《【書籍化】斷頭臺に消えた伝説の悪、二度目の人生ではガリ勉地味眼鏡になって平穏をむ【コミカライズ】》暴発 ①

これはもしかして、やっちゃったじかなあ⁉︎

私は今、中庭の芝生の上に倒れている。

転がった衝撃で眼鏡も取れたみたいで、アロンドラの青ざめた顔がよく見えた。

えっと、アロンドラが襲われていると思って何も考えずに飛び出しちゃったわけだけど、これ、完全にいらないお世話だったわよね?

だってアロンドラ、懐からロープ狀の怪しげな魔道を取り出してるし、完全に囮になってヒセラ様を拘束しようとしていたってことよね⁉︎

「レ、レティシア、大丈夫か⁉︎ レティシアっ……!」

アロンドラはすっかり顔面蒼白になって、私の名前を呼ぶ聲を震わせていた。ああ、心配かけて申し訳ないし居た堪れない。

正直言って腕は痛いけど、それよりも無闇にしていらない怪我をした事実が恥ずかし過ぎるわ。

「平気平気! 多分、見た目より全然大丈夫だから!」

「馬鹿、大丈夫なわけがあるか! 何で飛び出してきたんだ、魔法の暴発が怖いことくらい知っているだろう!」

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大丈夫かと聞かれたから大丈夫だって言っただけなのに、頭から怒鳴りつけられてしまった。

この友人がこんなにわにするところを初めて見たような気がする。

「ご……ごめんなさい……」

思わず謝ると、一番の親友はくしゃりと顔を歪めた。あり得ないことではあるけれど、もうしで泣いてしまうのでは無いかと思った。

アロンドラは恐らく一人で全てを背負い込み、私のことを守ろうとしてくれたのだ。

がアグスティン殿下の婚約者候補になってしまったのは私のせいなのに。

「あの、アロンドラ、ごめ」

「知るか! いいから腕を出せ!」

最後まで言い終わらないうちにまた怒られてしまった。

ものすごい剣幕なのだけど、いつもの冷靜なアロンドラを思い出すと、しだけ可笑しい。

しかしアロンドラが制服のリボンを解いて傷口を縛る間、聞こえてきたのは可らしくも呆れたような聲だった。

「あーあ、痛そう。一度目の時もお馬鹿さんだったけど、二度目でも変わらないんだ?」

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その言葉に込められた意味に心臓が止まりそうになった。ゆっくりと顔を上げると、ヒセラ様はいつものある笑顔を捨て去って、全てを見下すように微笑んでいた。

が今述べたことは、一度目の人生の記憶を持っていると白狀したことに他ならない。

「ねえ、黒薔薇さん。あなた、一度目の人生の記憶を持っているんでしょ? 時が遡った原因とか、他にも報があるなら教えてしいなあ」

「……何を、言って」

「アグスティン様の婚約者じゃない貴に用はなかったんだけど、こうなったらしょうがないわ。ここでの記憶を消す前に、聞いておいた方がいいかなって」

記憶を消す? 魔の魔法はそんなことまで可能なの?

アロンドラに目配せをすると苦々しげな頷きが返ってきた。どうやらヒセラ様の言うことは本當らしい。

「ねえ、教えてよ。素直に教えてくれるなら、私だって酷いことしないからさ」

ヒセラ様の瞳が黒く染まる。アロンドラは張り詰めた空気の中でも魔道を使おうとき出していたけど、私はもなく細い指先が眼前に迫るのを見つめていることしかできなかった。

だから私たちに向かって走る足音が近づいてきたことにも、まったく気が付かなかったのだ。

最初は赤い影にしか見えなかった。それは目にも止まらぬ速さでヒセラ様の背後に現れると、輝く銀を一閃した。

しかしヒセラ様は背後に防魔法を発させていたので、初手の剣戟は高らかな破裂音を奏でるだけに終わる。一撃で防魔法を破壊してしまったのだから、私とアロンドラはこぼれ落ちそうなほどに目を見開いた。

ヒセラ様は私たちへ魔法を使うことも忘れて背後を振り返り——突然の者の姿を認めて驚愕したみたいだった。

「あ、あんたは……! カミロ・セルバンテス!」

驚きすぎて唖然としている私をよそに、カミロはしも表かさなかった。

未だにマルディーク部の裝を著たまま、手には試合用の剣を攜えているところを見ると、先程の攻撃はこの剣によるものだったのだろう。

それにしてもどうしてカミロがここに。今頃はマルディーク部の仲間達と、打ち上げでもしているはずなのに。

「おい、お前。……レティに一何をしているんだ?」

「ひ……!」

地を這うような聲で問いかけられたヒセラ様は、真っ青になって肩を震わせた。

カミロの纏う雰囲気は、その場に居るもの全てを地面に押しつけるかのような圧に満ちていた。

先程の試合で生き生きとした笑みを浮かべていたのがまるで噓のようだ。溫度のじられない無表の中、目の前の敵を睨みつける瞳だけが暗いを帯びている。

「カミロ……?」

思わず名前を呼んだけれど、カミロが放つ寒々とした殺気に當てられて、私の聲もまた震えていた。アロンドラもすっかり青ざめて言葉を失っているようだ。

カミロがようやく私の方を見る。目を合わせたことで安堵したのか、しだけ緩みかけた表が、青いリボンから滲み出るを見つけた瞬間に一変した。

恐らくは最低限の狀況を把握したのだろう。

両肩から噴出する殺気が膨れ上がり、若草の瞳が底知れない怒りを宿してヒセラ様を見據えた。

まずい狀況だとじ取っていたのに、私は何一つとして止める言葉を口ににすることができなかった。

だってカミロのこんな表は見たことがない。

いつも優しい彼の激は、直接向けられたわけでもないのに痛いほどだったから。

「消えろ」

燃える瞳と反比例するように、冷え切った聲。

カミロが剣を持った腕を振り上げる。試合用の刃のない剣とは言え、無防備なの子が相手ではひとたまりもないはずなのに。

ヒセラ様はすっかり震え上がってかないままで、不思議と全てのきがゆっくりとして見えた。

(駄目……!)

