レンドールは舌打ちをした。腰にぶら下げていた細い剣を抜くと切っ先をに向けた。

「〔魔王の左腳〕を奪ったのはあなたで間違いありませんか？」レンドールはふるえる聲で言った。

はレンドールを睨んで言った。

「うん。ご主人様と一緒に奪った」

レンドールはカッと目を開くと、に向かって突進した。瑠璃のはくるりと回転して、どこから取り出したのだろう、剣を片手に振り返った。

彼は地面を蹴って跳び上がり、レンドールの細く鋭い斬撃を剣で跳ね上げ、彼のを蹴った。

レンドールは大きく後ろによろけた。はレンドールのを蹴った反で後ろ宙がえりをして著地すると、すぐに屈して、レンドールの開いた懐にった。

レンドールは勢を保てない。彼はなんとかに反応して剣を構えるが、その守りは貧弱そのもの。の斬撃が細い剣の上からレンドールを襲う。

彼は腹を裂かれて地面に倒れ込んだ。がぱっと散った後、ドロドロと石造りの地面に流れていく。

広場に悲鳴が上がる。人々が逃げる。

アンジェラがスクロールを取り出して、開き、起呪文を唱えた。

「アクティベイト」

はまた腕を振って魔法を消す。が、アンジェラが続けざまにバッグからスクロールを取り出して発する。魔法は効かなくとも牽制にはなる。

僕ははっと気づいて、レンドールが地面に投げ捨てた鍵の束を手に取った。どれが僕の首の鍵かわからないが一つずつ試していくしかない。

レンドールが腹を押さえて立ち上がる。

彼は咆哮をあげて、に突撃する。

はレンドールに右手を向けた。彼の手の周りにのができる。

まさか。そんな。

魔法が、発する。

無詠唱で。

瑠璃のの右手から氷の矢が螺旋を描いて発される。

矢はレンドールの左肩に突き刺さる。一瞬で半が足まで凍結した。

レンドールはしばらくわめいていたが、すぐにかなくなった。

が彼から目をそらして、アンジェラの方をむく。アンジェラはすでにスクロールを消費しつくしている。

が剣を構える。

僕の首が、外れる。

僕は首を投げ捨てると、土魔法のスクロールを複數『空間転寫』した。

「アクティベイト」

の周囲にいくつもののが出現する。

彼は目を見開いて、そのいくつかを消去したが、すべてを処理しきれたわけではない。

魔法が発する。地面が隆起してを捕らえようとする。

が、は高く飛び上がり、ひらりとその魔法をよける。著地と同時に一瞬で僕の方へと突進してくる。

その速度は赤髪の男に劣らない。目で追える速度ではない。

僕は事前に魔法壁を大量にの前に出現させていた。突進してきたが魔法壁に気付く。彼の剣は寸前でびたりと止まり、反されない。

彼は僕に尋ねた。

「あなた、エヴァを殺したスティーヴンね？」

僕はぎょっとした。

「どうして名前を！？」

「ご主人様が言っていたから知ってるの。魔師はみんな知ってるよ」

その事実は僕を揺させるのに十分だった。

彼はふっと視線をそらした。どこからか騎士が數人駆けつけてきた。冒険者もちらほら混じっている。

はアンジェラの方を見ていった。

「絶対とりもどすから」そう言うと、はとんと後ろに飛んだ。彼の周りにのができる。

――王都でテレポートは使えません。

レンドールはそう言っていた。だから僕は彼が何をするのかわからなかった。揺していた僕は《アンチマジック》も使わずただ彼を見ていた。

「じゃあね」はそう言って、

消えた。

「そんな」アンジェラが目を見張った。

レンドールのを氷から取り出し、騎士たちに話を聞かれた。それは主にについての話で、どうして《テレポート》が使えるのかということがほとんどだった。

僕はその間ずっと瑠璃のの言葉が気にかかっていた。

――魔師はみんな知ってるよ。

途端に街のことが心配になった。僕の存在を知られているということは、エヴァの復讐のために僕を狙い、街を襲う存在が現れる可能があるということだった。

