《【書籍化】解雇された寫本係は、記憶したスクロールで魔師を凌駕する ~ユニークスキル〈セーブアンドロード〉~【web版】》#1. 特別じゃない日常

お久しぶりです。第三章開始です。

僕はいつまでだってマップを書いていられる。昔から図形を書くのは好きだったし、練習していたように思う。練習させられていた? どうだったかな。ペンの使い方、インクの調節、線をまっすぐ引いて、それから、円を描く、そんな方法をずっと前、まだ小さい時から知っていた。

マップをペンで書くのは好きだから、『転寫』スキルを手にれた後もこうやってペンでゴリゴリとマップを書く。最近はペンで書くことが多くなってきた。こっちのほうがきれいに書ける。

機の上を半分に分けて、片方に原本をおいて、もう片方にまっさらな羊皮紙を置く。原本を見ながら線を引いて、マップを完させる。最後に自分の名前を書く。

今日の分をグレッグに渡す。エヴァが長させたダンジョンは大方書き終えてしまったから、僕の仕事は更新より寫本が多くなっていたけれど、それでも以前よりずっと、提出できる數はない。

僕の他に新しく雇われた數人のマップ係は僕と同じくらい仕事ができる。一人が僕の後から、僕と同じ數のマップをグレッグに渡して、僕と一緒に寫本係を出る。彼と他ない會話をして、ギルドの外で別れる。

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僕はもう特別じゃない。一般ギルド職員、寫本係、マップ擔當。それが僕。

空を見上げる。夕暮れ時の傾いた太に照らされ、キラキラとる雲たちはみんな同じような形をしている。家々の煙突からのぼる煙も、街燈の瞬きも全部同じように見える。

僕も、ギルドの制服を著て、畫一的な見かけに埋もれた一人にすぎない。冒険者が僕を見ても、きっと、その他大勢のギルド職員との違いを気にしないだろう。彼らに視認できるのは、僕ではなく、僕がにまとった役割にすぎない。新しいマップをくれとか、ランクアップまでどれくらいか教えてくれとか、これとこれを買い取ってくれとか、そういう要を満たすために接する相手。

みんな同じ。違いは些細。

そう考えることが、どうしてか、増えてきた。

ギルドの訓練場がし騒がしくて、僕は顔を出した。そこは冒険者が登録したてのころに基礎をに著けたり、ランクアップのために試験をしたり、自分の調整をするために使われる場所だった。僕にはあまり縁のない場所で、中にってもどこに何があるのかよくわからなかった。

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騒ぎの中心にはリンダがいて、弓を引き絞って的に狙いをつけていた。円形の的の中心にはすでに何本か矢が刺さっていたが、刺さり方がおかしかった。

的の中心は一點ではない。し面積のある円がそこには描かれている。中心に矢が刺さると、矢はその面積の一部を占領するが全部じゃない。次にた矢は、殘った部分に刺さる。中心をてもかすかにズレが生じる。普通はそうだ。

だが、リンダの矢は、前にた矢と全く同じところに刺さっていた。次の矢に押されるようにして、前の矢は深く突き刺さっていた。矢の長さの半分は的に埋まってしまっているようだった。

リンダはそこに更に矢を放った。

嘆の聲が上がる。

また全く同じ場所に突き刺さって、半分まで埋まっていた矢は、さらに羽の部分まで埋まった。

「すごいですね、リンダ姉さん!!」マリオンが顔をキラキラさせて言ったが、対照的に、リンダは表を曇らせていた。リンダはブツブツとなにか考えてから、連した。

次々につがえられた矢は、弦にれた瞬間飛んでいくように見えた。技は桁外れでそう真似できるものではない。狙いの時間は一瞬だったにも関わらず、矢は先程と寸分変わらず、同じ場所に突き刺さる。最初にられた矢はすでに的の後ろから飛び出して落ちていた。貫通した。

リンダの撃を見ていた衆は唖然として、沈黙した。リンダは考え込んでいた。

「コツとかあるんですか!?」見ていた一人がリンダに尋ねた。リンダは矢を一本取り出して、騙されているんじゃないかと疑を持った目で観察して、それから、首を橫に振って矢筒に戻した。

「前と同じにゃ。あたしは普通の練習をしてるだけにゃ」

その言葉に皆は納得したようで、自分の訓練に戻っていった。リンダはもう一度、矢をた。全く同じど真ん中に突き刺さる。

「絶対……なんかおかしいにゃ」

リンダは的の近くまで歩いていって、突き刺さった矢を引き抜こうとしていた。だが、矢はあまりに奧深く突き刺さってしまっていて、そう簡単に抜けそうになかった。僕はリンダに近づいていって、一緒にそれを引き抜いた。

鏃が飛び出していて、的の裏から引き抜いたほうが容易だった。僕は的を観察した。ど真ん中にしっかりと貫通したが空いていて、漠然とした。

「こんな事できたんですね」僕が言うと、リンダは苦笑した。

「できないにゃ」

「え? でもどうして?」

リンダは矢を一本取り出して言った。

「雨が降っていたり、風が吹いていたりすると、矢は普段の環境とは違うきをするにゃ。それと同じようにこの場所でも、日によって、時間によって、もっというと、瞬間によって放たれた矢は違うきをするにゃ」

リンダは矢を揺らした。

「アーチャーの技量ってのは、その環境の差をいかに小さくするかによるのにゃ。どんな環境でも同じ軌道で、同じ速度で矢をることができたなら、それは最善なのにゃ。どんな環境でも同じパフォーマンスができるってことは、戦略に『賭け』の要素が減って、確実が生まれるってことなのにゃ」

