《【書籍発売中】貓と週末とハーブティー》3 夏バテと解明と

要の斷言に、志保は「え!」と俯いていた顔を上げた。

「ど、どうして要ちゃん! なんでそんなことが言い切れるの!?」

「そうですよ、ハッカさん! あんな証拠もあるのに……!」

早苗も食って掛かれば、要は「んー」と中指で鼻の上辺りを押さえる。眼鏡がないのに眼鏡のフレームを直してしまう、要の考え込むときの癖だ。

「まず本當に浮気だったら、隠し方が雑すぎじゃない? ジムなんてすぐにバレる噓だし、スマホだってそんな見られるように置くかな?」

「ま、まあ……言われてみれば」

早苗もそこは々疑問だった。

本気で隠す気があるのかな、と。

なくとも早苗の元カレはもっと巧妙で、スマホの放置なんて絶対にしない。離さず持ち歩いていたし、ロックだってバッチリかけてあった。

ちなみに浮気をしている相手は、無意識にスマホが見られないよう、畫面を伏せて置くことが多いらしい。早苗の元カレもまた然りである。

今思えば、そこを逆に怪しむべきだったのだろうが。

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「旦那さんのスマホはロックもかかってなかったんですよね?」

「え、ええ……。畫面も上にして、リビングに放置だったわ」

「なら、噓をついてなにか隠し事をしていることは確かだけど、それは浮気ほどやましくなくて、ひた隠しにすることではない……って考えてみたらどう?」

「で、でも、じゃあ旦那はなにを隠しているの? それに浮気じゃないって言っても、モモコってからメッセージが來たことや、バッグからエプロンが出てきたことは事実なのよ?」

