《傭兵と壊れた世界》第五十五話:心に刺さる違和の針

部屋を出るなり、ナターシャがよろめいた。

「おいっ、大丈夫か?」

驚いたように抱き止めるイヴァン。彼は想像以上に小さい。よくもこので銃の長い結晶銃を扱えるものだ。普段は気丈に振る舞っているが故に、憔悴したナターシャの姿が余計に小さくじられる。

「パラマは……?」

「部屋に殘っている。何があった?」

意識が朦朧としているようだ。が顔を上げた。きめ細かな前髪の奧、水晶の瞳と目が合った。

「イヴァンは、この街をどう思う?」

「ラフランを?」

質問に質問を返されたイヴァンは意図が分からずに困する。しかし、初めて弱った姿を見せるナターシャが無意味なことを言うはずがなく。ふむどうかな、とイヴァンは真面目に思案する。

「素晴らしいな」

信徒同士で支え合うしい街だ。今もなお、信仰心を忘れない敬虔な聖都なのだ。賛の聲が自然とこぼれる。自分が喋った言葉に若干の違和じつつも、おかしなことだと疑わずに言い切った。ちくり、と違和の針がイヴァンの心につき刺さる。彼はショックをけたように目を伏せた。

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「パラマのことは、どう思う……?」

「何を考えているのか分からないが、なくとも敵ではなさそうだ。敵意がじられないからな」

「敵意がない……? そんなわけ――痛っ」

調は部屋を出ても悪化しているようだ。

「本當にどうした? 船まで帰れそうか?」

「無理、かも」

「おいっ……!」

ナターシャは完全に意識を失った。相當無理をしていたのだろう。力の抜けたがイヴァンに倒れ込む。とっさにを支えるも、苦しそうな息がもれるだけで返事はない。

「くそっ、まいったな……」

イヴァンの脳にはいくつかの可能が浮かんだ。一番恐ろしいのは染癥だ。足地に踏みって未知の病原菌にかかった場合、シザーランドへの帰還はおろか、船に乗せることすら危険になる。

念のために防護マスクをつけて、ナターシャを橫抱きにした。結晶銃を船に置いてきたのは幸いだ。驚くほど軽いを抱え、イヴァンは船に戻った。

船に集まる第二〇小隊の隊員たち。彼らの前には苦しそうに息を吐くナターシャの姿がある。ミシャが心配そうに手を握っており、さらに隣にはソロモンが思案するように腕を組んでいる。

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染癥ではないでしょう。に異常が見られませんので、今は船で休ませておくしかありません」

「原因は分かったか?」

「いいえ、全く。彼が倒れたときの狀況を私も見ていれば別ですが、外傷もないのでお手上げです」

ソロモンは船でも仮面を外さない。はおろか、髪のの一本すら外気にれない。鋼鉄の乙が好き。彼の相棒は焼夷砲だけ。

國に帰れば治療する手段もあるだろうが、ラフランにってから既に十日ほどが経過しており、未だに街を出発する目処がたっていない。吹雪は止む気配がなく、街には斷続的に巨人のびが響き、中央を分斷する壁が一段、また一段と高くなった。

「嫌な雰囲気だな」

「どうかされましたか?」

「鐘樓の部は確かに結晶化現象(エトーシス)から逃れられるが、どうにも我々の選択肢が徐々に狹められているようで不快だ。足地で何も起こらない、というのが逆に問題だろう」

「そう言うけどよぉイヴァン、船の修復は一晩で終わるような作業じゃないし、パラマも俺たちの行を自由にしているんだから別に良いだろ。吹雪が止むまでゆっくり休んで、このガキも元気になったら街を出ようぜ」

「ベルノアの言葉は無視して構いませんよイヴァン。彼は足地の研究をする時間ができて嬉しいだけでしょう」

「おいソロモン! まるで俺が自分のことしか考えてないみてーじゃねぇか!」

「その通りでしょう?」

「その通りだぜ」

威張るベルノア。ぶれない研究者。

「……最近、ベルノアとナターシャが仲良くなった」

「はぁ!? ミシャ何言ってんだ!」

「そうなのか? お前が隊員以外と打ち解けるのは珍しいな」

「……前も二人で歩いていた」

「あほかイヴァン、俺はあくまでも研究のため! 結晶化しない鐘樓を調べていたら、こいつが勝手に俺の周りをうろちょろするんだ。わかる? 俺は子守役を引きけてあげてるってわけ」