狀況についていくことはできなくとも、私は心の中でんでいた。

駄目、止めないと。私の足、いてよ。いて……!

「馬鹿、カミロっ!」

それは剎那の出來事だった。決死の覚悟を帯びた聲が響くのと同時、カミロに何者かが當たりをしたのは。

輝くプラチナブロンドがエリアス様のものだと気付いた頃には、友人同士の二人は地面に転がっていた。

それでも全で倒れ伏すようなことはなく、座り込んだ姿勢のまま、エリアス様がカミロの肩を鷲摑みにする。

「この馬鹿、正気に戻れ! そんなことしたらこの子は死ぬぞ!」

必死の形相のエリアス様がカミロを怒鳴りつける傍ら、ヒセラ様がぺたりと地面に座り込む。張の糸が切れたのか、細い背中にはもうしの覇気も宿っていない。

そういえばエリアス様は腕っ節が強いって、いつかカミロが言っていたっけ。竜騎士を止められるって相當凄いのでは。

「とにかく落ち著け! くだらない罪を背負うな! レティシア嬢と生きるんだろ……⁉︎」

その言葉は、どうやらカミロにとって最も重い一打になったらしい。

瞳孔が徐々に小さくなってゆく。最後にゆっくりと息を吐き出したカミロは、脂汗の滲んだ顔でエリアス様と目を合わせた。

「エリアス……悪い、助かった」

「いいよ。壽命は十年くらいまったと思うけどね」

エリアス様が苦笑しつつ軽口を叩くので、カミロもようやく張を解いたようだった。

気が付いてみると、私達はいつしか全員が芝生の上に座り込んでいた。何だか珍妙な狀況だけど、とりあえずは一件落著ってことで良いのかしら。

「レティ、大丈夫か⁉︎」

カミロが立ち上がり、私の側まで駆け寄ってきてもう一度しゃがみ込んだ。心配そうに覗き込んでくる顔はすっかり青ざめていて、多分私よりもよっぽど怪我人みたいだった。

カミロの肩の向こうでは、エリアス様がアロンドラの側に膝をついている。アロンドラは何だか気まずそうにしているけど、この反応はいつものこと、よね。

「カミロ、何でここに?」

「マルディーク部の打ち上げは斷ったんだ。ボラ部のみんなには會えたんだけど、レティとは競技場で別れたって言うから、探してた」

そっか、そうだったのね。心配かけちゃったな。

しかも著替えもしないで、打ち上げにも參加せずに來てくれたのだ。私は私で必死にアロンドラを探していたわけだけど、カミロも同じようにしてくれたと思ったら、何だかが苦しくなった。

カミロが私の腕を取って、治癒魔法をかけ始める。

すごい。カミロったら、こんなことまでできちゃうのね。

私はようやく安堵のため息をついた。しかし落ち著きを取り戻し始めた頭の中で、たった今起きたことが再生される。

私は大きく脈打ったを押さえて、ふとアロンドラと目を合わせた。彼もまた同じ違和を得ているようで、水の瞳を揺らしていた。

カミロが取った行は、無抵抗のの子を斬りつけるというもの。

刃の無い剣とはいえ、エリアス様が間に合わなかったらどうなっていたのだろうか。

寸止めするつもりだったとか、そういうことなの? ヒセラ様がこれ以上悪いことをしないように威嚇するつもりで……?

「よし、こんなところか。保健室でも診てもらおう」

「え、ええ、ありがとう。……ねえ、カミロ」

何を聞きたいのかも分からなかったけれど、有耶無耶にしてはいけない気がした。

私は考えも纏まらないまま口を開く。しかしその瞬間に聞こえてきたのは、甲高い笑い聲だった。

「ふふ、うふふふっ! あはははは……!」

ヒセラ様は芝生の上に座り込んだまま、この世で一番面白いものを見つけたみたいに笑っていた。

全員の困の視線が魔へと集中する。

の悪行は表沙汰となってもう抗いようがない狀況の筈だ。それなのに楽しそうに笑い転げる様は、稽というよりも不気味に映った。

「ふふ、あはは! あんたって、本當に変わっていないのね!」

ヒセラ様は両目に滲んだ涙を拭きつつ、諦念と怨嗟のり混じった目でカミロを見據えた。いつもしいディープグリーンは暗く澱んでいる。

「忠犬……いいえ、まるで狂犬だわ! そのを傷つけられたら、頭飛んじゃうんだ?」

歌うようにヒセラ様が言う。その容は主語が抜けていて、なかなか理解が追いつかない。

「ねえそうでしょ、カミロ・セルバンテス。一度目の人生で、復讐のために私とアグスティン様を殺した後……やっぱりあんたも死んだの?」

その時、カミロは小さく息を呑んだようだった。

エリアス様とアロンドラも無言で目を見開いている。言葉を失った一同の中で、ただヒセラ様だけが妖しく微笑んでいた。

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