《【書籍化】解雇された寫本係は、記憶したスクロールで魔師を凌駕する ~ユニークスキル〈セーブアンドロード〉~【web版】》領主の娘 エレノア

マップ作りは大忙しだったが、充実していた。スティーヴンのマップは普通のマップとは異なる値段で売り出された。初めは買うものがいなかったそれもそのはずだ。普通のマップの倍の値段だったのだから。

「これで売れますか?」

1日のノルマ、5枚のマップ作製を終えた仕事終わり、帰り際のことである。付嬢がグレッグに尋ねているのをスティーヴンは聞いた。

「売れる。これでも安い方だ。原本を売っているようなものなんだぞ」

「はあ。売れなくても知りませんよ?」

付嬢はそう言って業務に戻った。

スティーヴンはグレッグのもとに歩いて行った。

「あの……あの付の方の言うとおりだと思いますよ? もっと値段を下げてもいいのでは?」

「だめだ。マップはダンジョンに潛る冒険者にとって最も重要ななんだ。これがなければ帰って來れない。金を稼げない。正確なマップってのはそれだけで価値があるんだよ」

「はあ、そういうものですか」

原本とシミ一つ違うと破り捨てられていたスティーヴンは納得いかなかった。マップはマップだ。原本と寸分たがわないのが常識だ。それ以外はゴミ同然なのだろう。要するに、それだけ価値のないものだと刷り込まれていた。パンの模様と同じくらいどうでもいいものなのだ、と。

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そのとき、ギルドの扉が開いた。グレッグは扉の方を見てぎょっとした。

「これはこれはエレノア様、どういったご用件で」

スティーヴンも扉の方を見た。そこに立っていたのは彼が森で助けた、領主の娘だった。

エレノアはずんずん進んでくるとスティーヴンの前に立った。彼は彼より頭一つ分背が低かった。自然エレノアは見上げる形になる。そのくらい、彼はスティーヴンの近くに立った。

端正な顔立ちだった。黙っていると冷たいという形容が似合うが、ニッと笑うとどこかやわらかい印象をけた。ブロンドの髪は波を打って肩に流れている。

「あなたが私を助けてくれた方ね」

「ええと、そうなるんですかね」

「私、気を失う前に見てたのよ。あなたが無詠唱で《ファイアストーム》を使うところを」

「無詠唱で!」グレッグは驚いて尋ねた。スティーヴンは否定した。

「いや、ぼくはただ誰かが持っていたスクロールを使っただけで……」

「誰かって? あなたはもっていなかったでしょ? 私を守ってくれた騎士たちも持っていなかったわ」

スティーヴンは眉間にしわを寄せた。

「そんなのわからないじゃないですか」

「《ファイアストーム》なんて高価なスクロールを持ち歩く馬鹿な騎士はうちにはいないわ。今回の狩りだって、私の詠唱を練習するための簡単なものだったもの。あそこは安全な場所だったのにどうしてブラッドタイガーなんか現れたのかわからないわ」

「報告はけておりますから知っているのですが、私も不思議に思っているのです」

グレッグはそう言った。

「あの森にブラッドタイガーは生息しておりません。ダンジョンの奧深くに生息している魔ですから。誰かが逃がしたのでしょうか……?」

「わからないわ。とにかく、あの魔が現れて、私を守っていた騎士たちは殺され、私も殺されるところだった」

そう言うと彼は袖をまくって腕を見せた。

「これもあなたがやったのでしょう? 絶対に消えないと思っていた傷が治ってるんだもの。びっくりしちゃった。私の記憶では骨まで見えていたはずなのに」

「それもスクロールを持っている人が……」

「あなたも折れないわねえ。いい? 騎士たちはそんな高価なものは持ち歩かないの。ドラゴン退治に行くわけでもあるまいし。せいぜい低級魔法の《ヒール》くらいよ。それじゃあ、傷跡が深く殘るわ。私の腕を治したのはそれよりずっと高価な《エリクサー》だと思うわ。最上級の回復魔法ね」

スティーヴンはそのスクロールがっていた箱を思い出した。重厚なその箱は回復魔法の棚の一番上に鎮座していて、常に鍵がかかっていた。

あるとき、スクロール転寫係の中でもっとも腕の立つものが『転寫』を試みたが、失敗した。そのとき箱のカギは閉め忘れられた。スティーヴンはそれを見逃さなかった。

高級なスクロールは基本的には箱の中にっていたが、5年間のうちに何度かあったそういった機會を盜み見て、ユニークスキルで記憶していったのだった。

「でもどうしてそれが使えるんだろう?」

「なに?」

「ああ、いえ、なんでもありません。ひとりごとです」

「ふうん」

エレノアはスティーヴンの顔をじっと見ていた。そして何度か頷くと、こういった。

「あなた、私のものになる気はない? いいえ逆ね。助けてくれたお禮にあなたのものになってあげるわ」

「え?」

「エレノア嬢それは……」

「あなたは黙ってて。早く業務に戻りなさい。これは私と彼の問題なの」

グレッグは小さくせき込んで「失禮しました」そう言って寫本係の部屋へとっていった。

「家も私のところに住むといいわ。私の家、爵位持ちよ。お金もあるから生活には困らないわ。ね、どう?」

エレノアはスティーヴンの首に腕を回すとぐっと顔を近付けた。

「いえ……あの……ええ……?」

スティーヴンは周りの目が気になった。皆が驚愕の目でこちらを見ている。

「どこ見ているの? こっち見て」

エレノアはスティーヴンの顔をぐっと彼の方へ向けた。くっつきそうな距離で目が合う。

「悪くない提案でしょ? ねえ」

エレノアはスティーヴンの耳元に口を近付け小聲でいった。

「私のをどうしてもいいのよ。殿方ってそういうの好きでしょ」

スティーヴンは顔を真っ赤にした。

エレノアは首から手を放し一歩下がった。腕を後ろに回すと彼はにっこりとほほ笑んだ。その笑みにはどこか妖艶なが混じっていた。

「私、どこかの貴族と結婚させられるくらいなら、あなたのような人と結婚したいわ」

人差し指がスティーヴンの腹の上を這う。スティーヴンはくすぐったさに腰を曲げた。

「私を守ってくれるようなかっこいい方と」

はくすくすと笑った。

「お返事お待ちしてますわ。いつまでも」

そう言うと彼はギルドを出て行った。

沈黙が、後に殘った。

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