《【書籍発売中】貓と週末とハーブティー》4 の庭と週末カフェと

ここってカフェなの……?

ハッカさんがカフェをやっているの?

彼に対する疑問は募るばかりだが、らないことには始まらない。

早苗はおずおずと敷地へ足を踏みれた。

カラフルな石畳を越えて、植の匂いに囲まれながら玄関に著くと、今度は玄関扉にも門にかかっていたのと同じ、貓の顔の看板が。

『カフェのり口は庭にあります。

左手におまわりください。

足元にはお気を付けて』

「なんか『注文の多い料理店』みたい……」

宮沢賢治の有名な児文學を思い浮かべて、ますます恐々としながらも、早苗は素直に小道を通って庭へと進む。

すると程なくして、緑に囲まれた中に、悠々と橫たわる屋つきのウッドデッキが現れた。

の下には二人掛けの貓腳テーブルが二つ。り込む日差しをけて、靜かに佇んでいる。

デッキから家に続くガラス戸は大きく開かれ、中には三人座れるカウンター席も広がっていた。

本當に、ここだけこぢんまりしたカフェのようだ。

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「ハッカさん?」

ウッドデッキに上がり、家の中を覗き込む。

するとカウンターの向こうには、ガラス瓶を手に何事かを味している要がいた。

変な文字Tではない白のワイシャツに、下はスラックスにペパーミントグリーンのギャルソンエプロンを巻いて、しっかりカフェスタイルで決めている。

髪は寢癖がマシになったくらいで、背も相変わらずのものすごい貓背のままだが。それでも顔やスタイルが一級品なため、なんとも様になっていた。

彼は早苗に気付いて顔を上げると、貓のように瞳をゆるりと細める。

「いらっしゃいませ、早苗さん」

『ねこみんと』へようこそと會釈され、早苗もなにがなんだかわからないまま、とりあえず「はあ」と會釈を返したのだった。

「『週末カフェ』っていうのはまあ、文字通り週末だけやってるカフェかな。俺、平日は會社勤めだから、土日だけこうして自宅の一角で店をやってるんです。最近流行ってるらしいよ、プチカフェみたいなの」

「本業の合間に自営業ってことですよね? すごい」

「九割趣味だから。店長は俺、店員も俺一人。気ままにやってます。ところで注文決まった?」

「……すみません、もうちょっと待ってください」

はい待ちますと、機の橫に立つ要が笑う。

早苗は今、ウッドデッキに置かれた席に座り、渡されたメニュー表を手に、オーダーに悩むという普通のカフェにいるような行為をしていた。

いや、ちょっと特殊な面が目立つだけで、いたって普通のカフェなのだろうが。

メニュー表にずらりと並んでいるのは、オリジナルブレンドもえたハーブティーの名前。庭にわさわさ生えているのも、すべてハーブの類いらしい。

要いわく、ここはハーブティー専門の週末カフェなのだとか。

「ハーブの語源は、ラテン語で『草』を意味する『ヘルバ(Herb)』。紀元前から薬用植としての記録があって、現在ではアロマや料理、防蟲や浴などにも幅広く使われています。アンデルセン話やグリム話にもハーブはたくさん出てきて、日本で初めてハーブ園を開いたのは、なんとあの織田信長だとか。ちょっとした薀蓄だけど、注文選びの參考に」

「へえ……勉強になります。私、そういうのはさっぱりなんで。あの、ところで本當にタダでいいんですか?」

「それはもちろん。ミントが迷かけちゃったお詫びだし。當の本人もそこで反省しています」

「にゃあ」

庭の一角、草の影でお座りする三貓がしれっと鳴いた。

あれはまったく反省していないとみた。

ただそれでも、飲食関係のスペースには近付かないよう、要に躾られているそうで、決してウッドデッキの傍には寄らない。そのあたり、早苗がはじめにけた印象通りの賢い貓だ。

