖はどこ?」

「細かいことをよく覚えていますね」

歩み寄るパラマ。裾から白い足が見えた。パラマは極寒の地だというのに靴を履かず、雲のように軽い所作は足音がほとんど聞こえない。一瞬だけ見えた足首には無慘な傷跡が刻まれている。

(あれは……足かせの跡……?)

ナターシャの視線をふさぐように、パラマが手をばした。白い両手がナターシャの肩に乗せられる。這い上がる悪寒。死人のような。隊服を著ているにも関わらず、パラマの両手からは冷気がじられる。

「私を見なさい」

ナターシャの顎が無理やり持ち上げられた。パラマの長い金髪がローブからこぼれてナターシャの顔にかかる。間近で見るパラマの表は吸い込まれそうなほどしく、繊細で、やはり不気味だ。噓で固められた能面のような笑みを浮かべ、わった視線の奧には隠しきれない激が見えた。

「私は聖を名乗らない。何故ならば、聖とは真に清らかで清廉な者だけが名乗る資格があるからです。どれほどラフランが地に墮ちようとも聖の名だけは汚されてはいけないのです。わかりますか?」

「近いです聖代行様」

「信仰とは歴史です。醜いの積み重ねが信仰という(てい)の良い面をかぶっているだけです。そして、聖はそんな世の地獄の一端でラフランの民の幸せを一心に願った者。私ごときが名乗っていいわけがない」

パラマは早口でまくし立てるように言葉を紡いだ。ナターシャは口を挾む余裕すら與えられない。それほどパラマにとって聖の名は重い。冷靜さを失いかけてしまうほどに大切な名。

「聖がどこにいるかと問いましたね。あなたには特別に見せてあげましょう。ついてきなさい」

「きゃっ……!」

ナターシャは手首を引っ張られた。死人のように冷たいが伝わり、やはりパラマも結晶憑きなのだろうかという場違いな推測が浮かんだ。パラマの歩みは速い。ナターシャは手首を摑まれたままぐんぐんと引っ張られ、なかば走るようにしてパラマに連れられた。

代行とが回廊を駆ける。傾きかけた太がパラマの表に影を落とす。遠くで巨人のび聲が聞こえた。ラフランの街に鐘が響いた。

「ナターシャからは、月明かりの森と同じ香りがします。嗅いだことがないのに、懐かしく、が締め付けられる。立っているだけで、私をラフランの外へ、原初の地へってくれるのです」

「月明かりの森で暮らしたことがあるけど、もう隨分と前の話よ。誇張が過ぎるわ」

「誇張? まさか。私には、ありありとじられるのです。あなたは月明かりの森で何をしましたか。何かしたでしょう。足地の神を、そのに宿したのではないですか?」

ナターシャは真っ先に井戸の黒水を思い浮かべた。足地において特別なことなんて挙げ出したらキリがないのだが。

「真っ黒な地下水を、飲んだことがある」

「黒い地下水。伝承にある地底の花畑でしょうか。あのような激毒をよく飲もうと思いましたね。まぁいいでしょう」

さらりと激毒呼ばわりされた黒水にナターシャは戦慄する。

「私たちはかつて“慈(いつく)しみの子供達”と呼ばれました。月明かりの森に教會があったでしょう。あれが起源。私たちの原初。私は一度も行ったことがありませんが、あなたの香りは不思議と懐かしくじられる」

「黒水が何なのか知っているの?」

「知りませんよ。伝聞も殘らないほど昔の話です。れるだけで腕が腐り落ちるらしいですが、ただの噂かもしれません。現に、あなたは生きています」

パラマは興味無さげに流した後、「もしかしたら、あなたの先祖が森の住民だったのかもしれませんね」と付け加えた。

鐘樓をのぼる途中でイヴァンと鉢合わせした。おそらく機船に向かっていたのだろう。彼は手を引かれるナターシャを見て焦ったような表を浮かべた。

「おい、何を――」

「黙りなさい」

しゃらん、と鈴を一振り。きを封じられる一同。冷靜なイヴァンがぽかんと口を開けて固まる姿は面白いものがある。ついでにナターシャのも固まったため、パラマに橫抱きにされて運ばれた。

「ナターシャは意外と冷靜ですね」

「焦っても解決しないから頭の中で必死に考えているの」

「じゃあ頭を開いたらお祭り騒ぎになっているでしょうね」

騒なことを言わないで」

パラマは楽しそうに笑った。実際、裏聖堂にパラマが現れてからずっと、ナターシャの心臓は高鳴りを続けている。目的不明。正不明。なにがきっかけで癇癪を起こすかもわからない。

「ナターシャは神を信じますか?」

唐突な質問にナターシャはし考えたあと、はっきりと口にした。

「神はいるよ。人をしていないけどね」

していない?」

「私たちのことを見てすらいないわよ。ただ眺めているだけなんて退屈だもの。きっと天上の世界で遊んでいるわ」

「それなら私たちが何をしても神に怒られませんね」

「その通り。むしろ、人間のような悪意の獣がどうしてされると思うのかしら」

ナターシャは聖鈴の効果が切れていることに気がついた。首をかして窓の外に目を向ける。

悪説こそ真理であり、人は悪意の獣として生をけ、歳を重ねるにつれて優しさを覚えるのだ。そうでなければ現世に地獄は生まれないだろう。

「最近は無神論者が多いのですが、ナターシャは違うのですね」

「実際に神とか幽霊とか、人の魂が存在するかは知らないけど。でも、人の理屈で説明できない現象は、たしかに存在するわ。第六。蟲の知らせ。運命。因果応報」

「もしくは神

「そゆこと」

パラマはのぼる。塔をのぼる。ぐるぐると回る階段を抜けて、二人は最上階の一つ手前にある部屋に到著した。ナターシャが気に掛かっていた、鍵のかかった扉の部屋だ。

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