「……ベルノアも子供」

「やかましいぞチビ」

落ち著きの無さはベルノアの方が子供だと思ったが、イヴァンは口にしなかった。

基本的に第二〇小隊は隊員以外と馴れ合うことがない。ソロモンはその外見から避けられることが多く、ミシャやベルノアも他人との関わりを好む格ではないため、自然と傭兵団の中でも浮いた存在になってしまう。加えてルーロ戦爭を生き延びた戦歴や逸話、団長と懇意であるという嫉妬、汚れ仕事に関する黒い噂のせいで浮きまくりだ。

イヴァンも隊の連攜に影響がなければ問題ないと捉えていたが、ナターシャが一時的にでも仲間になったことで隊の雰囲気が変わるならば、それもまた一興である。今日、明日、半年後に変わらない姿があるというのは、決して喜んでいいものではない。停滯とは緩やかな退化だ。世界が周り、変化する世において、自分たちだけが変わらないというのは相対的に見て退化なのだ。

「今後の方針を話そう。ソロモンは船に殘ってナターシャの看病を頼む。ベルノアは修復を急いでくれ。ミシャは修復の手伝いと資源の調達だ」

「分かりました。手が空いている時は私も修復を手伝いましょう」

「ミシャは鐘樓の外も調べてほしいが、街の中央には近づくな。もしも粛清が始まれば助けに行けないからな」

「……わかった。イヴァンはどうするの?」

「俺もいくつか確認したいことがあるが、まずはパラマに會いに行こうと思う」

「……それは危険」

「チビに同意だ。ナターシャが倒れたときだってパラマの部屋にいたんだろ? あの、男? が何を考えているのか分からねえのに一人で向かうのは駄目だろ」

「だが、報を集めるならパラマに聞くのが――」

「駄目です」

全員から反対されたイヴァンは仕方なさそうに両手をあげた。パラマならば何を聞いても答えてくれそうなため、イヴァンにとっての命題――「結晶風の吹かない地」について訊ねようと思ったのだが殘念だ。また今度、誰も見ていないときに會いに行こう。

「わかった、わかった。止めておくよ」

「……本當に?」

「もちろんだ」

「……隠れて行ったりしない?」

「もちろん、だ」

執拗に確認をするミシャを何とか納得させようとするも、イヴァンは拠のない大丈夫を重ねることしか出來なかった。疑わしそうな目をするミシャはいつにも増して眠そうな垂れ目になる。無言の圧力。耐えきれなくなったイヴァンは話題を変えた。

「そうだ、解散する前に聞いておきたいのだが……お前たちはラフランをどう思う?」

これはナターシャが倒れる前に殘した言葉だ。イヴァンは迷わずに素晴らしい街だと答えた。一切の疑問を持たず、さも當然だと言わんばかりに答えてしまった。あの時のナターシャはまるで頓珍漢な答えを聞いたかのように目を丸くし、そして何か気付いたように顔を青くさせ、続けてパラマのことを訪ねた。

あの表がイヴァンの心に針を刺す。何か間違えたのに、何を間違えたのか分からない気持ち悪さがイヴァンの心を煽る。

ミシャは「……逃げられた」と不服そうな顔をしながら答えた。

「……靜かで悪くない」

続けてベルノア。

「良いんじゃね?」

最後にソロモン。

「素敵な街ですね。捕虜に対しての扱いも丁寧でした。結晶化現象(エトーシス)に襲われる前はきっと活気に溢れた街だったのだと想像できます」

は腕を組んで何度も頷いた。粛清の際に一度捕まったソロモンは、捕虜と呼んで差し支えない自分に対して丁重に扱ったことをしていた。取り上げられた焼夷砲も無事に返されたのだ。パラマが不気味であるのは否定できないが、なくとも自分たちに対する敵意は無いはずである。

イヴァンは三人の答えを聞いて納得した。やはり自分の覚は間違っていないのだ。長い時間を共にした戦友の言葉を信用するのは當然のこと。他ならぬソロモンたちが同じ考えを持っているのだから、イヴァンがじた違和は気のせいだったのだろう。

彼らの頭上で鐘が鳴る。巨人の鐘が、傭兵たちの心を揺らす。

イヴァンは去り際に聖代行が殘した言葉を思い出した。妹が殘した街を守るのだと主張する聖代行の想い。足地の冷気が、他ならぬパラマから発せられているのではと勘繰るほどに、無機質で寒々とした雰囲気。

きっとパラマは、熱く語るがあまりにナターシャへ詰め寄ったのではないか。そして、偶然居合わせたイヴァンが勘違いして撃ってしまったのだ。段々とパラマに対する罪悪が膨らむ。次に會ったときは一言でも謝罪をした方がいいかもしれない。

しかし、イヴァンはあの時、確かにじた。

今すぐ銃を撃たなければ、白金のが他の何かに変わってしまいそうな予。心に刺さった違和の針は抜けることなくイヴァンを悩ませ、されど鐘の音が響くたびに違和しづつ薄れていった。

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