《【書籍化決定】公衆の面前で婚約破棄された、無想な行き遅れお局令嬢は、実務能力を買われて冷徹宰相様のお飾り妻になります。~契約結婚に不満はございません。~》時には昔の話を。
「それで、何が気になっている?」
「何のお話でしょう?」
浴を終え、夫婦の寢室に戻ると、先に帰っていたイースティリア様が果実を絞ったジュースをコトリとテーブルに置いた。
イースティリア様は、晩酌をあまりなさらない。
食事の際にワインを嗜むことはあり、さほど弱くもないらしいけれど、好んで口にするほどではないそうだ。
アレリラも同様なので、あまり気にしたことはない。
近づいてきたイースティリア様は、った髪が夜著を濡らさないよう、タオルをかけているアレリラの肩に手を置いて、笑むように僅かに目を細める。
「ウルムン子爵の話をしている時に、何かを思い出したようなそぶりを見せていた」
そう言われて、アレリラは驚いて彼の顔を見上げる。
「気づいておられたのですか?」
「君が私をよく見ているように、私も君のことを見ている」
淡々と告げられた聲音に、慈しむようなが滲んでいる気がして、アレリラは嬉しさと恥ずかしさをじて、ツイ、と僅かに目線を逸らす。
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「大したことでは」
「大したことでなければ、私に話すことは出來ないか? 夫婦になったとしては、寂しい言いだと思ってしまうが」
言いながら、イースティリア様が不意に顔を寄せて、軽く同士がれ合う。
らかく、お風呂上がりのったに、アレリラは自分の頬が火照るのをじた。
アレリラは、年齢こそ既に子の一人二人いるご夫人と似たようなものではあれど、ボンボリーノとの婚約を解消して以來8年、殿方に仕事以外で近づいたことがなく、経験が乏しい。
ましてボンボリーノとは、エスコートとダンス以外ではれ合ったことがなかったので、閨を幾度か共にした今でも、こうしたスキンシップには慣れなかった。
嬉しさもあるけれど、それよりも恥ずかしさが先に立ってしまう。
知らず知らずのうちに顔を伏せると、イースティリア様が笑みの吐息をこぼす気配を見せて、そっとアレリラの濡れた髪と頬の隙間に手を差し込んだ。
わずかに力を込めて、顔を上げさせられる。
らかだけれど骨張った大きな男の手で、ペンダコの部分が耳にれて、アレリラは軽く肩に力がる。
「可らしいな、アレリラ。君のこうした一面は、仕事だけの付き合いでは見られなかった」
「……申し訳ありません」
「何故謝る。私は喜んでいるのだが」
そう告げて、イースティリア様が言葉を促すように首を傾げると、長い銀髪がサラリと流れる。
麗なお顔を間近に見つめて、心臓が高鳴るのをじながら、アレリラはけなさを覚えた。
「この歳になって、殿方とれ合うことに慣れないなど、恥ずかしいことでございます」
「今まで君が貞淑であった証だろう。何を恥じることがある。君が私を好ましいと思ってくれているからこその反応だろう?」
「……お慕いしております」
「ならば何も問題はない。人に見せるわけではなく、ただ一人、君のそんな姿を見ることが出來る私は嬉しい。……そのように、年齢を理由に自分を卑下する必要はない」
「ですが。……イースティリア様はそのように、わたくしの振る舞いに苦言を呈されません」
アレリラが話している最中に思い出したのは、アーハらとのお茶會での會話だった。
イースティリア様は、誰であれ瑕疵があれば注意なさる方だと、ミッフィーユ様は仰ったのに。
「今のように、全てにおいて自分が完璧な振る舞いが出來ていないことは、わたくし自が理解いたしております。にも関わらず、イースティリア様が他の方になさるように、わたくしの問題を指摘したことは一度もございません」
「必要がないからだ」
「それは、わたくしには長が期待出來ない、ということでしょうか」
わずかに眉を下げたアレリラに、イースティリア様は小さく苦笑した。
「いや、逆だ。君はし話すだけで、自分の問題點を理解して改善しようとする。私がわざわざ苦言を呈すまでもなく、自分で気づく。君には、あまりにも當たり前のことで分からないのかも知れないが」
イースティリア様が、そっとアレリラの肩を抱き寄せると、そのまま抱きしめた。
「アレリラのような聡い者は、稀有なのだ。その思慮深さが自信のなさや遠慮に繋がっているのなら、どうか自信を持ってしい。私が君を認めているという事実に」
「認めている……ですか?」
ふわりとイースティリア様から匂い立つ、お風呂上がりの石鹸の香りと火照ったに包まれて。
アレリラはおずおずと、彼の思いの外広い背中に手を回す。
「そうだとも、しいアレリラ。私は、君といることが心地よい。私は元來細やかな質で、職務上ではそれを負擔にじる者も多くいたようだ。同時に、私も相手との意思伝達や事の理解に差があることに苛立ちをじることがあった」
それは意外な告白だった。
イースティリア様が苛立っているところを、アレリラは見たことがない。
例えばそう、あまり人の話を聞かないような方と會話をなさる際も、気強く付き合い、理解を深めようと真摯にご対応なさっている、そういう方だった。
「信じがたい話です」
「事実だ。王太子殿下や王太子妃殿下ですら、稀に私の話について來れないことがあった。自分の方がおかしいのかと、気にしているという程ではなくとも、々鬱屈していた部分もあった」
話が通じない、というのは、徒労をじるもの。
語れば理解してくれる相手でも、自分ではほんの些細だと思って省いた部分が理解出來ておらず説明し直すのは、一つ一つは僅かな手間でも、積み重なれば気持ちがささくれ立つだろう。
「気にしなければ良い、と言われても、気になる。今手元にある仕事が、相手の行によって僅かずつ滯る。頭で理解できても、気は変えられん」
「理解出來ます」
周りとのズレや不和というものは、そうした部分から生まれるものだと、アレリラも理解していた。
決してこちらが間違っている訳ではないのに、何故か理解されない、という思いを、きっとイースティリア様も數多くじてきたのだろう。
「そんな時に、アレリラに出會った。君は言わずとも理解し、先に滯りなく手順を整えて、遅延しそうであれば事前に申し伝えてくれる。私の言いたいことを一言で理解し、同じ速度でいてくれる。……それがどれだけ、心地よいことだったか。アレリラ。私は君に救われたとすら思った」
「々大袈裟では」
アレリラは、戸う。
あまり褒められることに慣れていないのもあり、こういう時にどう返せば良いのかが分からなかった。
出來て當たり前と思われていたこともあるし、そもそもアレリラが何をしているのかを相手が理解していないことも多々あった。
つつがなく仕事が終わる段取りを組むのが、當たり前だと自分でも思っていた。
「アレリラは、私にだけは自分を誇っていいのだ。君に瑕疵などない。人は足りぬもので、足りぬことに意識を向けている。長を促す必要自が、ない。……君に昔話をしよう。私から見たアレリラが、一どういう人なのか」
を離して、優しい瞳でアレリラを見つめるイースティリア様に導かれて、二人がけのソファに、腰を下ろした。
見た目には非常に分かりづらいですが(格や表的な問題で)、イースティリア様はアレリラを溺しております。
それはもう、存分に。
次話はイースティリア様がどんだけアレリラをしているかという話です。
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タイトル通り、書籍化決定しました。応援ありがとうございます。
詳細に関しましては、また告知できることができ次第、報告させていただきます。
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