《【書籍発売中】貓と週末とハーブティー》3 二人きりともやもやと

「……というわけで、はじめてハーブティーを淹れてみたんですがどうでしょうか」

「ん、おいしいですよ、とっても」

カップから口を離し、へにょっと笑った要に、早苗はホッとで下ろした。

要は今、ベッドの上で上半を起こし、膝にトレーを乗せて、早苗が試行錯誤して淹れたハーブティーを飲んでいるところだ。額には冷卻シートがぺたっとられ、合間にヨーグルトもちまちま咀嚼している。

そんな要を、早苗は機のところから引っ張ってきた椅子に腰かけ、見守って……もとい、見張っている。

「さすがですね、早苗さん。このブレンドするの久しぶりだったから、古いメモを引っ張り出してきたんだけど。それを見て完璧に作っちゃうなんて」

「いえ、それはハッカさんのメモが正確だったからですよ。……人が頑張ってハーブティー淹れて戻ってきたら、『寢てろ』って言い付け破って、バリバリ活していたのは憾でしたが」

早苗が戻ってくると、寢ていたはずの要はなぜか起き上がり、ガーガーとハンディの掃除機で床を吸っていた。

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「いやなにしてんの!?」とツッコめば、「暇だったので……」などと言い出す始末だ。

だから寢てろっつってんだろうが! と、早苗に掃除機を取り上げられたことは言うまでもない。

「うん、反省してるよ」

「してませんね、さては」

「だって貴重な休日に寢ているだけっていうのが、どうも落ち著かなくて……。すごく勿ないことしていると思いません?」

「それはわかりますけど……風邪のときくらい、じっとしていてくださいよ。熱もあるんですから」

「んーでもなんかもう、早苗さんのハーブティーのおかげで、の痛みも引いたし、熱もだいぶ下がった気がするよ?」

そんな早く効果が出るのか?

などと訝しがりつつも、要に「ね、もう元気」とゆるく微笑まれたら、これ以上くどくど言うのもバカらしくなる。

それに市販薬が効いてきた可能もあるが、早苗作のハーブティーの力を信じるなら、確かに要の癥狀は見るからに緩和されていた。

『リンデン』、『エルダーフラワー』、『タイム』。

中でもリンデンを中心にブレンドした今回のハーブティーは、まさしく風邪の癥狀には効果的だ。

リンデンは三十メートルまで大きく育つ樹木で、ヨーロッパでは街路樹として親しまれており、発汗を促して熱を下げる効果がある。

『厄除けのハーブ』として歴史の古いエルダーフラワーとは、同じ発汗作用のあるハーブ同士で相がよく、どちらも高熱のときにおススメである。

また料理のスパイスとしてもよく使われるタイムは、咳やの痛みに強い。うがい薬としても利用されているので、の風邪には最適だ。

ついでに要の食べているヨーグルトも、ミキサーにかけたスペアミントが混ぜてあり、ペパーミントよりマイルドな味と香りでリラックス効果があるとか。

『ねこみんと』のデザートメニューの試作品だったらしい。

リンデンティーで風邪癥狀を和らげ、ヨーグルトでリラックスしたなら、さっさとまた寢ていなさいと、早苗は食べ終わったトレーを取り上げる。

「風邪は寢て治すのが一番です。中途半端にあれこれ活をしていると、治るものも治りません」

「うん……あ、でも待って。昨日も俺がいない間にトラブルがあったみたいで、會社から電話がっていたんだ。寢る前にスマホの著信とメールの確認を……。もしなにかあったら、PCも立ち上げてすぐ対応できるようにしておかなくちゃ……」

