《傭兵と壊れた世界》第六十一話:吹雪ときどき流れ星

ギガンがゆっくりと仰向けに倒れた。砲弾は寸分違わず直撃しており、巨人の頭部から噴煙が昇っている。

「ギガン!」

パラマの焦った聲が聞こえた。今が好機だ。

「ミシャ、行くぞ!」

イヴァンは迷わずに機船へ走り出す。この機を逃せばパラマから逃げられない。巨人が倒れ、パラマの虛を突いたこの瞬間こそが唯一の明。戦場をかす特異點である。

パラマは傭兵が駆け出したのに気付くや否や、怒髪天を衝くがごとく表を歪めた。地面を蹴る。強く。速く。イヴァンへ、そして、その奧に立つベルノアを殺すべく。

ベルノアは最初、ニヤニヤと満足げに笑いながら待っていた。だが船に迫る仲間たちと、その背後に猛然と迫るパラマの姿を確認した瞬間、彼は慌てて縦席に向かった。

「ベルノアァ! 船をかせ!」

船へ飛び降りるイヴァンとミシャ、そして、彼らを追いかけて勢いよく飛び出すパラマ。戦場は機船の上に移り替わる。

もう一つの戦場、時計臺にて。

ナターシャは煙に包まれるギガンへ照準を合わせた。かの巨人は口を開けたまま空を見上げており、き出す気配はない。しかし、陥沒した頭部がしずつ再生しているのが見える。

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き出す前に結晶で固めておこう」

ナターシャが指に力を込めたのも束の間、時計臺が大きく揺れた。跳ね上がった銃口は明後日の方角に弾丸を飛ばす。

ソロモンが大型の巡禮者によって吹き飛ばされたのだ。崩れた瓦礫に埋まるソロモン。彼には無數の鎖が巻き付いており、とある巡禮者たちに鎖を握られている。

「看守か……!」

地下を徘徊していた看守の巡禮者が現れたのだ。彼らが「ォォオオ」と奇妙な雄たけびをあげるたびに、無數の鎖が彼らのからを突き破って生える。

「不愉快な鎖です。私のきを阻害するとは!」

ソロモンはに巻き付いた鎖を引き千切った。彼を鎖程度で止めることはできない。しかし、隙を生むことはできるのだ。看守によって生み出された鎖はソロモンのきを止め、そのたびに大型の巡禮者が彼へ群がった。

「こっちの方がまずそうね……!」

ナターシャはちらりと高臺へ目を向ける。

巨人はまだ立ち上がる気配をみせない。イヴァンたちは機船の上でパラマと激闘を繰り広げている。どっちもまずいが、今はソロモンの援護を優先するべきだろう。ナターシャは結晶銃を看守の頭に向けた。

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一発。

頭部を撃ち抜かれた看守が仰向けに吹き飛んだ。続けてナターシャは隣の看守に照準を移す。

看守はすぐにナターシャの存在に気付いた。彼らのきは見た目以上に素早く、ナターシャが弾を放つよりも先に、鎖の壁を自分たちの正面に生み出した。

銃弾を防ぐ鉄の壁だ。だが、所詮は鎖によってできただらけの防壁に過ぎない。鎖同士の隙間をうようにしてナターシャの結晶弾が貫く。

「その程度で防げると思われるのは心外ね」

傭兵としてのが騒いだ。いつの間にかナターシャにも傭兵という立場が馴染んでいたようだ。迫した狀況や、針のを通すような狙撃。仲間のために引き金を絞り、仲間を信じて背中を預けるという経験は、彼に生きているという実を與える。

太く、短く。誇りを持って戦い、誇りを持って死ぬ。

戦場の空気がの心を高揚させる。脳は冷靜でありながらも心が熱く燃え上がるみたいだ。それは麻薬中毒者が全をボロボロにしながらも大國の花(イースト・ロス)を吸う覚に似ていた。ようやく傭兵としての心構えが板についてきたのだ。

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「ソロモン! 私も前に出るわ!」

「隊長たちはどうなりました!?」

「大丈夫! こっちに向かっている!」

ナターシャは最後の看守を撃ち抜くと同時に、結晶銃を背中に回し、腰から銃を引き抜いた。白金が跳ぶ。時計臺の瓦礫を踏み越えて宙を舞う。どこまでも高く、どこまでも遠くへ。

ソロモンが仮面の下に笑みを浮かべた。傭兵見習いが一皮剝けた瞬間に立ち會えた。それは同胞としてこれ以上ない喜びだろう。彼は周囲の巡禮者を退(しりぞ)けるように炎を薙ぎ払う。まるでの高揚がソロモンにも伝播したみたいに。

「それなら我々もいきましょうか!」

「ええ! 溫存する必要はないわ!」

たちに群がろうとする巡禮者は、そのことごとくがを焼かれ、銃で撃ち抜かれ、路肩を転がる石のごとく吹き飛ばされた。

ナターシャは本來の能力を活かした戦い方で巡禮者をかきす。鋼鉄の乙はそのに宿した絶大な力で砕する。

もっと熱く、もっと正確に。彼たちは代わる代わるお互いを援護し合いながら、巡禮者の波に正面からぶつかった。

「ねぇソロモン! 私たちはどこまでいけるかしら!」

「どこまででも、道をきり開きましょう!」

ナターシャの蹴り上げられた足が巡禮者の頭を捉えた。弧を描くような軌跡としなやかな。背後から摑みかかる巡禮者の頭に銃を撃ち、また別の巡禮者に向かって肘を打ち込む。一度でも間違えれば終わりだ。この流れを止めてはいけない。ナイフで奴らの首筋を斷ち、勢いを利用してけ流し、撃って、撃って、撃ち続ける。

