《傭兵と壊れた世界》第五十八話:えいやあと力を込めて

船に集まった小隊の面々は、ナターシャの話を聞いて押し黙った。洗脳をけている可能拠について、全員に思い當たる節があった。吹雪が止むまで待つなんて愚の骨頂。ここが足地だと忘れたか。

「なるほど、な」

イヴァンは深刻な表で頷いた。

「問題を整理しよう。まず、俺たちは間違いなく洗脳をけている。全員に心當たりがあるはずだ。幸いなことに効果はあまり強力じゃないみたいだが、いつまで正気でいられるか分からん。ラフランからの出を最優先とする」

足地に関する報は得られたのですか?」

「パラマから話を聞くことができた。それについては街を出てから話そう」

の上に両足を抱えて座っていたミシャが口を挾んだ。

「……街を出るには吹雪が邪魔」

「そう、それも問題。ベルノアが修理を進めていたと思うが、あとどれくらいだ?」

「一日もあれば終わるぜ。俺の手にかかれば簡単なもんよ」

「なら半日で終わらせろ」

「おいおいおい! 流石にそれは無茶だろ!」

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「お前も傭兵なら無茶を通せ。洗脳が完了したら俺たちはめでたく巡禮者の仲間りだ。お前だって研究を続けられなくなるぞ」

なおも反論しようとするベルノアを遮って、ソロモンが疑問を口にした。

「私はあまり自覚がありませんが、本當に洗脳をけているのでしょうか?」

「そう言うと思ってこんなものを用意したわ」

ナターシャが聖杯を置いた。ベルノアが蹴飛ばして壊したものだ。ナターシャはおもむろにナイフを握ると、柄の部分を使って思い切り聖杯に叩きつけた。

無慈悲の一打。衝撃によって聖杯が歪む。

「……!」

ソロモンのきは速い。脳が判斷するよりも早く、ソロモンは腕に仕込んだ刃をナターシャの首筋に向けた。それは本人すら制できない、完全なる條件反だった。普段のソロモンなら取るはずのない軽率な行為。「聖杯を傷つけられた」という事象に反応した、他ならぬ洗脳狀態の証拠である。

「これは……」

仮面の奧から衝撃をける聲が聞こえた。「ほら、不快に思ったでしょ?」程度の覚を予想していたナターシャは突きつけられた刃に冷や汗を流す。表は努めて余裕のまま。白金のは見えっ張りなのだ。

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「なるほど……久しぶりに、新しい怒りを覚えました。これは、非常に、非常に不愉快です」

刃がゆっくりと下げられた。ソロモンにとって怒りは何よりの原力であり、彼が傭兵として戦う理由だ。それを誰かの意思によってねじ曲げられたのだから彼心は般若のごとく荒れ狂う。願わくばなる鬼が自分に向かないことを祈るナターシャだった。

「最悪の場合は修理が間に合わなくても出発する。結晶の吹雪を抜けられるかは、正直、ベルノア次第だな」

「俺に責任を押し付けんな」

「頼んだぞ船長。街に殘って信徒に吸収されるよりは生き殘る確率が高いだろう。安心しろ、パラマは俺たちが抑える」

「抑えるっつってもよぉ……出來んの?」

ベルノアが疑うような表で問うた。お前らは聖代行に勝てるのか。あのしく清廉で、の重さや生命の渋さがじられない巡禮者に太刀打ちできるのか。

イヴァンたちが街を出ようとすれば當然ながらパラマは引き留めるだろう。彼らを巡禮者の仲間にするべく手厚くもてなしたのだから、それを無下にすればパラマは決して見逃してくれない。衝突は必至。

「出來るさ。そうだろ?」

「うん?」

イヴァンは當たり前のようにナターシャを見た。は「そんな真っ直ぐな瞳で見られても困るんだけど」と首を傾げる。

「私、あの人怖いんだけど?」

「同だな。俺もあいつの気配がするだけで構えるよ」

「なのに私がやれって言うの?」

「適材適所という言葉があってな」

イヴァンは人差し指を立てた。彼の大好きな「合理的」というやつだ。全くもって納得できないナターシャは反論した。

「私がどうにかする前に聖鈴を鳴らされておしまいよ。銃を引き抜く前にきを止められて、後は心臓をサクッと一突きね。なんたってパラマは右手をかすだけで私たちの自由を奪えるんだもん」

