《【書籍化】わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く【8/26から電撃マオウでコミカライズスタート!】》ジジイ、駆け出し卒業

ギアンの冒険者ギルドは、いつも活気に満ちている。

鉄鉱山で働く鉱山労働者の気質か、一年を通して気溫が高いという土地柄ゆえか、その活力はジガ國にある支部の中でもトップクラスに高い。

筋骨隆々な男達が肩を打ち鳴らして闊歩する中、とあるけ付けの前に場にそぐわないように見える一人の老人がいた。

曲がった腰、手れが行き屆いておりさらさらとしている髭、黒さの全く殘っていない白い頭髪。そんなどこからどう見ても老人でしかない男の腰には、しかし一老人が持つには騒に過ぎるように思える黒い剣が差してある。

武骨な造りにあらゆるを飲み込んでしまいそうな漆黒の刀をしたその禍々しい刀剣は、申し訳程度に巻かれている布の隙間からその狂暴さを覗かせていた。騒な刃を腰に攜えるジジイの顔は、どこか朗らかである。ほっほっほと年寄り特有の笑い聲を上げながら、その老人……ディルは背中に背負っていた背嚢を下ろし、そこから幾つもの白の球を取り出した。

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所々に傷のついているその玉はスライムの核、最弱の魔とされているスライムを討伐したことを示す討伐証明部位である。

一つ、二つ、三つ……數えると合計で三十個の核がカウンターの上に乗せられているのがわかる。

老人が取り出したギルドカードのは灰、その暗い合いは彼が最低ランクであるEランク冒険者であることを示していた。

本來駆け足の証明であるそのカードとそれに見合わぬ討伐果を見せられても、ギルドの付嬢であるミースの顔は変わらない。そして同様に、周囲にいる冒険者達もまた、そのおじいちゃんの狩りの果を見ても驚いた様子はなかった。

慣れた様子でしゅたっと一度手早く付を後にしてから、すぐに音の鳴る巾著袋を持ち出してくる。

「はい、ではスライムの核が三十個でしめて銅貨六十枚ですね。使いやすいように銀貨四枚と銅貨二十枚に分けておきました」

「助かるの、いつも助かっとるよ」

「いえ、まぁ……仕事ですから」

そういってブスッとしているミースが心では喜んでいるということを、今のディルはしっかりと理解していた。

銀貨を使うとあまり良い顔をされないような場所で食材を買ったりする彼にとって、このような細やかな心配りは非常にありがたかった。

宿代を上げられたと言った時に信じられないくらい叱られたのが噓のようじゃ。つい數日前に怒られた記憶を思い出し背筋に寒気をじながら、ディルは袋をけ取りスペースに余裕のある背嚢へそれをれる。

「おいじいさん、またスライムばっかり狩ってたのか?」

「ん? ……おお、ゴーンか。わしにはこれが一番に合っとるのよ。下手に目を出さないのが、長生きの訣じゃよ」

「そんな腕が有りながら、もったいねぇなぁホントに」

後ろの方からやって來た同業者のゴーンとやり取りをするその様子は、完全に冒険者のそれである。こういった荒くれ者達と話をするのにも、隨分慣れたディル。

彼が新人冒険者として登録してから、今日で実に二十日ほどが経過していた。一年三百六十五日を六十回以上繰り返してきた彼にとっては、矢よりも魔法よりも速く過ぎ去ったと言っていい。

最初の一度を除いては特に何か特筆すべきような事態が起こったわけでもなく、時間はなだらかに過ぎていった。

Eランクでも討伐が可能であるオークを遠征して狩ってみたり、試しに薬草採取をしてみたりもしていたが、結局のところ彼の稼ぎのメインはスライム狩りに落ち著いていた。

オーク討伐のために遠出をするのが、老骨には堪える。オークがよく出る隣町に腰を據えるつもりならばそれもありではあるのだが、彼はとりあえずは知り合いも増え生活基盤も整ってきたギアンの街を離れるつもりはなかった。

それゆえのスライム退治、それゆえの日々開催されるスライム祭りなのである。ディルはスライムを定価で買い取ってくれているらしいお貴族様には頭が上がらないと思いながらも、日々貯蓄に勤しんでいた。

一日ないときでも二十匹、多いときは五十匹ものスライムを狩るディルは、既にある程度の金銭的な余裕が生まれ始めている。

クーリ達に節約の方法を教わったのは今も生きているし、ディギンには比較的安値で黃泉還し(トータルリコール)の研ぎを行ってもらっている。使うのは食事と宿代、たまのアリスに渡すお土産くらいなものなので金銭の費消はそれほど多くない。

一日の稼ぎの平均が銀貨六枚で使うのは大銀貨二枚なので、差し引き銀貨四枚ずつを貯蓄に回すことができていることになる。

冒険者ギルドに金を持っておいてもらえる預けれ制度を用いるために、保管料で若干目減りこそしているものの、ディルには金貨七枚ほどの蓄えが生まれていた。

お金を貯めている理由は単純で、防一式を揃えるためである。スライム討伐ならば必要はないのだが、もしもの時の備えはしておいた方がいい。

何が起こるかわからないこの世の中である。魔の群れが生活圏を追われてやって來るようなこともあれば、盜賊に襲われるといったこともないとは言えない。流石に今のままのボロの服だと、々と問題があるだろう。

金貨十枚もあれば、素材の産出地に出向いていけばある程度の魔素材の防が買えるのだという。ギアンの鉄製防を付けられるだけの筋力のないジジイは、お金を貯めてから腰をやる覚悟でどこかへ出向き、防を揃えるつもりだった。

そう遠くないうちに、金は貯まりそうじゃの。

これで自分の裝備が整えば、本格的に仕送りが見えてくるぞいとホクホク顔のディル。

彼を見てその真面目な顔をし緩めたミースが彼のギルドカードに何かを記し、顎に手をやった。

「……そろそろ、Dランク昇格試験をけることになりそうですね」

「……はぇ?」

お金が貯まることに快を覚えていたディルは、気付いていなかった。

初心者向けとはいえ戦えば死の危険もあるようなスライムを毎日毎日何十匹も狩ってくるのが、一何を意味するのかということを。

後先をわりと考えずに日々を生きていた齢六十超えのおじいちゃんは、金に眩みスライムを狩りすぎたせいで新人冒険者のままではいられなくなってしまった。

「それじゃあ、今のうちに試験の日取りを決めておきしょうか」

「な、なんでちょっと嬉しそうなんじゃ…………わし、こわい」

のための金を貯めるよりも早く、防が必要になりそうな事態が起こりそうな展開に戦々恐々とするディル。

普段の戦いの際の勇ましさなど欠片もなく、おじいちゃんはまだ見ぬ危険の気配にそのを震わせた。

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