《【書籍発売中】貓と週末とハーブティー》2 貸切りと初対面と

「か、貸切り……?」

まさかのはじめての事態に、早苗は地味に衝撃をける。

貸切りのお知らせと謝罪が書かれたプレートには、文字の最後に、貓が申し訳なさそうに汗を飛ばしているイラストも添えられていた。

そもそも『ねこみんと』って貸し切れたのか。

「にゃあ」

「あ、ミント」

いったいどんなお客様が、どんな用途で貸切りに……と早苗が考え込んでいたら、門の微かに開いた隙間から、用にミントがするりと抜け出てきた。

の元で、ミントのが艶やかに輝く。

「なんかあんた、今日はいつもより貓……?」

早苗は屈んで、ペパーミントグリーンの瞳と目を合わせた。

ミントの三はちゃんとクシで梳かれ、気のせいでなければ普段より艶がいい。しかも耳のあたりには、瞳や首と同じ爽やかな合いのリボンが、ささやかなオシャレとしてちょこんとつけられている。

らしいといえば可らしいが、本人(貓)は気にらないらしく、早苗の褒め言葉に不満気にふんっと鼻を鳴らした。

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そこで、タッタッタとカラフルな石段を蹴って、門の向こうから一人のが走ってくる。

「コラー! 逃げるな、ミント! せっかく可くしてやってんだから、大人しくこの服も著ろー!」

そのが門を暴に開け放つと、ミントは軽やかにフェンスを登り、逆に家の庭の方に逃走してしまった。は「小賢しい……!」と舌を打つ。

その片手に握られているのは、貓用であろうフリフリの緑のドレスだ。

「もー! 遊び心のない貓なんだから、相変わらず!」

腰に手を當てて憤慨するは、小柄なつきで、早苗より頭一つぶん以上低い。

パッと見はタレ目の顔なため、高校生くらいかと思ったが、雰囲気が落ち著いているので大學生くらいだろうか。セミロングの髪は白に近いアッシュに染められ、緑のメッシュを數本れた、なかなかに派手な頭をしていた。

格好はパーカーにタイトパンツ。パーカーのド真ん中には、ポップにデフォルメされた貓のキャラがドンと大きく載っている。どうも趣味が奇抜らしい。

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細い首元には、一眼レフというやつか、本格的なカメラが下げられていた。

――――ていうか、昨日の夜のストーカーじゃん!

完全に月夜の下で見たシルエットと一致する。

早苗は目の前まできたに対してんだ。ギリギリ心の中で。

「んん? あなた、もしかして……」

「え?」

は値踏みするように、じろじろと下から早苗を見回してくる。やがてのタレ目が、ゆるりと細まった。まるで貓みたいに。

あれ、この人って……と、早苗がその可能に気付いたのはそのときだ。

「あなた、サナエさん? 『ねこみんと』の特別なお客さん?」

「あ、はい。早苗は私ですけど……」

「ああ、やっぱり! カナメから聞いた特徴そのまんまだし! ツリ目の強気人さんで、理不盡な世間と戦い抜いている最中の、歴戦のバーサーカーオーラ! 間違いない!」

「いやどんな説明されているんですか、私」

というかどんな説明しているんだ、あのタレ目。

空中を睨む早苗に、メッシュのはスッと手を差し出す。手のサイズも小さくて可い。だけどきっと、早苗の推測通りなら、見た目よりもっと年上のはずだ。

なくとも、早苗と要よりは。

「はじめましてこんにちは。私は羽塚鞠(はつかまり)。この『ねこみんと』の店主である羽塚要の姉です!」

よろしくね、サナエさん。

握手に応じた早苗の手をブンブンと振りながら、そうにっこり微笑んだ鞠の顔は、なるほど、要の笑顔にそっくりだった。

「さあ、座って座って! カナメは今、私の命令で買い出しに行っているから。帰ってくるまで二人で子會してよ!」

「い、いいんですか? 姉弟水らずなとこ、私がお邪魔しても。鞠さんの帰國祝いをするために、今日はカフェを貸切ったんじゃ……」

「いいの。貸し切った私がOK出してるし」

ぐいぐい勧められるがまま、早苗はウッドデッキの席へと腰かけた。

丸いテーブルを挾んで向かい側では、鞠が貓用ドレスをちまちまと畳んでいる。

ドレスはつい先日、メキシコから日本に帰還した際、たまたま空港で見つけて、を気にってミント用に購したのだという。當のミントには拒否られてしまったが。

「あーあ、けっこう高かったのに」と、鞠は子供のようにを尖らせている。

……いまだこのミニマムかつすごい顔な彼が、早苗の三つ上で二十八歳アラサーだとは到底信じがたい。

だが『要の姉』と言われると、なんとなくしっくりきてしまうのだから不思議だ。

「それにしてもまさか、昨日の夜に寫真撮ってたとこ、サナエさんに見られていたなんてね」

「すみません、完全にストーカーかと……」

「カナメのストーカーとか笑える! アイツ、母さんに似て顔だけはいいからねー。あれはコンビニに行く途中、月がキレイだったから、満月を背景に洋館の寫真を撮りたくなってさ。このカメラは常に持ち歩いているから、つい」