「ダ、メ、で、す! それ、そのままズルズルとずっと起きているやつです! ぜんぶ一度ゆっくり寢てからにしてください!」

トレーをサイドテーブルに移して、早苗は起き上がろうとする要を渾の力で押し戻す。

ポスンッとベッドに逆戻りした要は、なぜか嬉しそうに笑っている。

「……なんで笑ってるんですか」

「いや、一生懸命に看病してくれる早苗さんが、なんか可くて」

「かわっ……!? は、はあ!?」

まだまだ殘る熱で、頭のネジがいつもより緩み気味なのか、要は天然発言をしてにこにこしている。早苗は今日何度目かの心臓のうるささを抑えるのに必死だ。

『可い』なんて、元彼にだって言われたことなかった。

早苗はどちらかというとキレイ系なタイプで、言もハキハキしっかりしているため、そういう評価をけたことがあまりないのだ。

「迷かけているのにごめんなさい。でも可いですよ。早苗さんはカッコいいし可いし、すごいですね」

「も、もう黙ってください! さては半分寢ぼけていますね!」

人の気も知らないでと、早苗はキッと要を睨み付ける。

「……俺、今日のことだけじゃなくて、早苗さんには謝しているんです。毎週『ねこみんと』で、仕事を頑張ってる早苗さんのお話を聞いていると、俺も明日から仕事がんばらなきゃなあって元気がもらえるんです。イヤだけど。仕事イヤだけど」

「それは……私の方こそですから」

要に話を聞いてもらって、元気をもらっているのはこちらの方だ。

だいたい、仕事の話=ただの愚癡だし……と、早苗は要の認識に抗議する。

「早苗さんは俺みたいに、裏表とかないから。いつもまっすぐ頑張っていてえらいなあって」

「……その難儀な格のせいで、上司と折り合いが悪くなったんですけどね」

もっとそれこそ、早苗が裏表を上手く使いわけられていたら、上司に真正面から噛みついて、もとから拗れていた間柄がさらに拗れることはなかったはずだ。

ただその上司との仲も、今はだいぶ改善されているが。

それは要のおかげなので、やっぱり謝するのはこっちだと早苗は思う。

「そこは早苗さんのいいとこだし、そのままでいいよ」

「それならハッカさんだって、裏表はいいとこです。そのままでいいですよ」

「ははっ、ありがとうございます。早苗さんにそう言ってもらえると、いいと思えますね……千早(ちはや)さんには、あんなこと言われちゃったのになあ」

千早さん?

おそらく要は、意図せずその名前を出してしまったのだろう。

眠気にわれているのか、瞳はすでに閉じられ、ほとんど夢現で話しているようだった。

……の勘で、早苗はその『千早さん』とはきっと、あの寫真でスーツさんの橫にいただろうなと察する。

だけど追及したりはしない。

お互いイイ大人だし、下手に過去を詮索してプラスになることなんてないだろう。

まあ……そんな冷靜な考えとは別に、気になることは気になるし、嫌なもやもやがに生まれてしまったこともまた事実なので。

「じゃあ私、トレーや食を片付けて來ますので。今度こそ、大人しくしていてくださいね」

なんでもないふうを裝って、早苗は素早く部屋から退出しようとする。余計なことを聞いてしまう前に撤退するのが一番だ。

それなのに――――「待って」、と。

まるで初めて出會ったときのように、立ち上がりかけた早苗の手首を、要が腕をばしてしっかりと摑んできた。

「ハッカさん……?」

「……もうちょっとだけ、ここにいてください、早苗さん」

うっすらと目を開けて、タレ目を緩めてそれだけ呟くと、要は再び夢の世界にり込む。ほぼ反的に引き留めたらしい。

摑まれた腕だけはまだ離れなくて、早苗は仕方なく椅子に座り直した。

「……だから本當に、調子狂うんですって」

要の額にはりつく髪をはらって、早苗はうらみがましく端整な寢顔を眺める。するとだんだんこちらも眠くなってきて、休憩のつもりで瞼を下ろした。

まだポットにほんの僅かに殘るリンデンティーが、二人きりの靜かな空間で、ただゆらゆらと波打っていた。

【ねこみんと(休業中) 本日のおまかせコース】

・風邪回復ブレンド

(リンデン+エルダーフラワー+タイム)

・スペアミントのヨーグルト

次で最終章です。

よかったら最後までよろしくお願いいたします。

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