《【書籍化】わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く【8/26から電撃マオウでコミカライズスタート!】》長い一日の終わり

ディルの持ち金、というか全財産は殘り銀貨三枚である。

これからのことも考えると、生活費はなるべく抑えておきたいところではある。

自然ディルがを見る目は真剣なものになっていく。

「うーん、こっちは銀貨が一枚。あっちは銀貨二枚で……あれは五枚か、借金を背負わなくちゃ泊まれんの」

やはり宿は、どこもそこそこの値段がする。

しっかりとしたベッドで寢ようとすると、どうしても値段は張るようだった。

一応大部屋の中で寢るという選択肢もあることにはある。

大部屋で、知らない人間のいびきを我慢できるのならば、銅貨數枚という値段設定は魅力的だ。

だがディルとしては、この年になって大部屋で雑魚寢というのはあまりしたくはなかった。

プライドが高いだとか、良い年齢して気取ってるとかでなく、純粋に床で寢るのがきついのだ。

固い床の上で寢ると、數時間もすると痛みから目が覚めてしまうのである。

今は時々針を刺したような痛みがあるだけで、く分にそれほど支障はない。

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だがもしこれ以上腰痛が悪化してしまえば、いかに見切りのスキルがあろうと、戦えなくなってしまう可能は十分に考えられる。

獣臭い臭いを我慢して馬車の廄舎で藁の中で眠るか、発してある程度のグレードの宿屋に泊まるか。

ディルに取れるのは実質その二択だけであった。

どちらを選ぶべきかという単純な問題が、どうしようもなく爺を悩ませる。

既に帰りの代金の銀貨五枚が払えない以上、彼はここでなんとしてでも生きていかねばならないのである。もう泣き言を言っていられるような狀態ではないのだ。

(まぁ、どうせある程度時間が経つまでは帰らぬつもりだったしの。踏ん切りがついて助かるわい)

どこまでも楽観的なディルは、よしと思考を切り替えて一泊銀貨一枚の宿にってしまうことにした。

思い立ったらすぐ行と、先ほどまで悩んでいたのが噓であったかのように、ディルは機敏にく。

見切りの度重なる使用により、既に彼のの運び方や重心の移の仕方は、常人のそれとかけ離れ始めていた。

足をかさずに進んでいるように錯覚してしまうほどヌルヌルとしたきで、銀の小鹿亭と書かれた看板を立て掛けてある木の橫を通り過ぎる。

一泊銀貨一枚と親切に宿泊料金をってくれているドアを開くと、け付けとおぼしき場所にいる一人のの子の姿が目に映った。

「いらっしゃい、お客さんですか?」

「そうじゃ、一泊させてくれ」

とりあえず銀貨一枚を渡すと、カウンターから顔と手だけを出していると目が合った。

ビロードのカーテンのようにらかな銀の頭髪に、金紅石の一対の瞳。

年齢は十歳より若いと思われ、背丈はかなり小さい。

人となる十五才の前に働くことは、決して珍しくはない。

だが親元で働くその姿に、ディルは孫のマリルの姿を重ねてしまった。

今、マリルは元気にしとるじゃろうか。

郷の念をじ遠い目をする爺を見て、が怪訝そうな顔をした。

「私の顔、何か付いてますか?」

「……いや、ふるさとにいる孫のことをし思い出してしまっての。うちのマリルは、お嬢ちゃんよりかもうし若いがの」

「そうですか、じゃあこれ部屋の鍵です。このまままっすぐ行ったところの突き當たりがお客さんの部屋なので」

渡された鉄製の鍵を見て、鉄を贅沢に使っているのぉとディルは驚いた。

普通の宿屋が使えるほどには、鉄が安価だということなのだろう。

(宿と食事をなんとかしたら、裝備を整えるつもりじゃったが……この分ならそこまで苦労せずとも、鉄の剣を買えそうじゃな)

ディルは真面目そうなお嬢ちゃんに禮を言って、木片とリングで繋げられている鍵をけ取った。

このまま大過なく大きくなったなら、きっとここらでも評判の宿屋の看板娘になるだろう。そんな風に思えるくらいに、の顔は整っていた。

まぁ、うちの孫娘には負けるがの。

ディルは心の中で、意味もなく目の前のマリルを張り合いに出した。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「アリスです。あと言い忘れてましたが、うちは夜ご飯だけは出るので食べたくなったら言ってください。運んでいきますから」

「あいわかった。それじゃあの、アリスちゃん」

ヒラヒラと手を振って別れ、言われた通りの部屋にる。

縦にも橫にも數歩分ほどの大きさの小部屋の右側に、ちんまりとしたベッドが鎮座している。

ようやっと安住の場所が得られたと思い力すると、抗い難いほどの眠気が一気に押し寄せてきた。

若干空腹もじてはいたが、眠気が強すぎるあまりに今さら食事を摂りに宿を出ようという気にもならないでいる。

「馬車に揺られ揺られ……それから冒険者相手に戦って、ミースの相手をして、宿を探して……今日はちと、頑張り過ぎたかの」

食事が出るという話だったが、今はもうとりあえず寢てしまいたい。

明日はようやく、冒険者としての一歩を踏み出すのだ。

齢六十を超えてからのこれからの人生、不安も期待も多いが……とりあえず全てを忘れて眠ろう。

ディルは服もがず、著の著のままの狀態でベッドにを倒した。

そしてすぐに寢息を立て、スヤスヤと眠ったのだった。

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