《傭兵と壊れた世界》第六十九話:年はパルグリムへ
ナターシャ達を乗せた機船がシャカシャカと走る。前途有な年が向かう先はパルグリム。にまみれた商人の國だ。
船の一室で作戦會議が開かれた。ナターシャの周りには元神父のイグニチャフと小太りドットル、そして狩人のナナトが同席した。リンベルは船の縦をするため聲だけを聞いている。最初に口を開いたのはイグニチャフだ。
「いくつかの問題を抱えているが、まず最初に何だと思う?」
「僕を踏んでくれるがいないことだね」
「黙ってろ変態。隊長が決まっていないことだ」
「あれ? 俺はイグニっちが隊長だと聞いたけど?」
「誰から聞いた?」
「そりゃあ……」
ナナトは向かい側で嫌そうな表を浮かべるナターシャに目を向けた。彼は視線から逃れるように後ろを振り向く。殘念ながら誰もいない。
「おいナターシャ、何で俺が隊長なんだよ。どう考えてもお前だろ」
「だってこの任務はイグニチャフが言い出したんじゃん。私は隊長をしろなんて命令をけていないし、問題児だらけの小隊をまとめるなんて嫌よ」
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「自慢じゃないが俺は隊長なんて出來ないぜ。向いているやつがするべきだ。ナナトもそう思わないか?」
「俺はどっちでもいいけどねー。今回の任務って第三六(さぶろく)小隊がいるんでしょ? かの英雄様と一緒なら誰が隊長でも問題ないと思うよ」
先にパルグリムで待機しているという第三六小隊。第二〇小隊と並ぶ実力だと噂され、同期主席のウォーレンが所屬している小隊だ。
「第三六小隊がいれば問題ない、ねえ……」
この中で足地の経験があるのはナターシャだけであり、彼はたとえ第三六小隊がいても足地の危険度は変わらないと考えている。だが、危機を抱いているのはナターシャだけ。他の者達は足地の恐ろしさを知らないのだ。
「それならナナトが隊長をしたら良いと思うわ。経験を積むために傭兵になったんでしょ。丁度良い機會じゃない」
「俺もそう思うけど、面倒だからやめとこうかなー。うん、ナターシャが良い。俺もナターシャが隊長をするべきだと思うよ」
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「面倒を押し付けないで」
是が非でも隊長を引きけたくない。なにしろナターシャは売人探しの任務もけている。足地へ向かうだけでも多大な労務だというのに、これ以上の負擔は背負いきれない。
ナターシャは駄目元でドットルに救いを求めた。小太りが「僕はやらないよ」と笑顔で首を振る。更にしつこく視線を向け続けるも、彼は頑なに否定した。
「助けてリンベル。私の味方はあなただけよ」
「――話しかけるな、私は忙しい。事故をしても知らないぞ」
ナターシャは頭を抱えた。
自分以外に適任がいないという狀況は最悪だ。足地の跡調査だとか、大國の花(イースト・ロス)の売人探しだとか、ふらふらと蝙蝠のように戦場を飛び回るのではなく、第二〇小隊の狙撃手として立っているだけで満足だったのに。
「一旦、この話は置いておきましょう」
「後回しにしたって結果は変わらんぞ」
「うるさいイグニチャフ。大事なのは任務の話よ」
そう切り出した時點で既に隊長のような役割を擔っているのだが。
「私たちの優先目標はリリィの家族に品を屆けること。だから商業國に著いたら、まずリリィの実家を探しましょう。場所はイグニチャフが知っているんだっけ?」
「どの辺りに住んでいるかは聞いたが、正確な場所までは分からないぞ」
「それなら現地に著いてから報を集めよっか。幸い、私やリンベルは街の構造をある程度知っているし、ナナトもいるから見つけるのは苦労しないと思う」
ナターシャの意見に反論する者が一人。ドットルだ。
「僕は後回しにした方がいいと思うよ。いや、言い方が悪いか。あくまでも僕達は傭兵であり、リリィの家族に會いに行くのは任務を終えてからでも大丈夫だ。第三六小隊との打ち合わせだってあるだろうし、先に足地の調査を完了した方がいいよ」
「悠長じゃないかしら。本來の目的を優先した方がいいと思うけど」