「そうそう。そのエプロンが一番浮気じゃなさそうなんだよね」

志保と早苗は疑問符だらけだ。

要はそんなお客様方を橫目に、マイペースにポットとカップを早苗たちの前に並べていく。

それぞれハーブティーの種類が違うようで、早苗のポットの中はイエロー系、志保のポットの中はさきほど要が揺らしていた、鮮やかなレッド系だ。

そしていつものように、要は球印の砂時計をひっくり返す。

「この砂が落ち切る前に、俺が旦那さんの潔白を証明してあげる。もう一回、エプロンの畫像を見せてくれます?」

カウンター越しに、要は志保からスマホをけ取った。指先で示すのは、ポケットの名前の箇所だ。

「そもそもさ、家で使うエプロンに、わざわざ名前を書くのがあんまりないかなって。絶対ないとは言い切れないけど、表のこんな目立つとこにだよ? 変じゃない?」

「確かに……書くとしても裏とかタグとかですね」

「です。じゃあなにか、目立つとこに書く必要があったってことだよね。それとこの、名前の橫のアポストロフィ」

『MOMOKO'S』の『'S』の部分。これは所有を表し、『モモコのエプロン』という意味だと早苗はそのまま解釈したが、要はこれもおかしいと言う。

なぜ『モモコの』と主張までしたのか。普通に名前だけ書けばよかったのではないか……と。

「なんかだんだん、そう言われると変な點が多いかも……?」

「そ、そうね。私もそんな気がしてきたわ」

「それでたぶんこの『MOMOKO'S』は、エプロンが自分のって主張しているんじゃなくて、このあとに別の言葉が続くんじゃないかなって」

要は志保にスマホを返すと、今度はどこからともなく自分のスマホを取り出した。「ちょっと失禮しますね」と告げて、ポチポチと軽快に作をはじめる。

……ただマイスマホを視界にれた瞬間、要がほんのわずか「ああん?」とスーツさんの顔で眉間に皺を寄せたのを、早苗は見逃さなかった。

どうやら會社から面倒な連絡でもっていたようだ。

いったスルーすることにしたらしく、すぐにハッカさんの顔に戻ったけれど。

「検索欄に『MOMOKO'S』ってれて、この辺の住所で探すと……ああ、ほら出てきた」

要がスマホを掲げて提示したのは、ネット上で公開されているホームページだ。

まじまじと、早苗と志保は畫面を覗き込む。

「『MOMOKO'S Cooking Class』……?」

「料理教室……?」

ピンクを基調とした華やかなホームページは、お料理教室の案だった。

數々の味しそうな和洋中の料理と、ケーキやクッキーといったお菓子類の寫真が載っけられ、教室のコースなども説明されている。

メニューもある程度なら生徒側がリクエストできるシステムで、教室の時間帯も幅広く設けられていた。

でかでかとした赤文字によると、『料理初心者の男も大歓迎!』らしい。

「個人でやっているみたいで、もうちょっと下までスクロールすると講師の寫真もあるよ。これが噂の『モモコさん』です」

「どこがモモコ!? ガチムチマッチョのお兄さんじゃないですか!」

「違う違う、早苗さん。たぶんオネエさん」

「わかりやすくそんなじですね!」

むしろこの人ならよほどジムのコーチっぽいぞ! と、早苗は激しくツッコミをれる。

モモコさんは、志保の寫真に寫っていたものとまったく同じ、ポケットつきのピンクエプロンをつけて、お玉を持ってウインクしている。作はお茶目だが上腕二頭筋がすごい。

顔でが大きくて新妻っぽいじでは180度なかった。

それによく見れば、彼……彼? のエプロンには、これまた同じように、ポケットのところに『MOMOKO'S』の名前もある。

いや、これは名前ではなく、このぶんだと『教室名』か。

「俺的、旦那さんの真相はこうです。同僚にわれたのは、ジムではなく男でも通いやすい料理教室。打ち明けるのはし恥ずかしいから、ジムなんて言って誤魔化したのかな? 帰りが遅いのも、心なしか太ったのも、甘い匂いをさせて帰ってきたのも、すべて教室が原因だね」

「太ったのは、料理教室で自分が作ったものを食べていたからで、甘い匂いはもしかしてお菓子……? あ! じゃあ『今夜のメニューはどうする?』ってメッセージも!」

「普通に教室で作るメニューを聞いていただけですね」

真相がわかればなんてことはない、なんとも気の抜ける容だった。

エプロンの件は、おそらく旦那さんは教室の貸し出し用エプロンを使っていて、誤って持ち帰っただけだろう。

貸し出し用なので目立つとこに教室名が書かれており、また『MOMOKO'S Cooking Class』とフルで記すと長いので、省略してあったのだ。

「浮気じゃなくて……料理教室……」

志保はホッとしたのか、へなへなと椅子の背に憑れた。

半分放心狀態だ。

「紛らわしいというか、なんというか……でもあの人ったら、なんで急にそんな……」

「きっと、志保さんを労るためじゃないかな」

「私を労る……?」

呆然とした志保の呟きに、要はにっこり笑顔で応えて、「頃合いなのでハーブティーをどうぞ」とだけ勧めた。

いつのまにか砂時計の砂は落ち切り、ポットの中はちょうどいい合になっている。

「早苗さんの方は、ラベンダーにカモミール、それとゼリーにも使ったレモンバーベナの、リラックスブレンドです。早苗さん、最近ラベンダーのクッキーがお気にりみたいだったし、明日からまた平日スタートでしょ? 嫌な上司とのバトルはまだ継続中だろうから、この味を思い出してイライラを鎮めてくれるといいなって」

「……大変ありがたいです」

ラベンダー、カモミール、レモンバーベナ。

三種とも香りがよく、鎮靜効果に優れたハーブたちだ。

早苗は要のチョイスに謝しつつ、ティーを注いで飲んでいく。こちらももちろんやさしい味わいで味しいのだが、気になるのは志保の赤いハーブティーである。

「要ちゃん、こっちのお茶は……」

「それはね、ハイビスカス」

「ハイビスカス? あのアロハなお花の?」

奇しくも、早苗のイメージと志保のイメージは一緒だった。

その昔、早苗が大學の卒業旅行で行ったハワイの州花が、確かハイビスカスだった気がする。

「それはハイビスカスとローズヒップのブレンドで、に人気のハーブティーです。ローズヒップはバラの実のことで、ビタミンCがたっぷり。そのルビーのような赤はハイビスカスによるもので、見た目も綺麗だよね。の調子を整えたり、ダイエットにも効果があって……あとね」

夏バテにも効きますよ、と、要はパチンッとウインクをする。

しかしモモコさんのようには上手くいかず、完全に両目を瞑っているのが、早苗の笑いをった。イケメンが臺無しである。

志保も笑いながら、赤いを口に含む。

「ん、ちょっと酸味があるけど、それがまたが引き締まるじがするわね」

「その酸味が疲労回復に効果的なんです。ビタミンと合わせて、夏バテ解消にはピッタリなハーブティーでしょ? 気にってくれました?」

「ええ。なにより要ちゃんの気遣いが嬉しいわ。ありがとうね」

カップを両手で包みながら禮を言う志保に対し、要は「いえいえ、旦那さんには負けるので」と笑う。

「それなんだけど……旦那の私への労りとか気遣いって、どういう……」

志保が訝しげに問いかけたときだ。

ドタドタとウッドデッキを踏む荒い足音が聞こえ、誰かが勢いよくカフェに飛び込んできた。

「――――す、すみません! ここにうちの妻は來ていませんか!?」

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