何が起きているのか理解できなかった。僕は別の誰かのの中で意識だけ存在していた。僕は生きているのだろうか。ここはまだあの選択の場なのではないかと思った。これはただのイメージで、すべて終われば選択の場に戻れるのではないかと思った。

しかし、もどったところで何ができるわけでもないのは分かっていた。

狀況を整理したかった。

髭の生えた僕（・）は水を汲むと《マジックボックス》に革袋をしまった。湖の向こうにはがいた。彼のはき通って見えた。僕（・）は立ち上がると、彼に頭を下げた。は小さく頷き返した。僕（・）は來た道を戻りパーティとみられる人びとと合流した。と男が一人ずつ。男は向こうを見ていて顔が見えない。

の一人は長い杖を持っていて、先には丸い魔石のようなものがついていた。街にいるときのドロシーのような恰好をしている。ローブ姿で、いろいろな薬草がっていそうなカバンを持っている。大きな眼鏡をかけている。彼が言った。

「湖の水は手にりましたか？」

「ああ。後は戻るだけだ」

僕（・）は頷いてそう言った。

「じゃあ村に戻ろう」

男が振り返って言った。彼の顔を見て、僕は唖然とした。

その男はまぎれもない、オリビアを連れ去ったあの男だった。短く刈り上げた黒髪、紫の目。真っ白なプレートアーマーを著ていた。かなり若く見えた。これが過去の出來事だからだろう。

これは彼の記憶か？

〔魔王の左腕〕の力をけることで僕に彼の記憶が流れ込んできたのか？

わからない。わからない。

僕は今魔師の一人になって、彼の行を見ているのかもしれない。

僕の思考が渦を巻き、混濁していこうとも、狀況は進む。僕（・）たちは共に歩き出した。

「クエストが終わったら、俺はすぐに村を出て家に戻る」プレートアーマーの男は言った。

「娘さんはかわいいですか？」ローブ姿のが言った。彼はにっこりと微笑んでいた。

「ああ」男は照れくさそうにそう言った。

「お前らしくないな、アムレン」僕（・）がそう言って笑った。

オリビアを連れ去った男はアムレンというのか。僕は彼の名前を憶えておこうと思った。

「お前も時期にそうなる」アムレンは僕（・）に言った。

「俺が？　信じられないな」俺（・）はそう言った。

森の中を進む。どうして《テレポート》を使わないのだろうと思ったが、もしかしたら、王都と同じように、《テレポート》を使えない場所なのかもしれないかった。

突然、悲鳴が聞こえた。

「俺が、先に」アムレンはそう言って、消えるような速度で駆け出して、悲鳴の方へと向かった。

俺たちも彼に続いた。

「迷いの森に、その名の通り迷い込んだのか？」俺は呟いた。

「そうかもしれません。でも村の人は近づかないはずですが……」

はそう言って思案顔をした。

俺たちはアムレンに追いついた。悲鳴の主は白貓の獣人で、まだかった。彼は恐怖からか頭を抱えるようにしてうずくまっていた。母親と見られるは怪我をして倒れていた。アムレンはすでに魔と戦闘を行っていた。といっても、その魔は危険ではあるがそれほど厄介な相手ではない。アムレンは剣をふって、魔の首を切り落とした。

俺は母親の治療をした。スクロールを『空間転寫』して、発する。母親の傷が癒えていく。わずかに傷跡が殘っていた。

「ありがとうございます」母親はほっとした顔をしていった。

「ううう、こわかったああ」は母親に抱き著いた。母親は彼の頭をなでた。

そのとき、突然、茂みの中から蛇の魔が現れて、首をもたげた。奴は牙をむいて、を睨んだ。

がまた悲鳴を上げる。俺は彼に背を向けて、魔と相対する。

スクロールを『空間転寫』する。

「アクティベイト」

地面から巖の槍が出現して、蛇のを突き刺した。

「ここは魔が多いな」俺は言って振り返った。

「〔勇者〕様？」白貓のは俺にそう言った。

「どうして俺じゃなくてこいつなんだ？」アムレンが不服そうに言うとパーティのが笑った。

「笑うな、ステラ」アムレンがをムッとした顔で見た。

俺も笑って、それから言った。

「違うよ。俺はただの冒険者だ」そう言って、俺はの頭をなでた。

「村から來たんですか？」ステラは母親に尋ねた。母親は頷いた。

「ええ。いつもなら追い払える魔なのですが、不意をつかれてしまって」

母親は腰にナイフをつけていた。魔よけの薬草も一緒にベルトに挾まれていた。

どうやら、薬草を取りに森にったらしい。

「今度から冒険者をつけるといいですよ」ステラは言った。

「はい。すみません」母親はひどく反省したようでそう言った。

俺はを肩車した。白貓のはキャッキャと笑った。

「名前はなんていうんですか？」ステラはに尋ねた。

は言った。

「リンダ」

――リンダさん？

僕ははっとした。確かに母親はリンダにとても良く似ていた。腰につけているナイフも、リンダがつけているものと同じだった。

それに気付いた瞬間、目の前が真っ暗になった。

ぐるぐると回転して、落ちていく覚。

俺（・）のから僕は引きはがされる。

選択の場に戻れるのではないかと思った。

が、そうはうまく行かなかった。

僕は落下して、どこかにたどり著いた。

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