「いいや、今回は僕達のわがままを団長に聞いてもらった形だからね。任務を優先するのが筋ってものさ」
ドットルは食い下がった。ナナトは「どちらでもいいよ」と靜観し、イグニチャフは雙方の意見を納得できるため迷っている。やがて彼が選んだのは――。
「俺は……ドットルに賛する」
あらまあ、とナターシャは不思議そうな顔をする。品を誰よりも屆けたいと思っているのはイグニチャフだったから。
「俺はリリィの家族に中途半端な狀態で會いたくない。任務を功させ、やるべきことを終わらせてから會った方がリリィも喜ぶと思う。與えられた責務を全うし、きちんとした傭兵として、俺はリリィの家族に謝罪したいんだ」
イグニチャフの顔を見て、元神父なりに考えて決斷したのだと分かり、たとえそれがナターシャの意見と対立しても曲げる気がないのだと察した。
(リリィが喜ぶ、とな。死者の想いを勝手に推し量るのは傲慢だよイグニチャフ。私たちには何も分からないんだから)
任務の発端はイグニチャフだ。彼がリリィの家族に會いたいのだと言い出したのだから、彼の想いを優先した方がいい。故に、ナターシャは言いたい言葉を心のに留めた。これが大人の対応というやつだ。
「分かったわ。任務を優先しましょう」
一度決斷した人間の考えを変えるのは至難の業である。人は合理でけず、行原理は常にだ。
傭兵としての責務をまっとうするならば、ドットルの考えは正しいかもしれない。ナターシャとは真逆でありつつも、彼なりの信念がじられる。だが、時には信念を切り捨てねばならないことがあるのだ。
足地で全員が無事に帰れるとは限らない。リリィの家族がいつ、金融都市の闇に飲まれるかも分からない。會える時に會った方が後悔はないだろう。ナターシャ一人ならば、會いに行っていた。
ドットルは意見が通ったことに安心している。まるで大仕事を終えたように。
「リリィの家族に會うのは任務が終わってからにするとして……次は隊列の話ね。ナバイアは當然、危険な場所だけど誰を先頭にする?」
「僕は一番前でいいよ。戦闘経験もあるからね」
「ドットルが先頭ね。私は申し訳ないけど、狙撃手だから一番後ろになるわ。もちろん場合によっては前に出るけど、基本的には後方支援ね。ナナトはどうする?」
「俺もドットルと前に立つよ。狩人が傭兵に守ってもらっちゃ格好悪いっしょ?」
「うーん、その考えはわからないけど了解。そうなるとイグニチャフが二人の援護になるかしら」
リンベルはどうするのだろうか。ナターシャは直接聞こうかと考えたが、先ほどみたいに話しかけるなと怒られそうだからやめた。また後で停泊してから決めよう。
イグニチャフが心したように腕を組みながら頷いた。
「やっぱりナターシャが隊長だな。それがいい」
「そう……なるかしら、なっちゃうよね」
「大変だったらいつでも僕に言ってね」
「ドットルが代わってくれるの?」
「ううん、僕を毆って疲れを吹き飛ばすんだ」
「あぁ、そう、気持ちだけけ取るわ」
ナターシャは一瞬だけ期待したのを後悔した。
船はもうすぐ商業國の國境を越える。金融都市に訪れるのは本當に久しぶりだ。一何年ぶりだろうか。ヌークポウで買えないものを求めて街を走り回り、追いかけてきたアリアやディエゴと一緒に迷ったのが最後の記憶だ。漠然とした不安がのでざわめく。
會える時に會うべきなのだ。ナターシャは自分の考えを反芻した。それはリリィともっと話したかったという想いであり、今の時間を共にする仲間に対するものであり、そして故郷に殘した友人への言葉である。
ナターシャは無にアリアと會いたくなった。元気に過ごしているのか聞きたい。突然いなくなったことを謝りたい。寄宿舎の子供たちをうまくまとめているだろうか。小さかったシェルタも長しているだろう。もしかすると新しい家族が増えているかもしれない。ナターシャは船の揺れをじながら、現実逃避をするように、アリアとの再會を脳裏に想像した。
彼が思い浮かべた景にディエゴがいないのはいつも通りである。
外れスキル『即死』が死ねば死ぬほど強くなる超SSS級スキルで、実は最強だった件。
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