《【書籍化】わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く【8/26から電撃マオウでコミカライズスタート!】》渾
朝起きて、ゆっくりと背筋をばしながら深呼吸する。冷たい息をに取り込み、それを溫かく変えて排出する。
生の溫かさをじながら意識を覚醒させれば、次にぐぅと鳴るお腹が生の実を與えてくれる。
そういえば、ここは晩ごはん出るんじゃったの。節約せなばとか言っているわりに二食分食べそびれている自分の迂闊さをじながら、準備を整える。
背嚢を背負い木剣を提げるだけなので、準備などあってないようなものである。だが武と呼べるものをしっかりと持つと、それだけでしゃっきりと気分が引き締まったような気になる。
(気持ちの問題なんじゃろうけどの)
爺が思いに耽りながら歩いていると、すぐに付が見えてくる。
腰をさすっていた手を小さくあげ、昨日注意されたことを思い出しながら挨拶。
「おはよう、アリスちゃん」
「おはようございます。昨日は隨分とお楽しみだったみたいで」
未來の看板娘、アリスの機嫌はあまり良好には見えなかった。やはり昨日、客でもない人間を連れてきたのが悪かったのかもしれない。
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「すまんの、なるべく聲は抑えたつもりだったんじゃが」
「れてましたよ。うちの壁はそんなに防音能高くないですからバリバリ聞こえてました」
「あー、すまんの」
「ま、いいですけどね」
アリスは許しているのかいないのかよくわからないいつも通りの聲音でそう呟いた。
無で無表……というわけでもないのだが、どうにも摑みにくい子である。
いつもけ付けに立っているところを見る限りでは、普通のの子らしい一面と言うのはあまり見えてはいない。
そういえば、彼の両親は一何をしているんだろう。
母親はけ付け橫に並んでいるテーブルに料理を運んでいるのを見たことがあるが、彼の父親に関しては一度も見かけたことがない。
「お父ちゃんは、ご健在かな?」
「ええ、ピンピンしてますよ。……さっさと死ねばいいのに、あんなクソ親父」
「……」
ディルは生まれて初めて、アリスの心からの強いをじた。
彼が見てとったのは憎悪、それも実の両親に向けるものとは思えないほどに嫌悪と侮蔑に満ちたものであった。
どうやらどこにでもあるそこそこのグレードの宿屋と思いったこの場所にも、普通ではない事というものはあるらしい。
まだ年若いの子に、ディルはそれほど負のを溜め込んでしくはないと考えていた。
若い頃に々と経験しておくのは大事なことではあるが、やはりの子に辛い思いをさせるのは忍びない。そんなことを思えるだけの男としての自分が殘っていることに、ディルはし驚いた。
戦いで本能が揺りかされたのか、あるいは孫にどこか似ている彼のことを放っておけなくなったのか。
それはわからなかったが、なんにせよ思うところがあるのは事実。両親を憎むのはよくないこと、そう言って叱るのは簡単だ。だがの繋がりなどというものは、食べるものに困れば売りをせざるをえないようなこの世界では、最低限の絆すら保証できるようなものではない。事実ディルも未だにおぼろげに覚えていられるくらいには、自分の両親の苦い記憶が脳裏に焼き付いている。
爺はし悩んでから、髭をもしゃもしゃした。
もしゃもしゃっとした髭をビローンとばすと、に富んだアゴヒゲが綿布のように広がっていく。
「ジジイ、八分咲き」
寒風が吹き荒んだ、そして絶対零度の視線が爺のを冷ややかに貫いた。
はぁ、と小さい吐息が耳朶を打つ。
「つまらないですよ、持ちネタですかそれ?」
「いや、今考えた」
「アドリブ補正で、五十點あげます」
「そうかい、それなら上等かの」
人付き合いをせざるを得ないけ付けという仕事ならば、必然人と話す機會は増えるだろう。多分その中には愚癡を話せるような人間も、興味を引くような異もいることだろう。
(わしと話すことでしでも、気が紛れるようになればと思ってやってみたんじゃが……やっぱりダメじゃの。ジェネレーションギャップのが深すぎる)
いつもより多めに腰を曲げたディルがよぼよぼと宿を出ようとすると、その背中をコンコンと指でノックされる。
振り向いてみるとそこには黒く堅そうな二枚のパンと、そこに挾まれた何かのらしい茶いが見えた。
「二日食べてなかったので、これあげます。今後の點數の上昇に関する期待も込めて」
「ほっほっほっ、遠慮なくもらうとしようかの」
爺は葉にくるまれたそれをけとり、そして宿を出た。
歩きながら早速食べようかのと包みを開いていると、アリスに店のり口に食べかすを殘すなと怒られた。そしてジジイはしゅんとした。
最後までしっかりと締まらないのが、良くも悪くもディルという人間の本質なのである。
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