《【書籍化】絶滅したはずの希種エルフが奴隷として売られていたので、娘にすることにした。【コミカライズ】》第18話 リリィ、パンケーキデビュー
「もぐもぐ…………うまうま…………」
お腹が空いたというリリィを連れて、私は行きつけのカフェにやってきた。商業區畫のメインストリートにあるこの店は今帝都で一番人気のカフェと言っても過言ではなく、決して広くない店は老若男種族様々な客で賑わっている。私達が來た時はすぐれたのだが、いつの間にか外には店待ちの列が出來ていた。
「味いか?」
「うん! ぱんけきふわふわ!」
「パンケーキ、な」
リリィはフォークとスプーンを用に使い、シロップがたっぷりかかったパンケーキをどんどん口に運んでいく。パンケーキはこの店の看板メニューで殆どの客がこれを注文するんだが、生憎私は食べた事が無い。甘いものはそこまで好きではなかった。
「てーとのたべもの、おいしいね」
頬をシロップでべたべたにしたリリィが私に笑顔を向ける。笑顔を返したつもりだが、果たして私はちゃんと笑えているだろうか。
「リリィちゃんはパンケーキを食べたのは初めてなのか?」
「うん。りりーぱんけきはじめて」
「…………そうか」
私は頭をフル回転させる。
…………パンケーキ自は珍しいメニューではない。魔法省の仕事で他の街や村に足を運んだ際、現地のカフェのメニューに載っているのを何度も見た。
意外な事にヴァイスはリリィの事を甘やかして育てているようだったから、どこかの店でこの手のメニューを一度は頼んでいるのではないか。リリィがパンケーキを食べた事がないというのは、し引っかかった。
「リリィちゃんはこういう店に來たことはあるのか?」
私がそう問うと、リリィは頭を大きく振って店をきょろきょろ見回した。
「えっとね、ほろおねーちゃんのおみせと、ろれっとおじちゃんのおみせはいったことあるよ!」
「…………ホロおねーちゃん? ロレットおじちゃん…………?」
「りりーね、ほろおねーちゃんだいすき! やさしくてね、ぱぱとなかよしなんだあ」
「なんだと」
恐らくは帝都に來る前の知り合いなんだろう、リリィは顔を綻ばせて『ホロおねーちゃん』について楽しそうに話してくれる。きっと仲が良かったんだろうというのが顔を見るだけで分かった。
…………そんなことより。
「…………そのホロおねーちゃんというのは、パパとどういう関係だったんだ?」
…………ヴァイスと仲がいいだと?
まさか、そういう関係だったりしたのか?
いや、そんな訳はない。頭を振って嫌な想像を打ち消す。
「んーっと…………ほろおねーちゃんはふくやさんでね、りりーのふくはほろおねーちゃんがくれたんだよ」
「…………なるほど」
リリィの話が思ったより牧歌的だったので私はほっとをでおろした。どうやら一緒に生活していた、などという爛れた関係ではないらしい。恐らく単なる店員と客の関係だろう。
「リリィちゃんはここに來る前はどこに住んでいたんだ?」
私はすっかり気を抜いて、本當はヴァイスに直接訊こうと思っていた質問をリリィにしてしまっていた。
────とんでもない弾が落とされるとは夢にも思わず。
「えっとね…………ぜにす? っていうところにすんでたよ!」
「…………ゼニス…………だと…………?」
ゼニス。
それは────この世界のどこかにあると言われている、悪人の街の名前だった。
◆
「帰ったぞー」
「ぱぱ!」
玄関のドアを開けるとリリィがパタパタと走ってきた。手を広げて待ち構えると、思い切りに飛び込んでくる。俺はリリィを抱っこするとリビングに向かった。
「…………ヴァイス。遅かったな」
リビングではジークリンデがソファに座って本を読んでいた。本に顔を向けたまま、流し目で俺に視線を向けている。テーブルの上にはリリィが描いたと思しき絵が散らばっていた。ちゃんと子守しててくれたみたいだな。
「獲を見つけるのに手間取っちまってな。今日はリリィを見てくれて助かった」
「構わないさ。私もリリィちゃんと仲良くなりたかったからな」
ジークリンデは本を閉じて立ち上がるとこちらに歩いてくる。子供と接するのに慣れていないせいか、顔にはし疲労が浮かんでいた。
「仲良くなれたのか?」
「それは…………どうだろうか。まだママとは呼んでくれないが」
「そりゃそうだろ。俺だってパパと呼んでくれるまでどれだけかかったか」
初めてパパと呼んでくれた夜は、リリィが寢た後ベッドでひとり涙を流したくらいだ。あれはしたな…………
「りりーね、じーくりんでおねーちゃんすき。ぱんけきたべさせてくれた!」
「だとよ?」
「…………出費の甲斐はあったようだな」
ジークリンデは平靜を裝っているが、よく見れば口の端が上がっていた。子供の素直な好意をぶつけられて嬉しさ半分戸い半分と言ったとこか。
「では私は帰る。また何かあったら呼んでくれ」
ジークリンデは俺の橫を通り過ぎ、家から出て行った。
「じーくりんでおねーちゃん、ばいばーい!」
玄関まで見送ると、リリィはジークリンデの背中が見えなくなるまで手を振っていた。
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