正直なところズーニーは、話をしている最中もディルのことがずっと気になっていた。

なんで昇格試験の実力検査におじいちゃんがいるのだ、と心では何度も突っ込んでいたのである。

冒険者とはが資本、そんなのはスラムの孤児でも知っている當たり前の事実だ。

これから羽ばたいていくであろう、冒険者の卵とでも呼ぶべき彼らを育て監督し、導いてやるのが先輩冒険者の努めだ。彼がBランク冒険者という食うに困らないほどの賃金が稼げる地位にあっても未だほとんど無給に近い試験などという仕事をしているのには、そういった自負と覚悟というものがあった。

確かに年を取ってから冒険者になるというものもいる。例えば國を追われた傭兵だとか、雇い主を失った騎士だとか、食いっぱぐれる羽目になった戦闘技能持ちの人間達にも冒険者ギルドは広く門戸を開いているのだから。

だがやはり戦闘……つまり生きを殺すことを生業にしている人間には、なんというか一種の険のようなものがあるものだ。近寄りがたい雰囲気があったり、らば斬らんという鋭い視線を向けるような癖があったり、大抵の人間には何かがあるのである。

だが彼の目の前でのほほんと髭をもしゃもしゃしているおじいちゃんには、それがなかった。田舎から出てきた観目當ての老人と言われても信じてしまうほどに、その雰囲気は穏やかそのものである。頭に鳥が止まってもき一つしなそうなその滲み出る人柄は、およそ冒険者になるような人間には見えない。

本當に戦えるのか、このじいさんは。そんな半信半疑の眼差しを向けながら、彼は自分から名乗りを上げたディルのことを観察する。

どこからどう見ても、正真正銘の老人である。

適當に相手をするふりでもして、さっさとお帰り願おう。そんな風に軽い気持ちで考えていたズーニーは、ディルのぬらりと隙のないきを見てその認識を改めることになった。

このじいさん、あんなひょろひょろしたナリして案外良いきをしやがる。

まともに審査をしようと思い直し、しっかりと円形の中にるズーニー。

「よし、それじゃあ始め」

簡単に掛け聲をあげると、相手のジジイがすぐに走り込んでくる。

その足捌きは尋常なものではない、スムーズすぎて川魚の泳法のようになっているきは、見ていてシンプルに気味が悪かった。

だがズーニーとてさるもの、Bランクという資格は変態的なきをするおじいちゃんに揺していて得られるようなものではない。

東の國、ヤポンまで赴いて購した刀をスラリと抜き放ち、ディルの攻撃に備える。

橫に構え半にし、いつでも初太刀を浴びせられる狀態をキープし、まずは相手の出方を伺う。

（……なんだ、あの禍々しい剣は）

ディルの曲がった背に気を取られ過ぎてまともに得を見ていなかった彼はその黒い刀剣を見て愕然とする。

剣など斬れさえすればそれでよい、そう自己主張でもしているかのような漆黒の、剣呑な雰囲気を醸し出している両刃刀。

あれは間違いなく業、それも曰く付きの所謂呪いの武という奴だ。

かつてあれと似たようなオーラを発する槌を握り、そのまま児退行してしまった同業者の顔がズーニーの脳裏に甦る。

ディルの刺し貫くような一撃を、彼は刀の腹でける。

ギィンと質な音、そのままザリザリと刃を前に押し出すその積極的な戦闘スタイルは、凡そ老人のものとは思えない。

一旦距離を取り、訳のわからない圧迫から抜け出すズーニー。

大枚叩いて買った彼の業と切り結んでも、あの黒剣は傷一つついてはいない。向こうの武もまた、相當な代だ。

それに更に驚いたことに、あの呪いの武を使ってもジジイは何一つ変わっていない。

に酔うでもなく、暴力に心を痛めるでもなく、ただあるがままにその剣を振るう。

息を吸って吐くように人を殺す、真の殺人鬼。そんな言葉が彼の脳裏をよぎる。

右からし振りかぶっての斬撃、衝撃を刀でしけ流してから手甲で勢いを殺す。そのまま弾き態勢を崩したところに振り下ろし気味の一撃、ディルは攻撃が來るのをわかっていたかのように首をひょいとかし、薄皮一枚だけを切らせてその攻撃を避ける。

ディルの攻撃の全てを、ズーニーはしっかりと避けていた。彼の持てる能力の、全てを使って。

今の自分の戦闘が、本來の試験としての役目から逸していることを理解してはいた。だがわかっていても尚、目の前の老人を相手にして手を抜くなどということをすることが彼にはできそうになかった。

そんなことをしては、あの黒刃に首を刈り取られる。そんなありもしない景を幻視してしまうほどに、はにかみながら呪いの武で斬りつけてくるジジイはホラーだった。

自分が攻撃を加え、相手に疲労を蓄積させているのは間違いない。だがどうしてか自分の方が追い込まれているような気がしてしまう。

橫凪ぎにタイミングを合わせて縦振りを、袈裟斬りには逆袈裟を合わせてくる。まるで自分の攻撃の全てを見かすかのようなその戦いぶりには、恐ろしさと嘆をじざるをえなかった。

もし仮に目の前の老人があと二十、いや十年若ければ、教わるのは私の方だっただろう。

そんな慨を抱きながらディルのを柄で叩き、試合の終了を告げる。

「合格だ。すまん、正直なところじいさんのことを侮っていた」

「えほっ…………何、下に見られている方が楽なもんじゃし構わんよ」

戦闘の際は見違えるようなきをしていたにもかかわらず、戦闘を止め咳をして噎せる彼の様子は普通の老人そのものだ。

このじいさんは普通じゃない、だが……普通だ。

そんな自分でもよくわからない想を抱きながら、ズーニーはディルの肩を荒々しく叩いた。