《【書籍化】斷頭臺に消えた伝説の悪、二度目の人生ではガリ勉地味眼鏡になって平穏をむ【コミカライズ】》夏休みは終わり、波の予

「レティ、これを」

あれは園から帰ってきて、侯爵家の前で馬車から降ろしてもらった時のことだ。

カミロが何やら紙袋を差し出してきたので、私は驚きつつもけ取った。

「え、そんな、どうして?」

「一つくらい記念になるものがあってもいいかと思って」

何でもないことのように言って笑うから、またが大きく弾んで苦しい。

いつの間に買いをしたのかしらとは思っていたけど、まさかプレゼントだったなんて。

「開けてもいい?」

「もちろんだ」

カミロが頷くのに背中を押されるようにして、紙袋の中を取り出してみる。

姿を現したのは、大好きなクサカバのぬいぐるみだった。

「わあっ、可い……!」

つい歓聲を上げてしまい、私は自分のはしたない振る舞いに気づいて口を噤んだ。

これ、可いと思って見ていたぬいぐるみだわ。

に抱えてちょうどいいサイズで、丸っこい形と緑のふわふわの生地が魅力的だと思ったのよね。

けど日傘もあるから荷になるし、何より子供っぽいと思われたら恥ずかしいなと思って諦めたのに。

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「どうしてこれがしいってわかったの?」

「じっと見てただろ。目がキラキラしてるからすぐにわかった」

カミロは揶揄うでもなく、ただおしげに微笑んでいる。

ふわふわと足場が定まらないようなこのじは何だろう。

心の中が筒抜けだったことが恥ずかしくて仕方がないのに、それに気付いてプレゼントしてくれたことが心の底から嬉しいと思う。

「ありがとう、カミロ。凄く嬉しい。大切にするわね」

私は平和な顔をしたぬいぐるみをに抱き締めた。

今日のことは、きっと一生忘れることはないだろう。

……とまあそんなことがあったので、私の自室にはクサカバのぬいぐるみが鎮座している。

私はつぶらな瞳と見つめあった末、革のトランクの隅にその緑の塊を詰め込んだ。

「ちょっと窮屈だけど、しばらく我慢してね」

夏休みは終わり、今から私はアラーニャ學園へと戻るのだ。

大切だからこそ置いて行こうかと迷ったけど、やっぱりこの丸いシルエットを見ると癒されるので持っていくことにしよう。

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地味なブラウスにいつものおさげと眼鏡をかけて準備萬端。するとメイドがやってきてトランクを持ち上げてくれる。

部屋を出て玄関に向かうと、家族全員が大集合していた。

「レティ、私は寂しい! 元気で暮らすんだよ」

半泣きのお父様にぎゅうぎゅうに抱きしめられる。苦しい。

「レティ、に気をつけてね。頑張りすぎなくていいんだから」

いつも明るいお母様もちょっと寂しそう。うう、駄目だわ。そんなお顔を見ると、涙腺が。

「おねえさま……行っちゃうの?」

そして薔薇の瞳を潤ませて見上げてくるサムと目を合わせたら、何だかたまらなくなってしまった。

「サム、元気でね……! また冬には帰ってくるからね」

「ふえっ……おねえさま〜!」

姉弟で泣きべそをかきながらひしと抱き合う。

後ろでお父様が寂しそうに肩を落としているのは気にしない。どうせお母様が背中をでてめるから、やっぱり問題ないのだ。

さて、この國には魔列車というものが存在する。

魔法を力にしてく巨大な鉄の塊であるそれは、一般市民から貴族まで幅広く利用されている通の要だ。

この魔列車に乗れば、王都の真ん中から學園の最寄り駅まで約2時間で著くのだからありがたい。

ちなみに、私はこれでも名門貴族の娘なので、一等車両のボックス席を予約している。

アロンドラと同じ席を取るのもいつものことで、私は友人と過ごすこの短い旅を楽しみにしていたのだ。

「アロンドラ、久しぶり!」

ドアを開けると、席には既にアロンドラが乗り込んでいた。

久しぶりの友人の姿に笑みが溢れる。けれど以前會った時に夏休みの充実を語っていたはずのアロンドラは、どこか様子がおかしかった。

何かに思い悩んでいるような固い顔。いつも無表な子だからわかりにくいようだけど、大事な友達の変調を見逃す私ではない。

「レティシア。久しぶり」

挨拶をする聲にも覇気がじられない。私は心配になって、対面に腰掛けながらも注意深く水の瞳を見つめた。

園はどうだった? クサカバは見られたのかね」

「アロンドラ、何かあったの?」

質問には答えずに質問で返すと、アロンドラはしばし瞠目した後、小さなため息をついて苦笑して見せた。

「……魔殿に話を聞いてきた。なかなか興味深い話がたくさんあってね、有意義な時間だったよ」

がたん、と車が軋む音を立てて列車が走り出す。

徐々に速度を上げる景には視線を向ける気にはなれず、いつになく真剣な顔をした友人の次の言を待つ。

「結論から言えば、ヒセラ嬢は魔かもしれない」

あまりのことに、すぐには返事を返すことすらできなかった。

何も言わない私を置いてきぼりにして、アロンドラは淡々と説明を続ける。

「ヒセラ嬢が王太子殿下と出會った時、何となく瞳が黒くなったように見えた。彼の目は元々黒っぽいから、見間違いかと思ったが……もしかすると魔の黒い魔力と何か関係があるのではないかと思い、気になっていた。