その戦い方は偶然にもイヴァンと似ていた。拳銃とナイフを片手に立ち向かう姿はソロモンの心を熱くさせる。彼もまた荒々しく地面を蹴り、一振りの焼夷砲で三の巡禮者を燃やした。ソロモンの覇気は鬼だ。戦場も、彼も、覇気も、鬼の炎が赤く燃え上げる。

どれほどの巡禮者を手にかけただろうか。二人は猛烈な勢いで機船がいるであろう方角へ進んだ。隙間という隙間が埋め盡くされるほどの巡禮者に囲まれながらも、彼たちの足は決して止まらない。

やがて、道が開かれる。壁を越えた先に機船の姿が見えた。

代行は船の上で考えた。なぜこれほどにも第二〇小隊に固執するのか。パラマはどうしても彼らを巡禮者に加えたかった。それは第二〇小隊という戦力が魅力的であったから。もしくは、巡禮者が目指すミラノ水郷世界に、彼らならばたどり著けそうだったから。

どちらも間違いではない。だが、それ以上に彼は嫉妬したのだろう。

第二〇小隊は、過去に囚われながら前に進む。

ルーロ戦爭という負の記憶を背負いながら、彼らは未來を目指している。それはある意味でパラマと対極だった。妹のために足地を巡る第二〇小隊と、妹の殘した街を守るために旅人たちを信徒に変えるパラマ。両者とも過去に囚われながら、片方は前を向き、片方はその場に居座り続けた。そこに生まれるのは明確な差。

(焦っていたのでしょうか)

剣を振るう。パラマの刃は宙をで、その隙にイヴァンが踏み込む。彼の影からミシャが飛び出す。それらの景をパラマは舌打ち混じりに見つめた。

「小賢しい!」

彼は認めない。聖代行の一閃がイヴァンを弾(はじ)き、振り払った勢いのまま勢を整えることでミシャの弾丸を避けた。雲のように摑み所のないきだ。緩急、からの猛攻。聖代行が船上で踴る。

互角に見える戦いだが、しずつ傭兵が押されていた。原因はイヴァンの怪我だ。鎮痛剤が切れた彼は、激しい鈍痛に襲われながらも正面から打ち合った。それだけでも驚愕。隊長としての忍耐力が彼を支えている。

「そろそろ限界なんでしょう、きが遅くなっていますよ!」

「あんたに合わせてやっているのさ! 手負いの相手に攻めきれないとはけないな!」

イヴァンの煽りに応えるかのごとく激化する刃。言葉とは裏腹に、イヴァンは歯を食いしばって耐えた。あとしなのだ。彼の脳裏に描かれた筋書きは、もうしで勝利に屆くのだ。

曲がり角にさしかかり、機船が大きく揺れた。ミシャが吹き飛ばされないようにしがみつくが、パラマは揺れなどお構いなしに剣を振るう。

これが最後の鍔迫り合い。イヴァンは背後から頼もしい覇気が昇るのをじ、安心したように呟いた。

「來たか――」

訝しむパラマに向かって鋼鉄の塊が落ちた。

「邪魔をしますか、ソロモン……!」

「それが私の役目なので」

巡禮者の群れを振り切ったソロモンが船に降り立った。彼は迫り來る剣を腕を使ってけ流すと、焼夷砲を橫なぎに振るう。たまらずパラマは後退するも、逃すまいとソロモンの炎が追撃した。

傾いていた戦況は平行になり――。

「お迎えありがとう。助かったわ」

逆転する。

炎から逃れたパラマを結晶弾が襲った。ソロモンが現れたということは、ナターシャもまた船に乗ったということだ。白金のはイヴァンの奧、船首の上から結晶銃を覗き込んでいた。

「……揃いましたか」

パラマの前に第二〇小隊が立ち塞がる。

創痍でありながらも倒れる気配のないイヴァン、あれほどき回ったのに息を切らしていないミシャ、二人の前で圧倒的な存在を放つソロモン。そして、一番奧から虎視眈々と狙うナターシャ。

これは抜けない、とパラマは察した。一人で彼らを打ち破ることはできない。巡禮者になってから永き時間をかけて研鑽したパラマの剣をもってしても、目の前に立ちふさがる分厚い壁を越えることはできない。

「時間稼ぎを、されてしまいましたね」

「俺とミシャだけであんたを相手しようとは思わないさ」

「なるほど。確かにそうでしょう」

一人では、抜けない。されど巡禮者は一人ではない。

「ですが、私も第二〇小隊を一人で抑えられるとは思っていませんよ。私はあなたたちを高く評価しているのです」

ナターシャたちと合流するために時間をかけた。それは、パラマにとっても利のある行だ。

傭兵たちの稼いだ時間が巨人の傷を癒してくれる。眠れる巨人が目を覚ます。遠くの高臺からび聲が聞こえた。あれは目覚めの咆哮だ。

「ォッォッオオオ!」

「あの巨人、何を……」

ギガンは結晶の塊を擔いでいた。その大きさはギガンの肩幅をゆうに超える。巨人はおもむろにを捻り、その埒外な力を両腕に凝させた。瞬間、空気が揺れるほどの衝撃を発しながら、結晶が投げ飛ばされる。

遠目でもわかる圧倒的な質量。あれほどの巨塊(きょかい)、空を飛んで良いはずがない。を反した結晶はキラキラと流れ星のような輝きを放ち、みるみるうちに機船の頭上を覆った。

ギガンが放った流れ星。船よりも大きな結晶が第二〇小隊を潰さんと迫る。

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