《【書籍化】その亀、地上最強【コミカライズ】》黃泉
昏き森――――あらゆる生の侵を拒み、人間が擁する軍隊すら退けてしまうその天然の要害は、今やその役目を全く果たしておらず、機能不全を起こしていた。
森の中の生態系を維持する上で必要不可欠である、食連鎖のピラミッドの下にいる比較的弱い魔達……その數が減ってしまっているのだ。
上の方にいる強力な魔達の數が増えたのが、その理由である。
本來なら互いに食い合い、數の帳が自然と合っていくはずの強力な魔達の個數が減していないのには、もちろん理由がある。
「いやぁ、相変わらず凄いですなぁ。この黒笛というやつは」
頭に三角巾を被った、でっぷりとしたをした男が機嫌よさげに何かを見上げている。
彼の目線の先、そのえ太ったオークのような腕の先につく、ソーセージのような指先には、一つの笛がある。
彼が黒笛と呼ぶこの魔道は、魔を使役し、意のままにることのできるという破格の能を持つ魔道だ。
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彼――スウォームは元は二等神のでありながら、この黒笛の力を使うことで今は樞機卿と呼ばれる、教會で聖と聖戦士を除いた全ての者の上に立つことができていた。
暗殺だろうが毒殺だろうが、魔を使えば思いのままだ。
魔の襲撃があったという証拠は殘っても、彼が魔をけしかけたなどという証拠はどこにも存在しない。
なぜなら黒笛を生み出したのは、彼が所屬するセリエ宗導國でなければ――まして人間の國ですらないからである。
「黒笛――笛吹き魔神(ハーメルン)を早く使った方がいい。完全に準備を整えられてしまえば、相手にそこまでのダメージを與えられないかもしれないからな」
彼の向かいに、一人の男が立っている。
立っている、という言い方は正確ではない。
なぜなら彼のは下半へ向かうにつれて徐々に明になり、足下にはただ地面が存在しているだけだからだ。
その頭には赤く、磨き上げた鉱石のように輝いている二本の角が生えている。
顔の造形自は人間に近いが、むしろそれが角との異常さをより際立たせるという結果を生んでいた。
幽鬼と呼ばれる実を伴わない霊を持つ者達の中でも、最上位に位置している魔である『黃泉』のキッシンジャー。
彼は十人しかいない魔王軍の幹部の一人である。
幹部は『魔王の十指』と呼ばれており、その実力は左第一指から右第五指の順に強くなっていく。
キッシンジャーに與えられたのは、左の第四指。
上から數えると、魔王を除いて七番目に強い重鎮だ。
彼は幽鬼の中でも特に珍しく、唯一魔(ユニークモンスター)という他に例を見ない魔であった。
霊にもかかわらず、神だけではなくにも干渉することができる。
相手の理攻撃を食らわずに、こちらから一方的に攻撃を加えることができるその力は、彼を十指の地位にまで押し上げた。
右手にることができていないのは、魔法による飽和攻撃に弱いという弱點があるからだ。
だが魔法に弱いと言っても、自分と同等かそれより上の者のものでなければ、基本的にダメージは通らない。
魔法に関しては魔王軍と比べてはるかに劣る人間達の住む大陸において、彼はほぼ無敵に近かった。
彼は魔王からとある命をけたため、國を行い、傀儡としてスウォームの面倒をここまで見てきた。
地位もなく我だけがあった彼をり、そそのかし、仄めかし、煽してようやく樞機卿の地位にまで上り詰めさせたのだ。
今現在、セリエ宗導國ではスウォームによる國の改革が進んでいる。
聖は既にすげ替えられ、彼にとって都合のいい新たな聖が誕生しており。
忠実な聖戦士達のうち、恭順を示さなかった者達は不慮の事故に遭ってもらっていた。
スウォームは元々、それほど能のある人間ではない。
彼がそれだけのことを、やってのけたのは、協力者であり共犯者であるキッシンジャーのおかげだった。
キッシンジャーのアドバイスに乗り、彼を相談役として側に置くことで、スウォームは今や宗導國のほぼ全てを掌握することに功している。
側が制覇できたのなら、自然思考は外へと向いていく。
スウォームは川が高きから低きに流れるようにごくごく自然に、新たな標的として隣國を見據えた。
無論それすら、キッシンジャーの仄めかしによるものである。
彼はいつものようにキッシンジャーに教えを乞い、まずは黒笛の力を使って魔をけしかけ、力を削り取られた王國へ侵し躙せよという答えを得た。
彼は言われるがまま、侵攻のための準備を整えている。
自分の鶴の一聲があれば、魔に躙された王國へ攻め込むことは容易である。
「ふ、ふふふ……これで我が國の繁栄は約束されたようなもの」
「ああ、お前の國はかつてないほどに繁栄し、お前は限りない名譽と富を得るだろう」
「これからもよろしくお願いしますぞ、キッシンジャー様」
スウォームは気付かない。
キッシンジャーの目が怪しくっていることにも。
自分が彼に言われるがまま、他國へ侵略をしようとしていることにも。
一國の王に近い地位にある自分が、キッシンジャーへはへりくだった態度を取っていても、スウォームはなんら不思議には思わない。
笑い聲をあげるスウォームの橫で、幽鬼はつまらなそうにため息を吐いていた。
彼は髪をかき上げ、それを角に巻き付けながら、
「こんなことになんの意味があるのか……あの方の考えはいつもわからない」
実はキッシンジャーは、今代の魔王から一つの命をけていた。
その容とは――『魔王の対となる存在である、勇者を発見すること』である。
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