《【書籍発売中】貓と週末とハーブティー》1 風邪引きと休業日と
鞠との衝撃的な出會いから一週間。
平日の最後の仕事がはじまる、金曜日の朝。
『ねこみんと』に通うようになってからも、基本的に早苗の日課は変わらず、出勤準備を整えてベランダで道行く人を眺めてから、気合いをれて仕事に向かっている。
「あ、志保さんだ。朝にこっちの道を通るなんて珍しいな……急いでいるみたいだし、なにか急? あれってお弁當っぽいし……旦那さんに渡し忘れたのかな。おお、今日もマロウブルー年のお母さんは綺麗だなあ。自慢のお母さんだもんね。金髪も青い目もキラキラしていて……あれ?」
早苗は錆びたフェンスに肘をついたまま、パチパチと瞬きを繰り返す。
たくさんの人が流れていったが、きっちり背をばしたスーツ姿の彼がいない。見過ごすことなど有り得ないし、早苗は眉間に皺を寄せる。
「遅刻? まさかね」
彼は早苗の知る限り、平日の出勤には必ず同じ時間にここを通る。『ねこみんと』の存在を知る前から、スーツさんは遅れたことなんて一度もないのだ。
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だけど今日は、早苗がもう出掛けなくてはいけない時間になっても、彼はついぞ現れなかった。
「なにかあったのかな……なにもないといいけど」
スーツさんが、いや、ハッカさんが心配だ。
もうしベランダに留まっていたかったが、早苗はいい加減に諦めて、玄関を出て階段を駆け下りる。
要に何事もないことを祈りつつ、そわそわ落ち著かない気持ちで、マンションを後にしたのだった。
※
「『本日休業。ごめんなさい、また來てね』……やっぱりなにかあったんだ」
土曜日は朝から小雨が続いており、晝を過ぎても頭上はどんより曇り空。
早苗はビニール傘をさして『ねこみんと』にやって來たのだが、門の取っ手にかかる貓型の木製の看板には、そんな文字の書かれたプレートがられていた。
どう考えても、貸切りのときの文字をちょっと変えただけの使い回しだが、まだ営業はしている『貸切り』と、店自を閉めている『休業』では本的に違う。
「出張とか? でもそれなら、先週に教えてくれても……。ただの気まぐれの休業日?」
「にゃあ」
「あ、ミント」
ひとまず休みなら帰ろうか……と、早苗がUターンしかけたところで、をしっとり濡らした貓が、いつのまにか早苗の隣にちょこっとお座りしていた。
神出鬼沒というか、どこからでも気配なく登場するお貓様である。
「あんたまでどうしたの? こんな濡らして……早くご主人さまに拭いてもらいな」
そう言いながら、早苗はやはりご主人さまの要は家にいないのだろうかと思案する。
とりあえずミントを雨から守ろうと、小さな頭の上に傘を傾けたときだ。
ミントはシュッと俊敏なきで早苗の背後にまわり、「にゃー! にゃー!」と鳴きながら、小さな頭で早苗のふくらはぎの下あたりをぐいぐい押してきた。
「あ、ちょ、なにっ?」
小さな力とはいえ、前方に押し出されて早苗はたたらを踏む。下手に抵抗してミントに怪我を負わせるわけにもいかず、徐々に門の方へと押し流された。
傘が門にガシャンッとぶつかり、これ以上は進めないよ! と咎めても、押す力は増すばかり。
ミントは「はやくいけ」と早苗を後押ししているようだ。
「は、れってこと?」
「にゃ!」
そうだと言わんばかりに頷かれたら、従わざるを得ない。
仕方なく、早苗は『休業』の文字には目を瞑り、門を開けて中へとった。休みの日なら門の鍵は閉めるよう、要には今度指導しておくべきかもしれない。
「にゃ、にゃあにゃあ」
「え、ええと、こっち?」
カフェが休みというなら、庭のカフェスペースに行っても意味はない。ミントに導されるがまま、早苗は正面の玄関口の方へと足を進めた。
こうしてちゃんと玄関から訪ねるのは、死んだふりをかましたミントを、慌てて連れてきたあの日以來だ。
どうしようかと悩んだが、まあここまで來たし様子見だけでも……と、早苗は傘をたたんでチャイムを押す。
何事もなければそれでいい。
「あの、ハッカさん。早苗ですけど」
「…………早苗さん?」