「ナターシャの言うとおり、正面からのやり合いは不利だろう。流石に俺もそこまで荷が重いことをやらせないさ。でも、聖鈴がある限り俺たちが敵う手段はない」

「じゃあどうするの?」

パラマは見た目以上にきが速い。気配にも敏だ。まるで目に見えない人の意志、空気の流れが見えているかのように、パラマは鐘樓の出來事を把握している。

「聖鈴を破壊する。もちろん、奴は聖鈴を離さず持ち歩いているだろうから直接狙うのは難しい。敵意に気付かれて返り討ちに合うのが目に見えている。だが、非常に幸いなことに、俺たちには敵に気付かれることなく目標を破壊する(すべ)がある」

ナターシャは言葉の続きが予想できた。

「お前が聖鈴を壊せ。そので奴を狙撃するんだ」

イヴァンが地図を広げた。即席で作ったものだが、街中と鐘樓の大まかな構造が描かれている。回廊を挾んで対稱的な表聖堂と裏聖堂、二階から三階に続く大書庫、そして天に昇る高き鐘樓。その最上階から一つ下にある部屋をイヴァンは指した。

「パラマは毎日、鐘樓のとある一室に向かう。たしか聖の妹が眠っているんだな?」

「ラ・フィリアね」

「そうだ。部屋には南側に大きな窓があり、パラマは妹のために窓を日に一度開ける。狙うはここ。パラマが気を抜くであろう一瞬の隙を突く」

イヴァンの右指が街の中央を指した。

「中央の時計臺から狙撃できるか?」

「そうね……可能だと思う。高さが足りないけれど、これだけ離れていれば角にるわ。でも、仮に狙撃が功したとしても問題があるでしょ」

「ギガンの存在だな」

「その通り。聖鈴を破壊してから機船に乗っても、鐘樓から出る前にギガンに潰されるわ」

代行は一人ではない。巨人がいる限り鐘樓から船を出すことは不可能だ。だからこそ、パラマはイヴァンたちが船の修繕を進めていても邪魔をしないのだろう。どうせ出は不可能だから。

「問題ない。ギガンも俺とミシャがあたる。ベルノアは機船へ、ソロモンはナターシャに付いてくれ。狙撃を合図に作戦決行だ」

ナターシャは頭の中で考えた。あの妹を心の底から大事にしているパラマを狙撃する。もしも失敗した場合、パラマは「あらあら、やんちゃですね」と笑って許してくれるだろうか。

斷じてあり得ないだろう。パラマは烈火の如く怒り狂ってナターシャたちを殺そうとするに違いない。

つまるところ、隊の命運は自分にかかっているのだ。狙撃が失敗すればパラマに殺される。だがイヴァンの案を採用するしか方法がないのも事実。荷が重いことをさせないと言っておきながら、一番責任が重い役割を命じられたものだ。

拒否権はない。他に手段もない。どれだけ考えても戦いの道は避けられない。ナターシャは自らの境遇を嘆いた。そして、この狀況は自分が選んだ道なのだと自覚した。第二〇小隊に近づいて、救援任務に志願したときから、決して楽な未來ではないと分かっていたはずだ。

ラフランにる前に「私たちと共に戦いたいかを見極めろ」とソロモンが言っていた。第二〇小隊にるということは、この先、ありとあらゆる「甘え」が許されなくなる。自らの失敗が隊の破滅を招くのだ。新人だからとか子供だからという言い訳は存在しない。

(全くもってクソッタレだけど……これは、私が選んだ道。ここで逃げたら恥ずかしいか)

ナターシャは結晶銃を握った。ここが正念場だ。何十年と街を守り続けた化けたちと正面から戦うのだから、楽な戦いをさせてくれないだろう。覚悟はいいか。未練は捨てたか。悩む時間は殘されていないから、他に見逃していないかを考えて、戦うしかないと拳に力を込め、心に殘る恐怖を「えいやあ」と武者震いに変えるのだ。

「了解したわ。私が、聖鈴を破壊する」

第二〇小隊と巡禮者の戦いが始まった。

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