鞠は小さな手で、首から下がるカメラをでた。

世界中を飛び回っていて、そこそこ名のある寫真家だという鞠は、主に歴史的建造や建をメインに撮っているという。

「亡くなった旦那が建築家でね、その影響かな。私の被寫は建メイン。頼まれたら人間やも撮るけど……次に多いのは植。知ってる? この家はもともと私が會社員時代に旦那のケンスケと住んでいて、この草はぜんぶケンスケが植えたこと」

「あ、はい。前にハッカさ……ええと、要さんから聞きました」

自分で『要さん』と呼び直して、早苗は妙にむずい気分になったが。

そこは置いといて、鞠は「そっか」とカラリと笑う。

「まさかカナメが、その草を利用してカフェなんて開くとは思わなかったけど。まあお転婆だった私と違って、昔から花育てたりお菓子作ったり好きだったからなー、カナメ。そこも本當、母さん似」

羽塚家は、お母さんが専業主婦のゆるふわ系高で、お父さんは低長だがキリッとしたお堅い公務員らしい。

共通點は、どちらもタレ目なとこ。

話を聞いていると、要は中も外見も母親よりのようだ。

「でもスーツさんモードなら、お父さんの要素もあるような……」

「スーツさん?」

「あ!」

ハッカさん呼びは回避したのに、スーツさん呼びは鞠に拾われてしまった。

仕方なく早苗は、要の仕事時の顔を勝手にそう呼んでいることを明かす。

「へえ……アイツ、サナエさんの前では、普通にあの顔も見せているんだ。素を知っている人間には素で、サナエさんの言葉を借りるならスーツさんのときはスーツさんで、どっちかとことん貫いて、いつもは裏表なの隠すのに」

「そうなんですか……? 最初に私にバレてから、めっちゃ普通に目の前で切り替わってますけど」

「ふーん。……サナエさんはあれ、どう思った? 私が育てたスーツさんモード。知ったときは詐欺だと思った? 騙されたと思った?」

を乗り出して、鞠は食いるように聞いてくる。緑のメッシュが存外近い距離で揺れた。

早苗は迫られて怯みつつ、なんかハッカさんも詐欺やら騙されたやらとか言っていたな……とぼんやり懐かしむ。

ひとまず、あのときと同じ答えを返しておく。

「詐欺とか騙されたとかはないです。むしろ今になっては、あの切り替えを楽しんで見てますね。どっちの面も含めて、要さんの魅力だと思います」

本人がいないところなので、早苗はちょぴり褒め言葉もプラスしておいた。

その答えを聞いた鞠は、あっはっはと大口を開けて豪快に笑いだす。

「いいね、サナエさん! カナメが電話で言ってた通り、私の好きなタイプ! 気が合いそう!」

「だからあの人、鞠さんに私のことなんて伝えているんですか……」

「このくらいサッパリしている格の方が、カナメには合っていると思うのよね。カナメったら、あんな些細なことまだ引き摺っているみたいだし……基本的に繊細でさ。あの人に言われたことなんて、とっとと忘れたらいいのに」

「えっと……」

いったいなんのことを話しているのだろう。

早苗が突っ込んで尋ねようとしたところで、急に鞠は「よし!」と勢いよく席を立った。

「サナエさんには特別に、私のとっておきを見せてあげる! ちょっと取ってくるから待っていて!」

「えっ、ちょ……!」

やりたい→やる

そのくらいシンプルな思考と行力を持つ鞠は、瞬く間にカウンター奧の方に走って消えてしまった。

早苗も前に要から聞いたが、カウンター奧には扉があり、カフェから住居スペースへと繋がっているという。

さすが鞠は勝手知ったる自分の家である。

またっ子がのんびり屋な弟とは対照的に、姉はスピード重視なせっかちさんのようで、ほんの五分程度で「お待たせ!」と、たいしてお待たせもせず戻ってきた。

その腕には、一冊のアルバムが抱えられていた。

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