僕が居ても、居なくても、街は危険にさらされている。

どうしようもない不安に襲われて、僕は《テレポート》を使った。

しかし、確かにその魔法は発せず、消えた。

僕は掻きむしるようにをつかんだ。

アンジェラはレンドールののそばで泣いていた。

「すみません、すみません。私のせいです！」

彼はうなだれてレンドールの腕をさすっていた。僕がもうし早く首を外していれば、あるいは彼を助けられたかもしれない。ただ、彼のあの様子からするとどちらにせよ死ぬまで戦い続けていたように思う。それがどうしてなのか僕は知らない。

僕はアンジェラに近づいた。

「あなたのせいではありませんよ」

彼は顔をあげた。

「でも……でも私があのリボンを持っていたから……魔師に見つけられて……」アンジェラは顔をゆがめて泣いた。

彼は涙聲でつづけた。

「ティンバーグはレンドールさんの故郷だったんです。だからあんなに無理をして……それで……。あなたに強く當たっていたのもそのせいなんです」

「そう……ですか」

故郷。守るべき場所。焦りばかりが募っていく。

アンジェラは涙を拭くとレンドールの首からペンダントを外して言った。

「私は〔魔王の左腳〕を取り戻して、あの魔師を倒します。それがレンドールさんの魂を鎮めてくれるでしょう」

彼は立ち上がり、ペンダントをつけると、ポケットから布を取り出して髪を結んだ。ポニーテールが揺れる。

「その為に、スティーヴンさん、私に協力してください。勝手なお願いだということは分かっています。無理にここまで連れてきて、その上、協力しろなんてあまりに恥知らずだと思います。けれど、私には、私たちにはあなたの力が必要なんです！　お願いします！」

彼は深く頭を下げた。僕は戸った。そして迷った。

街に戻りたいという気持ちが強かった。それは郷愁でもなんでもなくて、ただ、あの場所が今にもおそわれるのではないかと心配だった。

ただ、同時に、僕はあそこにいてはいけないという気持ちもあった。

僕は『記憶改ざん』を持っていて、それ故に、誰の信用も得ることができない。今回みたいに、守護者やそれに似た何者かに疑われる危険もあった。つまり、それは僕が魔師だと疑われるということで、同時に、街すらも疑われるということだった。

さらに悪いことに、僕は魔師に存在を知られている。エヴァを殺したということを知られている。

要するに、僕は魔師にも、魔師に対抗する勢力にも、敵対視される可能が高いということで、僕が街にいるだけで、街は危険な狀態になる。

僕は迷った。

「僕は……街が心配です。あの街には〔魔王の右腕〕があります。いくら封印を強化したからと言ってそれを突破される危険は十分にあります。現に、あの魔師のは《テレポート》をつかえないはずのこの場所で、目の前で転移して、いなくなりました。魔師たちには常識が通じない。僕はただ、いつ街がまた瓦礫の山になってしまうか心配なんです」

「また……？　ああそうでした。あなたは何度もやり直してきたんでしたね」

僕は頷いた。アンジェラがそれを信じているかどうかはわからなかった。

彼はし考えてから言った。

「もし、〔魔王の左腳〕をとりもどすことができれば、捜索に當たっている守護者を街に回すことができます。ソムニウムにも守護者を何人か送ります。昔のように、常に守護者がいる狀態にします。それでどうですか？」

「魔師を見破れる人がしいです。あなたのような」僕が言うと、アンジェラは一瞬迷ったが、言った。

「分かりました。私がソムニウムに行きます。あの街を守ります。だからどうか、お願いします」

アンジェラは頭を下げた。僕は手を差し出した。

「分かりました。協力します」

アンジェラは笑みを浮かべて僕の手を取った。

「ありがとうございます！！」