「じゃあ……この店長イチオシの、『おまかせハーブティー&本日のデザートセット』で」

悩んだ末、早苗はメニューをひっくり返して裏にあった、すべて要に丸投げするセットを選んだ。

「お目が高い、さすが早苗さん。うちの常連さんはみんなそのセットを頼みます」

「あからさまな推しっぷりがすごいんで……」

表は寫真の一つもなく、やる気のない大學生のノートのように、ハーブティーの名前が黒ペンで列挙されていただけだが、裏のセットメニューだけはペンを使い、やけに気合いのったデザインで描かれていた。

『店長イチオシ』の文字が目に痛いくらい強調されている。

そりゃこれを選ぶんだろう、みんな。

「本日のデザートは、リンゴとカモミールのパウンドケーキ。ハーブティーは、俺がその人に合ったものを選んで作ります」

「その人に合った……?」

「うん。俺が早苗さんに合ったハーブティーを、早苗さんのためだけに作るよ」

うっと、早苗は不覚にもにダイレクトアタックを喰らった。

いくら々と殘念なとこがあるとはいえ、イケメンの口から出るにはなかなか殺傷力のあるセリフだ。

「や、やっぱりそのセットでお願いします……。今あんまり食ないんですけど、パウンドケーキくらいなら食べれそうだし」

「かしこまりました」

貓背をさらに折り曲げて一禮すると、要はカウンターの方に向かった。

カウンター奧の壁は一面が棚になっており、ポットやカップ、乾燥したハーブが詰められた瓶などが、綺麗に配置されている。

要はその棚の前で、鼻の上辺りを中指で押さえる、前にも早苗が見た仕草をしていた。

どうやら考え込むときの癖のようだ。

早苗はテーブルに肘をついて、そんな要の様子を観察する。ちょっとだけ、外の席ではなく、要がよく見えるカウンター席を選べばよかったと後悔した。

彼については、一つ解けてもまだまだ謎があるので、早苗にはいまだ正不明の人だ。

……彼の纏う緩い空気は、けっして嫌いではないけれど。

「お待たせしました」

早苗がしぼんやりしているうちに、いつのまにか準備が出來たようだ。

カラカラと、要がワゴンを押して戻ってきた。

カウンター裏に隠してあった木製のワゴンの上には、中のハーブが見える明なガラスポット、同じくガラスのカップ、そしてふんわり味しそうなパウンドケーキが乗っている。

パウンドケーキの皿は縁に球があしらわれており、遊び心がうかがえる可らしいデザインだ。明なティーセットも、ハーブティーの合いを楽しむには向いていそうだった。

順番にそれらが早苗の前に並べられていく。

「あとはこれ。この砂時計が落ちきったら、カップにお茶を注いでください」

最後にトンッと、要がエプロンのポケットから取り出した砂時計を置いた。てっぺんにこれまた球マークが描かれている。

彼は長い指先で、互にポットの蓋と砂時計の天辺をつつく。

「それまでポットの蓋は開けないように。これ絶対ね。蓋だいじ。超だいじ。開けたらハーブティー終了するから」

「そこまで……? えっと、保溫目的ですよね?」

「保溫もあるけど。大事なのは蓋の側につく水滴。これってようは蒸気が化したものなんだけど、ハーブティーは蒸気の中に大切な分がぎゅっと含まれているんです。蓋をしないと、この蒸気を逃がすことになるから」

真剣な目で「だから開けちゃダメ」と念を押され、むしろ早苗は逆に開けてみたくなったが、苦笑いで頷いた。

サラサラと落ちる緑の砂と、ポットの中でたゆたう深い黃を眺める。

そこでふと、『あなたのために』とか言ったわりに、これがなんのハーブティーなのかまだ聞いていないことを思い出した。

「それでハッカさん、これは結局、どんなハーブティーなんですか? 私に合うものを作ってくれるって言いましたけど」

「――――ああ、これはミントティーです」

「ミントティー?」

また瞳をゆるりと細めて、要は「二日酔いに効きますよ」と微笑む。

その言葉に、早苗は「え」と目を丸くした。

私が二日酔いだなんて、ハッカさんには一言も告げていないのに。

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