數分ほど間をあけて、インターフォンから要の聲が聞こえてくる。くぐもって聞きづらいが、ひとまず無事に家にはいることに、早苗はホッとした。
「急にごめんなさい。お店に來たら休みだったし、帰ろうとしたんですが……なんかミントに押されて。でもすぐ帰りますね。お休みなのに失禮しました」
下手に詮索するのもうっとうしいかもと思い、早苗は休業の理由などは特に尋ねず、ささっと立ち去ろうとする。
安否確認さえできたらこちらはもう満足だし、ミントもこれで納得するだろう。
「あ、待って! せっかく來てくれたのに悪い……ゴホッ、ゴホゴホッ」
「ハッカさん!?」
言葉の最後に酷い咳。
まさか休業の理由って風邪か!? と、早苗がようやくその理由を察すると同時に、ガチャっとドアが開いた。
出てきた要は、髪はカフェ時より二割増しでボッサボサ。出會ったときと同じ、『やめよう、強引な接待飲み會』と書かれた『社畜のびシリーズ』の変Tを著て、くたびれたジャージのズボンを履穿ている。下はお馴染みの健康サンダルだ。
だがそんな殘念な格好より、なにより特筆すべきは要の気。
汗ばむはほんのりと朱に染まり、はぁと吐く呼気は荒い。普段のゆるだるさは、今はすべて艶っぽさへと変換されていた。濡れた長い睫に、タレ目は靜かな熱を孕み、とろんと蠱的に早苗を見つめている。
――――なにがとはあえて言わないが、負けた。
として敗北だと、早苗は完全なる負けを悟った。
「ごめんね……一昨日から調子が悪くて。昨日も會社を休んでしまって……まあそもそも、風邪の原因はほとんど會社のせいなんだけど……ゴホッ」
「聲だいぶガラガラですよ! な、なにかあったんですか……?」
要が掠れた聲で語った容は、社會の理不盡を凝したような有り様だった。
上司が契約容を勘違いしていたせいで、複數の取引先との間で問題が同時発生。しかし當の要の上司は出張中で會社にはいない。その日は傘なんてあっても意味のない、風の強い大雨だったのだが、追い立てられるように降りしきる雨の中、要はスーツで謝罪行腳に行かされたそうだ。
「スーツに泥が跳ねる度、上司への呪詛が止まらなかったよね……」
「言葉もない……心の底からお疲れ様です。寢ているところだったなら本當にすみません」
「いいよ、気にしないで。ちょうど起きて、風邪のときに効くハーブティーの準備をしていたところ……ゴホゴホッ!」
「ね、熱もあるんじゃないですか!? 早く中に戻ってください! 私は速攻で帰りますので!」
早苗は慌てて、咳を苦しそうに繰り返す要に戻るよう促すが、そこでスマホが高らかに鳴った。早苗のスマホだ。
取り出してみれば、まさかの鞠からの電話だった。
「鞠さん……?」
「あ、サナエさん? ごめんねー、急に! 今日さ、『ねこみんと』に行く予定ある? 朝に用事があってカナメに電話したら、アイツ風邪をひいたみたいでさー」
「えっと……ちょうど今、『ねこみんと』に……というか、ハッカさんのお家の方に來ていて、目の前に本人がいますが」
「お、マジ?」
こそこそと電話する早苗の聲を聞きながら、要は「姉さん……?」と赤い顔で首を傾げている。意識がおぼろげになりつつあるようで、はフラフラと揺れていた。
「それならさ、悪いんだけどカナメの看病してやってくれない?」
「え、私がですか!?」
「アイツさ、自分でわりとなんでもできる分、調悪くても一人でいろいろこなして大人しく寢ないのよ、昔から。困ったやつなの。早苗さんなら寢かしつけてくれそうだし、お任せする!」
「寢かしつけるって、お子様対応じゃないですか……」
「じゃあ、不肖の弟をよろしくねー!」
「あっ……!」
返答する間もなく、電話はブチぎられた。
相変わらずの自由っぷりに、早苗はどうしたものかと悩みつつ、ひとまず要と向き直ろうとして――――。
「ハ、ハッカさん……!?」
突然のしかかる重みに、鼻孔をくすぐるミントのような甘く涼やかな香り。
耳元で「ごめんね、早苗さん」と弱々しく囁く聲。
気付けば早苗は、要に真正面から抱き締められていた。
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