僕はうなずいた。確かにそうかもしれない。今日はマップを五枚作れたが、翌日は何枚作れるかわからない、となったら、グレッグは他の人員にどれだけ仕事を割り振ればいいか迷うだろう。冒険者という命のかかった職業であれば、その迷いは最小限に抑えたいはずだ。皆が博打打ちでは初心者用ダンジョンだって潛れるかわからない。

リンダは続けた。

「技量である程度、環境の差は抑えられるにゃ。でもどうしてもこれ以上は抑えられない、限界みたいなものがあるはずだったのにゃ。……それがなくなってるのにゃ。だからあたしは同じところに矢を放てるのにゃ」

「限界ですか……」僕が言うと、リンダは折れた矢の羽をむしって、それを空中に放った。幾枚かの羽が揺れながら落ちていく。

「なにかおかしくないかにゃ?」リンダは僕に尋ねた。僕はわからず黙っていた。

「全部同じきをしているように見えなかったかにゃ?」リンダは羽を拾って、砂を払うともう一度空中に放った。確かにその羽きは同じように見えた。

「でも、同じようなものを同じように投げれば同じようにくものじゃないんですか?」僕が言うとリンダは首を橫に振った。

「限界があるはずなのにゃ。今までは違うきをしていたはずなのにゃ。同じ矢を同じようにても、別の場所に刺さっていたはずなのにゃ」

リンダはまたブツブツと考え込み始めた。

「こういうことっていつから起こり始めたんですか?」

リンダは言いにくそうに、あ(・)る(・)こ(・)と(・)を言った。

僕はドロシーに聞いてみようと提案したがリンダはもうし練習していくと言って訓練場に殘った。僕は気になったので一人でも教會に向かった。

「こんにちは」教會に著くとアンジェラがシスター姿で僕の応対をした。

アンジェラはソムニウムにずっといた。それは僕がんだからだった。彼のスキルがあれば、すぐに魔師を発見できるはずだ。といって、アンジェラはソムニウムに來てから特に守護者として働いてはいなかった。すぐに魔師が襲ってくるわけでもないし、何か街の人に変化があったわけでもなかった。つまり彼は暇を持て余していた。ここにきて數日はテリー用達の魔機械用品店にり浸っていたが、飽きたのか僕のところに來ては「暇です」を連呼するようになった。王都に比べて田舎であるここが暇なのはわかるが、他にすることがあるだろう。たとえば、ドロシーの教會を手伝うとか?

そう言ったら次の日から、シスター姿のアンジェラを見かけるようになった。なんというか、忙しいひとだった。

「ドロシーは?」そう尋ねるとアンジェラは天井を指差した。

「また屋裏で実験してますよ」アンジェラは鍋をかき混ぜるポーズをした。しかめ面をして、額にシワを寄せている。どう考えても馬鹿にしているように見えた。

「それはなんの真似ですか?」

「魔です」アンジェラは即答した。

この人はドロシーにいじめられているんだろうか。心配だった。階段を登って屋裏に行くと、ドロシーは確かに鍋をかき混ぜていた。しかめ面をしていた。アンジェラのポーズはあながち間違いではなかった。

「やっぱりなんかおかしいわね」ドロシーはつぶやいた。

「なんか変なものでもったんじゃないの? アンジェラさんが知らない間にれたとか」僕が言うとアンジェラは抗議した。

「そんなことしませんよ!」

「いえ、逆よ。おかしな結果が出たわけじゃないの。正確な結果よ」ドロシーは腕を組んだ。

「じゃあ何がおかしいの?」

ドロシーはため息をついた。

「正確すぎるし、結果が変わらない。普通おんなじように薬を作っても、ちょっとは結果が変わるはずなのよ。例えばできた薬の形がし違うとか、固まる加減とかね。でも全く同じように見える」

「まるでおんなじ時間を繰り返しているみたいに?」僕が言うと、ドロシーは苦笑した。

「そこまでは言わないけど、ええ、確かに既視があるわね」

ドロシーはしばらく考え込んでいたが、思い出したように尋ねた。

「それで、今日は何しに來たの、スティーヴン。わからない文字でもあった?」

僕はドロシーに文字を習っていた。教會の子どもたちが最近僕が文字を読めないのを馬鹿にしてきて苛立ったからだった。全く大人げない理由だった。彼がこういったのは、僕が最近まで教會の屋裏にり浸ってドロシーに文字を教わっていたからだった。おかげで基本的な単語は書くことができるようになっていた。

ただ、今日の用事はそれではなかったので僕は首を橫に振った。

「ああ、リンダさんがおかしなことがあるって言ってて。いつもより矢の調子がいいってさ」

「それはいいことじゃない?」ドロシーは実験の片付けをしながら言う。

「狙ったところに當たりすぎるって。見たけどすごかったよ。的のおんなじ場所に何回も矢があたってた」

「ふうん」ドロシーは考え込んで言った。「なんか私の実験みたいね。街全に調子が良くなる魔法でもかかっているのかしら?」

「そんなのあるんですか? 私も使いたいです! このところ失敗続きで調子が悪いんで」アンジェラが言うとドロシーは苦笑した。

「ないわよ。それにあなた調子が良かったことなんてないじゃない」

アンジェラは心底がっかりしたように肩を落とした。

「こういうことっていつから起こり始めたかわかる?」

ドロシーは苦い顔をしてリンダと同(・)じ(・)こ(・)と(・)を言った。

「あなたが〈記憶と読み取り〉を失い始めたあたりよ」

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