実際に魔殿に聞いてみたところ、魔は強力な魔法を発させるときに、目のが黒く染まることがあるそうだ」

ヒセラ様が、魔……?

そういえば、夏休みに會った時に、お祖父様のお知り合いの魔さんに聞きたいことがあるって言ってたっけ。あれはこの事だったの?

アグスティン殿下に出會った時に、ヒセラ様は魔法を使った?

あの局面で使う魔の魔法なんて、一つしかない。

「ま、まさか……!」

「そうだ。王太子殿下は、ヒセラ嬢の洗脳魔法に掛かっている可能がある」

私はぽかんと口を開けた。間抜け面を曬しただろうけど、もはやしも気にならなかった。

え。

……え?

「えええええええ⁉︎」

「しっ、聲が大きい」

アロンドラが口元に人差し指を當て、窘めるように言う。

その仕草が珍しくて可かったので、私はしだけ正気を取り戻した。

「え、ちょっと待って、じゃあ……!」

「一度目の人生でも、王太子殿下は洗脳されていたのかもしれないな」

「ええー⁉︎」

今度は小聲でぶことに功したけど、驚きが冷める気配はない。

そんな、そんなことってあるの⁉︎

「なんていうか、だとしたら簡単すぎない? アグスティン殿下は國でも有數の魔力量で天才のはずでしょう?」

「魔の魔法は一般の魔法とは質が違うから、いくら魔力量が多くても関係ない。ゆえに魔は魔法を使用することを厳しく制限されているし、特に洗脳魔法を許可なく使用した場合は最高で極刑もあり得る」

そうだ、そうだったわ。

の力は脅威になる。だからこそ最高刑を適応することで見えない糸で縛り、世間に漂う恐怖を緩和させたことで、ようやく魔は社會に迎合されるようになったのだ。

「魔殿に話を聞いたところによれば、洗脳魔法にはかけられる側のも必要になるらしい。要は、王太子殿下がヒセラ嬢に最初から好を抱いていない限り、うまくいかないのだそうだ」

「かけられる側の、……」

それについては、多分あったんじゃないかと思う。

一般生徒のハンカチなんて、アグスティン殿下は拾わない。それなのに拾ってあげたのは、すれ違ったヒセラ様のしさに、既に魅了されていたからではないだろうか。

「じゃあ、ヒセラ様はそうまでするほど、アグスティン殿下のことが好きだった、ということ……?」

「さてな。話したこともない人間の心など、私に解ることではないよ」

アロンドラは興味がなさそうに肩をすくめたけど、私はどうにも気になった。

ヒセラ様がそこまでアグスティン殿下を想うのなら、私のことはさぞかし邪魔だったことだろう。

私を極刑に追い込んだのも彼の仕業だったのかもしれない。ひどい話だと思うけど、そこまで腹を括っているのはある意味すごい、のかも。

「レティシア、君、また甘いことを考えているな」

アロンドラが水の目を眇めて咎めるように言った。やだ、なんでバレてるの?

「今回のことは國家転覆に関わる重大案件だ。ヒセラ嬢が何を考えているのかわからない以上、あの二人が婚約すればいいなどと呑気に構えている場合ではなくなった」

「それはそうね。ただ、証拠もなく王族が魔に洗脳されたと騒ぎ立てれば、私たちが不敬罪で逮捕される可能があるし……」

ものすごく大変なことになっているかもしれないのに、きが取りにくいという最悪の狀況だ。

どうすればと頭を抱えたくなったところで、アロンドラがにんまりと笑った。

「我々で洗脳の有無をハッキリさせる。ここはカミロ殿とエリアス殿下にも協力を要請しようではないか」

……あの、ちょっと、お嬢さん?

の魔法が間近で見られるかもしれないからって、隨分と楽しそうですね⁉︎

まあでも、確かに。論より証拠って言うし、まずは私たちだけで調査するのは必要なことなのかもしれない。

「面白くなってきた。王太子殿下なんぞどうなっても構わないのだが、洗脳済みの國王など笑い話にもならないからな」

「もう、アロンドラったら」

アロンドラはいつものように適當に括った薄桃の髪を揺らして笑っていた。

だから彼の悩みが別のところにあるだなんて、この時は気付きもしなかったのだ。

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