《【書籍化】絶滅したはずの希種エルフが奴隷として売られていたので、娘にすることにした。【コミカライズ】》第2話 ヴァイス、初めての育児

「────ぱぱー、いっしょにねるー!」

書斎で書類整理をしていると、俺の枕を両手で抱き締めながらリリィが勢いよくドアを開けてってきた。時計を確認すると午後8時、まだ全く眠くは無いんだが…………リリィにせがまれたら斷れるわけもない。

「寢る前にお風呂は?」

「あ、そだった! いっしょはいる!」

リリィは枕を投げ捨てると、ドタバタと書斎から出て行った。

おい、枕を寢室に戻してくれよ。

「…………ったく」

俺は書類から顔をあげ、枕を拾いあげるとリリィの後を追って書斎を後にした。

────リリィを買ってから一年が経過した。

正直、リリィを買った理由は「ハイエルフだったから」というだけだった。リリィを使って金儲けをしようとか、ハイエルフの力を使って何かデカい事をしてやろうとか、そういう考えは一切なかった。そんなものは俺1人でなんとでもなる。

ついでに言えば、奴隷が可哀そうだったからとかいう下らない理由からでもない。現に俺はあの場に居た殘りの4人を置き去りにしている。彼たちは今頃どこで何をしているんだろうか。死んでいたとしても俺の心は痛まない。

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俺は善人じゃないんだ。悪人の街ゼニスで暮らしていることがその何よりの証明だろう。

まあ、つまるところ、リリィを買ったのは完全に思い付きの行だったんだ。伝説の存在であるハイエルフが目の前にいたから、手にれただけのこと。

────そんな訳で、その後の事は何も考えていなかった。

そんな俺の苦労を、昔話を、ちょっと聞いてくれるかい。

初日から俺は頭を悩ませた。

流石に奴隷としての回りの世話をさせる訳にもいかない。そんなのは可哀そうだろう。別に赤の他人がどうなっても構わないが、の回りでそういうのが起こるのは嫌だった。それが俺の善悪の基準。世界の全てを幸せにすることなど、一人の人間には出來やしないんだ。

だから、とりあえずリリィを自分の娘にすることに決めた。

決めた…………が、そこで気が付いた。リリィには名前がないのだ。いや、今はリリィという名前があるんだが、當時は無かった。適當な名前を付けようと思ったが…………そう言われると思いつかない。

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アイゼン、ジョセフィーヌ、モンブラン…………あらゆる名前を口に出しては、違うなと首を捻る。

…………そんな時、俺に電撃が走った。完璧な案が頭に浮かんだんだ。

────この子が初めて喋った言葉を名前にしよう、と。

それから俺はリリィに言葉を教えることにした。當時のリリィは文字の読み書きはおろか、俺の話す言葉を理解することすら出來ない有様だった。人間もエルフも同じ言語をるが、言葉を話せない様子を見るに、リリィは心つく前から奴隷だったのだろう。エルフは人間より頭が良く、人間より遙かに速く言語を習得するはずだからだ。

…………が、だ。

そもそも、その前にやることがあった。まずはこの死んでいるリリィの心を元に戻してやらなければならない。いきなり知らない男が目の前にやってきて、今から俺がお前の父親だと言っているのに、怖がりもしなければ拒否もしない。そんなのは正常なの姿ではないだろう。

────このを、人並みに戻してやらなければならなかった。

まあ結論から言うと、リリィは人の心を取り戻した。いやこの場合はエルフの心を取り戻したというべきだろうか。まあとにかく普通のになった。俺としては、を取り戻させた上で冷酷な暗殺者に育てるつもりだったのだが。そこはし計算が狂ってしまった。俺の跡取りを育てるという計畫は、一どこでおかしくなってしまったのだろうか。記憶を振り返ることで、それを確かめていこうと思う。

初めに言っておくと、俺は子育ての経験もなければ奴隷を真人間に戻す方法を帝都で習った訳でもない。まだ歳は28だし、出來る事と言えば破壊と殺戮、それと気まぐれに誰かを助けることくらい。そんな俺にリリィを普通に戻すことが出來るのか、はっきりいって自信は全く無かった。

「…………あー、えーっと…………おれ、おまえの、ぱぱ。おーけー?」

「…………」

「おれ」で俺を指さし「おまえ」でリリィを指さす。そんな俺の完璧なコミュニケーションを、リリィは無視という最高の方法で迎え撃ってきた。

「おーい?」

ひらひら、とリリィの前で手を振ってみる。リリィは何の反応もしない。ただ、ぼーっと虛空を見つめるばかり。

「…………どうすりゃいいんだよこれ」

俺の跡取り育計畫は、早くも頓挫してしまった。これなら、まだ思いっきり反抗された方が何倍もマシだとすら思えた。

「はあ…………まあいっか。そのうち仲良くなれるだろ。とりあえず風呂るべ。よく嗅ぎゃこいつ、超くせえし」

まあ當たり前と言えば當たり前なんだが、引き取った初日のリリィは超臭かった。このままでは俺の家がヤバい匂いで侵されてしまう。俺は服をぐと、リリィがに纏っていた(著ていた、と言えるほどまともなものではなかった)布をむしり取った。意外にも、その華奢なに目立つ傷は無かった。

そのままリリィの手を引いて風呂場に直行する。

水魔法と炎魔法を使って瞬時に浴槽にお湯を張り、リリィを風呂椅子に座らせる。背中側に回ると、リリィの水の長い髪が俺の視界一杯に広がった。これは洗うのに苦労しそうだ。

「あったかいのがいくぞー」

湯舟から桶でお湯を掬って、思いっきりリリィに浴びせる。何度も、何度も、それを繰り返す。

「ははは」

長い髪がぺちゃーっと張り付き、まるでお化けみたいになった。それが面白くて思わず聲がれた。

「わしわしするぞー」

の髪は大切に扱えというが、リリィの髪はそれどころじゃなかった。ゴミだかホコリだか分からないものが沢山付著している。俺は石鹸を両手で泡立てると、思い切りリリィの頭をごしごしした。

恐らく石鹸でを洗うのは初めてだったんだろう、リリィは石鹸が目に染みたのか、いつの間にか目を閉じていた。思えばこれが、リリィが俺の前で見せた最初の意思表示だったかもしれない。

長い、長い時間をかけリリィの髪を洗い終えた俺は、次にを洗う事にした。を洗うのは初めてだが、特に躊躇いはない。など見慣れている。勝手の違う耳にし苦戦したくらいで、は直ぐに洗い終わった。

「どぼーんするぞー」

あわあわお化けになったリリィをお湯で洗い流すと、俺はリリィを湯舟にぶち込んだ。リリィは相変わらず無反応のまま、恐らく人生初めての湯舟を味わっていたが…………石鹸で洗ったからだろうか、さっきよりしだけ輝いて見えた。

自分のを素早く洗い、俺は湯舟にダイブした。いくらリリィが子供だとは言え2人でると湯舟はし窮屈だったが、まあ悪くない気分だった。

リリィは俺の方を向いてはいるが、俺を見ていないのは明らかだった。きっと何も見ていないんだろう。

「なあ、おい。これからよろしくな」

俺はリリィの頭をでてみた。加減が分からず暴になってしまったかもしれないが、リリィは何の反応も返さないのでそれは分からなかった。リリィの小さい頭をでてみると、なるほど、確かに子供は可いなと思った。今まで「子を庇って命を落とす親」というものの気持ちがイマイチ分からなかったが、今はしは分かる気がした。しだけな。

リリィを持ち上げて風呂から出た俺は、風魔法でを乾かし、服を著せ────る服がない事に気が付いた。折角綺麗にしたのに、またあのボロ布を著せては意味が無い。とはいえの服など持っている訳もない。ゼニスにも勿論真っ當な服屋はあるが、時間が悪かった。もう既に空は黒く染まっている。ゼニスでは真っ當な店ほど早く閉まるのが常識だった。

「困ったな…………のままって訳にもいかねえし」

正直言えば、家の中であればでも問題はない。當分の間リリィは外に出すつもりもなかったし。

だけど…………流石にな?

犯罪臭が凄い。奴隷を買ってる時點で犯罪だろ、という意見もあるがここは帝都ではなくゼニスである。

「…………とりあえず、適當な布でも巻いとくか」

俺は棚からいいじの布を取り出し、リリィのに巻いた。何のために買った布なのかは思い出せないが、意外にもそれはリリィにジャストフィットしていた。3周ほど巻いた所で布は途切れ、丁度から膝までをカバーする事に功した。まだ「著ている」とは言い難い有様ではあったが、さっきのボロ布に比べればだいぶマシだと言えた。

「…………とりあえずこれでいいか…………なんかどっと疲れたな…………」

慣れない事をしたからだろう、心地よい疲労が俺を襲っていた。

「メシ食ってねえけど…………いいか。もう今日は寢ちまおう」

俺はリリィを抱きかかえると、寢室に移した。1人用のベッドだが、リリィが小さいおで2人並んでも落ちることは無かった。

「今日からこのふかふかで寢るからなー」

枕をしリリィ側に出してやり、その小さな頭を枕の端っこに載せる。リリィの頭がずり落ちない事を確認して、俺は目を閉じた。

初日は、そんなじだった。

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